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映画という自意識

 

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目が疲れる。

日々たくさんの映像を見ている感想だ。普通に生活していても、何かしらの映像が目に入ってくる。特に、スマホという最高の暇つぶし道具を手に入れてからは、映像を見ない日はほぼない。おそらく、このような生活を送っているのは僕だけではないだろう。人々は多くの日々、多くの映像を見ている。

映像は見るばかりではない。日々多くの人が映像を撮っている。スマホ片手に、あらゆる映像を撮影して保存する。もしくは投稿する。今日は千代田線で、とある列車のラストランがあったらしく、その様子をスマホで撮影していた。カメラが普及し、携帯が普及し、スマホが普及した今、人々は映像を撮ることが当たり前になっている。

このように人々の生活を少し考えてみれば、僕たちが普段どれだけ映像と接触しているかすぐにわかる。僕たちは映像に囲まれている。目に見える映像だけでなく、データベース上に蓄積された見えない映像にも。渡邊大輔はこのような状況を映像圏と呼んだ。渡邊は『イメージの進行形』のなかで映像圏における作品成立過程を鮮やかに示して見せた。いわく、蓄積された映像=イメージが組み合わされ人々の注意を引くことで「作品」として結晶化されていく。したがって、蓄積された映像=イメージは映画を形作る断片として、「作品」=映画一歩手前のものとして、「映画的なもの」と呼ばれる。

この渡邊の分析は、既に「撮られた」ものと「作る」ことの関係を提示している。あるいは、既に「撮られた」ものと既に「作られた」ものを受容すること、すなわち「見る」こととの関係を提示している。では、「撮る」ことと「作る」ことの関係はどのように描きうるのだろうか。むろん、僕たちが「撮る」ものがそのまま「作品」になるということはおそらくない。だが、データベース上に蓄積された「撮った」ものが「映画的なもの」と呼び示されうるように、「撮る」ということと「作る」ということが全く無関係ということも恐らくない。

おそらく、「撮る」と「作る」の関係が曖昧化したこのような状況は、120年ある映画史の中では割と最近の出来事のように思われる。渡邊が「映画で映画を撮る」と表現したこのような状況は、映像圏があってこその状況であり、それは20世紀末の情報技術の向上と不可分の関係にあることは間違いない。だとするならば、映画における「撮る」と「作る」の関係を考える際には、かつて両者はどのような関係にあったのか確認しておく必要がある。まずは映画の黎明期、「撮る」と「作る」はどのような関係でスタートしたのか、簡単にではあるが見ていこう。

 

 

一般に、映画誕生の年は1895年に置かれる。言うまでもなく、リュミエール兄弟がシネマトグラフを発明した年である。しかし、実際にはシネマトグラフ以前から映画は存在していた。初期映画と呼ばれる一連の動く映像群は、箱をのぞき込んで小さな動画を一人で楽しむエジソンのキネトスコープのように、近代的な映画形式とは別の可能性を持っていた映画であった。箱の中で上映される映画は、世界に対する「驚き」を伝え、そこにしっかりした物語性はなかった。『イメージの進行形』で渡邊も指摘しているように、初期映画は現在の映像圏的な映像体験と共通点が多い。例えば、一人で箱の中の小さな画面を見つめるというのはスマホで孤独に見るという経験と似ているし、物語性のない世界への感性を切り取ったという点でもツイッターでバズっている動画と似た関係にあると言えよう。

だが、初期映画を撮影した人々に映画を「作った」という意識がどれほどあったのかは疑問である。もちろん、映画を「撮った」ということに限れば確かにそれは「作品」と十分に言えよう。しかし、前節で述べた通り、ここでは「撮る」ことと「作る」ことをはっきりと区別して考えることにしている。もっとも、初期映画の時代には「動く映像」という条件さえ守っていれば映画「作品」たりえていたのは事実である。だが、僕たちの言葉の使い方に従えば、世界のありのままの姿を「驚き」とともに「撮った」映像は「作品」にはなりえない。僕たちが「撮る」ものがそのまま「作品」にはならないと同じように。

では、僕たちが言う意味での「作られた」映画が登場するのはいつからか。それはおそらく、初期ハリウッドからであろう。ハリウッドではただ「撮る」だけではなく、映画を物語る装置として構築することが試みられてきた。そうして確立されたのが古典的ハリウッド映画と呼ばれる形式である。ごく大雑把に言えば、それは物語の背景にある時間と空間描写を整え、因果関係を明確化することで登場人物への感情移入を誘い、登場人物の心理の動きによって物語を展開していく形式のことを指す。今では当たり前に考えられている物語映画の原型は20世紀初頭、特にD・W・グリフィスによって作り上げられた。

古典的ハリウッド映画は観客を感情移入に引き込みやすいように画面を「作りこむ」。そのために様々な技法が開発され、ここにおいて映画は「作る」対象へと昇華する。ただ、映画は物語をまとうことで「作る」対象となった、と単純化することには慎重であらねばならない。たしかに、結果的には、物語装置へと移行することで映画は「作る」対象になったと言えてしまうのだが、制作の神髄はもう少し細かなところにある。重要なのは、物語に見せるために画面を「作りこむ」という意識である。グリフィスはクロス・カッティングやディープ・スペースなどの技法を導入して物語的に自然な画面を作り出した。意識的に画面を作りこむ、映画に対しての自意識が制作を導く。

まとめよう。映画がただ「撮る」ものから「作る」ものへと昇華されるには画面を「作る」という意識が働く必要がある。こうして作られた画面が自然な物語の時空間を生み出し、映画「作品」の世界観を裏付けることになる。つまり、「撮る」ことへの反省的な自意識が「作る」ことへと昇華させる。ハリウッドは「撮る」ことを「作る」ことへ移し替える方法を開発したのだ。

 

 

前節では映画黎明期の一般的な枠組みを自意識という観点から眺めることで、「作品」と呼びうる価値基準を示し、「作る」と「撮る」を区別した。このような区別を行ったのは、映画「作品」と僕らが普段撮影するような映像の差異を考えるためであった。

それにしても「作る」とは何か。ありていの古い考え方に沿えば、「作る」とは新しいものの創造だ、という見方がある。一方であらゆるものが「映画的なもの」となり蓄積されてシミュラークルの生産要素となる現代では、新しいものの創造という意味での「作る」営みは不可能なのではないかとも思う。いずれにせよ、この途方もない問いに答える余裕は、今はない。

ただ、少しだけこの問いに足を突っ込むとすれば、映画の歴史において0から1を生み出したことなど今まであっただろうかと考えることもできる。古典的ハリウッド映画の創始者であるグリフィスにおいても、その手法は彼自身によってのみ作られたものではない。様々な国で同時多発的に立ち上がりつつあった手法を体系化した一人にすぎない。無から有を作ったというよりは、雑然としたものから形を掬い上げたということになる。

このように考えれば、その初期から、映画は「映画的なもの」を「作品」へと結晶化させる営みであったと言えるであろう。そして、それは「撮る」ことへの自意識から生み出される。そしてハリウッドが生み出した手法に従えば、それは「作る」ことへの自意識でもある。

このように言うと、撮影者本人が「作品」と言えば「作品」たりえると受け取られる可能性があるが、過度な単純化は避けなければならない。そのような短絡的思考に至る前に僕たちが次に考えなければならないのは、古典的ハリウッド映画の形式以外で「撮る」ことが「作る」ことに結びついている形式はどのようなものがありえるかということである。おそらく、古典的ハリウッド的な自意識が僕らの時代における自意識であるはずなのだ。それは古典的ハリウッド映画の手法とは別の形で「撮る」と「作る」の関係を取り結んでいることであろう。

 

 

このような仮説を立てたうえで、ここからは僕たちの時代に芽生えた「撮る」ことへの自意識を考えてみよう。

冒頭に示した通り、僕らの時代は「撮る」ことが日常化した時代だ。日本的な文脈に限れば、1986年に使い捨てカメラが登場してからは「撮る」ことを大衆化した。カメラが付いた携帯電話やスマホもその文脈に位置づけられるであろう。

なかでも、スマホが普及した現在では人々は息をするように映像を「撮る」ようになった。とりわけ画期的だったのがインカメの存在だ。これによって人々は自分という被写体を、自分で見ながら、自分の手で「撮る」ことができるようになる。こうして、自分をどのように形作るかという、被写体や「撮る」ことへの自意識が強く働くようになっていく。いわゆる、自撮りへの意識である。

前節の最後に示した、僕たちの時代における「撮る」ことと「作る」ことを取り結ぶ自意識とは、この自撮り的な自意識である。なぜ、自撮りへの意識が「撮る」ことと「作る」ことを繋げるのか。このことを説明するためには、自撮りの最初の地点、プリクラについて話さなければならない。

プリント倶楽部が渋谷の街に置かれたのが1995年。自らを被写体として「撮る」ことを目的としたこの装置は、実物よりも肌がきれいに見えるように目指されて設計されていた。さらに現実を脚色するためにデジタルのペンを使って文字やイラストを使って自分の写真を装飾できる。つまり、プリクラは現実をありのまま「撮る」わけではなく、現実を脚色して自分を「作り上げる」ことができるものとして登場した。ここが証明写真と違う点であり、「撮る」ことによって自分を自分で「作り上げる」という自撮りのスタート地点に置く理由である。

その後、プリクラは加工技術を年々進化させ、現実の脚色度を上げていくが、一般的に自撮りとして解釈されることはなかったように思われる。いかに自分の手で自分を「作り上げる」ことができると言っても、写真を「撮る」のは機械という他者であるからだ。真の意味で自撮りが成立し、爆発的に人々に受け入れられたのはスマホのインカメ登場を待たなければならない。インカメによって、本当に自分の手で自分を撮ることができるようになる。それに加えて、加工アプリによってプリクラ同様、自分を「作り上げる」ことができる。まさにここにおいて、「撮る」という行為と「作る」という行為が結びつく。

興味深いのは、その加工技術、すなわち「作り方」の変遷である。「盛る」という言葉に象徴されるように、プリクラの加工は過剰に脚色するところから始まった。デカ目や宇宙人のように細い足など、ほとんど非現実的な映像になるまで現実を脚色することもしばしばある。ただ、近年は「盛る」という方向から「整える」という方向へ加工技術がシフトしてきているという。現実を脚色しながらも、いかに現実らしく見せることができるかが求められている。

少し話を逸らせば、現実を脚色しながらも現実らしく見せるという手法は、擬似ドキュメンタリーの手法を想起させる。擬似ドキュメンタリーは21世紀に入ってから積極的に用いられるようになった形式であり、自撮り的自意識と類似的な相同性を持つと考えることができる。ここで詳しく見る時間はないが、擬似ドキュメンタリーは古典的ハリウッド映画の手法とは明らかに違った手法で「作品化」されており、映画の文脈においても「撮る」ことと「作る」ことの新しい関係が取り結ばれているのは興味深いことである。

話がわき道にそれたところで整理しよう。「撮る」ことの大衆化、とりわけ自撮りによって「撮る」ことへの自意識が強く働くようになったというのが、この節での主張であった。自撮り的な自意識は被写体をいかに脚色して「作り上げる」か、という自意識と不可分にある。現代においてはハリウッドとは違う形で「撮る」ことがそのまま「作る」ことへと昇華される。

この節では写真という映像における自撮り的自意識の作用を見た。では、映画という映像の範囲ではこのような自意識(「撮る」ことと「作る」ことの繋がり)はどのように影響関係を結んでいるのか。最後に、2018年の作品を取り上げながら見ていこう。

 

 

先に言っておく。僕は今から『カメラを止めるな!』(以後『カメ止め』)の話をする。もちろんその内容にがっつり入り込むことになる。「ネタバレ厳禁」と言われるこの映画をまだ見ておらず、初見の感動を大切にしたい人は読まないことをお勧めする。よし、僕は確かに忠告したからね。

この映画は大きく前半後半に分かれる。前半では安っぽいゾンビ映画が上映される。幾つか不自然な点が気になりつつも若い女性がゾンビを退治したところでエンドロールが流れ、「カット!」の一言が入って話は終わる。この映画が面白いのは後半部だ。後半部では時間を一か月巻き戻し、前半部で見せられたゾンビ映画がテレビ番組の企画として構成されたものであったことを観客は知らされる。

ある日、テレビ番組の再現VTRの監督を主な仕事とする中年男性がテレビ番組の企画で、ワンカット、生中継のゾンビ映画を監督することになる。ここから映画は、監督の目線でクセの強いキャストと企画を作り上げていく様子が描かれる。そして、映画の終盤、前半で見たゾンビ映画を裏方の視点から見ることになり、前半で感じた違和感を解消していくことになる。

以上が簡単なあらすじである。これはいわゆるメタ映画である。ハリウッドが映画を「撮る」ことと「作る」ことに自覚的であったように、映画はもともと「撮る」ことと「作る」ことの影響関係はもともと強く、『カメ止め』のような映画は今まで多く作られてきたであろう。だから、この映画において注目するべきなのは、そのメタ性ではない。注目するべきなのはメタ構造の中にある自撮り的自意識である。

この映画は、〈ゾンビ映画を撮影する集団を実際にゾンビが襲う〉という企画を立て、その様子を後半で映画として明らかにしていく、という執拗な自己言及がなされている。このような構造を踏まえたうえで注目したいのが、ゾンビ映画中の〈ゾンビ映画を撮影する監督役〉を、この企画を立てた監督自身が演じているという点である。

これは映画の後半部分で分かるのだが、このゾンビ映画企画では撮影中にハプニングが連発し、それが前半に初めてゾンビ映画を見たときの違和感の正体だということがわかる。注目すべきは監督の立ち回りだ。このハプニングに対して、監督は自分が書いた台本を書き換えて自ら演じ切っていく。生中継・ワンカットという不変の枠組みに合わせて、流動的に世界を書き換え、「整え」ていく。

この点がこの映画において自撮り的自意識が働いている箇所である。書き換えのプロセスの強調は、まるで、自らの容姿という変えがたい枠組みに合わせて脚色しながらも「整え」ていく自撮り的自意識を思わせる。

その自撮り的自意識は監督自身にも影響を与える。監督は企画の構成会議やリハーサル段階ではキャストに強くものを言えなかったにも関わらず、映画内で監督役を演じることによって本心をぶつけることができるようになる。自分自身にカメラを向けることによって、自分を「作り上げ」ていく。

このような自撮り的自意識が映画の設定とうまく重なり合う。例えば、ゾンビ映画を企画構成した監督が普段、再現VTRを撮っているというのは示唆的だ。ドキュメンタリー番組で差し挟まれる嘘っぽくありつつも本当らしい再現VTRを生業とする監督の映画は、どこか脚色されている感じが否めない。また、撮影裏を撮影して作品に仕立て上げるという手法は、前節で少し触れた擬似ドキュメンタリーやリアリティーショーを想起させる。やはり、具体的な映画作品において自撮り的自意識との相同性を見受けられるわけである。

とにかく、『カメ止め』は映画と自撮り的自意識の結節点にある作品である。「撮る」ことが大衆化した時代の自意識が映画にも反映されつつある。今はまだ、わかりやすくメタ映画という形式をとっているが、いずれはより高度な表現が自撮り的自意識を反映させることがありえるだろう。

 

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さて、時間が尽きた。そろそろ終わりにしなければならない。ここまで映画を「撮る」「作る」の歴史を描いてきた。映画を「作る」という意識なしに映像を「撮る」ことが日常化し、様々な娯楽動画で溢れている現在の状況を考えれば、もう一度「撮る」ことと「作る」ことの意義について歴史を追って検証してみる必要がある。そのような問題意識からこの論稿は出発している。

このような営みは膨大な数ある映画の言説の中で幾度も試みられてきたものであるのかもしれない。ここまで僕が描いてきた映画史は、一見それらの映画史をなぞっているだけのように思うかもしれない。そして実際にそうであるかもしれない。あるいは、「正統な」映画史から見れば、至極的外れなものになっているかもしれない。そこらへんの判断はあなたにお任せしよう。どうぞごひいいきに。

古典的ハリウッド映画から一足飛びでプリクラまで至るその手つきは、少々無茶が過ぎ、乱暴であったかもしれない。また、『カメラを止めるな!』を新しい映画表現として位置づけるには、論証不足感が否めない。しかし、日々「映画的なもの」が増殖し、蓄積された映像の間に優劣が無くなりつつある現在においては、その乱暴さも許されるのではないか。日々、映像が増え続けている状況を論じるに際して、黙って傍観しているよりは無茶をした方がいいに決まっている。カメラを止めるな!と言われるまでもなく、日々僕たちを囲むカメラを止めることはできないのだから。

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