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更け行く秋の夜に、荒木経惟について私が思うこと

儚さのままに図り難い人の心を前に、楔は解けやすくもあるものの、形ばかりを目にする大人は、遠回りをしてやがて唯一つの心に気付く。展覧会に足を運ぶ行為というのは、自分の覚束ない想像力だけでは対処できない世界と対峙する姿勢や思考回路について、自由自在を目指すことと同義である。その行為によって、自分自身の人生における想像力は展覧会の順路に辿るに連れて逞しさを増し、記憶に焼きつくその経験が<私>という世界に対峙するフィルターの通過性に大きく作用する。

2017年8月某日、私は「荒木経惟 センチメンタルな旅1971-2017」展に赴いた。照りつける日差しは雲に隠れており、ジリジリとした蒸し暑さが歩行者の肉体を沸かせようとする。恵比寿の町の道路は隅々まで綺麗なコンクリートに舗装されており、曇り空の向こうから放たれた熱は地面に反射して、みすみすと歩く私の足取りの邪魔をした。東京都写真美術館に到着すると閉館1時間前で、展覧会にはギリギリの入場となったがそんなことは最早どうでも良く、冷房が十分に機能した館内の冷気が私の肉体を冷やすことに喜びの意識を当分の間集中させた。

展覧会に展示された荒木経惟の写真画のイメージは、私がそこに至るまでの人生で感得したものとは大きく異なった結果となった。彼の作品に、あの展示空間に、凡そ人が何を求め、何を期待して立ち入るのかは定かではないのだが、少なくとも誰一人として荒木経惟という作家の印象を同じままにあの場を立ち去ることなどできないだろう。自宅や図書館で写真集をペラペラめくりながら感想を持つという所作以上に、展覧会では私たちは荒木経惟という一個人の一点を見つめることになり、その末に芸術家として定位された彼のキャラクターや作品について意見を改めるようになる。展覧会の内部に区画された順路に、配置された作品に、身体と視線の行く先を任せることでやがて意識が空間全体に浸透するような感覚を帯び、写真という表象がその沈黙を破り不可視に後景化していた物語が露わになる。そうして私は、その展覧会という空間において“写真を読む”ことになったのだ。写真を読むということは、その写真を撮った人(荒木経惟)の<私>を知るということと同義であった。荒木経惟が撮った写真が残すイメージとは、「荒木経惟センチメンタルな旅1971-2017」展のパワーとは、一体何だったのだろうか。

 

荒木経惟の写真にあるのは客観性や社会性といった高尚なイメージではなく、撮影者が夢中に、自由自在な感覚を以てカメラを回したという自然主義であり、それらはひたすらに荒木経惟が彼の人生という旅路の過程でフィルムに記録された旅情なのである。好奇心に臆することなく衣服で隠された被写体の正体を写しだし、観る者の感覚を削ぎ落とす。

 

「たまたまファッション写真が氾濫しているのに過ぎないのですが、こう出てくる顔、出てくる裸、出てくる私生活、出てくる風景が嘘っぱちでは我慢できない。(中略)この『センチメンタルな旅』は私の愛であり、写真家決心なのです。自分の新婚旅行を撮影したから真実写真だぞ!と言っているわけではない。写真家としての出発を愛にし、たまたま私小説から始まったに過ぎないのです。もっとも私の場合、ずっと私小説になると思います。私小説こそがもっとも写真に近いと思っているからです。」(「センチメンタルな旅」より抜粋)

 

「私の撮った写真は、すべて私写真である。」(「天才アラーキー 写真の愛・情」より抜粋)

 

荒木は自身の作風を紹介する際に、おそらく私小説みたいな写真という意味で「私写真」という言葉を使用する。そもそも私小説とは作者自身の視点で、日常の様々な出来事や自らの心境について綴ったものであり、ドキュメンタリーやルポルタージュとは意味合いにおいて一線を画す。私小説で大まかに特徴とされるのは私小説の中の語り手=作者自身だと読者に思わせるなどといった真実味(真実とは言っていない)である。

写真の多くは報道用素材と芸術に大きく区分される認識があるが、それらを観ることになる不特定多数の鑑賞者には、写真には物事をありのままに写し出しているという前提認識がある。ありのままの事実が写っているという点で、報道におけるスクープ写真は影響力を持つことができる。写真の芸術的な使用において、その中に表象された被写体について何かしらのリアリズムを喚起することが目的とされる場合があり、撮影者はそれらの写真を世間に公表することを目標にしている。不特定多数の鑑賞者の目に晒されることで、芸術たらんとする写真は初めてその意図を達成する一歩を踏み出すことができる。

しかし「写真がありのままの事実を写し出す」という点を、私たちはそのまま了承してしまっていいのだろうか。つまり、撮影者が被写体にレンズを向け、シャッターボタンを押す、という各段階においてそのいずれの所作も、写真家が標榜する自然主義の理念を、意図せぬ意図によって自壊させてしまっているのではないだろうか。写真には否応無しに写真家自身(意図)が写っており、その瞬間写真は撮影者の具体的説明へと堕してしまい、そこに表象される光景は全て私景となってしまう。

ジョン・シャーカフスキー(1925-2007)の言葉を借りるなら、写真とは撮影者にとっての鏡、乃至は窓であるという。鏡である写真とは、写真家自身の内面を描く写真のことであり、窓である写真とは、外の世界を客観的に捉えようとする写真のことである。自然主義を標榜する手立てとして一般に認識される写真という表象はこの二分法によって落とし込まれそうにも思えるが、荒木経惟の写真は鏡として定義しようにも、窓として定義しようにも納得がいかない。ストリップ姿の妻陽子がしどけなく床に横たわる写真、母の死に顔を写してきた彼が自分の内面を表現しようとするために写真を撮っているとは思えないし、客観的な事象としてそれら被写体を捉えているわけでもないだろう。ここで荒木の言う私写真という言葉を振り返ってみると、その意味が明るくなってくる。荒木はあくまでも写真に対して、それが建前とする自然主義を振りかざしながら世間に公表する姿勢を嘘っぱちであると指摘するのであり、時には愛情も交えた被写体との密な関係性を彼は激写しているに過ぎない。彼の写真に求めるべきなのは、歴然とした芸術上の写真の定義に作品群を呼応させようとする作業ではなく、決して虚像ではない被写体が、彼とカメラを通して関係性を持ち切り取られたその瞬間に、彼の感情を察知することである。そして彼は恥ずかしげもなく人間のペルソナを引き剥がそうとし、写真を通して日頃私たちが向き合うことのない部分に直面させる。それらが持て余した生のエネルギーとしてのエロスであり、潰えた生の脈動として社会から置き去りにされるタナトスであったりする。そして荒木経惟は自身の撮影した写真群の背景に一人称的な物語を潜在させることによって、自分自身の経験としての生々しさのイメージを残し、日頃見過ごされがちな、しかし世界の不可欠な一部分であるエロスやタナトスに対する説得力を発揮する。「荒木経惟 センチメンタルな旅1971-2017」展において、その素材となったのは愛する妻の死と、愛にまつわる自身の人生における感情の記録であった。鑑賞者の中には荒木経惟の写真から目を逸らす者もいる、しかし一度写真に眼差しを向ければ、写真は私たちと対話を始める。荒木経惟という人間が惜しみなくそこに曝け出した現実と虚構が、彼の感情を交えながら生きるということの、その意味や無意味について物語ってくる。

写真が白い壁一面に配置された「荒木経惟 センチメンタルな旅1971-2017」展という数平米の空間において、順路と指し示された道のりを歩み、視線を四方に向けるという所作が、彼の物語のページをめくるという行為に他ならず、私たちが自身の生を再構築する契機とする唯一の方法である。

来場者は、この展覧会についてないも知り得ていない。事前に与えられ得るのは写真家の名前、展覧会の場所、展覧会の題名くらいであり、どのような彼の写真が何枚、どのように配置されるのかが分からない故に、そこで得られる教訓も本質的には予見できない。写真というデータはインターネット等にありふれており、写真集を閲覧すれば、もしかしたら展覧会に展示される同じものを見ることができるのかもしれない。しかし展覧会に足を運ぶという行動は、自宅で簡単に代行可能なそれらの所作に取って代わることは決してない。写真集と異なり、展覧会では最後の展示品を目撃するためには設定された道のりに沿って進まなければならない。その道中で視線が作品を辿りながら、展覧会が企画した物語を次第に理解していき、行き着いた空間の果てに写真家に対する深淵な理解と千差万別な教訓を見出すことができる。荒木経惟の“センチメンタルな旅”を展覧会で目撃するということは、インターネットに漂う断片や写真集で交換不可能な体験価値である。

必然性と言ってもいいかもしれない。写真に向けた洞察のためには、展覧会というパッケージ化された空間と、写真家が作品に秘めたコンセプトを明らかにすることが必要であり、そうすれば写真という沈黙する媒体の声が耳を澄ませば聞こえてくる。無責任な共感は写真を読むことによって潰え、それは展覧会という空間で達成されやすい。浮遊する現実が、不協和な社会が、自由を求める魂が、嘘か誠か判然としない、しかし歴とした作り手の感情が込められた写真という表現によって救われる時間が展覧会にはあったりする。

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