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ストリート・カルチャーに侵入する広告――矢作俊彦『ららら科學の子』を通して

 

1968年、学生運動の最中に殺人未遂で指名手配を受け、20歳のとき中国に密航した主人公が下放を経て、30年ぶりに東京の街に帰還。変貌した街の姿に違和感を覚えながらも、1998年の渋谷を中心とした繁華街を彷徨する数日間のさまが描かれる、矢作俊彦の小説『ららら科學の子』(2003年)。

パスポートも戸籍もないなかで、筋者と思われる人物たちの力を借りながら妹探しをするストーリーは、エンターテイメント性にも富み、広く楽しめる作品となっているが、ここで注目したいのは、やはりその30年間という歴史の空白を背負った主人公が、東京の街にいったい何を見たのかという点である。

政治の季節であった昭和真っ只中の1968年から、空白の年月を経て、再び東京に足を踏み入れた主人公の目には、平成の1998年の東京はどのように映ったのだろうか――。

 

◇ ◇ ◇

 

かつて東京にいた頃からは、それこそ平成年間とほぼ同じだけの年月が経っているわけで、当然、主人公は喪失感に襲われることになる。作品中には当時の記憶を呼び戻す装置として、長嶋茂雄、加山雄三、ゴダールといった60年代を彷彿とさせる記号が随所に登場するが、それらはある種の喪失感とともに描かれることとなる。

たとえば、店頭に平積みにされた本。『死霊』と思われる店頭に並んだ埴谷雄高の本を見て、「長い長い小説は完結したのだろうか」と思いを馳せた次の瞬間、主人公は埴谷が前年(1997年)に死去したことを知る。

 

「あの長い長い小説は完結したのだろうか。作家は当然、老けているはずだが、どの程度、老けたのかまったく判らなかった。ずっと以前からこんな老人だったような気がした。それは銀座の街並みと同じだった。
 一冊を取り上げ、彼は作家が死んだことを知った。ついでに、その小説が未完に終わったことも知った」[1]

 

あるいは、卵焼きを食べながら巨人について感慨に耽る(“巨人・大鵬・卵焼き”ではないが)主人公の現在に存在するのは、還暦を超えた長嶋茂雄の姿であった。

 

「写真の長嶋は、白髪の老人だった。先刻、洋服屋の店先に映った自分の姿より、それは胸に痛かった。彼はあわててページをめくった。サンケイはヤクルトに買われていた。愛称も、アトムズからスワローズに戻っていた。今夜の対戦相手は横浜ベイスターズとあった。消去法で、すぐに大洋のことだと判った」[2]

 

埴谷が鬼籍に入ったように、長嶋が現役選手から監督になったように、人が老い、死ぬにも十分な30年という年月の生み出した変化が描かれていくさまは、本作品の大きな魅力となっている。

また、空白の30年のあいだに新たに生まれた事物対し、戸惑う主人公の姿も印象的に描かれる。初めて目にする携帯電話の操作に戸惑いながら、エンコー、コンビニ、Jリーグという言葉を初めて耳にし、それが何を指し示すのかを理解し、買い物を通して消費税が導入されたことなどをひとつずつ身をもって知っていく主人公。

だが、そうした1998年の東京は、果たして主人公が1968年に夢見た30年後の未来像となり得ていたのだろうか。

主人公は新たに生まれた事物に驚きこそするものの、そこに未来に対する盲信的な明るさ感じていると読み取ることは難しい。たとえば、同アニメの主題歌、谷川俊太郎による歌詞が本作品のタイトルを彷彿とさせる、手塚治虫『鉄腕アトム』に言及する箇所も見受けられるが、断言こそしないものの、少なくとも1998年の世界は、科学技術の発達がもたらした明るい未来としては描かれていない。「そんなものは、ありゃあしないんだ」と主人公が独り言ちるその言葉は、描いていた未来像と現実との隔たりのようにも感じ取れてしまう。

 

「切符を買い、ホームへエスカレータを上った。
  そこに、鉄腕アトムが立っていた。ポスターは大きく、子供型ロボットは実物大のように思えた。会社の名はあったが、何を宣伝しているのかは分からなかった。(中略)何事にも、心底びっくりしないのはそのためだ。俺は、この景色を知っている。どの景色も、とっくの昔に知っている。(中略)電車が地上高くに上りつめ、右手の窓に空き地が広がった。そこはまさに、あの夢の島だった。ブッコワース光線が東京を隅々まで破壊し、ロボットにすり替わった首相が電子冷凍器でこの世界を永遠の冬に閉じ込めようとしたごみ捨て場だった」[3]

 

実際“未来都市”として現前にあるのは、ごみ捨て場が人工的な未来都市の姿と化した、夢の島くらいのものだった――この1998年の東京の街に明るい未来を読み取れないという点がもっとも顕著に見受けられるのは、主人公が街に設置されたカメラをはじめとする無数の機械、そして空を埋めつくした広告の圧倒的な量に恐怖を覚える様子の描写だろう。少し長くなるが引用してみたい。

 

「行く手高くにカメラが見えた。あわてて振り向いた。テレビカメラのようだった。
  彼は周囲を見回した。道路の上に差し渡されたアームに、いくつもの機械が取りつけられていた。集音器のように見えた。カメラもあるようだった。
  恐怖がいっぺんにやってきて、一瞬、痛みを忘れた。頭上の灯が、ネオンが、看板がくるりと一回転した。あやうく倒れるところだった。
  空は広告に埋めつくされていた。プラネタリウムの縁を飾った街のシルエットのように、広告が彼を取り巻いていた。こんがり灼けた男、汗に濡れた少年、肌もあらわな女、笑う娘、髪をたなびかす少女、その誰もが、巨大な商品の陰からこちらを見つめていた。カメラばかりか、広告までもが彼を見張っていた。
  気づけば町じゅうが広告だった。真っ黄色な薬屋のビルは、それそのものが広告だった。街灯の柱も、ビルの円柱も、電話ボックスも、何もかも広告に埋まっていた。そのすべてが彼を監視していた。
  志垣が電話で言ったスパイ衛星を思い出した。世界中の通信は、あまさずアメリカに盗み聞きされている」[4]

 

主人公は渋谷の街中において、中国で人民公社の名残があった時代でも感じなかったほどの恐怖を突如感じることになる。

カメラという点でいえば、スマートフォンが普及した現在、街中ではさらに膨大な数のカメラに取り囲まれることになるし、また広告という点でいえば、1968年においても広告の存在自体はあったわけだが、空白の30年のあいだにその量は加速を続け、いまではこの主人公でなくとも目眩を覚えそうになるほどである。

街を歩いていても、ネットを見ていても、テレビを見ていても、たとえCMを飛ばしても番組のなかにさえ商品やロゴが登場、何もロゴが付いていないということさえブランド化しているほどだ。電車の車内には紙の広告が隙間なく貼られ、中吊り広告がぶら下がり、液晶画面にも広告が流れる。電車の車体自体が広告でラッピングされることもある。さらには視覚に訴えるだけに留まらず、たとえば大阪市営地下鉄では、大阪マラソンに合わせてCMのような車内放送が大音量で流れ出すこともある。大阪マラソンの応援には地下鉄のご利用を。私たちは、視覚から、聴覚から、一日中広告の影響を浴び続けているのだ。

 

昭和天皇が崩御し、ベルリンの壁が崩れ、天安門事件が起き、そして手塚治虫が亡くなった1989年。そして、そこからさらに30年ほどの年月を経た現在の渋谷では、東急電鉄が壁面の広告化に着手し始めている。

街ジャックメディア開発事業『ROADCAST(ロードキャスト)』と名付けられたその事業は、渋谷エリアに点在する住居や店舗などの未活用壁面を東急電鉄が借用する形を取り、広告に活用。壁面所有者の利点としては、その利用料収入だけでなく、落書きに悩まされることもある壁面を綺麗に維持管理できるという点があり、広告主企業にとっても「通りから一本入った裏路地を中心に、歩行者が複数回接触する動線上にメディアを配し、周辺に他の広告物が少ない立地を生かし、広告接触者に強い印象を残す」ことができるのだという。この事業は2019年4月までに、渋谷エリアの約100箇所の壁面で展開され、街全体の活性化を目指すそうだ。[5]

渋谷の壁面に描かれているものがグラフィティなのか、落書きなのかという議論はあるだろうが、ひとつのカルチャーの一部となっていた部分は少なからずあるだろう。日本流のグラフィティというストリート・カルチャーのなかにも、暴力的な形で広告は侵入し始めているのだ。

この壁面広告の件をはじめ、目に見えて刻々と姿を変え続けるここ数年の渋谷の再開発の流れに、30年という年月を経なくとも、喪失感、違和感を感じる人は多いのではないだろうか。

 

◇ ◇ ◇

 

主人公が1998年の東京に終始喪失感や空虚感、息苦しさを抱き続けている印象を拭えぬまま、偽装したパスポートとビザを手に入れ、妻を探しに再び中国に戻るべく飛行機に乗り込もうとするところで物語は終わる。

再び主人公が東京を離れた世界から20年。2018年現在も、鉄腕アトムは相変わらず、さまざまなCMやイメージキャラクターに起用され続けている。そして長い年月に渡って繰り返し目にすることで、人々はもはやそれを当たり前のものとして、膨大な量の広告のなかではとくに気に留めることもなく受け入れ続けている。

 

 

 

[1]矢作俊彦『ららら科學の子』文春文庫、2006年10月、18頁。

[2]矢作俊彦『ららら科學の子』文春文庫、2006年10月、126頁。

[3]矢作俊彦『ららら科學の子』文春文庫、2006年10月、475、476頁。

[4]矢作俊彦『ららら科學の子』文春文庫、2006年10月、418、419頁。

[5]http://www.tokyu.co.jp/image/news/pdf/20180717-3.pdf(渋谷の街全体を丸ごとメディアにする初めての取り組み 街ジャックメディア開発事業「ROADCAST」を開始します! ~「社内起業家育成制度」による事業化案件第4号~)を参照。

 

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