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反現場的・商業ドラマ批評

– サブスクリプションと長期シリーズ映像作品分析 –

 

 

目次

 

第1章 メディアミックス『ポケモン』論

 

1 ジムバトルが表現する落差

2 アイキャッチで深化するボスポケモンと、もう一つの再帰について

3 メディアミックスと反復

4 サブスクリプション時代における批評の手法

 

 

第2章 『朝ドラ』論

 

1 想像力と現実の間に横たわる距離

2 脱臼される原作と「朝ドラモデル」

3 空の容器、社会の近接

4 父性のディストピア

5 朝と夜、さらなる多様性に向けて

 

 

 

序章

 

日本で長期シリーズが展開されるポップカルチャーには、しばしば決まった物語類型が発見される。

1969年に放送が始まった『サザエさん』を筆頭に、『ドラえもん』、『それいけ!アンパンマン』、『クレヨンしんちゃん』、『忍たま乱太郎』など、いくつものディケイドを跨ぎながら放送され続けている長期アニメシリーズについて、もはやその存在を声に出して強調する必要もないだろう。

上に挙げられたどの作品を挙げても、読者の皆さんは、毎話ごとに用意された定型的なストーリー展開を想像しやすいはずだ。例えば『ドラえもん』なら、「のびたがジャイアンにいじめられた後、ドラえもんの助けを経て一時的に立場を逆転させる」パターンが存在するし、『それいけ!アンパンマン』なら、「アンパンマンがバイキンマンを退治して、バイキンマンがバイバイキーンと叫びながら空の彼方へ飛んでいく」映像を、何度も目にしたことがあるのではないだろうか。

これらの「型」は、物語の展開に安定感をもたらすことで、数十年と続く作品を下支えしている。決まって長期シリーズを鑑賞する人々への「約束手形」としても機能し、根強いファン層の形成に貢献しているのだ。

さらに、物語の定型化は、長期アニメシリーズが制作のための時間や費用を節約することをクリエイターに求めた結果でもある。例えばある決まった展開が用意されていることで、一度作ってから貯めておいた映像を「使い回す」ことまでできてしまう。この手法は「バンク」と呼ばれ、古くは手塚治虫原作のアニメ『鉄腕アトム』を起源とする。テン年代以降に始まった長期シリーズアニメでも、しばしば変身シーンなどで「バンク」が用いられている。

さて、本論が注目したいのは、以上のような長期シリーズ映像作品における、物語類型の脱臼についてである。

ここで鍵になるのは、〈メディアミックス〉と〈反復〉の機能だ。

どういうことだろう。もちろんその疑問への答えは次第に明らかになっていく。

私たちのすぐそばを流れていた湧き水を見つけるようにして、ポップカルチャーの枠で語られる長期シリーズ作品の動態をいまこそ分析したい。

作品に開いた穴からは、新しい〈反復〉の機能まで見通せるはずだと考えている。

 

 

 

 

 

第1章 メディアミックス『ポケモン』論

 

 

1 ジムバトルが表現する落差

 

1997年に放送が始まったアニメ『ポケットモンスター』(以降『ポケモン』)シリーズ。同盟のゲームソフトを原作とする、テレビ東京製作の最・長寿アニメ番組は、誰もがその名を耳にしたことがあるのではないだろうか。

長きに渡る物語の第1話は、実際にポケモンのゲームをプレイしている時に現れる、モノクロの対戦画面で幕を開けた。制作側が意識したのは、アニメの鑑賞にゲーム的な感覚を持ち込むことだったのだろう。アニメ版では、それがゲーム版の延長であることを強調するように、エピソードタイトル「ポケモン!きみにきめた!」の後で逆三角形のマーク(▼)が挿入される。これはもちろん、ゲームに置き換えれば「クリックすれば次に進む」の意味を表す。第1話が終わる時に表示されるのも、「▶︎TO BE CONTINUED」だ。

そして、当然ながらアニメ版『ポケモン』の魅力とは、それが人気ゲームと同じ世界観を持つことを強調しながらも、ゲームには現れないオリジナルの「誤配」を導くところにある。ロケット団のムサシ、コジロウ、ニャースがそのわかりやすい例だ。アニメ版の「キャラクター」として存在する彼らは、ゲームではありえない仕方でポケモンバトルに介入する。ゲームにおいては、通信相手もしくは野生のポケモンのみが対戦画面に現れる。それに対し、アニメ版でのバトルには終始ロケット団の邪魔が入ることになるのだ。

アニメ版『ポケモン』における勧善懲悪のパターンは、主人公のサトシと彼のポケモンピカチュウが、悪巧みするロケット団とバトルし彼らを追い返すことに終始する。旅を続ける主人公の周りを彩るディテールはその都度変化するものの、基本的にはサトシたちのポケモンがロケット団のポケモンとバトルし、勝利してエピソードは終わる。

じつは、アニメ版ならではの仕組み、つまりロケット団のバトルへの介入をより強く感じるのは、ゲーム版との差異から、基本的な勧善懲悪パターンが少し脱臼されるときである。なぜなら、そこではロケット団がポケモンバトルの二者関係から乖離させられ、第三者として機能し始めることが可能になるからだ。どういうことか。

わかりやすい例を示すために、ジムリーダーとのバトルを取り上げたい。サトシたちは、ポケモンマスターになることを目指しているが、そのために必要となるのがポケモンバッジであり、バッジは各街に存在するジムリーダーをポケモンバトルで倒した時に入手できる。アニメ版でも、サトシたちがバッジをかけて戦うとき、その相手は普段のロケット団ではなくジムリーダーとなる。サトシは〈非日常的に〉ジムリーダーと戦っていく。そのために、ここで通常の物語パターンを駆動するロケット団はバトルの場から分離し、本来とは異なる第三者的な立ち位置を獲得することになるのだ。そして、もちろんロケット団の物語への介入は常に止むことがない。サトシとジムリーダーのバトルの場において、彼らは普段とは異なる仕方で事件を巻き起こすのである。

ポケモンバトルの勝者がバッジをゲットできるゲーム版のルールとは異なり、アニメではサトシたちが「カオスな場を収拾すること」に価値が与えられる。やや言葉に語弊があるかもしれないが、〈ジムに起きた問題を利用して〉サトシたちはバッジを手に入れていくのである。その「カオスの収拾」パターンの一端を担うのが、ロケット団の起こす事件なのだ。

たとえば、ハナダシティではジムの水ごと吸い上げてポケモンを盗もうとするロケット団に対し、ジムリーダーとのバトルを切り上げてでも、サトシはその悪事を食い止めることになる。その恩恵にバッジをもらう。タマムシシティでは、植物園をモチーフとしたジムにロケット団の悪事から火が移る。バトルを中止し、ポケモンたちを火災から助けたサトシにバッジが与えられる。

アニメ版『ポケモン』では、ゲーム版において重要なジムごとの「ボスポケモン」を倒すことの価値が減少する。それはゲームにおいては存在しない、キャラクター化したロケット団という第三者の介入によって導かれる帰結だ。

それでは、このアニメ版『ポケモン』シリーズが、どのようにして「ボスポケモン」の価値(格好良さ、強さ、ビジュアルの魅力)などを保とうとしていたのか。それこそが問題であり、ここからの展開に関与する。

 

 

 

 2 アイキャッチで深化するボスポケモンと、もう一つの再帰について

 

「ボスポケモン」の存在感はずばり、放送半ば、CMに入る前の数秒の画面(アイキャッチ)によって示される。アニメ版『ポケモン』では、1997年当時から現在までこの「アイキャッチ」を一貫して活用している。CM前にモンスターの影だけを映し、「このポケモン、なーんだ?」というクイズを行っているのだ。CM後には、例えば「ピカチュウ」とナーレーターが読むと同時に、ピカチュウのカラーイラストが示される。これを様々なポケモンで行なっていくのが、このコーナーの趣旨である。

「アイキャッチ」は、〈反復〉という市場的な要請から生まれたと言えよう。短い時間ではゲーム作品の膨大な世界観を映し出すことはできないし、だからといって一度に2000分もの映像を見せ続けることも難しい。約25分という枠組みを毎週〈反復〉することで、アニメ版『ポケモン』は放送されることになった。毎回放送開始からちょうど半分の位置でCMが挟まれることになるが、そこで使用される「アイキャッチ」という画面もまたそれ自体〈反復〉構造を強く意識して作られている。長期シリーズにおいて何話も使い回せるように、ほとんどの画面が同じデザイン性を持っている。

アニメ版では存在感が希薄化してしまう「ボスポケモン」は、このCM前コーナーを通して視聴者に魅力をアピールする。物語に出てくる他のポケモンよりもレア度の高い「ボスポケモン」は、バトル以外のやり方から積極的に価値を放つのだ。

ニビシティのイワーク、クチバシティのライチュウ、ヤマブキシティのケーシィ(ボスキャラ・ユンゲラーの初期形態)、タマムシシティのクサイハナ、セキクチシティのコンパン(ボスキャラ・モルフォンの初期形態)、グレンシティのブーバーなどがその例である。

ここであげた「ボスポケモン」の数は6つ。物語で8つ存在するバッジの数と合わないと感じた読者もいるのではないだろうか。なんと残り2つのジムでは、CM前コーナーのクイズにおいて「ボスポケモン」とは異なる種類のポケモンが表示されているのである。

一つ目はトキワジムにおいて。例のコーナーではウィンディが紹介される。ジムリーダーのサカキが謎多き人物であり、今後の戦いに余地を残すという意味に加え、エピソード(63話)では、サトシの幼馴染であるシゲルがジムリーダーのサカキと先立ってバトルすることになる。そのため、シゲルにとって重要なポケモンであるウィンディがこの回では紹介されることになった。特殊な事例である。

初期『ポケモン』の物語はカントー編と呼ばれ、それがゲームにおいてもアニメにおいても〈再帰〉の構図を持っていることは多くの人にとって明らかなことだろう。つまり、主人公が生まれ、冒険を始めるマサラタウンの隣街「トキワタウン」にあるジムこそが、じつは最高難度で最後にチャレンジすることのできる場所なのである。サトシ達は、カントー地方を旅した後に、強いポケモンと7つのバッジを従えて再びトキワシティに戻ってくる。このようにして再帰の構図は生まれる。

もう1つのバッジの行方がどこに繋がるか、お分かりだろうか。興味深いことに、アニメ版『ポケモン』においては、トキワシティへの再帰、そこまでの道筋は〈すでに〉第7話から用意されていた。

初めから数えて「2番目」のジムタウンとして位置するハナダシティ。ジムリーダーカスミの「ボスポケモン」は、ゲーム版でもアニメ版でもスターミーだ。しかしながら、アイキャッチではスターミーの代わりに映されたポケモンがいる。

 

 

そのポケモンは、ゲーム版だと物語後半まで出現することのないポケモンだ。最弱のものでもレベル30前後でようやく出会うことができる。しかしながら、ハナダシティの物語には、ゲーム版では存在することのないそのポケモンが出現してしまう。さらにジムでのバトルに、そのポケモンが参加することはない。第7話のCM前コーナーで紹介されるにもかかわらず、長い物語の中でしばらく前景化することがないのだ。

ポケモンの名前はパウワウ。パウワウをメインに扱うエピソードは、旅も終わりに近づいた第61話において展開される。トキワシティへの挑戦の前に、サトシたちはハナダシティ、しいてはハナダジムへとわざわざ立ち寄ることになる。このエピソードでパウワウは、なぜ自らがハナダジムの「代表」であるのかを示すのだ。簡単に言えば、ハナダジムの経営は水中ショーによって支えられることになり、パウワウはその看板役者としての存在感を示す。

 

 

アニメ版『ポケモン』を鑑賞するとき、空白であるがゆえに再帰を呼び込む構図が用意されていることに気づくだろう。それはまず、ポケモンの物語世界が用意するトキワシティの効力なのであった。しかしながら、ゲーム版とアニメ版の変化(ロケット団の介入)から生み出されたCM前コーナーの「ボスポケモン」の機能に注目するとき、私たちはその道筋が1つだけではないことにも気づくのである。

ゲームとアニメの狭間で生まれた必要性は、もうひとつの空白を導き、旅の再帰をマサラタウンのすぐそばから予兆することになる。

おそらく、アニメ版の製作者たちは、ゲーム版との差異をもたらすため、単純な発想からハナダジムにパウワウを登場させたのではないか。そして、第7話の時点でパウワウをアイキャッチに抜擢した。このとき、CM前のコーナーでボスポケモンを取り上げようという確固たる意図はなかった。しかしながら、物語が進むにつれ、ロケット団の第3者的介入によりジムを象徴するボスポケモンの存在価値は低下する。それを受けて、制作チームは頻繁にボスポケモンを紹介していくようになった。つまり、ハナダジムにおけるパウワウの紹介は、全体の一貫性の元で用意されたのではない。アニメ版の物語を組み立てていく上で後から〈ヌケ〉が生まれた。そしてその空白は、パウワウをジムの象徴的な存在として機能させる必要を発生させ、物語の主要ライン(トキワシティの秘密)とは別のやり方で、オルタナティブな再帰の道筋を導くことになるのである。

 

 

 

 

3 メディアミックスと反復

 

さて、ここまでに示してきた『ポケモン』の考察を通して、筆者は何を主張したいのだろうか。一度立ち止まって議論のポイントを整理してみよう。

パウワウの空白が生まれたのには、いくつかの理由があった。まず①ゲームとアニメという、メディアの違いが挙げられる。メディア間の差異はロケット団の表象に変化を与えていたが、それを下支えする②〈反復〉構造の存在もおろそかにできない。約20分という短い時間で映像作品を反復していくスタイルは、勧善懲悪のパターンを生むだけでなく、何より「アイキャッチ」の生成に結びついている。この2つの極めて市場由来の原因が、アニメ版『ポケモン』におけるオルタナティブな分岐、そして新しい意味合いを生み出すのである。

定型的な物語「型」が繰り返される中で、ゲームとアニメの差異がまずその「型」を小さく脱臼し(ロケット団の役割が変化)、それに応じて「アイキャッチ」が変化を見せる(ボスポケモンの扱い方が変化)。結果的に、複数の脱臼が連鎖して、トキワシティへの回帰(パウワウの埋め合わせ)という意味性(大きな脱臼)を生み出してしまうのだ。この回帰は『ポケモン』の物語にとって重要な〈ネタバレ〉でもあり、いくらゲームとアニメの違いがあろうとも、ストーリーの本筋以外でこの事実を示唆してしまうことは、ある意味事故的ですらある。

〈メディアミックス〉から生まれる長期シリーズ映像作品が、市場由来の〈反復〉構造にかざされる中で、長期作品があらかじめ用意しがちな定型的な物語パターンが脱臼される

では果たしてその脱臼が、現代の社会において具体的にどのような効果を生み出しているのかを考察するのが本論の試みであり、それは第2章で本格的に引き継いでいくことになる。

 

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じつは『ポケモン』に関しては、ひとつめに挙げた「メディアミックス」状況の中に、コンテンツの〈キャラ〉化という興味深い事象も見受けられる。本稿の主張からは少しそれてしまうが、他の作品にも通ずる議論の参考として言及しておきたい。

『ポケットモンスター』というゲームソフトの枠組みは溶け、その内側にあったものが様々なメディアに流入し始めた。さらに『ポケモン』というコンテンツから溶け出した実態のないその何かは、データベースの中で〈ポケモン〉というように新たに形状化され、蓄積される。そして〈ポケモン〉がメディアを横断し、宿ったコンテンツの中で新たな『ポケモン』を生み出していく。

テクノロジーや市場の進化により、同じ世界観を持つ作品はもはや〈キャラ〉のように扱われている風にも見えるのではないか。『ポケモン』という作品自体が市場を回遊し、ゲームやアニメの中に宿ることで、そのメディアの特性に応じた変化を見せる。

東浩紀の議論を参照しよう。『ゲーム的リアリズムの誕生-動物化するポストモダン2』(2007年)によれば、キャラクターはメタ物語性を持ち得るのであった。これは、単独の物語に現れる「登場人物」とは異なり、物語から分離したキャラクターが複数の物語を回遊する状態を意味する。データベースに蓄積された〈ポケモン〉は、ここでいう「キャラクター」の位置に当てはめた状態に近いものとして想像できるだろう。

このようなコンテンツの〈キャラ〉化は、メディアミックス作品の市場での隆盛を促し、巡り巡って長期映像シリーズにおける「型」の脱臼に影響する。

 

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ふたつめの要因に挙げた「反復」についても、そこに新しい現象を見て取れるのではないか。

実は、これまで反復はメッセージ性を薄れさせてしまうものとして考えられてきた。多くの人々にとっては、そちらの意味合いに結びつけた方がイメージしやすいはずだ。映画研究者のトーベン・グローダルは、ゲームの反復性へ言及する中で以下のように述べている。

「よって、われわれがゲームと呼ぶところの遊戯的行為の中心的要素は、その反復性にある。なぜなら、何らかのかたちで反復的(可逆的)な行為は、不可逆的な過程を表現する悲劇的物語のような活動に比べて、真剣(serious)で「現実的」(“real”)と感じられる度合いがより少ないからだ」

ここで述べられているのはつまり、反復によって切実な意味合いが失われるということである。訳者の吉田寛によれば、一回性の出来事であるからこそ表現可能な「強いリアリティ」が存在したのである(『ゲームにとって死とは何か?—「ゲーム的リアリズム」問題再考』)。

しかしながら、これまで見てきたように、現代では反復するからこそ生まれる強い意味性も見受けられる。特に、メディアミックスが多く行われる〈キャラ〉化した作品にとってはそれがより強調される。

〈ポケモン〉のようなコンテンツは、〈反復〉を通して強いリアリティや作品ごとの個性を主張する。たとえば「ポケモンカード」「ポケモンGO」など、その特徴は常に反復と隣り合わせである。短いプレイ時間で終わるカードゲームは、それだけでも反復されなければ、多くのカードで遊ぶことはできない。さらに、消費者はカードの「収集」プロセスにおいても、新しいカードに出会うために、購買活動で反復を繰り返す。「ポケモンGO」も同じだ。ゲームアプリを何度もアップロードし、私たちは同じ土地の上を何度も歩くことによって、新しい楽しみ方を見出していく。

ほとんど起こり得ない、全く同じ「状態の反復」ではなく、ここで問題にしているのはあくまでも「行為の反復」だ。アニメを毎週繰り返し見ること、カードを繰り返し集めバトルすること、アプリを開いて繰り返し歩き重ねること。

このような消費者の〈反復〉行動が、メディアミックスで〈キャラ〉化したコンテンツにとっても、その特徴を表出する重要な力学となっている。〈反復〉構造に注目することで、製作者の無意識的な試みと市場の要請により、そこに生まれるポップカルチャーの落差に注目することができるのだ。

〈反復〉の力を、長期映像シリーズ「型」の脱臼の背景として接続したい。

 

(▶︎TO BE CONTINUED)

 

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