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文の透明性/技術書に見出す文学性/文の力

文の透明性 (乾くるみ「イニシエーション・ラブ」)

「最後から二行目(絶対に先に読まないで!)で、本書は全く違った物語に変貌する。」

という売り文句で宣伝された小説「イニシエーション・ラブ」は、その挑戦的な文言にも関わらず、注意深く読み進める読者でも衝撃を受ける結末を迎える。

 なお、同書は2015年に映画化もしているが今回は小説版を取り上げる。

 基本的なストーリーは一見して冴えない主人公鈴木が、ヒロインの繭子ことマユと距離を縮めて行く恋愛物語である。大きくSide ASide B2つのパートに分かれている。

 Side Aは鈴木の大学生活を送る鈴木とマユとの関係を築いていくが、Side Bで社会人を迎えると職場での女性美弥子とマユに妊娠によって2人の関係は崩れていく。職場の女性との浮気、妊娠の告白、物語の中盤から終盤にかけてシリアスな展開に読者は集中してしまう。

 ストーリー自体は恋愛物語に終始するが、ミステリーに一気に変わるのは最後の2行である。ネタバレになってしまうので明言は避けるが、それはまるで文が透明性を失ったかのような印象を受ける。

 ここで「文の透明性」とは、一言で言うと「文そのものの存在を意識しているか」を指している。

 通常文章を読むときは、その文章を通して作者の伝えようとしているストーリーや主張を理解することにつとめる。このとき「文を読んでいる」と強く意識する、というよりは無意識のうちに眼前で物語が起きている、もしくは筆者が口頭で説明しているかのような感覚を受けるはずだ。しかしそれは単なる錯覚にすぎない。

 実際は文字を目で知覚、文字列から文章を認識、文章から意味を理解、理解した意味から起きている状況を想像、という一連の過程を経ている。この一連の過程を意識せずとも状況を想像しているのが「文が透明になっている状態」だ。

 イニシエーション・ラブは結末を読んだ瞬間に「文章から意味を理解」する行為が不透明になってしまう。

 まさに文の透明性を利用した作品といえよう。

 

技術書に見出す文学性(フレデリック・ブルックス「人月の神話」【新装版】)

 「銀の弾丸」といえば、何を想像するだろうか? 一般に通常の弾丸では射殺できない狼男や吸血鬼を射殺できるものとして取り扱われる。一方、ソフトウェア技術者の間では「技術的なあらゆる課題を解決させる魔法の道具」として認知されていることの方が多いだろう。そして「そんなものは世の中に存在しない」というところまでが界隈の常識である。

 この「銀の弾丸などない」という言葉を生み出した作品がフレデリック・ブルックス著「人月の神話」の新装版にも掲載されている論文である。

 フレデリック・ブルックスは、アメリカのソフトウェア技術者で、計算機科学者である。1956年にIBMに入社し、オペレーティングシステムOS/360の開発者としても知られている。人月の神話は、ブルックスが経験したソフトウェア開発やプロジェクトマネジメントの失敗を書籍化させたものである。初版は1975年と43年前に出版されており、挙げられている事例がかなり古いものであるが、書かれている内容の多くは現在のソフトウェア開発にも教訓とすべきノウハウが詰まっている。43年経過してもソフトウェアにおける本質的な問題は残念ながら変わっていないという言い方もできよう。

 同書で特徴的なのは章ごとに用いられている比喩である。

 タイトルである人月の神話もそのひとつだ。そのほかにも、ソフトウェア開発チームを「外科手術チーム」アーキテクト(開発プロジェクトの技術責任者)を貴族に見立てて、開発プロジェクトを進めることを貴族政治と表現したり、システムプログラム開発を「タールの沼」と表現している。ある種の文学的な側面を持つ。

 このようにたとえ技術書に分類されるような書籍であっても、文学性を見出すことは可能である。

 

文の力(奥村春彦「C言語による標準アルゴリズム辞典」)

 特に用途はない。

 一見して大したことのない言葉であるが、これがソフトウェア開発におけるプログラムの説明であったらどうだろうか?

 実は「C言語による標準アルゴリズム辞典」に掲載されている一文だ。

 同書はその名の通り「C言語」と呼ばれるプログラミング言語でのアルゴリズム(問題の解き方)が集められた辞典である。1991年に初版が発売され、すでに27年もの月日が経てもなお読者は多い。

 冒頭の一文で説明されているアルゴリズムは「たらいまわし関数」と呼ばれる。別名竹内関数とも呼ばれ、竹内郁雄が考案した関数である。自分自身の処理の呼び出し(再帰処理)を大量に繰り返し処理が終了するまでに膨大な計算量を要する。

 プログラムは本来人に対して何かしらのメリットを与える目的で書かれるものである。ゆえにタスクをいかに早く終わらせるかを主眼に置くソフトウェアの世界において、むしろ多くの処理を要してしまうのは確かに用途がないように感じられる。

 だからこそ、プログラムを「特に用途はない」と断ずる一言は読者に強烈なインパクトで与える。

 とはいえ、実はたらいまわし関数には明確な目的があるのだ。考案者の竹内が自ら書いているブログを参照すれば、Lispを能力を活かしたベンチマークを行うために作られたことがわかる(*)。

 しかし、もしたらいまわし関数がベンチマークを目的として書かれていると書かれていたら、読者にここまでのインパクトは与えなかったであろう。

 辞典にたかだか一文に大した意味など込められてない、と思われるかもしれない。しかし、「特に用途はない」という文字の羅列は紛れもなく文であるし、読者のインパクトを与えるということから、人の心も動かしている。

 これは奥村が生み出した文の力といえよう。

(*)https://cybozushiki.cybozu.co.jp/articles/m000434.html

文字数:2427

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