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太陽の子に、会った。

【撤去されたら、二度と見ることができない】
2018年の夏、『サン・チャイルド』は福島に立ち、彼岸とともに、福島を去った。これは紛れもない事実である。一連の出来事は、震災を語ることの困難を再認識させた。私たちはやはり、未だ震災と復興の真っ只中にいるのである。芸術とは、時に批判にさらされながら強度を得るものだが、この展示では、そんなレバレッジを効かせる前に議論が成り立たないほどの、おびただしい量の声に晒されることになった。主な批判は、各自の倫理観に基づいたものであった。そして、芸術で起きている事態を認識させた。確かに、ヤノベケンジ自身も挫折を味わっただろう。しかしそれ以上に、作家個人にとどまらない問題が露呈した。パブリックアートの潮目を象徴した出来事であった。昨今では「街づくりのためにアートの力を使おう」という声は、ますます大きくなっている。そんな中で、アートと街づくりを近づける行為こそ、諸刃の剣であることを知らしめたのである。

この論考では『サン・チャイルド』が展示されていた様子を手がかりに、パブリックアートの未来にまで考えを巡らせる。作品展示の経緯よりも、どのような環境で作品に触れるのかという受容視点に重きを置く。なぜなら場所性とは、ほかならぬパブリックアートの根幹を成すからだ。

街という公共空間のために、パブリックアートは存在してきた。しかし、本当に芸術そのものが、街のありようを変えるために必要なのだろうか。公共空間のための芸術、パブリックアートの存在意義とは何か。半永久的に街に根づかせる指向を持つ存在が、果たして今後も芸術でいられるのだろうか。そして、その表現は、広告・PRやエンタテインメントと別個のものでいられるだろうか。

 

【福島駅にて・予兆】
夏のある日、私は福島駅に着いた。東京で乗ってからずいぶん時間が経っていたので、ホームに着くなり、深呼吸をした。県庁のある市の駅にしては空気が澄んでいて――などと暢気なことは言っていられない。この福島駅が市街とは離れていること、そして福島市の複雑な成り立ちに由来するのだ。

新幹線ホームから階段を下っていくと、大きなジオラマと、自転車で漕ぐ発電機がある。その後ろには、「再生可能エネルギー推進の取り組み」というパネル。説明映像が繰り返し流れる液晶画面。科学館的な施設でよく見かける、アレだ。

「あぁ……」私は思わず声が漏れた。とても、イヤな予感がしたのだ。

近づいていくと、大きなジオラマの中は、実際に福島県内にある風力発電や太陽光発電などの施設がマッピングされていた。ただし、そこで使われる地図は、イラスト化された、単純化されたものではなく、地形図のように実用的な観点で克明に描かれている。聞き慣れた地名が並ぶ。その地図とは関係なしに、二重の環状に敷かれた高架式プラレールが走っている。外側のレールは洋上にもある。言わずもがな、この線路はフィクションの軌道である。そして、双葉町には、「福島第一原子力発電所」の目印が付けられているが、ずいぶんと雑な扱いだ。ほかの施設はきちんと、ジオラマの作品として制作されているのに、これだけは、どう見ても事務用品。パーティションに付けるクリップボードを改変している。推測するに、おそらくは当初入れていなかったが、誰かの指摘を受けて取り付けたのだろう。

何より重要なのは、この電車を動かすには、自転車で発電する必要があるということ。身体感覚を頼りに漕ぎ続ければ、福島県の周りをぐるりと電流が流れる。つまり、自転車を漕いでいる間、電力を供給している間は、じっくりと福島県を見ることはできないのである。近代化とともに、福島県が炭鉱以来抱えてきた、エネルギー政策の問題がメタ的に表れている。それと同時に、ファミリー層向けのアトラクションとして、のどかな風情を保っている。

この施設は、2014年から始まったJR東日本仙台支社による「福島駅再生可能エネルギー情報館」である。このことは、すでに知っている人には何でもない情報かもしれない。しかし、重要なのは、外からの来訪者にとっては、虚を突かれた感覚が拭えないことだ。この経験は、たとえば、フィクションによって、新たな価値観をもたらすという、芸術の作用に似ている。本来は、ファミリー層向けに、学んで遊ぶ目的に作られたに過ぎない。しかし、これはただの知育広場とは言えない。楽しめば楽しむほど、不条理と無常がついて回る、ある種の社会を映した空間なのだ。

新幹線で福島駅にやってきた人にとっては、『サン・チャイルド』にたどり着く前に、そんな衝撃を受ける可能性が秘められていた。

 

【太陽の子と出会った】
そしていよいよ、『サン・チャイルド』である。

駅の窓口で、人の良さそうな福島の言葉で受け答えをされたら、こちらから『サン・チャイルド』の場所を訊くことが憚られた。東京の言葉でしゃべる私は、明らかに部外者である。瞬間的に、こうした人間が発して良い単語に思えないと判断した。日本の旅で、こんなことを考えたのは初めてだ。こうして見えない壁は作られるのかもしれない、と思いつつも『サン・チャイルド』の後に控えた予定のための行き方だけ教えてもらって、スマートフォンを頼りに進むことにした。

バスロータリーへ降りると、右手すぐに、展示中の建物が見えた。私はすぐにそちらへ足を向けた。乾いた空気と、意外と強い日差しの中を歩くうち、ネット上で見聞きした意見の激しさを思い出した。「本当に見られるのか」不安になってきた。すでに撤去が決まっていたこともあり、規制線で作品が見えないようになっているかもしれない。また、写真を撮ったら、警備の人や地元の人に何か揉めることもあるかもしれない。「もしもし、記者の方ですか」などと聞かれる可能性、云々。

しかし、ほんの数分後。なんの前触れもなく作品は現れた。ひっそりと、そこにいた。それでいて、周囲の環境に対してのスケールは大きく、確かにいびつだった。とはいえ、それは普通の状況なら「あえて」と好意的に捉えられたかもしれないし、そんな印象も持たなかった可能性もある。

とにかく、子供の像は、何もなかったかのように、そこにいた。少し経って取り壊されるのだという悲壮感もない。その事実がわかるのは、ただ、貼り紙がしてあるだけ。たまに通る人も、見ない(偶然だったのかもしれないが)。存在自体が、ないかのようだった。考えてみれば、当たり前のことである。もうすでに撤去されることが決まってしまった作品に、あえて抗議をする人などいない。あんな喧噪は早く忘れたい、日常を取り戻したい、そういうことだろう。

折りしも日の高い時間帯。『サン・チャイルド』は光の差す方を向いていた。もしくは、太陽が『サン・チャイルド』を照らしていた。

ピカピカに磨かれた、近未来的な黄色いボディスーツをまとった子供の像。片手には脱いだマスクを、もう片方の手のひらには光を集めている。そして大きく見開いた瞳は、空高くはるか彼方を、未来を見つめているかのようだ。これほどわかりやすい希望の象徴はないだろう。しかし、その胸部にあるのは、あの「誤解を与えた」ガイガーカウンター。その数値が自然界ではありえない「000」を指していることが直接的な火種になり、色々な意見の導火線に、次々と火を付けることになった。これはヤノベケンジの無知ではない。東日本大震災の前から原発事故に関わってきた彼にとってみれば、それは自明の理である。ゼロという数を象徴的に用いたかったそうだ。しかし、それは事態の収拾には、何も用をなさなかった。大きく広がった山火事に一人で水を掛けても詮方ないのと同じだ。

しかしながら、忘れてはいけないことがある。今回、福島県が復興の旗印として招聘した作品が、たまたま『サン・チャイルド』だったのだ。決してヤノベケンジがこの作品を福島県に押しつけたのではない。それだけは、間違えてはいけない。

このプロジェクトは、長年、チェルノブイリと子供をテーマに作品を手がけてきたヤノベケンジが、日本で同じような原発事故が起きた事実に打ちのめされて、それを契機に取り掛かったのものだ。最初のお披露目は「福島ビエンナーレ2012」で、当時の子供たちにも人気を博した。その後も彼は福島と積極的に関わりを持とうと努めてきた。福島県や震災に関わりの深いアーティストは他にもいるにせよ、とりわけ彼は、アカデミックな世界にも属し、知名度も充分にあり、商業性と芸術性のバランスが取れている作家だ。加えて作品が優れていると判断すれば、招聘するのも自然な流れであるとも言える。

前述した「福島ビエンナーレ2012」での展示では、炎上することはなかった。むしろ好評だった。先日行われた「福島ビエンナーレ2018」の記者会見でも、ヤノベケンジが作品について語っている。福島県の要請の応じた理由のひとつも「子供にも人気だった」思い出があったからだと語っている。とはいえ、実行委員長の渡邊晃一は、「前回の福島空港の展示で、ほとんどの子供は作品の黄色い衣服=防護服として見ていませんでした。なぜならそこには、白い防護服を着る人々という現実があったからです」と述べている。おそらくはこのような意見交換が、招聘の際に行われていなかったのだろう。そうした声は、あったのかもしれない。しかし、結果的に重要視されずに進んでしまった。

さらにひとつ、私はここに「時間の経過」を加えたい。当時は何も知らずに夢中で遊んだ子供も、年を重ねている。当時の5歳は10歳に、当時の10歳は15歳に。その間に彼らは、多くの言葉に晒されてきた。それを過ぎてもなお、無邪気に福島へ降り立ったモニュメントに好意を抱くよりも、大人になっている。そして、今の5歳は――。原発事故の周辺に近づけたくないという思いを抱く親の存在も、想像に難くない。

歴史に「IF」はないとはよく言われるが、「もしも、本当のガイガーカウンターの表示と連動させるような仕掛けだったら……」と思わずにはいられない。これは唐突な、不満に対する都合主義ではなく、ヤノベケンジがつくりあげてきた作品世界からしたら、そのような技術との掛け算でいくらでも可能性をひろげることはできたはずだ、ということだ。

しかし、実際はそうならなかった。

私はもう一度、像を見上げた。誰にも注目されずに、空を見つめている。少し感傷的になったせいかもしれないが、このように下から見上げると、この像に、地上の現実から目を背けられているような気がしてきた。しかし、すぐに私は、その考えを頭から振り払った。いずれにしても、もし像が下を見てほほえんだとしても、それは「上から目線」とか言われてしまうのだから。

『サン・チャイルド』は「ビエンナーレ2012」の文脈では、そのままで機能した。しかし、時間の経過とともに複雑化した場所で展示するには、そのままでは存在できなかった。

そして、2018年の『サン・チャイルド』が立つ背後に停められたマイクロバスは「いいたて号」。そう、飯舘村へのスクールバスが駐車していたのだった。

実際の『サン・チャイルド』の堂々とした姿勢、輝く筐体は「もしかしたら、本当に未来からきた子なのかもしれない」と思うほど、浮世離れするものだった。2018年に福島駅そばにある子供のための施設に置くことで、それ自体以上の特性を帯びた作品に変化した。しかし、作者も、作品を招いた側も、そんな意図はなかった。問題提起をしたかったわけではない。だから、ヤノベケンジ自身もすぐに謝罪した。本当は、待ち合わせにも使ってもらえるような、街のシンボルなる、そんな「パブリックアート」を予定していたはずだ。その意味では、残念な結果である。

しかし、そうした「パブリックアート」だけが芸術なのだろうか。芸術に備わっている暴力性をコントロールしようとしたとき、商業デザインとの境界線が曖昧になっていくのではないか。

 

【目的のあるクリエイティブ、それは。】
その1時間後、私は福島駅を出発していた。バスで飯舘村を通過して、宮城県の原町駅まで行く2時間半ほどの道のりだ。阿武隈山系をひたすら進み、浜通りに出る。

途中、ある町を差しかかるところで、ため池の工事看板に「放射性物質」を処理している最中の旨が表示されていた。ある程度覚悟はしていたものの、最初の衝撃がここで訪れた。この辺りから、一見すると、のどかに見える田園風景なのに、近づいてみると、休耕田だったり、主を失った家だったり、という光景が点在していく。人の営みは、自然の前に、どうしようもない力で揺さぶられる。そして自然のみならず、人もまた、人を追い詰めてしまう。

そんな折、である。突如として、その光景は訪れた。突然、道の両側に、花の植栽が続くようになった。マリーゴールドだろうか、大ぶりの菊のような黄金色の花が、かなり長い距離で続いている。それらは、とても美しく、輝く道しるべのようでもある。川俣トンネルの手前まで続いていたのだが、看板から推察するに、自治会が運営しているらしい。明らかに、車で通る人のために植えられたものだ。バスで通りすがりだけの私だが、「また来てください」と言われている気にさせられた。これは、伝えることを目的化して、はっきりと機能する、美しく力強いプロジェクトだ。私は思わず「これぞ広告!」と心の中で叫んだ。誰が企画したのか、何人で運営しているのかは、わからない。しかし、このフラワーロードが、ただものではないことは確かだ。相当な距離を、花を植えて歩く。また来てもらいたい、ここに暮らしているのだというメッセージを、力強い彩りで訴求していた。

もしかしたら、私たちが一般に「パブリックアート」に求めるのは、このような効用だろうか。だとしたら、目的をもってデザインされたものは、芸術そのものではなく、広告・商業デザインに分類されるはずだ。これは私だけの主観ではない。アーティスト、芸術家と名乗るときに、他ならぬ自分たちがそのようなスタンスをとっている。

『サン・チャイルド』はたしかに、「パブリックアート」の立ち位置を難しくした。しかしながら、それは本当のことが剥き出しになっだけだ。

2020、そしてその後を見据え、今まで日本に足りていなかった芸術の力で、社会を変えようという想いが、あちこちで形になりつつある。とはいえ、すべてのことが芸術で解決できるとは限らない。だからその空間で必要なのが広告的表現なのか、芸術が必要とされているのか、その判断が求められている。その試みがうまくいくかどうかは、私たちが色々な問題提起や批判、本当に多様な意見から新しい価値観を生み出していけるのかどうかに掛かっている。

 

【参考文献】
ヤノベケンジが「福島ビエンナーレ」記者会見に参加。撤去が決まった《サン・チャイルド》を語る
https://bijutsutecho.com/magazine/news/report/18406

文字数:6102

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