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高橋源一郎のまなざし~大人、子供、人間

「高橋源一郎」についての評論を執筆せよと言われたのである。ところが、ぜんぜん書けない。

だが、私の短い経験からいっても、「書けない」ということはいい兆候だ。何でもすぐ書ける、というひとは、どうかしているのである。

しかし、私が書けない理由は、「高橋源一郎」というテーマに私の中の何かが強く抵抗しているからではない。私が書けないのは、彼の腰があまりにも低いことに起因する、、、ことにしておく。[ⅰ]

 

それにしても高橋源一郎は、なぜこんなにも腰が低い、あえて、言い換えるのであれば謙虚なのだろう。とはいえ、実際に高橋さんが謙虚なのかどうか、私には分からない。会ったこともないのだから。ただ、一つ明らかなのは、私が高橋源一郎の謙虚さを感じたテキスト群のほとんどは、2011年以降に書かれた、東日本大震災から、福島第一原発で発生した原子力事故、そこから始まる大規模な国会前デモに関する一連の時評であるということだ。[ⅱ]

あの未曾有の被害をもたらした大震災を契機に、高橋さんの中の何かが、、、、と考えるのは、しかしあまりにも短絡だった。私はバカなのである。大震災を契機に多くの人々に価値観の転倒が起こったこと、それはあまりにも相同的な経験ある。そこで、今回は次のことに注目して、この問いに迫ってみることにする。

 

小説、『「悪」と戦う』の帯文には、高橋さんの以下のような発言が書かれている。

 

29年前、デビュー作『さようなら、ギャングたち』でやりのこしていたことが一つだけありました。ラストは、もっと別の形のものになるはずでした。でも、その頃のぼくには書けませんでした。だから、『「悪」と戦う』のラストを書くために、29年前の忘れ物を取りに行かなければなりませんでした。[ⅲ]

 

『さようなら、ギャングたち』という作品で書けずに、その後『「悪」と戦う』で書くことができたものとはいったい何だったのだろうか。それは、端的に「決意」であると私は感じた。それも、「決めないことへの決意」「なんとなく曖昧な決意」、、、それは「愛」である。

どういうことか。それは、真理を追求することへの諦めであり、その上に真理のようなものをそっと差し出すような、少しだけ謙虚な態度である。

 

『さようなら、ギャングたち』のラストでは、詩人の「わたし」=(高橋さん)が4人のギャングに詩のレッスンを行っている。その過程で恋人の「S・B」が元ギャングであったことが発覚し、ギャングたち、恋人及び愛猫の「ヘンリー4世」の死を目の当たりにする。「わたし」は自分が詩人ではなく、ギャングだったのではないかと思いたち、強盗、爆破等の行為を行う。自分がギャングであること、ナイスであることを証明するために自分の心臓を打って死ぬ(ギャングは頭を打たない限り死なない存在者として描かれている)のである。

このラストの展開は、加藤洋典の解説によると、あさま山荘事件そのものだという。[ⅳ]あさま山荘事件とは、1972年2月に起きた過激派左翼による強盗、人質立てこもり事件である。1951年生まれの高橋さんは、事件当時大学生である。高橋さんは、自身様々な媒体で語っている通り、全共闘世代であり、学生運動に積極的に関与していた。社会を変革する「革命」を志向していたその運動は、あさま山荘事件という、革命の本格的実践のようなものの失敗ののち、あっさりと終息していく。

『さようなら、ギャングたち』のラストは、端的に言って希望がない。それはつまり、高橋さんは、この小説を書いた時点では、このギャングたちを肯定することも、否定することもできなかったことを意味し、そのことに対して、ある種の無力さを感じていたことの表れではなかろうか。物語の最後、愛猫の死に立ち会う場面で、主人公の「わたし」はおそらく、正しいことをしなければならないと思った。「世界」を救おうとしていたのである。しかし、自分のしていることの正しさが分からなかった。だから、最後に主人公の「わたし」は死んでしまう。そして、頭のなかでは「わたし」は心臓を撃ったら死んでしまうということを、うすうす感じていたのではないかと思うのである。しかし、たとえ自分の行為の正しさが分からなくても、死んではいけなかった。考えることだけはやめてはいけなかったのである。

 

一方の『「悪」と戦う』という作品においては、3歳のランちゃん≒(高橋さんの子)が夢の中で「あく」と戦い、現実世界へ戻ってくる。この作品では、ランちゃん(3歳)が「あく」との戦いの中で「あく」について考える。この描写は、『さようなら~』の「わたし」と重なる部分もあるのだが、ランちゃん(3歳)は、「あく」を肯定したらよいのか、否定するべきなのかと考え続けている。この思考の継続性こそが『さようなら~』との大きな違いである。

 

「(前略)それから、なんか、あくって、そんなにわるくないきがするんだよ。あくって、ほんとに、悪なのかな・・・。」

 

ランちゃん(3歳)にも結局、どちらがいいのかは分からない。しかし、考えるなかで、どちらもいいのかもしれないという結論にぼんやりと行き着くのである。

これは、考え続けることが、その対象に寄り添うことを意味し、その継続性を愛と呼んでもよいのではないかという高橋さんからのメッセージだと思うのである。

優しさや、希望、愛についての言説は、それこそ掃いて捨てるほど存在する。世の中は、私たちが呑み込めないほど、時に辟易してしまうほど、愛や希望について語っている。にもかかわらず、その希望(の言説)はなかなか届かないのである。人々は、何世紀も前から同じ失敗を繰り返し、同じ主題と向き合い続けている。この反復は、このような困難が極めて個人的なものであること、また、個人にとって自身に降りかかる困難と客観的に向き合うことと事態が、何より困難であることに起因している。自分の人生に没入して生きていく存在、それが我々人間の基本形なのかもしれない。高橋さん自身も生涯の中でそれを痛感し、小説を書いてきたのではないか。

だから、私が高橋さんから感じた謙虚さというのは、『さようなら、ギャングたち』から『「悪」と戦う』までの29年間、高橋さん自身にも書けなかった=生きられなかった経験からくる、人間に対する寄り添いのまなざしのようなものだと結論付けられる。そしてその寄り添うような愛を表現できたのが、「わたし」ではなく子供の「ランちゃん」の視点からであることも重要である。これは人間としての成熟度に大人と子供の差が表れると思い込んでいるすべての人たちへの強烈なメッセージにもなっている。

 

さて、話は戻るが、『「悪」と戦う』執筆後の2011年3月に東日本大震災が発生したのち、高橋さんは、『恋する原発』という小説を世に送り出す。ところで、前述した『「悪」と戦う』の帯文には、高橋さんの次のような言葉も書かれているのである。

 

いまのぼくには、これ以上の小説は書けません。そして、これ以上の小説を書くことが、ぼくの、次の目標になりました。[ⅴ]

 

はたして、高橋さんは『「悪」と戦う』を超える小説を書けたのだろうか。『恋する原発』という小説を読み始めると、それはもう端的に卑猥な印象を受ける。ストーリーは、震災チャリティーAV(アダルトヴィデオ)を作成するために、主人公があれやこれやとアイディアを出していくというものである。少し変わった構成として、物語の後半に、「震災」に応答する文学についての論考調の、『震災文学論』を挟む。そして、物語の最終章が、謎に高まる感動とともに大円団を迎える。なぜか最後に胸を熱くしている自分がそこにいたのであるが、それは別として、確かにこの作品は、下品で馬鹿馬鹿しい。世の中から「不謹慎」という言葉が聞こえてきそうな作品である。性的かつ下劣な表現が多用されていることも含め、万人に向けられた文学ではないと断言できる。

 

『「悪」と戦う』以上の作品を書くということは、愛の広がり、その先を志向するということである。それはつまり、万人に読まれるという、ある種不可能な視座が必要になってくると思うのである。性描写の過剰では人間の深さは描けない。それは高橋さんも十分に分かっているはずである。高橋さんが次に書かなければならないのは、教化的であることを自己否定するようなテキストである。それは一見腰が低く見えすぎるだけで、とんでもなく教化的な視座からのテキストなのではなかろうか。大人には書けないテキストを、高橋さんは書かなければならないのである。
『「悪」と戦う』は、大人(になったつもりの人)のための児童文学だった。次に書かれるべき作品は、「テキスト」を越えなければならない。それは『「悪」と戦う』で教化された気になっている大人たちのためのものではない。(でも高橋さんは謙虚で優しいから、そういう作品も書いてしまう。)そうではなくて、今を生きる子供たちのための作品になるのではないか。なぜなら、子供たちも、いずれ、大人になってしまうのだから。

いつも人任せなのもどうしたものか。そんなことを言ってないで私自身が「悪」と戦っていかなくっちゃね。

 

[ⅰ] 内田 樹 編『日本の反知性主義』 (2015.晶文社)を参照。

[ⅱ] 高橋源一郎『ぼくらの民主主義なんだぜ』(2015.朝日新書)

『丘の上のバカ―ぼくらの民主主義なんだぜ2』(2016.朝日新書)

[ⅲ][ⅴ] 高橋源一郎『「悪」と戦う』」(2010.河出書房新社)帯文を参照

[ⅳ] 高橋源一郎『さようなら、ギャングたち』(1997.講談社文芸文庫版)解説

 

その他、斜体は言及している小説からの引用

文字数:3936

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