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言葉と人間との格闘の軌跡

手を通して書かれる言葉〜川端康成『眠れる美女』(1961年)

隣室へと通じる杉の板戸を開けると、深紅のビロードのカーテンに包まれた空間のなかに「眠れる美女」が横たわっている。死んだかのように深く眠るその若き娘の傍で、迫り来る死、老いの重みに我が身ひとつでは堪えきれなくなった老人たちが一夜を過ごす。そして、少女たちの匂いに、皮膚に、その存在そのものに触れることで、老人たちは過去の記憶を呼び覚まされ、深い夜のまどろみのなか夢とも現実ともつかぬ間にたゆたう。

この川端康成による『眠れる美女』には、6人の「眠れる美女」たちが登場するが、第一の少女の姿は、綿密なる「手」の描写から始まる。

「(略)その右の手を親指だけが半分ほど頰の下にかくれる形で、寝顔にそうて枕の上におき、指先きは眠りのやはらかさで、こころもち内にまがり、しかし指のつけ根に愛らしいくぼみのあるのがわからなくなるほどにはまげてゐなかつた」[1]

対象の奥へ奥へとじっと注がれる眼差しの動きを、丁寧に言葉を通して辿っていくかのような描写に、読み手は少女の手のまろやかな質感、温度を生々しく感じることになる。

同時に、この作品を「読んでいる」私たちは、その言葉が指し示す意味だけでなく、引用箇所後半に向かうにつれ多用される、平仮名が持つ曲線のやわらかさにも目を留めずにはいられない。平仮名の特徴ともいうべき円を内包した動きからくる、そのやわらかさもまた、温柔な少女の手というイメージを助長させる効果を持っているのではないだろうか。

こうした効果を書き手が意識的に狙ったとすれば、それは言葉が書かれるがゆえ、紙面の上に目に見えるものとして現れるがゆえに成せた業である。だが、たとえそれが意識的であったにしろ、平仮名を書くことで、書き手は先に述べた円をはらんだ動きを自らの身体に課すことになる。そのことが無意識のうちに文章に与える影響についても考える余地はあるだろう。

 

口を通して響く言葉〜北原白秋『曼珠沙華』(1911年)

GONSHAN. GONSHAN. 何処へゆく、
 赤い、御墓の曼珠沙華
 曼珠沙華、
 けふも手折りに来たわいな。

GONSHAN. GONSHAN. 何本か、
 地には七本、血のやうに、
 血のやうに、
 ちやうど、あの児の年の数。」[2]

これは北原白秋による第二詩集『思ひ出』に収録されている「柳河風俗詩」のなかの「曼珠沙華」と題された詩歌の前半部分である。「赤い」「曼珠沙華(彼岸花)」「血」といった言葉から、赤という色彩を読み手に鮮やかに想起させる本作品であるが、実際に言葉を口に乗せてみると、その調和のとれた響きの心地良さにも驚くことになる。視覚への刺激だけでなく、聴覚への刺激という点もまた、この作品に彩りを添えているのだ。

作品全体を通して貫かれる5音と7音を基調とする律動に加え、「曼珠沙華」「やうに」といった言葉が反復することによって、言葉は転がり出し、行と行との間を跳躍するに十分な勢いが生み出されているといえるだろう。

そうしたなかでもとりわけ響きの良さを持っているのは、全16行のなか4行ごとに計8回繰り返し現れる、良家の娘という意のGONSHAN(ゴンシャン)という言葉だ。白秋の作品では、故郷・柳川の地を謳うに留まらず、その方言をも積極的に取り入れる姿勢が見受けられるが、本作もそうした例のひとつである。

だが、GONSHANという方言の指し示す意味を知らない者にとっては、ひとつの音の響きとしてこの言葉を引き受けることになるだろう。そして、その言葉が繰り返されることにより、読み手の身体のなかで何度もその音は共鳴し、リズムが身体に染み込んでいく。

意味として理解するより先に、音として言葉を受け取るということ――さらにここではアルファベットで書かれることによって、一層音という側面が強調され、方言を知っている者であってもその響きそのものに意識が向かいやすくなる効果を持ち得ているのではないだろうか。

 

言葉を捉えるということ〜佐藤春夫『田園の憂鬱』(1919年)

神経を摩耗させる都会から逃れ、武蔵野の地にやって来た一人の青年が、自然の景物に触れながら、自己の内面と向き合う過程が描かれていく佐藤春夫『田園の憂鬱』。その過程もさることながら、この作品において特筆すべきことのひとつは「言葉」に関する描写だろう。言葉に精通した芸術家志望の、作者自身とも思われる主人公の青年が、自己の内面――おそらく彼にとってその存在の拠り所であるはずの「言葉」と格闘するさまがストーリーのなかに現れるのだ。

言葉というものが「言ひ知れない不思議なもの」だと感じている青年[3]。たとえば、夜更けに書いたときには非常に優秀な詩句であるかのように信じられたものが、翌日改めて読み返すと、全く無意味な文字の羅列に思われてしまうという苦悩の様子が次のように描かれる。

「ふと、いい考へが彼のつひ身のまはりまで来て居たのであつたのに。さうして、それを捉へやうとした時、もうそこには何物も無かつたのである。捉へ得たと思つた時、それはただ空間であつた、ちやうど夢のなかで恋人を抱く人のやうに」[4]

自分の考えや心持をいざ言葉として捉えようとしても、捉えようとしたときには既にそこには何物も無く、ただ空があるのみ。決して完全に表現し得ることはできない。このことがより一層、青年を焦燥に駆り立てる。神経は過剰に鋭敏になり、幻聴や幻影をもたらし狂気に飲み込まれそうになる。言葉を捉えようとする苦悩の軌跡が描かれていくのだ。

ここで青年が身をもって示している言葉との格闘は、この作品内に留まる問題ではない。言葉という「不思議なもの」で表現せざるを得ない、しかし完全に表現することはできないという、「文学」そのものが抱える問題を体現しているともいえるのではないだろうか。

 

[1]『川端康成全集』第11巻、新潮社、1969年、240頁。

[2]『白秋全集』第2巻、岩波書店、1985年、249-250頁。

[3]『定本 佐藤春夫全集』第3巻、臨川書店、1998年、219頁。

[4]『定本 佐藤春夫全集』第3巻、臨川書店、1998年、220頁。

文字数:2524

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