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tofubeatsと「愛」について

「寝ても覚めても」という映画を観た。原作者の柴崎友香がわたしと同じ関西出身で、不思議な親近感を抱いたからだ。この文章の目的ではないため映画の詳細は控えるにしても、わたしはラストシーンに深い感動を覚えた。感動を損なってしまうことを承知でそのシーンを切り取ると次のようになる。二人の男女がベランダで並んで、川(本シーンでは愛のメタファー)を見据えて「汚い川だ」、「綺麗だよ」と会話を交わしているところを、真正面からカメラがとらえる。会話が終わって沈黙がすこしあり、主題歌である「RIVER」が鍵盤の音とともに鳴り始める。

歌いだしは「寝ても覚めても愛は とめどなく流れる」である。会話のあとの沈黙――観客に、物語を反芻させ、ふたりの愛の流れを確かめさせるようなその空白に続けて、「寝ても覚めても愛は」。映画の題名に加えて「愛」、そこでわたしの心は決定的に揺さぶられた。

さて、この主題歌はtofubeatsというひとによるもので、調べたところ彼もまた関西出身だという。俄然興味をそそられてさらに調べると、これまでに四枚のアルバムをだしているらしい。1stとして「Lost Decade」、メジャー1st「First Album」、メジャー2nd「POSITIVE」、メジャー3rd「FANTASY CLUB」だ。これらから「RIVER」はどのようにうまれたのだろう。

アルバムがひとつの分節点であるだろうことと、「RIVER」が「愛」という言葉を歌詞にもつ曲であることから、これらのアルバムから「愛」もしくは「ラブ」という言葉を同じく歌詞にもつ曲を選んで「RIVER」との関係を考えてみたい。

選ばれた曲は「FANTASY CLUB」から「WHAT YOU GOT」「YUUKI」、「POSITIVE」からはなし、「First Album」から「20140803」、「Lost Decade」から「夢の中まで feat.ERA」「No.1 feat.G.RINA」「touch A」だ。古いものから順にみていきたい。

「Lost Decade」に収められている「夢の中までfeat.ERA」では「ラブソングって一体何だろう あの娘のこと目に浮かんだよ 上手くいっているかな大丈夫かな」に「ラブ」がでてくる。この一節は最初と最後にあらわれ、曲の終わりには「夢の中まで君を」が付け加えられる。ラップ部分にも「夢から覚めて夢」という文言があった。まさか「寝ても覚めても」「あの娘のこと」を考えているとでもいうのだろうか。

それはさておき、引用した一節に挟まれているのは「あの娘」との「過ぎ去ったシーン」だ。「さよなら」「暗い」「放心状態」「時は過ぎてく」などと散りばめられた言葉に曲調もあいまって、喪失を感じさせる。しかし喪失感だけがあるのかというとそんなことはなく、「光りだす街並み 冷えてく指先」というように、明るいものと暗いもののふたつともをわずかながら確認できる。のちに述べるように、明るいものと暗いものの両方を含む歌詞は「YUUKI」を経由し、「RIVER」における「いろんな愛を 集めた色のようだ 喜びも悲しみも 映してる」という歌詞に繋がっていく。

「No.1 feat.G.RINA」では、「つまらないことでも give me love give me love ダントツ一番なのさ君が」に「love」がでてくる。この曲では「君の一番になりたい そう思ってるけど 12時を指す時計が 別れを告げてる」。「君の一番になりたい」という感情のまえに、「12時を指す時計が」障害物としてある。もちろん実際にその感情のまえに障害物としてあるのは、恋愛関係にないという状況なのだが、歌詞としてはそのように読み取れる。そうして、「恋」の流れは障害物のまえにせき止められたまま、曲が終わる。

「touch A」で「愛」という言葉が現れるのは、「愛がどこにあるのか確かめられずに わかれてしまうのならさみしいね 長い夜をこえて朝が来るときは まだ君の感触を忘れられない」というところであり、これが三回繰り返されるのが全体の歌詞になっている。繰り返しのあいだに挟まれる楽器のディレイは「わかれてしまう」ということの「愛」のずれを象徴しているようにも聞こえる。「愛」のずれのあとでも、「まだ君の感触を忘れられない」。しかし繰り返しも最後になるとボーカルは低音に沈んでいくし、繰り返しのあとには鍵盤が単独で鳴っている上に断片的な声が重ねられる。意味を持つ言葉というより、「あ」とかそういうレベルのきれぎれな声だ。曲の終わりにはドラムが少しはいったのち、声と鍵盤がリフレインして消えていく。まるで「過ぎ去ったシーン」を何度も思い出すうちにすりきれて思い出せなくなるかのように。「touch A」では愛はむしろ消えてしまうものとして扱われているのではないだろうか。

「First Album」に収められている「20140803」では「君が一番だと思ってるものを一生涯愛せるのかい?」というこの一か所のみに「愛」がでてくる。この曲はだれか人間に対する愛を歌っているわけではなく、tofubeats自身の音楽に対する愛と、メジャー1stアルバムが出ることでさらに有名人になる、という自分自身(音楽に対する愛を含む)を相対化せずにはいられない状況の葛藤を歌っているように聞こえる。「First Album 10月2日に出る 知ってる 奴の顔は 俺と似てる 似てないかもしれない」。そう考えると、この曲の歌詞中の「君」は相対化されたtofubeats自身のことだろう。曲後半で「君が好きな音楽で」の繰り返しが徐々に「てゆか毎日 音楽で」にとってかわられることは、相対化された「君」が消えていくことをあらわしているため、音楽に対する愛が先ほど述べた葛藤を制したのだと言える。

人間に対するものだろうと音楽に対するものだろうと愛は愛であると考えると、「君が一番だと思ってるものを一生涯愛せるのかい?」が問題にしているのは「愛」の継続的な流れだ。その流れになんらかの障害(ここでは自分を相対化せざるを得ない状況)があらわれたとき、「愛」はどうなるのか?「20140803」が与えた答えは(川のように)流れ続ける、だ。これは「愛」が障害物のまえで立ち止まる「No.1 feat.G.RINA」や消えてしまう「touch A」からは一歩進んでいる。

「POSITIVE」を飛ばして、つぎは「FANTASY CLUB」だ。「WHAT YOU GOT」で「愛」がでてくるのは次の一節である。「些細な愛で 感じたいの 感情は ちょっと不安定 振りまいてよ your love」。この曲の歌詞では「でもそんなの気にしない」というフレーズが目立つ。「そんなの」には、「電話越し」の「君」が「元気ない」ことや、「欲してるもの手に入れられてるか」どうかということが代入される。ならば何を気にするのだろう。「君と踊りたいしうまくいきたい 他のこととか別にいいよ」、ということらしい。ここで気づいたのは、「踊りたいしうまくいきたい」「君」が音楽である可能性だ。「振りまいてよ your love」の「you」も音楽ではないだろうか。なぜなら、電話をしている「君」は人間だろうけれど、その「元気ない」「君」を「気にしないで」、「フロア最前で」人間の「君」と「踊りたいしうまくいきたい」とは考えないだろうし、「君と踊りたいしうまくいきたい」のすぐ前に「新しい音たくさん浴びたい」と、音楽についての話題がある部分があるからだ。

前に触れたが、「20140803」でも音楽に対する「愛」がうたわれている。「20140803」では音楽への「愛」と自意識の葛藤がある。他方、「WHAT YOU GOT」では音楽への愛と音楽の「他のこと」、たとえば「欲してるもの手に入れられてるか」どうかということなどが対立し、葛藤と呼べるのか怪しいほどスムーズに音楽への「愛」が勝る。音楽の「他のこと」は「別にいい」のだ。「愛」の途切れることのない流れはここから「RIVER」に繋がっていく。

「YUUKI」にはみっつ歌詞の塊があると考えられる。まず「It’s Sunny Sunny Sunday」から始まる、「放した手のぬくもり」を「忘れられ」ずに「君」を思いだして「寂しがる」、というひとつの歌詞の塊がある。そのあとにしばしのボーカルの沈黙を挟んで、「愛しあう」と三回繰り返される。二番目の歌詞の塊は「It’s Sunny Sunny Sunday」から始まり、「歩き出すその勇気 持っているだけできっと」「大丈夫」、その後「愛しあう」で再び塊が閉じられる。「寂しがる」の母音は「愛しあう」とまったく同じ「aiiau」なのに対して、「寂しがる」と同じ位置にある「大丈夫」は「aiouu」となり「愛しあう」の母音とは少しずれる。三つめは「It’s Sunny Sunny Sunday」で始まり、「寂しがる」や「大丈夫」に相当する位置に歌詞を持たず、「愛しあう」ともいわず、ただ「会いたいな」(aiaia)と二度繰り返すだけだ。残ったのは「ai」だけということになる。「愛」にずれが生じることは「touch A」のディレイを思い出させるが、明確に違うのは、「touch A」では「愛」が消えてしまうのに対して、「YUUKI」では「ai」が、つまり「愛」が残るということだ。

またこの歌詞には、「晴れた日」に「君」のことを考えて「寂し」くなってしまう、というひとつの対比が、つまり明るいものと暗いもののふたつともが同時に存在する。このことは前に述べた通り「夢の中までfeat.ERA」に兆しが確認でき、「RIVER」における「いろんな愛を 集めた色のようだ 喜びも悲しみも 映してる」という部分を思い起こさせる。

「愛」は、「touch A」や「No.1 feat.G.RINA」で消えたり障害のまえにせき止められたりし、「夢の中までfeat.ERA」では存在し続けるものとして描かれる。「20140803」、「YUUKI」、「WHAT YOU GOT」では、「愛」は存在し続けるという方向がとられるが、消えたり障害物がでてきたりすることをどう乗り越えるか、ということに焦点が移る。ここで「RIVER」の一節をみてみると、「ふたりの愛は 流れる川のようだ 途切れることないけど つかめない」とある。「愛」は存在し続けているという点では「20140803」、「YUUKI」、「WHAT YOU GOT」と共通しているが、「つかめない」。これは障害物の乗り越えとはまた別の問題だと考えられ、これまでより一層複雑な「愛」を歌っていると考えられる。

また他方では、「夢の中までfeat.ERA」、「YUUKI」、「RIVER」の共通点として、「光りだす街並み 冷えてく指先」、「晴れた日」に「君」のことを考えて「寂し」くなってしまうこと、「喜びも悲しみも 映してる」、というふうに明るいものと暗いものの対立が曲中に含みこまれているという点があげられる。

「愛」の継続性と、「明るいものと暗いもの」が問題にされ続けているということになるだろうか。

この文章ではtofubeatsの楽曲の一部を「愛」という観点から主に歌詞分析をしたが、もちろんそれは一面的なものだ。けれどその一面からでも立ち上がる、扱った曲におけるある種の変化や一貫性を感じ取ってもらえれば幸いである。

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