印刷

偶然性的、憑痕的――近藤譲について

■ 2019年1月に邦訳が出版された、批評家マーク・フィッシャーによる著書『わが人生の幽霊たち』が俄かに話題を呼んでいる。この著書で冒頭から絶えず示されているのは、現在の大衆文化、あるいは時代に対する諦観である。フィッシャーは言う。

文化的な時間性の危機がはじめて感じられたのが、1970年代後半から80年代前半だったとすれば、サイモン・レイノルズが「反時代性(ディスクロニア)」と呼ぶものが風土病のように生じてきたのは、ようやく21世紀の最初の10年間になってからのことである。(中略)目下における、レイノルズが「レトロマニア」と呼んでいるものの支配が意味しているのは、それが不気味な負荷を失っているということである。つまり、アナクロニズムはいまや当然のものとなっているのである。*1

彼は例としてアークスティック・モンキーズの《アイ・ベッド・ユー・ルック・グッド・オン・ザ・ダンスフロア》やエイミー・ワインハウスの《ヴァレリー》といった音楽を挙げ、現在のポピュラーミュージックがノスタルジーに囚われている、むしろ囚われざるを得ないと述べる。現代において「レトロ」なものは同時代性との緊張関係としてあるのではない。懐古的なあり方と対照をなすオルタナティブな「いま」は存在しないからだ。1990年代に起こったレイヴからジャングルへ、ジャングルからガレージへといった大きな転換は音楽文化には生じていない。
ジャン=フランソワ・リオタールやフランシス・フクヤマ、あるいはアレクサンドル・コジェーヴなどの哲学者が論じてきたポストモダン論の亜種ともいえるこの時代論的ペシミズムをそれ以前のものと分け隔てているのは、フィッシャーがこの不可能性の中に、ジャック・デリダから借用した概念である「憑在論」と呼ばれる可能性を見出しているということである。
フィッシャーによれば憑在論的想像力はノスタルジーとは異なっている。憑在論的なものは「いまの状況が「現実」と呼んでいるものに適応することについての拒絶である」。
彼は、この無時間的世界を徹底的に自覚しながらもその絶望を再帰的に作品化する作品、つまりその虚構性・録音物性、つまり「過去」に極度に自覚的な作品を礼賛する。彼が例として挙げるのはベリアルやザ・ケアテイカーの音楽である。しかし、本論ではまったく異なる分野の全く異なる音楽家にあらかじめ現れていた「憑在」について考えてみたいと思う。興味深いことにその音楽家はしばしば「拒絶」という言葉で自身の音楽を形容している。

注: [1] マーク・フィッシャー『わが人生の幽霊たち』p34

 

■ 2018年、現代音楽の作曲家である近藤譲は齢70を迎えるとともに平成29年度芸術選奨文部科学大臣賞音楽部門を受賞した。その他にも、同年の日本現代音楽協会の会長への就任や株式会社ブルーシートによる全作品とプログラムノートのアーカイヴ化*1 がなされるなど、ここに至って急速に再評価の機運が高まっていることは間違いないだろう。近藤譲は1970年代に自身の音楽を「線の音楽」と定義し、現代音楽界で特異な活動を続けてきた。それがなぜ今になって再評価がなされようとしているのか。
無論、近藤譲とマーク・フィッシャーに直接的関係性などありはしない。しかし私はマーク・フィッシャーの悲観主義が世界に提示されるこの時代において、その絶望を背景として、近藤譲という一般に広く知られているとはいえない分野の作曲家を語ることの重要性を感じている。私は今、ある仮説を提示しようとしている。
近藤譲は歴史上初めての徹底された憑在論的作曲家であり、また同時にそのコンセプトがあまりに透徹されたが故に、憑在論をだれよりも早く内破してしまっていたと。

近藤譲は日本でだれよりも早く、芸術音楽における「前衛」の終焉に対応した作曲家だった。「前衛」を「新しさ」に価値を置くことだと広くとるならば、フィッシャーのいう「オルタナティブ」の終焉と同型のものであることは言うまでもないだろう。あまりこのように語られることは少ないが、1979年に出版された彼の初の著書『線の音楽』では徹底して、原理主義的に、新しい音楽構造を作ることの不可能性が書き連ねられている。そこで記述されているのは、時計職人が為す仕事のような精密さを備えたペシミズムである。それは、西洋音楽に本質的な、「構造化」の原理に根差した閉塞であるがゆえにマーク・フィッシャーの――しばしば印象批評に基づく――絶望よりもなお深い。
フィッシャーが「文化的な時間性の危機」のゆるやかな始まりとして設定した70年代、どのようにしてすでに時代的な閉塞が音楽構造の問題として現れていたのか。その閉塞感の中で近藤は、どのようにして問題を受容し、そのリミットを乗り越えようとしたのか。そうして生まれた音楽にして思想である「線の音楽」はなぜ原初の憑在論的/ポスト憑在論的作品であり、現代に響くのか。これは音楽に限った話ではなく現代文化全体に敷衍され得る「記号」を巡る問題に他ならない。
議論を先取りするならば、「線の音楽」とは無数の記号の連接をまといながら蠢く時間体験である。音楽学者の椎名亮輔は自著の中でそれを「完璧な曖昧さ」と呼んだ*2。本論は近藤作品のこの「完璧な曖昧さ」とフィッシャーの語る「幽霊」なるものを接続し、近藤譲作品の抽象的な構造のもつ文化論的意味を論じたいと思っている。それは無数の名もなき曖昧な歴史を、つまり顔のない幽霊を、ほぼ消えかかった痕跡を背負った、可能世界の、〈憑痕〉の音楽である。


 [1] https://jokondo.b-sheet.jp/works_category/music/
 [2] 椎名亮輔『音楽的時間の変容』

 

■ 70年代の終わり、近藤譲は自身の音楽を「線の音楽」と定義したうえで同名のレコード、及び著書を発表した。この章では、近藤の著書『線の音楽』の記述を追いながらも、より問題を敷衍し、当時訪れていた――あるいは今も続く――「前衛」の終わりがどのような意味を持つものだったかについて考えてみたい。
『線の音楽』の冒頭は奇妙な一文からはじまる。

聴こえない音を夢見ることはできても、聴こえない音でできた音楽を見付けることはできない

この言明は何を意味するのだろうか。近藤はここで音がいかに音楽になるのかを考えようとしている。彼はこの、聴こえる音/聴こえない音という切り分けを「第一のレベルの分節化」と呼ぶ。例えば無音でできた音楽、すべてのパラメータがゼロの音楽は単一の無としてしか存在しない。さらに付け加えるならば、作曲家ジョン・ケージの無響室での逸話*1が示すように、人間は無音を知覚することができない。聴こえない音でできた音楽、それは決して見つけられることがない。
つまりまず音は聴こえる必要がある。極めて当たり前のことであるが、近藤はあくまで原理的に論を進めていく。なぜならば彼が現代の音楽に見出した閉塞は「音がどのように音楽化され得るか」を考えることによってのみ解明可能なものであるからだ。
では次に来るべき「第2のレベルの分節化」とは何か? それは特定の音楽がどのような音を作品を形作る素材とするか、つまり作曲家、というよりも聴取者の共同体ごとの楽音/非楽音の切り分けを意味する。例えば、ある人にとってピアノの鍵盤を弾く音は楽音であり、その時に同じ部屋で鳴っているクーラーのノイズは非楽音である、といったことを想像してみてほしい。この意味でジョン・ケージの《4分33秒》――奏者が4分33秒間なにも行わず、聴衆は空間に満ちる無数の微小なノイズを聴くこととなる――は第2のレベル以上の分節化の一切を無効化する音楽であるといえる。
これは言語の問題に他ならない。ある言語システムの中で、どの音が言語を構成する最小単位である音素となり得るのか。言語とは、あるいは理性とは、分節を不可避的に必要とする。何かと何かを切り分けること、分類すること。記号化して操作可能なものとすること。音楽をある種の言語として捉える考えは、様々なヴァリエーションがありながらも17世紀以降伝統的なものである。
この言語の問題は1オクターヴを12に等分する12平均律という音律を自明とする19世紀以前のほとんどの音楽にとって問題とならなかった。しかし、20世紀以降、明確な音高を持たない打楽器のみでできた本格的な楽曲の登場、オクターヴを12で等分しない微分音の使用、特殊奏法などによる音色の拡張など音楽に言語の音素自体を拡張しようとする動きが始まる。しかし、そのことについて論じる前に次のレベルの分節化について述べなければならないだろう。

第2のレベルの分節化がなされたところで、音がすぐに音楽になるわけではない。次に必要なのは音と音とを連接する方法、第3のレベルの分節化――これを近藤は「グルーピング」と呼んでいる――つまりシンタックスの問題である。そしてこの問題こそが、音楽史における歴史の終焉に関わっている。近藤は前衛の果てにあらゆる音楽家の言語が「イディオレクト(個人言語)」になったという。どういうことか。
近藤は言う。「整律された音を、或る一定の音程関係に基づいてグルーピングすることによって音階が作られる。そして音価以内の音を三度音程音程の関係で積み上げると和音になる」。そしてこの和音を「特定の中心音(主音)との関係によってグルーピングすることで、機能和声法と呼ばれる「和声」の順列的な配置方法の体系が生まれる」。パラフレーズしよう。これはいわゆる「調性音楽」について述べている。第2のレベルの分節化によって用意された音は、積み重ねられることで和音となる。そしてそれは「和声」として機能的に配列されることとなる。これが「機能和声法」であり、「コード理論」である。それは和音の時間的配列を調の主音となる音を中心にして規則化したものであり、言語で言うところのシンタックスに酷似している。その文法によって立ち上がるものが「調性」である。そして、調性音楽を聴くとき我々は、けっしてその音響だけではなく――大半の場合それが意識的になされるのではないにしても――音の調的関係が生み出す文法的緊張関係を聴いているのである。
音楽家にして批評家の菊地成孔はこのようなシステムを精神分析における「去勢」や「欲望」の問題と重ね合わせて考えている。各欲動は言語によって分節化される。つまり単一の「父」の下に、統治され、局所化され、欲望となる。それは主音を目指して緊張と緩和を繰り返す機能和声のシステムそのものである。
また、グルーピングは調性だけではない。例えば楽式。「一文字が単語にまとめられ、単語が文章に、文章が文節にまとめられるように、音楽でも、個々の音が動機にグルーピングされ、動機がフレーズに、フレーズが楽段にまとめられる」*2。これについては例えばAメロ・Bメロといった区分が1番・2番といった区分に入れ子上に組み込まれることを想起してみてほしい。このような文章構成の問題もまた音楽的グルーピングに深く関わっている。
では、音楽がこのように――それが意味論的に明確な指示対象を持たないとしても――言語的な構造をもつものだとして、そのことと現代音楽が「イディオレクト」化したことにどのような連関があるのだろうか。

現代音楽の始まりを明確に規定することはできないが、ここでは19世紀の終わりから話を始めよう。上述したのは調性音楽全般のグルーピングについての分析である。しかし19世紀を通してこのようなシンタックスはみるみるうちに侵犯されていった。音楽の市民化と共に文法規則を大幅に逸脱する作曲家が現れ始めたのである。やがてそれは新ウィーン楽派に至ることで、完全な崩壊へと至る*3。例えば新ウィーン楽派の代表的作曲家であるアルノルト・シェーンベルクの《架空庭園の書(1908-9)》や《6つのピアノ小品(1911)》には明確な調的関係は存在しない。それは言語のシンタックスを限界まで拡張した末に訪れた不和だった。
しかし、西洋音楽における作曲(Composition)とはCom-Positionつまり、異なるものを共に、位置づけることである。既存の文法が崩壊したならば、各音を配置するための新しい論理を開発しなければならない。そこで彼らが生み出したのは「音列」という考え方である。

 

図1 (筆者が制作した音列とその変形)

 

音列作曲の技法として最もプリミティブなものである12音技法について簡単に説明しておこう。図1-aは筆者が制作した音列である。これは12の別々の音名――つまりすべての音名――を用いて作られている。すべての音名(オクターブの違いは区別しない)が均等に用いられている以上、そこに偏向はなく、中心となって調性を駆動する主音は存在しない。調性とは音の機能と重要性を主音との音響的隔たりに基づいて位置づける方法であり、それは偏りを不可避的に必要とする。
音列作曲ではこのように作り出した音列に対して、それを逆から読む(逆行系 図1-b)、最初の音を境目として上下を鏡に写し取ったかのように各音の上下の音程関係を入れ替える(反行系 図1-c)、逆行形と反行形を組み合わせる(逆反行形 図1-d)などの操作を行うことによって別の音列を作り出し、その音列を用いて作曲を行う。典型的に原理的な音列作曲では、最初に設定された音列、操作、及びそれによって自動的に生成される音をどのように楽曲に適用するかといった事柄に基づいて半自動的に音楽が完成する。
ここで重要なのは機能和声的――つまり文法的――グルーピングが崩壊するということだ。音名が和音としてグルーピングされそれが和声的に連接されるという秩序は崩壊し、ひとつの音の列が工学的に分析され、自動的に、アルゴリズミックに生成される方法を開発すること。比喩的に言い換えるならば、19世紀の終わりから始まる現代音楽の系譜は、自然言語からプログラミング言語へのテクノロジーに先んじた移行である。
この自動性は2次大戦後にピエール・ブーレーズ、カールハインツ・シュトックハウゼン、ルイジ・ノーノらの総音列主義によって推し進められる。つまり音名以外の音楽のパラメータである音価(音の長さ)や強度(音の強さ)、奏法などをパラメータの数列でもって制御し、徹底的にすべてが論理的に構成された音楽を作ること。そしてブーレーズの《構造(1951-2)》においてその総音列主義の作曲は一つの極北に達した。
しかし、その音楽はある逆説をもたらすこととなる。1989年、近藤譲は東京大学表象文化論研究室の公開講演でこのように語っている。

ぼくは、当時のブーレーズの衝撃というのを、非常に具体的に言えると思うんです。それは非組織的組織あるいは組織的非組織というものの衝撃ですね。彼は徹底的に組織的に音楽を作った。だけど聴こえる結果はほとんど非組織だった。(中略)つまり、これは組織の極限だと言ったわけです。組織の極限がカオスになるということの衝撃だと思うな。*4

その組織は人間にとって他者だった。それは聴覚的に秩序として立ち現れることがなかった。彼らが聴いたのは、まったくバラバラな音の立ち現れ、あるいは乱数的「音響体」だった。自然言語の比喩を捨て去り、音楽的秩序を形作ろうとする試みは失敗した。
セリエリズムのこの挫折はすぐに問題となった。そして当時のフランスにはセリエリストたちの伝統を一切共有しないとあるギリシア人の作曲家が現れていた。かつてル・コルビュジェの下で働いていた元々建築を専門とする彼の名はヤニス・クセナキスといった。彼は1955年に「ミュジック・セリエルの危機」という短い論考のなかでこう語っている。

線的対位法はその複雑さによって自らを破壊する。実際に人の耳に聴こえてくるのは、様々な音域の音が寄せ集まったものでしかない。あまりに複雑で、複数の線のからまりを聴き分けることができないのだ。マクロな視点からは、音のスペクトル全領域に渡って非論理的かつ偶発的に音が散らばっているものに過ぎない。ここから、ミュジック・セリエルにおけるこの線的対位法システムと、結果として表面に現れている塊の聴取との間には矛盾が生じている、と結論付けられる。*5

クセナキスはブーレーズらを批判的に継承することによって作曲家として書法を確立させた。ミュジック・セリエルがミクロな構造化の原理を徹底させたことの反省として、彼はミクロな構造を徹底的にマクロな構造に奉仕させる。彼が「音の雲」と呼ぶフォルム、それは無数の音の分布を彼が得意とする確率計算を用いて数理的に制御した音響体である。彼の音楽では内部の構造が聴こえることはない。《メタスタシス(1954)》のようなクセナキスの典型的な音楽は下部の構造はブラックボックス化し、結果としては上部のマクロな音響現象だけが立ち現れる。全ての音はマクロな音響体のためにあるのだ。
あるいはクセナキスと同時期に現代音楽界の中心的存在となっていったジェルジュ・リゲティやクシシュトフ・ペンデレツキによる音群的作品は、クセナキス的なマクロな音響デザインをより直感的な方法で行ったものであるが、それらの楽譜には音響のデザインを視覚的に推察できるものが多く存在する。そこでは音は言語=テキストというよりもグラフィックとなっているのである。

図2 (クセナキスによる《メタスタシス(1954)》のスケッチ)

 

 

図3 (ペンデレツキ《48の弦楽器のためのポリモルフィア(1961)》の楽譜 moeck社)

 

このような音響をデザインする行為としての作曲は後のスペクトル楽派などに引き継がれ、以後現代音楽界を席巻する。19世紀から20世紀前半を通して推し進められた内部構造的の複雑化の過程とは異なり、音響というマクロな現象にフォーカスした創造に終わりはない。たとえクセナキスがその下部のデザインを数理的に行ったところで、その結果として立ち現れる上部の原書である「音響」とは構造、つまり「記号」ではないからである。記号とは分節であり分節とは理性である。それゆえに「音響」というオブジェクトが直線的な歴史を描くことはなく、それは無数の差異を形作る。やや長くなるが近藤の言葉を引用しよう。

たとえ箇々の音が一定の基準の下で関係付けられていなくても――ただ音が集まったというだけで――音群は作られ得る。音群を構成している箇々の音は、そのそれぞれが「一つの音群」を形作るための構成要素である(中略)「音→音群」のグルーピングでは、音の関係付けが音群を生むのではなく、音群が音を関係付ける――(「関係付け」の観点に立てば、むしろ「音←音群」と書くべきだろう)――のだから、箇々の音群相互間の関係付けに当たって、音群内部の音の関係が、構築的に音群の扱い方に関する方法論を導き出すことはない。*6

音列主義からはじまりクセナキスで終わる最前衛の時代以後の現代音楽は、その内実に差はあれ、基本的には音響(あるいは音色)の問題を扱いつつ既存の楽式的(時には調性的)グルーピングを部分的に援用するという折衷的なものが少しずつ主流となっていく。そこでは前述した「第2のレベルの分節化」が拡張され、様々なノイズや微分音を含む新しい音が音楽を形作る素材として使用される。しかし、それらが決定的に新しい構造化の秩序を生み出すことはなかった。それ故に音楽における新しい音素材は趣味判断的な音響効果として使われるにとどまる。近藤譲が「イディオレクト」という言葉で批判したのは、このような前衛とその後の音楽状況に他ならない。

現代音楽におけるこのような直線状の歴史の終わり、つまりロマン主義の革新性から始まり、セリエリズムの限界からクセナキス以後へといった流れは、一般的な音楽史でも描かれるものではある。しかし近藤の記述が史実の再確認から一線を画しているのは、その閉塞を言語の問題として原理的に解釈したことだろう。
ロマン派の時代、音楽は観念論的哲学――そしてその進歩史観――と最大の結びつきを持っていた。「絶対音楽」という器楽曲の美学を形成したのはロマン派であるが、一見モダニスティックにも思えるその美学は彼方の超越とつながっていた。19世紀初頭、ドイツ観念論を代表する哲学者であるフリードリヒ・シェリングは『芸術哲学』の中でこのように言っている。

音楽は、リズムと和声において、いかなる物体や物質からも解き放たれた天体の運動の純粋形式を表し示す。この点で、音楽は、物質的なるものを脱却した芸術であり、そこにおいては、不可視の、ほぼ精神的なものである翼によって運ばれる運動そのものが示される。*7

リズムと和声とは分節化の手法、つまり、言語である。しかし、シェリングの時代、各言語はすでに安定した調和を保っていなかった。言語の安定性は社会の安定性に依存する。そして、ロマン主義の美学は「言語」としての音楽を「語り」へと完全に変貌させた。それは個人の内面が彼方の超越にアクセスするための、私的な言葉であった。しかしロマン派の時代にはまだ音楽はその文法を半ば崩れさせながらも共有していた。それが、調性と楽式の残滓である。このことは例えば、ドイツ民族にとって「崇高な」交響曲という編成がドイツ統一の夢と修辞的に重ねられていたことと無関係ではないだろう。そこではまだ、異なるものたちが共同体を形成し得るということが「国家有機体」という思想で信じられていた。
やがて新ウィーン楽派、そして20世紀のセリエリズムによる無調の全面化と並行して起きたテオドール・アドルノ等の思想家の登場によって、音楽形式は非意味という形で価値化される。モダニズム美学の徹底。形式は形式そのものの論理で自律するというイデオロギー。
しかし、その美学によって失われたものは思想的な「意味」のレベルだけではない。そこでは言語そのものが失われたのである。言語であることを喪った音楽が「音」という原初的単位へと移行しイディオレクトとなるのは論理的帰結に他ならない。
一方でアドルノが批判したポピュラーミュージックはその「調性」をリサイクルすることで統一言語を作り上げた。思えば、音楽とは世界の植民地化を果たした帝国的な言語だった。その特徴は調性と入れ子状の楽式である。我々が普段耳にする音楽――高度資本主義時代の音楽――に耳を澄ませてみよ。そこには調性に依らない言語はほとんど存在しない。そして現代音楽は決してそれに代わる新しい言語体系を形成することはなかった。音楽はもはやロマン派の時代のような超越につながるものではなく、セリエリズムの挫折が示すようにそれは直線的な歴史を持たない。それは徹底的に資本主義による世界秩序の全面化と重なり合っている。それは調性とサウンドデザイン(これは最前衛以後の現代音楽が苦し紛れに見出したものである)が結託することにより生じた、差異化の運動である。いかに有限のシンタックスの中で差異をデザインするか。現代音楽が言語を喪った一方で、グローバル資本主義は加速し、固有の文化形態を飲み込みながらフラット化していく。
かつてマーク・フィッシャーは「資本主義の終わりより、世界の終わりを想像するほうがたやすい」と言った。フィッシャーは『わが人生の幽霊たち』の中で自身の鬱病と資本主義、ポピュラーミュージックのサウンドに対する印象論的絶望を接続する。しかし、資本主義的に音楽を席巻する抑圧とはサウンド――音響――の問題ではない。音色の世界は無限である。真の問題は音や表象ではない。重要なのはシンタックス、つまり言語の問題なのだ。
故に私たちは、故にフィッシャーの言葉をこのように語りなおさなければならない。

音楽の終わりを想像するよりも、グルーピングの終わりを想像する方が難しい、と。

 


 [1] ハーバード大学の無響室に入ったケージは無音のはずのその部屋で自身の血管を血が流れる音や神経が働く音を聴き、無音が存在しないことを知ったという。(ジョン・ケージ『サイレンス』参照)
 [2] G.W.クーパー・L.Bメイヤー『音楽のリズム構造』
 [3] 歴史上初めて無調音楽を標榜した作曲家はフランツ・リストといわれている。しかし煩雑さを避けるため、本論では無調音楽を全面化し20世紀音楽の方向づけた新ウィーン楽派に注目する。シェーンベルクに先んじて音列技法を理論的に開発したといわれるヨーゼフ・マティアス・ハウアーに触れない理由も同様である。
 [4] 小林康夫編『現代音楽のポリティクス』p27
 [5] ヤニス・クセナキス『音楽と建築』 p2-3
 [6] 近藤譲『線の音楽』 p42-43
 [7] マーク・エヴァン・ボンズ『「聴くこと」の革命』 p61。なお興味深いことに、この純然たる歴史書の翻訳者の一人は近藤譲である。

 

■ ここまで近藤譲の『線の音楽』の記述を中心に追いながら、歴史の終焉を巡る諸問題について記述してきた。内部構造が聴取から喪われること、つまり記号と理性の終わりは芸術音楽にとってその存在理由を揺るがす問題だった。ロマン派の時代、抽象芸術である音楽はそれが最も記号的であると同時に何かを明確に表象するものでないが故に、超越的なものと人間精神との媒介として機能していた。しかし、そのレトリックは諸刃の剣だった。音の持つ抽象性はそれが哲学との繋がりを失ったとき、カントがかつて音楽を指していったところの「壁紙の模様」のようなものへと転化する。つまりそれは趣味判断の問題となるわけである。これらの音の集まりはどのようなグルーピング=秩序によって形成されているのか、それはこれらの音が集まっているということによってである、というトートロジー。近藤が抵抗しようとしたのはこのような平坦な世界であった。
ここからは近藤のその歴史家としての側面ではなく、作曲家、そして思想家として近藤がどのような試みを行うことでこうした閉塞に対するオルタナティブを打ち立てようとしたのかについて考えてみたい。

近藤が「線の音楽」という音楽的立場を形成するにあたって参照したのはジョン・ケージである。ケージは一般的にジョン・ケージは音相互の記号的な関係ではなく、音が音そのものであることを肯定すると捉えられている作曲家だ。彼の「偶然性」および「不確定性」の音楽はまさに、作曲者の制御を超えた、音そのものによる音楽と言えるだろう。ケージは音と音楽を区別しない。彼は言う。

「私が死ぬまで音は鳴っている。そして、死んでからも鳴り続けるだろう。音楽の未来について恐れる必要はない」*1

確率で音の分布を操作するクセナキスよりもはるかにラディカルに、ケージは音を記号化しない。偶然に確率はない。彼は音の集合という考え自体を否定する。一見近藤の問題意識をまったく共有していないように思えるケージの音楽を近藤はどのようにして受容したのだろうか。
鍵となるのは、近藤譲がケージの音楽を「自然」と形容していることである。以下に引用しよう。

こうした「偶然性」(不確定性)の音楽では、その作曲者も聴き手も、どちらも同じ立場で、訪れてくる音響(そこでの表現の実質、すなわち、「音楽〔曲〕」)に出遭う。つまり、その「音楽〔曲〕」は、確かに人工物ではあるのだが、あたかも雷鳴や虹といった自然現象のような、人の(作曲者=聴き手の)外に存在する客体である。*2

 

空の星は、基本的にはランダムに散らばっていますが、私たちはそれを或る程度グループとして見ることによって、例えばオリオン座とか、白鳥座といったように星座をイメージします。ランダムなconstellation(布置)を、何らかの形でグループ化することによって、そこに形を見てとる。*3

近藤のいう「自然」がギリシア芸術のような理想化された自然美を指さないことは言うまでもないだろう。彼は自然に無為を見出している。しかし、それは無秩序を意味しない。彼が星座を例にして述べるように、私たちは自然物の偏ったパターンの中に秩序を自動的に見出してしまうからだ。近藤は構造の生産がリミットに達し、あらゆる言語に必然性がなくなった時代にこの偶発するパターンに注目している。さらに近藤は「ジョン・ケージ氏のプリペアド・ピアノ」*4という文章の中でケージのプリペアド・ピアノ曲について言及している。プリペアド・ピアノとはピアノの弦の間に様々な物を挟みこむことで各鍵盤に対応する音色を個別に変化させたピアノであり、彼は偶然性の探求を始める以前に多くのプリペアド・ピアノのための作曲を行っていた。近藤はプリペアド・ピアノの一音一音があらかじめ「個性的な単音」として準備されている(prepared)ということに注目する。そして《三つのダンス(1945)》のようなリズミカルな楽曲ではなく、テンポが遅く音の少ない楽章の曲――それは例えば《季節はずれのヴァレンタイン(1944)》のような曲だろう。ちなみに近藤は「線の音楽」以前にこの曲へのオマージュとなる曲を作曲している*5――において、単音の列が「孤立」しながらも疑似的で曖昧な旋律線を「結果」として形成することについて論じる。この観点から考えるとき、ケージの作品をその最初期から最晩年に至るまで、一つのパースペクティブでもって捉えることが可能となる。
つまり、それは一つの音の自律である。そして、人為の果てに、ブーレーズのような音楽が複雑化してほとんどパターンを結べなくなった音楽、あるいはクセナキスのようなパターンを生み出すこと自体を捨て去る音楽ではなく、音の一つ一つがただそこにあり、それが故に構造を擬似的に作ってしまうな音楽。それが近藤がジョン・ケージの音楽に見出した「自然」である。

偶然性の音楽の思想は、しばしば音を記号化不可能なものとして外部化する。それはある意味でブーレーズやクセナキスの音楽が持っていた記号の不可能性と概念的に同形のものになりかねない。一方でケージの音楽における1音1音の自律性の高さを、偶然の介入による記号と非記号の往復運動として捉えることもできる。偶然性、あるいは音の孤立は楽譜上に現れるエクリチュール――作曲家による書法を音楽学ではこのように呼称する――を破壊し再構成する。エクリチュールというものが記号に依っている以上、記号の非意味的破壊は新しい連接を生み出すのである。これは音楽が有限の記号の組み合わせだけで構成されているが故に可能となることである。
ケージは音が音としてただ存在する世界を聴取すること、時間がもはや流れない地点、空間と時間が一致する地点に至ることを目指していた。ケージは『サイレンス』の中でそれを「零時間」と形容している。一方で近藤は、一音が一音として孤立してあればあるほど、人はそこに偶発的な連なりを聴いてしまうことに注目している。
音楽の記号的構造化とは言語であり、それが理性と結びついていることを前章で記述した。理性の終わりに直面したとき、それを全て趣味の問題として退けるのではなく、形作る無数の言葉に耳を傾けること。しかし、これは構成の問題を聴取の問題に放逐することを意味しない。構築の放棄を意味しない。完全に無批判的な偶然に音楽の在り方を賭けることは少々楽天的に過ぎる。実際のところ、近藤は上記のように偶然性の原理的可能性を感じながらも、ジョン・ケージの偶然性を全肯定しているわけではない。むしろ彼は「ジョン・ケージ氏のプリペアド・ピアノ」の中で、ケージがプリペアド・ピアノ曲の作曲を放棄しラディカルな偶然性の探求に走ったことを「転向」として批判している。
次の章ではケージから受け取った可能性の中心を、近藤がどのように展開させていったのかについて記述する。

 


 [1] ジョン・ケージ『サイレンス』
 [2] 近藤譲『聴く人』
 [3] 近藤譲「わたしの作曲について」 p13
 [4] 近藤譲『音楽の種子』 所収
 [5]《彼女の—ジョン・ケージ『季節はずれのヴァレンタイン』への前奏曲(1972)》

 

■ 前述した表象文化論研究室の公開公演で彼は自身の作曲法について以下のように語っている。

最初の音がとにかくどれかに決まると、それを繰り返し何度も聴く。聴いているうちに、二つ目の音を思いつくわけです。そこで、最初の音のあとに2つ目の音を書く。これはばからしいほどあたり前のことだと思われるかもしれません。ともかく、私は、二つ目の音を思いついたらこんどは一つ目と二つ目の音を聴いて三つ目の音を、三つ目の音を思いついたら一つ目、二つ目、三つ目を聴いて四つ目の音をというふうに、いつも必ず初めから聴いて、順番に一つ一つ音を前に足していくというやり方で作曲していきます。この作曲方法には、何の体系も何の規則もありません。ただ聴いて、思いついた通り音を並べていくわけです。しかし、その音の思いつきが、純粋に無前提の直感のみに頼ったものかというと、実は、そうではありません。例えば、最初の音のあとに二つ目の音を何か置いたとする。そうすると、その二つの音の間には、当然、何らかの相互関係が生じます。その関係性に着目するというのが、私の作曲の方法なのです。

引用を続けよう。

私が関心を持っている音相互間の関係性というものは、特に目新しいことではなくて、むしろ非常に伝統的な種類のものです。それは、例えば旋律とかリズムとかあるいは調性とかいった、非常に伝統的な音楽の構造の諸要素を成り立たせているのが、そうした関係性にほかならないからです。(中略)三つの音をそれぞれABCと呼ぶとすれば、AとBによってできる関係が、BとCによってできる関係によって裏切られるように音を繋いでいくわけです。そしてさらに、四つ目の音Dを書く際には、ABCによってできている関係が、Dによって裏切られるように音を置いていく。そんな仕方です。つまり常に何らかの関係性が成立してはいるのだけれど、しかしいつもその関係性が曖昧なものでしかないという状態。*1

この「曖昧」という言葉は重要である。ここで言われている「関係性」は西洋音楽において極めて伝統的なものであるが、彼の音楽においてはそれは「曖昧」にしか現れない。そして、この「曖昧」がケージにおける「自然」が作り出す偶発的な構造を継承するものであることは言うまでもないだろう。
しかし、この「曖昧」な関係を偶然ではなく「意識的」に形成することはどのような意味を持つのだろうか。
この講演の十数年前、彼は『線の音楽』の中で同じく「曖昧」について言及している。その記述によれば、彼の初期の作品である《オリエント・オリエンテーション(1973)》は、15の音を選び出した後に乱数表を使ってそれをランダムに並べ、操作を始めたという2つの楽器のための作品である。これは一見すると先ほどの近藤の言説と矛盾し、セリエリズムの音列作曲法と同形のものと感じられるだろう。しかしこの偏りのある(選ばれた音が15音であることに注目)ランダム性は核音(擬似的な中心音)が現れては消え、また違った核音が現れては消える感覚をもたらす。近藤はこれにさらに、同じ旋律を2声間でずらしたり、2声間に微細な差異を導入するといったプリミティブな操作を施すことによって様々なグルーピングの可能性を創りだしている。
近藤によれば《オリエント・オリエンテーション》の作り出すグルーピングはプリペアド・ピアノの作るそれのように擬似的なものであり、そしてそれがプリミティブなズラしの操作が施されることにより故に曖昧な核音と微細な差異による音楽によって聴きとられる音の連なりや調性感は聴く度ごとに異なっているという。ここに近藤の可能性の中心がある。つまり、音楽は有限のシンタックスしか持たないということを自覚しながら、その有限性によって生じる偶然性の広がりを意識的に最大化して描くこと。
きっと彼は《オリエント・オリエンテーション》のような試験的創作からその可能性に気づいたのだろう。

図4 (近藤譲『線の音楽』より《オリエント・オリエンテーション》の解説。図Eが元の音列であり、図Fがランダムに選びだされた音列の一例。図A-Dはその実際の運用である。音を2声間でずらしたり(図B)、微細な差異が導入されたり(図C)、その二つが組み合わされたり(図D)といった微細な操作が行われている。)

 

いうなれば、近藤は、この有限の記号の檻に囚われた世界で、歴史が終わった世界で、あらゆる言語が島宇宙化する世界で、可能世界の音を聴こうとしている。歴史という線の先ではなく、彼は、一つの音楽に無数の平行線を引こうとしている。このような音楽構造的な曖昧さがもたらす可能性についてより具体的に理解するために、彼の初期作品である《歩く(1976)》の冒頭の簡単なアナリーゼを試みてみようと思う。

 

図5 (近藤譲 《歩く(1976)》の楽譜 peters を元に作成。)

 

これは一般的な現代音楽と比べると限りなく簡素な楽譜である。特殊な奏法も用いられなければ、複雑な拍節構造も、不協和な音響も、偶然性(不確定性)を含む特殊な記譜も全く見られない。では、この音楽のどこに重要性があるのだろうか。
2つの声部があるがそれは実質的にひとつの旋律から導き出されているといえる。
まず冒頭は「Do」の音のユニゾンによる反復から始まる。これは4小節で1セットと考えてよいだろう。楽譜上には赤の括弧でそれを示している。連続する「Do」は4小節目で途切れ、そこでグルーピングも終了する。この途切れは前の引用で近藤が述べていた、裏切りの最も単純な形に他ならない。次にまた4小節が同じように繰り返される。ここでまた高次の(4小節を1単位とした)反復が生じる。しかし、次の小節でそれは裏切られる。水色の括弧で示した部分に注目してほしい。「Do」が2回続いた後の10小節目では音が途切れてしまうのである。これを契機として「Do」の反復は崩れ始める。ここまでは伝統的で安定したグルーピングに他ならない。
13小節目から始まる旋律に書き込んだ緑(フルート)と紫(ピアノ)の四角い枠を見てほしい。ここは疑似カノンとなっておりそのズレは2重のものである。ひとつにまず、カノンとしてのズレ。カノンにおいては一つの旋律が描いた軌跡の記憶をそれを模倣する旋律が喚起する……と同時に初めの旋律は次の軌跡を描き始める。ここには模倣という関係性を聴く西洋に伝統的な聴取の快楽が存在している。しかし《Walk》においてはそれだけでなくもうひとつ、フルートの声部に挿入された16部休符によるズレが存在する。このズレにより軌跡の記憶は参照先をかわされ、聴き手はより主体的にカノンを聴取しようとすることによってのみ、それをカノンとして聴くことができる。このように曖昧にされたグルーピングは私たちが身に付けてきた音楽の「聴き方」を焙り出す。
分析を進めよう。紫の枠の終わりには「Re」からオクターブ上の「Do#」への目立つ跳躍が見られる。この跳躍は一種の疑似モチーフとして2小節先の「Re」→「Si」やその次の小節の「Re」→「La」につながるものだが、共通点は跳躍というだけであると同時に、それが現れる間隔に規則性がみられないため、これはあくまでモチーフを聴こうとする私の耳が聴いた繋がりに過ぎず、他の耳がどう聴くかはわからない。音楽は意図的に「曖昧」である。また、ここの黒い丸で囲んだ小節は「Fa」、「A」、「Do」の各音がありヘ長調の主和音ように聴こえる。そのように聴こうとすれば冒頭の「Do」の連打はあたかも「属音連打」――主音の5度上の音を繰り返すこと。歴史的にソナタ形式の展開部終盤などに歴史的に見られる――の亜種のようにも聴こえるし、先のカノンに現れた「Si♭」もヘ長調に属する音だったことがわかる(「Fa」を主音とするヘ長調と「Do」を主音とするハ長調の差異)。しかし、この聴取もまた絶対的なものではない。紫の枠に現れた「Do#」はヘ長調の音階に含まれる音ではないからだ。ヘ長調としてここまでの音楽を聴こうとする者はこの「Do#」をその次の「Do」へ繋ぐオクターヴ違いの倚音(特定の音階あるいは和音に本来存在しない不協和な音)であり、隣り合う音階内の音にすぐに解決されることを原則とする)として無理に聴くだろう。
19小節目から再びカノンが始まるのだが、それは下段にかかれた(だいだい色で囲んだ)「Stop!」という指示によって途中で、未完のまま断ち切られてしまう。
この後に始まるピアノの「Si♭」→「Do」→「Re」……は先のカノンの途中で現れた音形と類似のものである。ここでは疑似的にモチーフが回帰している。その後それに重なる形で「F」→「La」→「Do」が現れる。ピアノ左手の8分音符のパルス(だいだい色の丸で囲われている)は後に再び現れる疑似モチーフの一つである。楽譜における囲みや矢印を見れば分かるように、この単純に見える数小節には実はさまざまな系列の関係性が流れ込んでいる。ここで何を聴くかは聴き手によって異なるし、私が発見していない何かがまだあるかもしれない。
次に分析する時にはこれとは異なる結果が生まれることがあるかもしれないのだ。さてアナリーゼはここまでにしよう。

装飾のない純粋なグルーピング。しかし曖昧なグルーピング。その関係性は曖昧であるが故に、聴き手一人一人が、聴く度ごとの一回一回が違った音の関係性をもって現れる可能性を強く持つことになる。そして私たちがそれぞれの音を聴きだす時、そこに働くのは聴いてきた音楽によって自らに内面化された「聴き方の型」でもある。この時、自己の聴取の中に自己の歴史が、また、あの簡素な一本の旋律の中に無数の音楽とそれを作った無数の他者の声が、時には数千年の時を超えて響いてくるのである。
前述した講演で彼は作曲に「体系」や「規則」を持ち込まず、ただ「聴くこと」を重視していた。近藤がその内面において聴いた他者の声を、私たちは聴く。しかし、その時に聴く他者の声は別々ものなのである。近藤は自身の著書と同名のCD『線の音楽』の自作解説でこう述べている。

これは拒絶の音楽を探し求める旅のひとつの道程である。拒絶の音楽は、音楽の拒否を意味するのではない。それは音楽がもつ一つの態度――作家が音と音楽とに対してとる特定の態度のもとで作られた音楽が、作家自身、奏者、そして聴衆に対して一様に示す作家の態度――が人に対して示す拒絶、音楽への人の参加の拒否である。この態度は、音楽を人間中心主義者の手から切り離すためのものなのだ。*2

 

■ 近藤譲は一見伝統的な「作曲」を行ないながら、前もって用意された作曲者の意図のようなものをそこから消し去り、他者の声を聴き、他者の声を私たちに聴かせる。
しかしその聴取は「世界」を聴くケージと違って、それは内的な自己の世界においておこなわれる。このような世界のことを〈セカイ〉と呼ぼう。しかし、そのセカイは無数の別のセカイの時間と作品を通して繋がっている。近藤譲は決して新しい言語を作ったわけではない。その不可能性は前述したとおりである。線の音楽とは特定の書法(エクリチュール)ではない。むしろそれは言語、あるいは書法というものに対する態度である。
近藤譲のこのような時間の在り方について、哲学者の小林康夫は言っている。

これはぼくのスペキュレーションなんですが、一番最初の音を置いて、その次に何の音が来るかと考える――そうやって作っていく方法論ということは、よくわかります。そこで、もし裏切りというなら、ひょっとしてそこで作曲家としての近藤さんが求めているのは、最初の音の前の音だというように考えてみたらいかがなんでしょうか。(中略)一方は時間を進めるけれども、進めておきながら、なおかつ裏切る、つまり逆行する。ここから先はまったくスペキュレーションなんですが、その逆行というのが最初の音の前にあるべき、そして絶対に耳には聞こえない、音を求めて行くのではないか――、非常にメタフィジックですが。*4

例えば彼の作品、《視覚リズム法(1975)》では5声の声部による音楽が6度繰り返されるのであるが1ループごとに1声部ごとに旋律が微細に変化していき、最後には全ての声部が変化する。1つ1つの声部は断片的なため、それらが繋がれて――むしろここでは「聴き手が繋いで」というべきか――ひとつの旋律線をなしているのではあるが、その旋律線の異化がループごとに聴きとれるわけである。常に徹底して過去の出来事を参照とする音楽の在り方は、まさに小林のいうところの逆行する時間といえる。
しかし、ここで小林の言葉に付け足すことがあるとするならば、遡行する時間と流れる時間という線に加えられるべき、セカイに満ちる様々な「過去に流れていた音楽という時間」という線の存在だろう。
音楽の可能な構造は有限である。しかし、それは音楽が有限であることを意味しない。近藤の音楽においては、たったひとつの、曖昧で、今にも消え入りそうな旋律の中に無数の透明な旋律が響いている。それは音楽に憑在するものであるが、その幽霊はもはや特定できない。この抽象化された幽霊には顔がない。

私はこれを〈憑痕的ポリフォニー〉と呼んでいる。

最後に近藤譲のステートメントを引用してこの文章を締めくくろうと思う。私たちのセカイが異なり、変容を続ける以上、いつの日か世界/セカイが終わるその日まで、その声は響き続けるだろう。音楽の未来について恐れる必要はない。

作曲とは「聴くこと」であり、「聴くこと」を通して、自己を外へ、他者へと開く行為なのだ。*5

 

注:[1]小林康夫『現代音楽のポリティクス』 p162-163
[2]近藤譲 『線の音楽』ライナーノーツ ALM RECORDS 2014
[3]小林康夫『現代音楽のポリティクス』 p162-163
[4]ibid p189
[5]近藤譲『聴く人』p78

 

【参考文献】
 東浩紀『存在論的、郵便的――ジャック・デリダについて』(新潮社 1998)
 菊地成孔・大谷能生『憂鬱と官能を教えた学校』(河出書房新社 2004)
 小林康夫編『現代音楽のポリティクス』(書肆風の薔薇 1991)
 近藤譲『音楽の種子』(朝日出版社 1983)
 近藤譲『線の音楽』(復刻版 2014 アルテスパブリッシング)
 近藤譲『聴く人(homo audiens)──音楽の解釈をめぐって』(2013)
 近藤譲「THE art of being ambiguou: From listening to composing」(『Contemporary Music Review』1988 Vol.2 所収)
 近藤譲「私の作曲について」 (お茶の水音楽論集 第15号 2014 p13)
 椎名亮輔『音楽的時間の変容』(現代思潮新社 2005)
 ヴァルター・ギーゼラー『20世紀の作曲』(1998 音楽之友社 佐野光司訳)
 ジョン・ケージ アルテスパブリッシング『サイレンス』(1996 水声社 柿沼敏江訳)
 マーク・エヴァン・ボンズ『「聴くこと」の革命――ベートーヴェン時代の耳は「交響曲」をどう聴いたか』(2015 アルテスパブリッシング 近藤譲・井上登喜子訳)
 マーク・フィッシャー『わが人生の幽霊たち――うつ病、憑在論、失われた未来』(pヴァイン 2019 五井健太郎訳)
 ヤニス・クセナキス『音楽と建築』(全音楽譜出版社 1974 高橋悠治訳)
 G.W.クーパー・L.Bメイヤー『音楽のリズム構造』(音楽之友社 2009 北川純子・徳丸吉彦訳)

 

文字数:19364

課題提出者一覧