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優雅でもなく、感傷的でもなく

 

一九七〇年。東京拘置所で流行っていたのは手淫マスタベーションだった。流行った、流行った、わたしもやった。
 一九七一年。東京拘置所で流行っていたのは小説を書くことだった。流行った、流行った、誰もが小説を書くことに熱中していた。もちろん、わたしも。
 そして、一九七二年。
 独房にいたわたしたちの間に熱病のように野球ベースボールが流行りはじめた。

(高橋源一郎『ジョン・レノン対火星人』より)

高橋源一郎はその初期三部作(『ジョン・レノン対火星人』『さようなら、ギャングたち』『虹の彼方に』)で、独特の言語感覚、リアリズムを超えた構成、ポップな固有名の使用などで、ポストモダン小説の旗手として脚光を浴びた。しかし、八十年代に書かれた初期作品群がきわめて高い評価を得ているのに対し、その後の高橋の小説へ向けられた評価はかならずしも肯定的なものばかりではない。いずれも手を変え品を変え、思いもよらないアイディアに楽しまされるのだが、「早すぎる自己模倣」(福田和也)などというような指摘もあるように、その作品には読み手が(こんな感じで予想を裏切ってくれるのだろうなと)予想できるような、既視感がつきまとうことは否めない。

九十年代以降の高橋源一郎はなにが変わったのか。なにが変わらなかったのか。そして、高橋が本当に書きたいものはいったいなんなのだろうか。

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高橋が一貫して書き続けているのは、理不尽なシステムへの違和感と抵抗である。そのシステムは文学であったり、社会であったり、わけのわからないまま有無を云わさずどこかへ向かわせる圧倒的で不気味な目に見えない暴力のことだったりする。高橋は「思ってもいないことを思っているふりをすることが奨励されている」(高橋源一郎『ニッポンの小説』)ような閉じてしまった言語空間、いわば「お約束ごと」によって成り立っている奇妙な世界のあり方を示すことによって、その向こう側を書く小説家である。

「でも、あなたたちはゴーストを経験してるのでしょう?それでも、ぼくにせつめいしてはくれないのですか」
 「説明しないのではなくて、説明できないのだ。おれはそのことをとても残念に思うよ。そのことをうまく説明できることばがあればいいと、おれたちも思ってきたのだ。なあ、サンダンス」

(高橋源一郎『ゴーストバスターズ 冒険小説』より)

ここでゴーストと云われているものは決して一つではない。おそらくそれは「政治」であったり、「国家」であったり、「死」であったりする。共通しているのは、それが決してわたしたちの前に姿を現すことがなく、不気味で理不尽に(つまりわたしたちの論理や理解を超えて)立ちはだかるなんらかのシステムそのものだろう。そのオートマチックなシステムを、高橋はしばしば「野球」を書くことで表現する。

かつて(といってもいつのことかは定かではないが)、子供たちの将来なりたい職業の上位に「プロ野球チームの監督」があがった時代があった。有名なスター選手を手足のごとく動かして、豊富な経験をいかした巧みな戦略でチームを勝利にみちびく名将。そんなイメージが日本の子供たちの心をつかんだのだろう。しかし実際のところ、監督に出来ることはきわめて限られたものだ。

ワンアウトで一塁にランナーをかかえた投手はほとんどの場合、打者をダブルプレイに打ち取るべく、内角か外角の低めに変化球を投げ、打者はわかっていても内野ゴロを打たされてしまう。また、ツーアウトで打者がスリーボールツーストライクのカウントになれば、塁上の走者は作戦如何にかかわらず投球と同時に全力で次の塁を目指して走ることがあたりまえになる。守備についても同じことが云える。打者のボールが飛んだ方向によって、すべての選手の動きは細かくマニュアルとして決められている。ショートを守るのが鳥谷でも坂本でも、セカンドを守るのが菊池でも山田でも、彼らの固有名は引き剥がされ、誰がやっても「他のやり方が存在しない」かのように同じプレイをする。

つまり、将棋や囲碁のように(また考え方によってはそれ以上に)「定石」ともいえるものが野球のグラウンドは張り巡らされていて、監督やコーチの采配は、そのなかでいくつかの分岐点で行う選択に責任を持つことに過ぎない。野球はきわめて論理的なひとつのシステムのなかの内なる言語で動いている。だから、そのあたりまえなシステムと違った独自の采配を行って勝負に負けてしまうと、ファンは無責任に野次を飛ばす。ファンもその定石を知っているからだ。野球はまさに、「お約束ごと」によって成り立っているオートマチックなシステムそのものなのである。

高橋はそのキャリアの始まりにあたって、その「他者」たるシステムを前にしてなにをしたのか。

ひとりでボールをただ投げたのだ。

 

「あんた、ギャングなの?詩人なの?」

(高橋源一郎『さようなら、ギャングたち』)

不気味ななにかとか、暴力とか、たまたま現れた不条理さとか、そのなかに飛び込んでいくことはできない。高橋はギャングにはならなかった。また、立ちはだかるシステムという壁そのものをコトバで書くことは原理的に不可能だ。高橋は詩人にもならなかった。出来ることはただ、その見えない壁に向かってボールをがむしゃらに投げ続けることだけ。そうすることによってのみ、その壁そのものがあることを示すことができる。

「壁あて」は野球をしようと思う子供ならまず取り組む遊びである。上達を望む子供はもちろんコントロールを考えて投げるかもしれないし、ダーツのように的を作って自分で点数をつけるかもしれない。だが基本的にはそこには野球にあるようなルールはない。誰にもやりかたを強制されることなく、ひとりでできる遊びである。見えない壁は見えないままかもしれないが、確実にボールを投げ返す。投げ返されることでそこに壁があることをたしかに感じることができる。

「見えない自由がほしくて、見えない銃を撃ちまくる」(真島昌利「TRAIN-TRAIN」)若者のように、高橋は見えない壁に向かって何度も何度も投げた。とびきり素敵で、それまで誰も使わなかったようなコトバのボールを。それが『ジョン・レノン対火星人』であり、『さようなら、ギャングたち』であった。孤独で静かでしかし圧倒的な熱量を読み手に感じさせるのは、その「壁あて」をし続ける高橋の姿なのだ。

その後も高橋は『ゴーストバスターズ』『日本文学盛衰史』『ミヤザワケンジ・グレーテストヒッツ』といった作品を世に出し続けた。テイストや素材は変わっても、基本的にはそこに書かれているものは共通している。実在の固有名や名の知られた作品世界などをパロディ的に扱いながら、それを通して「ゴースト」たちを書き続ける。

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しかし、この既視感はなんだろう。こころを揺さぶられ自分の価値観を疑うようなあの経験に先立ってもたらされる、この居心地の悪い「安心感」はなんだろう。これは高橋が書いてきた(と云われている)「ポストモダン小説」なるものが、単に時代に求められなくなってきたということなのだろうか。

奥泉光は『ゴーストバスターズ』の講談社文芸文庫版の解説の中で、高橋の文学をクラシック音楽の作曲の歴史に例えて論じている。「物語」が幹をなしている古典的な小説を調性が構造を規定していた時代の音楽に、「物語」を排したところで作家のセンスによって書かれる小説を無調の時代の音楽になぞらえている。和声構造(ハーモニー)というのは音と音のつながりに必然性を与えるルールのひとつであり、それにしたがって形作るシステムが調性である。無調の音楽とは、その調性システムを放棄し、音という素材そのものを結び付け配置していくことで生みだされる。

高橋源一郎は徹底して「無調」で書く困難な路を最初から選んだわけで、これはあくまで解説者の憶測であるが、自分の個のグッドセンスさえあれば、失敗した「無調」作家の死屍累々を踏み越え、遠くまで行けるだろうと信じる瞬間が高橋源一郎にはあっただろう。

(奥泉光『ゴーストバスターズ 冒険小説』講談社文芸文庫解説より)

このように奥泉は云い、『さようなら、ギャングたち』などの初期作品はそのような意識の中で生まれたのだと論じている。そのうえで奥泉は、無調に行き詰ったシェーンベルクら新ウィーン学派の作曲家たちが十二音技法を生み出したのと同じように、高橋は「物語」を手放した無調音楽の試行錯誤の中で、「新たな構造性を探求しようとして苦悩している」(奥泉)と評価をしている。

ここで奥泉は『ゴーストバスターズ』での高橋のその試みは「ここでは失敗している」(奥泉)と云いきっているが、はたしてそうだろうか。むしろこの『ゴーストバスターズ』で高橋は、「物語」なき荒れ野を歩んでいくための、確かな新しい方法論を手に入れたのだ。ブッチ・キャシディとサンダンス・キッドのいる西部劇の風景。BA-SHOとSO-RAの行く奥の細道。アントニアのたどる叔父ドン・キホーテの物語。千兵衛博士のペンギン村。まるでかかわりのない様々な世界の住人たちと、彼らがそれぞれ目の前にした「ゴースト」の物語。馬鹿々々しいまでに笑え、同時にこころ切なくするこれらのステキな物語たちは、たがいに折り重なるように絡みながら、従来のコトバでは書くことができなかった世界の在り方を表しうる可能性を示している。従来の日本の文学という「野球」を解体することで、システムそのものをメタなレヴェルから書けるようになったのである。

しかしながら、奥泉の云う「新たな構造性」をここに確立したからこそ、それが皮肉にも高橋の文学の可能性を閉じたものにしはしなかったか。「野球」のシステムから逃れようとして、高橋がメタなレヴェルではじめた試みは、それもいまや別の「野球」になってしまったのではないか。わたしたちがそれまで知っている従来のそれとはあり方もルールもまったく違っているかもしれないが、それを「高橋文学」と名付けることが許されるような「野球」に。

作者の中でのルールがある程度構造化してくると同時に、読み手もそのルールを共有する。ダブルプレイを狙ったピッチャーの次のボールが外角低めの変化球であることをファンも、解説者も、いま打ち取られようとしているバッターさえも知っているように、タカハシさんの読者はタカハシさんの「いつものあれ」が飛び出すのを楽しむのだ。幾度となく覚える既視感の先に、いったいなにが生まれるのか。十二音技法がその後トータル・セリエリズムを生み創造的な活動とはかけ離れたオートマチックな袋小路に陥ってしまった歴史が、そこでもまた繰り返されるのではないかと思わずにはいられない。

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二〇一七年の夏に連載された、高橋にとってはじめてとなる児童文学『ゆっくりおやすみ、樹の下で』が先日単行本として発売された。もともと子供が対象ということもあり文章はわかりやすく、読み手をまどわせるような構成もない。従来の高橋源一郎という作家から想像するような要素はほとんど皆無だ。しかしそこにあるのは、まぎれもなく高橋がずっと書こうとし続けたものではなかったか。
くりかえし見てきたように、高橋は従来の文学についてメタなレヴェルから意識的に書いてきた。それは小説という形を借りた文学そのものへの批評と云ってよい。しかしなぜ、高橋は文学のあり方を批評し続けるのか。それは、そのシステムでは決して書けない、しかし書かねばならないものがあるからだ。

「ニッポンの近代文学」は、あるいは、それを支えていた「文」、あるいは「文法」は、「死」や「死者」もまた、その「文法」によって描こうとしました。
 私の考えでは、「ニッポン近代文学」の「文」や「文法」は、「死」や「死者」を描くことに失敗しています。というか、それらを描くことを回避することによって成立しています。

(高橋源一郎『ニッポンの小説』)

高橋はこのように述べ、それを可能にする「文法」の例として古井由吉の試みを挙げているが、『ゆっくりおやすみ、樹の下で』もまた、従来の文学では書けないと云っていた、その向こう側にあるもの、すなわち「死者」をえがいた作品である。その「他者」と云いかえてもいい「死者」はいまや、なにものかわからない不気味なものでも、わたしたちとは交わらない壁の向こう側の存在でもなく、わたしたちとたしかに語り合える相手としてえがかれている。

それはたんに従来の「物語」への先祖返りなのだろうか。それともあたらしい高橋源一郎の挑戦なのだろうか。奇妙なサードコーチャーや、彼が次々とホームに送り込んで憤死させた数えきれないランナーたちが、もしかしたら近い将来姿を変えて再びあらわれるのだろうか。

おだやかなコトバで綴られた『ゆっくりおやすみ、樹の下で』での高橋は、もはや見えない壁に向かって「壁あて」をしてはいない。また「高橋源一郎の野球」を繰り返しているわけでもない。それはいわば「キャッチボール」である。「キャッチボール」で大事なのは、相手がちゃんと捕れるボールを投げ、また相手から投げられるボールをしっかりと受け止めることだが、それは云い換えればコミュニケーションを成り立たせるということだ。

高橋は「キャッチボール」をする。ボールを投げるその相手は、彼が文学に孤独な戦いを挑んでまで書こうとした「死者」なのである。

 

 

 

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