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キネトスコープの亡霊

スマートフォンでNETFLIXを立ち上げる。NETFLIXイチオシの映画が表示されるが、基本的にそれを観ることはないのですぐさま下にスクロール。視聴中コンテンツ。そうそう、NETFLIXの私は『攻殻機動隊2ndGIG』を見直しているのだった。NETFLIXの私のほかに、AMAZOM prime videoの私もいる。ちなみにA. p.v. の私は、プロフェッショナル仕事の流儀のシーズンワンを一気に観ている。まあ、観ているというか、ながら作業のときに流しているわけで、それを観ているといえるか分からない。seeとwatchの違いとか、そういう話だ。でも、流すっていいですよね。streamですか。
この一気見というやつは、大人買いに似た快楽がある。至福、贅沢、こういうのでいいんだよ。でも、プ仕事はシーズンワンしか、まだ観れない。今は、14話中の5話目。14話に辿り着いたら、きっと悲しくなる。「あー、終わっちゃった」ってなる。さよなら、ささやかな幸せ。でも、それはA. p.v.の私。NETFLIXがあるもの。というか、別にA. p.v.だって、NETFLIXだって、視聴中コンテンツから下にスクロールすれば、履歴から自分にあったコンテンツをrecommendしてくれるから、このstreamingに終わりはない。ゆく川の流れは絶えずして、また元の水にあらず。覆水盆に返らず。
時間がない。時間がないと言っていたのは、不思議の国のアリスのウサギ。ちなみに、『網状言論F改』に収録されたシンポジウムで、東浩紀も連呼していたらしい。違う媒体だが、村上隆は、「インターネットとyou tubeで時間がなくなった」と言っていた。
時間については置いておいて、NETFLIX、スマートフォン、インターネット、平成年間に登場したそれらによって、映画はそれまで持ち得た特権的な位置づけを奪われた。NETFLIXやそれに類似するサービスを利用する私たちは、「今観ている映像は映画かしら」など意識していない。「ほしいものが、ほしいわ」というのは糸井重里のつくったキャッチコピーだが、我々は「観たいものが、観たい」という欲望に忠実に従って、NETFLIXの用意してくれたアーカイブスをあさっている。
もちろん、その状態に意識的に抗している人もいる。濱口竜介監督などは、その一人であろう。彼は、自分の作品のソフト(DVDなど)を販売していないし、配信もしていない。それは、おそらく東が、ときおり、口にする「今、生き残る戦略は宗教かアフィリエイトかの二択しかない」といううちの、宗教戦略だろう。宗教といいきると、語弊がありそうだから、宗教的戦略と言い直す。
濱口竜介監督については、批評再生塾第14回で取り上げることになると思われるので、今回は深く取り上げない。では、誰を取り上げようか。
先日といっても、半月以上前になるが、久しぶりに小学校の頃の友人と会い、ふと映画の話題になった。「だれかおススメの映画監督いる?」と問われ、私は「白石晃士監督って、面白いよ。たしかyoutubeで、無料でみれる動画がいくつもアップされているし、時間があるときに観てよ」と言ったと記憶している。youtubeに動画があがっているのを白石監督が気づいていないとは思い難い。youtubeに違法にアップロードされた自身の作品をそのままにしておく。それはまさに、アフィリエイト戦略である。宗教的戦略をとっている濱口竜介監督に対して、白石監督はぴったりとくる。
[白石監督の『ノロイ』から]
というわけで、白石監督の『ノロイ』(2005)から取り上げる。概要やストーリーはwikipediaに、良いものが載っているので、気になる方はそちらを参照されたし(なんなら、動画を観てもよい)。そこらへんは人任せで、私が『ノロイ』に魅了された理由を述べたい。私は『ノロイ』を観て、昔のテレビ番組を思った。「あー、懐かしいな。そうそう、この感じ。いかがわしくて、猥雑で、でも大好きだった。もしかしたら自分は見てはいけないものを見れる(見た)と思えた」。そう思う、私は昭和生まれだ。(平成生まれの人に『ノロイ』を観てもらって、感想を聞きたい)。昭和は良かったと言いたいわけではない。でも、昭和を語らずには平成は語れないと思う。そして映画史なのにテレビの話からしたい。いや、むしろ今から映画史を語るのならばしなければいけないだろう。2018年、『万引き家族』を監督した是枝裕和監督は、もともとはテレビの人だった。そして、白石監督の『ノロイ』には間違いなく、白石監督が視聴したであろう昭和のテレビの記憶が刻まれている。

[是枝裕和の『映画を撮りながら考えたこと』から]

テレビジョンはジャズです。では、ジャズとは、と聞かれたら、そう、R・ヒューズの言葉を贈りましょう。

「ジャズは円周です。あなた自身がその真中の点です。ジャズは作曲された音楽ではなく、拍子とリズムのある限り、感ずるままに、進むに連れて作曲しながらの即興演奏インプロビゼーション―とても幸福な、時には悲しい、演奏する行為です」。

テレビジョンもそうです。送り手と受け手があるのではなく、全員が送り手と受け手なのです。既に書かれている脚本を再現することではなく、たえまなくやって来る現在に、みんなが、それぞれの存在で参加するジャム・セッションです。テレビジョンに、”既に”はありません。いつも”現在”です。いつも、いつも現在のテレビジョン。だからテレビジョンはジャズなのです。

―「V章 テレビジョンはジャズである」より

1960年代から70年代のテレビマンたち、の言葉である。昭和のテレビは、映像メディアの古典クラシックである映画に対して、ジャズとしての映像メディアであろうとしていた。それは、白石監督の『ノロイ』を観て私が感じた昔のテレビ番組の持っていたもの、「いかがわしく、猥雑、もしかしたら自分は見てはいけないものを見れる(見た)と思える」というものと合致する。

本質を問うというラディカルな作業は企業が安定していくに従って排除されていく

上記の村木の言葉を引きながら語る是枝によれば、本質を自問自答するテレビは70年代に終わった。だが、1960年代に生まれた「テレビっ子」たちは、1980年代から大人になって、社会で活躍を始める。

私見だが、1960年代生まれで、優れた映画監督は多い。是枝裕和、庵野秀明、犬童一心、岩井俊二、森達也、橋口亮輔、廣木 隆一、etc…。彼らに共通しているのは、メディアに関わらず、様々な作品を残していることだ。それから、1960年代生まれには、映画監督を志向しながら、他の分野で活躍したものも多い。たとえば、ビデオニュース・ドットコムを神保 哲生とともに立ち上げた宮台真司やメタルギアシリーズで有名な小島秀夫などがそうだ。

世代の話となれば、日本経済の動向を抜きには語れない。バブル崩壊したのは1991年あたりからで、そこからいわゆるロストジェネレーション世代とか、就職氷河期といわれるようになった。

[白石監督の『オカルト』]

白石監督は1973年生まれ、おそらくは、ロスジェネ世代に含まれる。白石監督作品『オカルト』(2009)は、世代の刻印がなされた作品だ。この作品の主人公は二人いる。一人は白石晃士という監督自身と同姓同名、同じ職業(映像制作に携わる)の男性。もう一人は「神からの啓示」を受けて爆弾テロを実行しようとする江野祥平。江野は、いわゆる脱社会的な男性として描かれる。

白石の『オカルト』と東の『クォンタムファミリーズ』(2008.5-2009.8)はよく似ている。

[白石監督の『戦慄怪奇ファイル コワすぎ!』]

1960から70年代にかけてテレビジョンが映画のオルタナティブの場であったように、インターネットは2000年からテレビジョンのオルタナティブの場として希望を集めた。

白石監督も『戦慄怪奇ファイル コワすぎ!』というOVA作品のキャラクターを使っての、実験的な生放送を行っている。

 

 

 

[時間的に、たどり着けないだろう終わり]

覗きこむ穴の先にある映画(私的な映像コンテンツ)と、小屋(劇場)のスクリーンで上映する映画(パブリックな映像コンテンツ)。映画の源流には、二つの道があった。19世紀から20世紀にかけては、後者の映画が主流だった。ところが、失われたかに見えた前者の映画は、21世紀に息を吹き返した。誰しも自分の欲望のままにのぞき込めるtubeを持つ時代に、公共はいかにして立ち現れるか。


あ行

赤坂 真理(あかさか まり、1964年5月13日 – )

東 浩紀(あずま ひろき、1971年(昭和46年)5月9日

阿部 和重(あべ かずしげ、1968年9月23日 – )

庵野 秀明(あんの ひであき、1960年5月22日 – )

犬童 一心(いぬどう いっしん、1960年6月24日[1] – )

岩井 俊二(いわい しゅんじ、1963年1月24日 – )

押井 守(おしい まもる、1951年8月8日 – )

 

か行

Cocco(こっこ、1977年1月19日 – )

是枝 裕和(これえだ ひろかず、1962年6月6日[2] – )

さ行

神保 哲生(じんぼう てつお、1961年11月10日 – )

白石 晃士(しらいし こうじ、1973年6月1日 – )

劇場公開用映画
ノロイ(2005年)- 監督・脚本
オカルト(2009年)- 監督・脚本・撮影・編集・出演
戦慄怪奇ファイル コワすぎ!史上最恐の劇場版(2014年)- 監督・脚本・撮影・VFX・出演
ある優しき殺人者の記録(2014年9月6日公開)- 監督・脚本・撮影・出演
殺人ワークショップ(2014年9月13日公開)- 監督・脚本

戦慄怪奇ファイル コワすぎ!FILE-01【口裂け女捕獲作戦】(2012年)- 監督・脚本・撮影・出演
戦慄怪奇ファイル コワすぎ!FILE-02【震える幽霊】(2012年)- 監督・脚本・撮影・編集・出演
戦慄怪奇ファイル コワすぎ!FILE-03【人喰い河童伝説】(2013年)- 監督・脚本・撮影・VFX・出演
戦慄怪奇ファイル コワすぎ!FILE-04【真相!トイレの花子さん】(2013年)- 監督・脚本・撮影・VFX・出演
戦慄怪奇ファイル コワすぎ!劇場版・序章【真説・四谷怪談 お岩の呪い】(2014年)- 監督・脚本・撮影・出演
戦慄怪奇ファイル コワすぎ!最終章(2015年)- 監督・脚本・撮影・VFX・出演
戦慄怪奇ファイル 超コワすぎ!FILE-01【恐怖降臨!コックリさん】(2015年)- 監督・脚本・撮影・VFX・出演
戦慄怪奇ファイル 超コワすぎ!FILE-02【暗黒奇譚!蛇女の怪】(2015年)- 監督・脚本・撮影・VFX・出演

た行

タナダ ユキ(1975年8月12日 – )

津田 大介(つだ だいすけ、1973年11月15日 – )

は行

橋口 亮輔(はしぐち りょうすけ、1962年7月13日[1] – )

廣木 隆一(ひろき りゅういち、1954年1月1日 – )

ま行

マイケル・フランシス・ムーア(Michael Francis Moore[1], 1954年4月23日 – )

町山 智浩(まちやま ともひろ、1962年(昭和37年)[2]7月5日 – )

宮台 真司(みやだい しんじ、1959年3月3日 – )

三木 聡(みき さとし、1961年8月9日[1] – )

森 達也(もり たつや、1956年5月10日 – )

は行

藤原 新也(ふじわら しんや、1944年3月4日 –

や行

山下 敦弘(やました のぶひろ、1976年8月29日 – )

短編映画[編集]
その男、狂棒に突き

劇場公開用映画[編集]
どんてん生活(1999年)
ばかのハコ船(2002年)
リアリズムの宿(2003年)
くりいむレモン(2004年)
リンダ リンダ リンダ(2005年)

山田孝之の東京都北区赤羽(2015年、テレビ東京)※本人出演


作品名

な行

ニコニコ動画(2007年~)

は行

ビデオニュース・ドットコム(1999年~)

ま行

松嶋×町山 未公開映画を観るTV(2009年~)

文字数:4861

課題提出者一覧