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硬くて柔らかい、2020年代の先へ

「音楽は予言的であるが故に告知する。音楽は、いつの時代にもその原理のうちに、来るべき時代の告知をふくんでいたのだ」

ジャック=アタリ

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2012年に発表された「水星」(tofubeats feat. オノマトペ大臣)という楽曲には、歴史的なデータが圧縮されています。

このトラックを支配するのは、高音が印象的なリフと、穏やかな波間の揺らぎにも似た反復のリズム。そしてリリックは近未来・SF的なワードを使いながら現実を切り取る語り口。動画の再生回数は2018年9月の段階で684万回を超え、「いいね!」数は2.7万にものぼっています。発表されるとすぐに話題が広まり、様々なリミックスがあがるようになり、まとめサイトまで作られるほど。そして2015年には、注目の新人としてデビューしたDAOKOが、自身のメジャー1stアルバムでリアレンジver.を発表。もしかしたら、彼女のために作られた曲だと思っている人もいるかもしれません。

しかしこれらの情報は、まだほんの一面に過ぎません。もう少し、トラックの成り立ちについて潜ってみましょう。

この楽曲はテイ=トウワと今田耕司によるユニットKOJI 1200「ブロウ・ヤ・マインド~アメリカ大好き」(1996)を元にしたサンプリング手法を用いて作られています。tofubeatsとオノマトペ大臣は当時、カラオケボックスで作業を行ったといいます。音源は、その当時はsound cloudにもUPされていましたが、いまは閉鎖中。レーベル契約後、吉本からのクリアランス(対象曲の版権元からの権利許諾)も無事に得て世の中に広く伝わることになりました。

さらに、もう一段階。そもそも「ブロウ・ヤ・マインド」の着想は、トレースされたタイトルからわかるように、テイ=トウワ自身も参加したダウンタウンと坂本龍一によるGeisha Girlsの「Blow Your Mind 」(1994)でしょう。しかし聴者の印象を大きく左右させるのは、「水星」でも絶え間なく流れる、ひとつのフレーズです。冒頭でも挙げた高音のリフ。NONA REEVESの西寺郷太が著書で指摘しているとおり、この楽曲は、ほぼ間違いなくジャネット=ジャクソンの「This Time」(1993)から引いているであろうこと、聞き比べれば創造に難くありません。「ブロウ・ヤ・マインド」はアメリカ社会への憧れと日本で安寧に生きていきたいという葛藤をたたみかけるリリックに、トラックには、アメリカを象徴する一人のディーバが透けて見えているのです。そして、ジャネット=ジャクソンといえば、1990年代以降のJ-POPに大きな影響を与えた人物。最もわかりやすいのは、安室奈美恵、宇多田ヒカルという存在でしょうか。

ここで、極めてグレーな存在ではあるけれども、Perfume「マカロニ」(2007)とのマッシュアップをはじめ、1990年以降のJ-POPカルチャーを象徴する、MAD的なコラボレーションが行われていることを挙げておきます。もちろん、こうした試みは他の楽曲でも数え切れないほど行われています。とはいえ、実はtofubeats自身も、たとえば2017年4月のライブで椎名林檎の「丸の内サディスティック」(1999)とのマッシュアップを披露しています。この状況はまるで、打てば響いてJ-POPが出てくるかのようです。

そのような意味で、「水星」には、時間軸が圧縮されていると言ってもよいでしょう。まるでZipファイル化です。楽曲を展開することで「J-POPの歴史」が見えてくるのです。

ただし、tofubeatsの音楽について、「水星」だけが特別ではありません。というよりも、ヒップホップで頻繁に行われるサンプリングは、事物をデータベース化するひとつの表れであると言えます。tofubeatsに特有のことではないと反駁されそうです。ただし、2010年代、2020年代のJ-POPを担うとい意味で考えるには、tofubeatsの制作を支える基本的なアティテュードが必要なのです。

2014年の雑誌『WIRED』日本版VOL.13で「インターネットはいかにぼく(と音楽)を救ったか?」というタイトルで– tofubeatsは自分のルーツから音楽活動の10年分を語っています。

バンドを一切組むことのなかったぼくが(というか、組めなかった結果、ネットで調べてひとりで音楽づくりができることがわかったので)、最初に手にした楽器はサンプラーだった。

と語るように、tofubeatsが音楽をはじめたきっかけは、やたらと熱量のあるバンド結成秘話よりも、実のところは手が届きそうな、日常の延長線にあります。

その後、高校1年のときにMPC-1000に買い替えてパワーアップ(2004)。自宅ネット環境の高速化と相まってYouTubeというツールも手に入れました。デスクトップ音楽家として、まずはネット上から、コミュニティへ接近。同年代のtomadがsyemと共同でインターネットレーベル「Maltine Records」を立ち上げており、そこでDJ WILD PARTY、okadadaとも出会い、制作の楽しさにのめり込んでいきます。

ひとつの転機は、バイト先が店を畳むことになり、機材を買えなくなったこと。それを機に、制作環境をMPCからPCへ本格的に移行すべく、資金集めも兼ねて、ブートレグをまとめたCD-R「HIGH-SCHOOL OF REMIX」を自主発売。ヴィレッジヴァンガードやJETSETといった小売店へ自ら営業していくと、徐々に全国リリースタイトルのリミックスのオファーが舞い込むようになりました。

このリミックスの仕事は、多岐にわたるジャンルを多く手がけています。この頃すでに、彼のセンスに光るものがあったのは確かでしょう。それと同時に、踊れるリミックスが必要でした。J-POPで「いかに踊れるか」を求める声はどんどん高まっていたのです。

長らく、日本におけるヒップホップミュージックに対するイメージは、ざっくり2つの系統に分けられてきました。ひとつは音楽に出会う前は暴力と反抗を旗印にしていたギャングっぽい人たち。それと相対するのは幼いころからアートに触れる機会が多い、カルチャーエリートな人たち。

いずれの側も「これ」が自分のリアリティであるとリリックを紡いできました。しかし、世の中はそんな極端な人だけで成り立っているのではありません。「普通の人」のリアリティを表してはくれなかったのです。

ただ、ゼロ年代も半ばを過ぎ、そんな空気は徐々に変わってきます。少しずつ種を蒔き、1990年代の音楽業界バブルで蒔かれた多種多様な種が、一斉に花を開き始めたのです。しかし、1990年代に踊れる楽しさを知ったJ-POPの聴き手の準備が、整いました。作り手にも、歌い手にも、音楽の受容側にも、共通のコードが生まれました。そのコードは「踊れるかどうか?」。アイドルも、フォークシンガーも、ロックバンドも、こぞって「踊れる音」を求める時代が到来したのです。

もうひとつの転機は、Maltine Recordsではdj newtownと名乗り、リミックスとは別の作品群を発表していったことです。これまでにレンタルしたTSUTAYAのCD、ブックオフのCD、YouTube動画を、「踊れる」音楽へと編集する際は、この名義を使用することにしました。

神戸のニュータウンという、歴史のない町、神社のない町で自らのルーツを見つけていくことは、現在のtofubeatsの活動の根幹をなす部分でもあり、このリリースが、そのことに気付くきっかけとなった。

さらに、自分が当時のHIPHOPに感じていた違和感、例えば日本人が、なぜアメリカ人の音楽であるジャズをサンプリングしなければならないのか? なぜレアグルーヴを集めなければならないのか? J-POPって格好悪いものなのか?といった疑問を解消するために、またそうした傾向へのある種の反発もこめて、自分の手の届く音楽を自分の好きなように編集してつくった作品でもあった。

同じようなことを、別の角度から話しているので、紹介します。スペースシャワーTVの企画で、宅録スタジオを訪れる「オタク IN THA HOOD」という企画があり、そこで2015年にtofubeatsは当時の自宅スタジオで取材に応えています(以下は音声の文字起こしを精緻化したものです)。

(自分のCD棚を解説しながら)OLはすぐにCD売りますから。それで売ったCDを、俺がいっぱい、ブックオフで買ってOL感を…そういうOL感は大事にしていますね。もう、OLになりたいって思いながら音楽作ってますから。やっぱり「アフターファイブ」とか言いたいですね。あとは「最近流行のフレンチ」を友達3人ぐらいで食べにいきたい。でもそこらへんの(価値観も)、これが悪いんですよ。

(『ブラスト公論』を見せながら)これってみんな読んでたと思うんですけど。未だにこの回だけ読み直すっていうのがあって、「安室ちゃんと一緒に修学旅行に行ったら」っていう話で。。未だに俺に悪い影響を与え続けていて。ブラスト公論のせいで、こんな変態になってしまったいうのはありますね。それを宇多丸さんに言ったら「テメーの責任だよ」って言われましたけどね!

硬くて柔らかい、どちらのtofubeatsも知ってほしくて、引用が少し長くなりました。そして、実はとてもすごいことを言っています。1990年生まれの男性が「フツーのOL」という幻想を信じて前に進んできたという事実。それと同時に、音楽の歴史が引き継がれています。この2つは分かちがたいものです。

様々な分野で歴史の断絶の危機が語られています。tofubeatsの振る舞いは、それを解消するひとつの手段だと見てとれます。それは、音を紡ぐことで生きた歴史と対峙し、自発的にそれを受け入れること、新たなクリエイションにつなげること。それは価値観を塗り替えていくことです。ヒップホップカルチャーになぞらえるなら、グラフィティ。

『Brast公論』を読んでいること、その感覚を共有できることは、とても意味があります。それと同時に、別のルーツを持っている・あるいは持っていない、ということも大切なことです。

音楽フェスもクラブミュージックも一時期の流行ではなく、娯楽の定番として定着してきた時代に若い力を認められました。もしもその箇所だけ切り取り「時代の申し子だ」と言ってしまえば、どんなにラクなことでしょう。一見すると、サンプリングという手法はダンスフロアを沸かせるために作られたのだから起源に忠実なようにも思えます。しかし忘れてはなりません。いまは1970年代とは違います。

パーティのため「だけ」にトラックメイキングが盛んになったわけではありません。ネット上に自らも音楽をアップロードして、情報を交換すること。そこで空気を共有すること。それがゼロ年代後半以降のムーブメントの特徴です。

そして、「石の上にも三年」という言葉は、今ではすでに死語になりかけています。合わないと感じたコミュニティからは離脱していきます。tofubeatsが当時の神戸でヒップホップシーンと距離を置いたように。フワリと現状を超えていくけれども、そのコアはしっかりとしているのです。そしてその音楽は、現実に立ち尽くしながらも浮遊感を抱かせます。それは「これが私たちのリアリティ」と普通の人が言える感覚です。二極化で分断されるという人もいる。けれども、そうではない軸を出せる、音楽シーンにしていくtofubeatsの力は、今までの歴史の蓄積だけでなくて、未来の香りもします。

さて、あと10年後。tofubeatsが制作を初めて25年後は、どうなるでしょうか。2018年ですら、もはや、フツーのOLはCDを買わないのです。買うのは各方面のオタクばかりですが、それはtofubeatsが知りたい音楽ではないはずです。SNSにも「なりすましOL」がいる昨今。どのようにして、時間が経ってそれを知ることができるでしょうか。

こうなったら、フツーのOLの皆さんは、プレイリストを公開するしかないかもしれません。そしてトラックメイキングをする。フツーのOLであるために(しかし、それはもはや、フツーのOLと言えるのか怪しいですが)。――そして何より「フツーのOL」という意識は、もしかしたら次世代には受け継がれないかもしれません。けれども、決して特別じゃない、普通の人が好きな音楽の愛すべきところを見出し、価値観をアップデートして塗り替えていくという感覚は、tofubeatsの音楽とともに受け継がれるはずです。

2018年現在。tofubeatsは、あえて神戸に身を置くことで、わかりやすい形で消費されることを逃れているようです。それでも、何かの拍子に――たとえば、2018年日本公開の映画『寝ても覚めても』の劇伴と主題歌を担当したことで――騒動に巻き込まれることもあるかもしれません。しかし、それはたいした問題にはならないでしょう。

なぜなら私は、アルバム『FANTASY CLUB』(2017)のリリースにあたり、セルフレビューとは別の視点で、アルバムタイトルを名付けた経緯、そのアルバムが生まれた背景などを記した随筆を読んだからです。〔自分にとっての懐かしさは商店街にあるような親近感ではなく、国道から見るドライブスルーの看板のような距離感の方にある〕とさらりと言っています。この感覚がこれからもtofubeatsを形づくるとすれば、しなやかに、したたかに、現実を切り離さない音楽を送り出していくはずです。そしてそれは、つまり、私たちの現実も、しなやかに、したたかに、進んでいくというほかに、ほかならないのです。

 

【参考文献】
『ジャネット・ジャクソンと80’sディーバたち』西寺郷太/著 2016、星海社新書
『2010年文化論』
『ノイズ ー音楽/貨幣/雑音-』ジャック=アタリ/著 金塚貞文/訳 1985 みすず書房
『WIRED(ワイアード)VOL.13 [雑誌]』

▼オタク IN THA HOOD : tofubeats

▼「水星」オリジナル

http://www.tofubeats.com/suisei/

▼Perfume × tofubeats feat. Onomatopedaijin – 水星(マカロニmix)

文字数:5995

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