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ルーブル美術館展 肖像芸術

ひとの顔はひとにとって、重要な位置を占めている。多くの人が目にするとわかっている場合、なおさらだ。SNSに写真をアップするときは、できる限り顔の映りがいいものを選ぶし、なんなら加工したりする。ポートレートは本人であるとわかる程度に美化され、「いいね」の海に投げ込まれる。ここでこのポートレートは、「いいね」よりも先に、加工される段階で「理想化」と「写実性」を獲得している。誰の写真かはわかるという意味で写実的であり、すこしでもいい印象を与えられるように美化されている、という意味で理想化されている。じつはこのふたつの性質、「理想化」と「写実性」は、大阪市立美術館で開催されている「ルーヴル美術館展」で、「肖像芸術」を貫くものとして提示されているものだ。

「肖像芸術――人は人をどう表現してきたか」、これが「ルーヴル美術館展」の副題だ。ルーヴル美術館全八部門の協力のもと、「肖像芸術」に焦点を絞って、112点の作品を展示している。作品群をわけると、「記憶」するのための肖像、「権力」を示すのための肖像、「大衆」を描くための肖像、というテーマごとのみっつのセクションに加えて、「プロローグ」と「エピローグ」としてそれぞれふたつずつ作品が展示されている。

この展覧会をみて、わたしの心に引っ掛かったところはふたつある。

ひとつめは、「自己に向き合う芸術家――啓蒙の世紀の3つの例」と題されたみっつの作品だ。「性格表現の頭像」、「自画像」、「嘲笑の表情をした自画像」とそれぞれ名付けられた作品たちは、この展覧会ではすこし特殊な存在であるように思われる。そのほかの作品はおおむね、冒頭に述べた「理想化」と「写実性」を基本としながら、たとえば「だれかを記憶する装置」、たとえば「権力を示す装置」、あるいは「世俗的な記録装置」として社会的役割を果たしていた、と示すように配置されている。そしてまた、それらはみっつのセクションそれぞれのテーマでもあった。しかし、「自己に向き合う芸術家」は、「大衆」のための肖像、のゾーンに含められているものの、芸術家自身の彫刻や自画像であって、直接的に「大衆」、あるいは「世俗的な人々」を描いたものではない。

ならばなぜ「自己に向き合う芸術家」は「大衆」のゾーンに置かれていたのだろうか。ここに、この展覧会の意味のひとつがある。作品解説によると、みっつのうちの「ぎゅっと目をつぶり、への字に曲げた口をテープでとめて、耐え忍ぶような表情をしてい」る「性格表現の頭像」の制作は、「妄想に悩まされた」作者メッサーシュミットが自分の体を「つまんで」「病を制御しようとしていた」、「治療」の一環であったらしいという。その左横にはデュクルーの「嘲笑の表情をした自画像」、さらにその左横にはグルーズの「自画像」がある。これら三つの作品は、「啓蒙の世紀の3つの例」と掲げられているとおり、おそらく「啓蒙」という目的のもと並べられている。つまり、ただ「啓蒙の世紀」につくられた作品を並べた、というだけではなく、観客であるわたし達を「啓蒙」する目的で並べられているのではないだろうか。苦悶する表情の彫刻作品、嘲笑する自画像、無表情な自画像。このみっつの作品のうち、「性格表現の頭像」だけが彫刻作品であり、苦しんでいるその表情はまさに立体的にそこにある。さらに、これを作るために作者は自らを「つまんで」いたというのだから、おのずとそこに、「苦しんでいる誰か」が立ち上がって来る。しかしそこでストップをかけるのが「嘲笑の表情をした自画像」であり、彼がこちらをさす指だ。立体的な存在感をもつ「苦しんでいる誰か」に魅入られそうになったとき、その指はわたし達を対象化し、それに気づいたわたし達はそこから身をはがすことができる。そして最後に無表情な「自画像」をみるに至り、彼の、感情がないとも思える冷静な目こそがわたし達にいま求められているのだと「啓蒙」されることになる。過度にある存在にのめりこむのでもなく、過度に対象化するのでもなく、冷静な目を獲得することこそが必要なのだ。

さて、ふたつめの気になった点は、「エピローグ」に展示されていた、アルチンボルドの「春」と「秋」だ。それらは通常の肖像画のようではなく、人の顔がそれぞれの季節の動植物で形作られている。説明文にある通り、「見る人の視線によって多義的イメージに変容する肖像の醍醐味」を感じることができる二作品なのだが、それまで「理想化」と「写実性」を地道に積み上げるようにしてきた展示の最後に、「理想化」と「写実性」をある意味裏切るようなものを置くのは、自らを更新しなければならない運命にある芸術の営みを模倣しようとした、ということもできるだろう。

これら二点にみられるように、この展覧会には肖像芸術を展示すると同時に、社会や芸術への目くばせをするという意図も含まれている。

文字数:2003

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