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ねじれたヤンキーたちの交響曲

なぜ「ヤンキー文学」に魅かれたのか

僕の通っていた中学校は、ヤンキー文化の残る中学校だった。日常的にボンタンを履いていて、卒業式には白ランを着る友人もいた。ヤンキーでない僕や大半の同級生もが自分のサイズより一回り大きいジャージを着ていた。6Lのジャージなんて、今まで着たことはなかったし、これからも着ることもないだろう。こんな具合に僕の中学校はヤンキー文化が近い存在だった。
 そんなヤンキー文化のシンボリズムが日常に浸透していたので、まるで教養を学ぶようにヤンキー漫画や音楽に触れていた。ヤンキー文化のカルチャーに触れる人には二種類の人がいると思う。ひとつはヤンキー、あるいはヤンキーに憧れがある人。もう一方は、ヤンキー文化の学校に所属しているなかで、教養として必要性を感じる人。僕は後者であった。

 本稿では特に影響を受けた作品、森田まさのりの『ろくでなしBLUES』(1988~1997)(以下、『ろくでなし』)とゼロ年代初頭に台頭した「EXILE」をとりあげたい。『ろくでなし』は、帝拳高校の前田太尊を主人公とした、学園漫画である。他校とのケンカが多く描かれる中に短編のギャグが散りばめられている。初めて読んだときの印象は、ヤンキーたちが「ツッパる」姿をイメージしていたのに反して、登場人物たちがあまりそこにこだわりを持っているように見られないということだった。
 僕が中学校時代に『ろくでなし』を読んでいた当時は、『ろくでなし』がどのような時代に生まれたのかを気にすることはなかった。しかし、なぜ『ろくでなし』のヤンキーたちが「ツッパる」ことが気になる。僕がイメージしていたほど、ヤンキーはもともとツッパッてはいなかったのか?それともツッパらなくなったのか?

 『ろくでなし』のヤンキー・マンガにおける位置付けを、『ヤンキー文学論序説』に収録されている森田真功のテクスト、「ヤンキー・マンガ・ダイジェスト」を補助線として整理したい。森田真功によれば、一九八二年を皮切りに、一九八三年の『BE-BOP-HIGHSCHOOL』が連載をスタートし、八八年に『湘南爆走族』の連載修了と同時にハロルド作石の『ゴリラーマン』や田中宏の『BAD BOYS』、森田まさのりの『ろくでなしBLUES』や西森博之の『今日から俺は!!』の連載が始まった、その移り変わりをヤンキー・マンガの最大のターニング・ポイントとしている。森田のテクストは、ヤンキー・マンガのターニング・ポイントを語る上で重要な示唆を与えてくれる。

 現実との照応でいえば、『ビー・バップ』の初期や『湘南爆走族』が、八〇年代ヤンキー文化のブームと併走し、生のそれと密接にリンクしていたのに対し、八八年以降から九〇年代初頭にかけて発表されたものの多くは、むしろブームを後追い、ヤンキー文化の影響を受けて成り立ったサブ・カルチャーの、いちヴァリエーションである色合いが強い。―森田真功「ヤンキー・マンガ・ダイジェスト」

 『ろくでなし』にもこのターニング・ポイントに描かれたという特徴が見られる。主人公の前田太尊は帝拳高校で一番の実力を持ちながら、番長という肩書にはアイデンティティを持っていない。前田はプロボクサーを目指しているのである。その他の登場人物にもボクサーを目指す人物もいて、もはやケンカが全てではないというように拳を自制するシーンも見られる。このように、『ろくでなし』は校内や他校との決闘シーンが中心であるにも関わらず、八〇年代初頭のリアルタイムのヤンキー文化と併走するマンガに見られる「ツッパり」への執着が見られない。
 一方で、『ろくでなし』の中にもツッパリ続ける人物がいる。僕は、中田小平二は『ろくでなし』において前田太尊と並ぶ重要人物であると思う。中田は登場人物の中でもひときわ目立つリーゼントであり、「小平二軍団」を立ち上げ、帝拳高校の番長を自称するなど、「古臭いヤンキー」である。リアルタイムのヤンキー文化を後追うかたちで描かれた『ろくでなし』において、もはや学校での権力はアイデンティティでない主人公・前田に対し、中田はまるで、八〇年代のヤンキー文化の「亡霊」のように描かれている。それもパロディ―のように。この「ヤンキー文化の亡霊」である中田の存在によって、『ろくでなし』の世界観はより一層際立っている。

 

ヤンキー・マンガにおける「作者の死」

森田まさのりは、『ろくでなし』のあとがきで、「大きな悔い」を述べている。それは主人公・前田太尊がストーリーを追うごとに変わっていってしまったことである。

 

キャラクターは作家の意図に反して変わっていくことがよくある。
 ・・・変わってしまった代表例は、何をかくそう主人公・前田太尊なのである。
 何をしでかすか判らないというのは狙いでもあったが、僕自身太尊のキャラが判らなくなってきた時期があった。最初は判りやすかった。理不尽で、バカで、キレやすいけど、優しさを秘めている。そんなキャラを気に入っていた。でもある時気がつけば太尊は、僕の意に反してものすごく思慮深くなってしまっていた。落ちついたというか、大人になってしまったのだ。―『ろくでなしBLUES』あとがき

 

このあとがきを読んだ当時中学生の僕は、この悔いの意味がよくわからなかった。主人公が成長するということに悔いがあるというのはどういうことだろうか。この森田まさのりの苦悩の根底に対し、新たな視座を与えるために、ロラン・バルトのテクスト「作者の死」を参照しよう。

 

 われわれは今や知っているが、テクストとは、一列に並んだ語から成り立ち、唯一のいわば神学的(つまり、「作者=神」の《メッセージ》ということになろう)を出現させるものではない。テクストとは多次元の空間であって、そこではさまざまなエクリチュールが、結びつき、異議をとなえあい、そのどれもが起源となることはない。テクストとは、無数にある文化の中心からやって来た引用の織物である。―ロラン・バルト「作者の死」

 

このテクストは作品(主にテクスト)を解釈するうえで、物語の最高権威は作者であるということを批判し、物語における「作者の死」によってはじめて読者が誕生するという指摘である。
 『ろくでなし』という「織物」における「引用」で取りあげられるのは、「八〇年代のヤンキー文化の後追い」と「九〇年代における〈大きな物語の凋落〉」である。この文脈で解釈すれば、八八年代のターニング・ポイントで描かれたヤンキー・マンガに森田真功が指摘するように「ヤンキーなんてもう古い(ださい)という視点」が組み込まれていたり、森田まさのり(作者)の手を離れて前田太尊が思慮深くなっていったりする理由がわかる。つまりこのような複雑な時代背景が、物語が作者の手元を離れ、作者を超えたのである。

 

ソウル族からの「生き残り」をかけた撤退

高校に入学してからは、EXILEをよく聴いていた。中学校のころに聴いていた尾崎豊やザ・ブルーハーツのように「社会への反発」や「愛の情熱」を熱く歌うわけではないが、垢ぬけたヤンキーというか、新しいヤンキーというか、不思議な感覚であった。EXILEはどのように生まれたのであろうか。
 ここで、EXILEの生まれるまでのヒップ・ホップ・シーンを整理するために、再び『ヤンキー文化論序説』から補助線を引こう。本書に収録されている磯部涼の「ヤンキーとヒップホップ」では、日本のヒップ・ホップ・シーンは「アメリカ」との関係性から生まれ、その影響は現在にまで至るという。日本のオリジナル・ヤンキーの多くはロックンロール・スタイル(リーゼントにサテンのシャツとスラックスという白人兵のプライベート・ファッション)を真似ていたが、一方で日本のヒップホップは黒人兵のプライベート・ファッションであるソウル・スタイル(アフロ・ヘアに細見のスーツ)を真似た通称「ソウル族」から生まれ、時を経て現在のB・ボーイ(いわゆる現在のヤンキー)に至る。磯部はこのテクストで、ソウル族のクレイジー・AがいたZOOに所属していたHIRO率いるEXILEが、意図的にソウル族の系譜を拒否していることを指摘する。

 EXILEもまた、ソウル族の子孫なのだ。しかし、EXILEからはソウル族やB・ボーイが持っているアメリカへの執着は感じられない。そして、それは、消化されたというわけでもなく、意識的に捨てられたように思える。まるで、現在の日本が実質的にはいまだアメリカの占領下にいることを隠蔽するかのように。
・・・彼等は、オリジナル・ヤンキーが拡散、凡庸化し、いわゆるヤンキーになったのと同じ道を戦略的に辿ることで、商業的な成功を収めている。―磯部涼「ヤンキーとヒップホップ」

 このような指摘で気になるのは、なぜEXILEはこのような戦略をとるに至ったのかということである。
 ここで着目すべきは、結成時期がゼロ年代初頭であるということである。ここで、九〇年代からゼロ年代のサブ・カルチャーから社会学を構築した、宇野常寛の『ゼロ年代の想像力』(2008)を参照し、EXILEが生まれた時代背景を確認しよう。

 

九〇年代においてはピラミッド(トーナメント)型の社会像の失効を認識し、社会自己実現への信頼が低下した結果、自己像=キャラクターとその承認を保証する二者関係の物語(引きこもり/心理主義)が志向された。
 しかしゼロ年代においては世の中が個人の生を意味づけないことは前提として処理され、自ら選択(決断)した小さな物語に対し、自分で責任を負うという態度が描かれていくことになる。これまでとは違った形で、社会へのコミットが描かれるようになったのだ。―宇野常寛『ゼロ年代の想像力』

 

この「決断主義=サヴァイヴ系」の想像力は、EXILEにもあてはまる。EXILEは二〇〇一年の結成以降、二代目J Soul Brothersのメンバーへの加入や、弟分にあたる三代目J Soul Brothersを結成などで勢力を拡大したりなど、生き残りを続けている。近年は、劇団EXILEを立ち上げるなど、その活動は音楽にとどまらない。

 

ヤンキー・サブ・カルチャーの受難

八〇年代のヤンキー文化を後追いするかたちで生まれた『ろくでなし』と、ソウル族からの意図的な撤退により生まれたEXILE、この複雑なヤンキー文化を背景に持つ両者がドラマ『ろくでなしBLUES』(2011)で共演した。しかし、本ドラマは、同じく森田まさのりの野球漫画『ROOKIES』のドラマ化(2008)が大ヒットしたにも関わらず、思ったような成果はあげられていない。ドラマ『ROOKIES』が比較的視聴者に届きやすい毎週土曜20:00~21:00に放送され、ドラマ『ろくでなしBLUES』が毎週水曜25:00~25:30の深夜放送という違いはあるが、このヒットの有無は放送時間の違いだけでは片づけることはできない問題があるように思う。

 ドラマ『ろくでなし』で注目すべきなのは、ドラマでEXLEがマンガ『ろくでなし』が描かれていたヤンキー文化を意識的に捨てているという構図である。登場人物でリーゼントなのは教師の井岡のみとなっていて、また会話にもEXILEやAKB48などの話題が出てきており、明らかに時代がマンガ『ろくでなし』が描かれた時代ではなく、現代として描かれている。また、マンガで八〇年代の「ヤンキー文化の亡霊」として描かれていた中田小平二はドラマでは登場しない、いや登場させられなかったのだろう。なぜだろうか。それは、マンガ『ろくでなし』が、前田をはじめとする「ツッパリ」にもはやこだわりがないヤンキーと、中田や他校の番長をはじめとした「八〇年代のヤンキー文化の亡霊」の対置の上に成り立っていたからにほかならない。前田太尊を「現代」として演じようとすると、どうしても「八〇年代のヤンキーの亡霊」は宙吊り状態になってしまう。そして中田小平二は登場できなかったのである。
 この、「八〇年代の亡霊と九〇年代のヤンキーの対置」によって成り立っていたマンガを、「二〇〇〇年代をサヴァイヴし」、ブランドを築きあげてきたEXILEが「現代」を舞台に演じるという構図に問題が生じていたのである。

 近年は、EXILE TRIBEの総合エンターテイメントプロジェクトとして企画・制作された『HIGH & LOW ~THE STORY OF S.W.O.R.D』(2016)がヒットするなど、新たなヤンキー・カルチャーの地位を獲得しつつあるEXILEである。しかし、僕が今まで慣れ親しんできた、ヤンキー文化を後追いするかたちで生まれたマンガ『ろくでなしBLUES』と、ソウル族の系譜を意識的に抹消することで台頭したEXLEの、ねじれたヤンキーたちによる交響曲・ドラマ『ろくでなしBLUES』には、「九〇年代におけるヤンキー文化の後追い」と「ゼロ年代のヤンキー・サヴァイヴァル」との不協和音が走っていた。
 そして僕は、「ヤンキー文化」の奥深さを再認させられたのである。

 

引用文献・参考文献

  • 森田まさのり『ろくでなしBLUES』(1988~1997 / 集英社)
  • 五十嵐太郎編『ヤンキー文化論序説』(2009 / 河出書房新社)
  • ロラン・バルト『物語の構造分析』(1979 / みすず書房)
  • 宇野常寛『ゼロ年代の想像力』(2008/早川書房)

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