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現代ディズニ―アニメーションにおけるレイヤー性――音の映画史のための断片

「あらゆる映画は無声映画の一形態でしかない」という蓮實重彥の言葉が示すように、映画を語る多くの言葉はその視覚性に注目するものだった。しかし、「解釈」を拒絶しその表層に注目する蓮實の手法が、音楽家が音楽を分析する際の方法に極めて近いことはあまり指摘されていない。蓮實の批評は、まるで、映像を絶対音楽のように感受し「アナリーゼ」しようと試みているかのように思える。

一方で近年、細馬宏通、菊地成孔、細馬宏通といった論者によって、映画の聴覚性に注目する批評が多く現れ始めている。

本論もまた、未だ語られ尽くされていない映画における音の歴史に注目し、現代に至る連鎖の小さな断片を記述することを目的としている。本論で取り上げるのは、最も意識的に映像と音の関係を模索してきた分野の一つである、ディズニーアニメーションである。

 

 

 

批評家の細馬宏通は『ミッキーはなぜ口笛を吹くのか』と題された文章の中で、トーキーの初期において口の動きと音との同期を強調する映像が多数作られたことを指摘している。それは実写映画のみならず、アニメーションにおいても生じていた現象であり、ミッキーマウスシリーズの初短編映画作品となる『蒸気船ウィリー』にも顕著に表れているという。『蒸気船ウィリー』において、冒頭の口笛の音がミッキーマウスの誇張された口元とリンクすることや、後半においてミッキーマウスの感情の高ぶりと共に映像内のあらゆる動物が音を鳴らすための楽器となっていくことは、映像と音の強い同期を志向しているのである。

そして、後に「ミッキーマウシング」とも言われる映像と音を強く同期させるこの技巧は、映画『白雪姫』で一つの達成を見ることになる。

例えば序盤、白雪姫が「望みの叶う井戸」に向かって歌うシーンを分析してみよう。その声の反響と音楽そしてキャラクターの動きは同期し、直後に王子が曲を引き継ぐ形で歌いながら現れる。ここではあらゆる音声的・音楽的要素が一つの秩序に徹底して調和しており、その同期が物語を展開させている。ここで目指されているのは、映画理論家ミシェル・シオンが言うところの「オフ」、「イン」、「フレーム外」という3つの音の様態全てを調和させることだろう。

しかし、この調和は決してあらかじめ「自然」としてあったものではない。いくつもの映画研究が明らかにしているように、サイレント映画における音楽は映像と一対一対応ではなかった。そこでは、有名なクラシック音楽や、映画のシーンを「激しい悲しみ」や「勝利」と分類しそれに合う曲を集めた虎の巻的楽譜が、映画会社や伴奏者の判断で映像に当てられていたという。そこでは音と映像の在り方は「レイヤー的」であったのだ。

そして、近年のディズニーにおける映像コンテンツはこのようなレイヤー性を自覚的に取り入れ始めている。全米で2017年、日本では2018年に公開された映画『リメンバー・ミー』について考えてみよう。

音楽嫌いの親族たちからギターの演奏を禁止されている、ミュージシャンになることを夢見る少年という設定からわかるように、『リメンバー・ミー』では直接的に音が主題化されている。例えば序盤の、家から飛び出した主人公ミゲルが町中のモノを楽器のように叩きながら世界を音楽化していくシークエンスには『蒸気船ウィリー』の痕跡が見てとれるだろう。しかし、『リメンバー・ミー』における音楽はこのような調和ではなくズレを伴っても展開されている。例えば主人公が隠れ家にて憧れのミュージシャン、デラクルスの映像を眺めながらその音楽をまねるシーン。そこではミゲルの手元や表情が強調して映され、フレーム外であるテレビから流れる音声と主人公の爪弾くギターの音は乖離していく。ミゲルがデラクルスの模倣から離れ即興演奏を始めるのである。このシーンはささやかなものであるが、音の存在様態のレイヤーがズレていくことが主人公の自立を予期させ、たしかに情動が喚起される美しいものだ。

それだけではない、ラストシーンでは真の父を見つけ、家族と和解した主人公の声はオフの音として響き渡る。やがて、カメラが主人公を捉えるとそれはオンの音となる。この時死者の国から家に帰ってきた父が主人公の体をすり抜けるとギターは2重化され音楽は合奏となる。ここではレイヤー状にオンの音が操作されているのである。それは映画内の現実を、つまりオンをオフ化することによる、現実を音楽化する所作といえるだろう。

 

 

 

このような、レイヤー性の美学の復権は、トーマス・ラマールが日本のアニメーションを研究する中で打ち出したアニメーションの原理「アニメティズム」、また批評家の渡邉大輔が「映像圏」の「多重性」とも深く関連するものだろう。今やディズニーアニメーションは日本のサブカルチャーに多く見られるレイヤー性の美学を取り込みつつ、画面に新たなる生命を吹き込むことを志向している。

 

文字数:2002

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