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文学という実存性

かもめのジョナサン (リチャード・バック著)

かもめのジョナサンはアメリカ空軍のパイロットが書いた物語であ
る。その物語にどんなメッセージが描かれているのだろうか。それ
は、Part Oneの章頭にある「われら」がすべての心に棲むかもめの
ジョナサンという一節に顕現されていると考える。物語の主人公は
ジョナサン・リヴィングストンというかもめである。彼はいかに速
く飛ぶことを追求し、強い生の肯定を感じさせる。それが、哲学者
フリードリヒ・ニーチェのいう超人のようなものであると私は解する。
何故なら、多くのかもめ達が飛ぶことより、食べる事を重視している
社会において、ジョナサンは飛ぶこと自体を追求した結果、群れから
離れざるを得なくなる。しかし、Part twoにおいて天国と
呼ばれる場で同様に飛行を追求する仲間に入り、

最終的には、もといた地上のかもめ社会へ帰ろうとすることで、
自由を得る事、そして自己実現出来る場が必ずしもユートピアではないと、
暗に社会への接続の必要性を述べていたとのではないだろうか。
また、帰属欲求、承認欲求、自己実現欲求とのせめぎ合いがテーマ
である。本作が出版されたのは1970年のアメリカであり、当時ヒッピ
ー文化が隆盛であったことと無関係ではないであろう。
ここでヒッピーについて定義する。ヒッピーとは、伝統・制度などの
規制の価値観に縛られた人間生活を否定することを信条とする、文明
以前の自然で野生生活への回帰を提唱する人々の総称である。
伝統を否定し続ける事だけが全てではない。
しかし、本書では、ジョナサンを通して、自己と他者との対話を通して、自己実現した
先にユートピアは存在するのであろうか。社会とつながらず、個を
追求する事、その思考実験を通して現実社会と向き合う事を強く感
じさせる本である。

老人と海 (アーネスト・ヘミングウェイ著)

老人と海は、主な登場人物が老漁夫のサンチャゴと少年である。
本書は、実存的問いが一貫したテーマではないだろうか。冒頭では、
老人と少年が、何気ない日常のやりとりといった、孤独な中にも社
会との接点を感じさせる。しかし、出航してから老人は、カジキ、
そして鮫と対峙する中で通底しているのは孤独と勇気、自然と人間、
そして自然は必ずしも克服出来ないものである。例えば、冒頭部で
の1匹も釣れない日が84日続いたという表現がこの小説が暗に自
然の厳しさを提示している。本書の特徴は、主人公が独り言という
形で心理描写がされている。また、一方で、漁において、魚と対峙
する描写がその現実感を読者に強く感じさせるものがある。魚と対
峙する過程で老人は負傷をする。以前は少年も漁船に同乗しており
、老人を補助していたが、彼の不在による不安感というのも人間性
を感じさせる。そのうえで、自己と対峙し長年の漁師生活の経験を
活かすことで、孤独と困難を克服していく人間の強さを表現してい
る。また、老人は、何度も押し寄せる鮫との対峙の中で鮫に食べら
れてしまうカジキに対し「これが夢だったらよかった。釣れないほ
うがよかったんだよ。こいつにはすまないことをしたなあ。釣りあ
げたのがまちがいのもとだ」という言葉が印象深い。また、港へ到着した時、

「おれはた
だ遠出をしすぎただけさ」と自分に言い聞かせるようにいった後、
冒頭から終わりに至るまで、運というものに回収されている点も印象的である。
本書を読むことで、非日常を追体験し、困難に対する勇気をもって
対処すること、一貫したヒューマニズムを感じることが出来るであろう。

君たちはどう生きるか (吉野源三郎著)

本書は、吉野源三郎という児童文学者であり、雑誌「世界」編集者が
書いた本である。本書は一貫して実存について問いかける本ではな
いであろうか。何故なら、他者とのかかわりについて記述された本
であるからである。また、これは大正教養主義をベースとして、描
かれた作品ではあろうが、本作が出版された昭和10年は、天皇機
関説事件が発生した年であり、日本の政治が変化していく真っ只中
であったことが歴史的意義が深い。本書では、主人公コペル君の叔
父が、コペル君へメッセージのやりとりをすることで、物語が成立
している。今でこそ、手紙のやりとりが書籍化される時代であるが
、当時として本スタイルは画期的ではないだろうか。ものの見方に
ついて述べているが、子供は天動説的な考えを持ち、大人になるに
つれて、地動説的のような考え方になるという表現をしている。ま
た、興味深いことに、一人の人間として経験することに限りがあり
、経験と学問を結び付けて、学問の必要性が述べられていることは
、現代においても重要な示唆を与えるものではないだろうか。
ナポレオンと4人の少年という章で、以下の記述が印象的である。
「ナポレオンは偉大な人物であったがナポレオンの障害を見て感嘆
するのは、そのすばらしい活動力のせいだという、この一事を、君
たちは決して忘れてはいけない」という内容である。
人間の過ちについて、認める事の重要性が記述されていたり、現代に
通じるものがある。また、人間各々を社会を構成する上での人間分子
運動と表現し、戦前以後の学生達が人生を過ごす上での一助になった
のではないだろうか。
本書に通底するのは、個としての人格形成の重要性と協同すること
の重要性を述べている。だが、このような内容の書籍が当時も売れ
たにも関わらず、その後軍国主義へと向かう上での反証とならなか
ったのが、残念でならない。

文字数:2237

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