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別の現代音楽史のために――現代モダニズムの極北

【目次】

■ 序 ――クライドラーの憂鬱

 

■ 第一章 ――現代音楽におけるモダニズムの誕生、あるいは発見  

  ・新ウィーン学派の衝撃――調性という王の死、パラメータの解放と再組織化 

  ・セーリー主義の限界――セリーの認知限界へ

  ・シェフェールの絶望――ドレミの外では何もできない

  ・スペクトル楽派の転換――ドレミの外でしか何もできない。第2のモダニズムへ

  ・あらかじめ決められていた前衛史――ブラームス/ワーグナー再考

  ・ジョン・ケージの無為――モダニズムの極北として

  ・ペルト/シュニトケの眼差し――様式を再解釈する

 

■ 第二章 ――近藤譲という別のモダニスト

  ・様式の原形質

  ・何も考えない作曲

  ・幽霊的ポリフォニーについて

  ・新しい形式へ

 

■ 第三章 ――ポスト近藤の地平

  ・鈴木治行――系列の追加

      ・川島素晴――別の座標軸への展開

 

■ 終わりに

 

 

 

 

 

 

 

 

「この作曲方法には、何の体系も何の規則もありません」――近藤譲

 

 

 

 

■序 ――クライドラーの憂鬱

 

これから記すのは、ある特異な仕方に基づく音楽の歴史だ。否、正確には20世紀から21世紀に至る現代音楽の歴史と呼ぶべきだろう。現代音楽、 それが現代「の」音楽を指す言葉ではないことは言うまでもない。ここで現代音楽を、いわゆる「クラシック音楽」から連綿と続く流れの中で主にアカデミーを中心に(あるいはそれと深く関わりながら)発展してきた音楽のことを指すもの、と定義しよう。
本論では年代の流れよりも概念の流れを、作曲家同士の関係性よりも作品同士の関係性を、現前するものよりもその潜勢力を重視し、一般的な音楽史とは別の音楽史を立ち上げることを志向する。
では、なぜ今、現代音楽について論じなければならないのだろうか。まず一つに、言うまでもなくこういった音楽についての批評的言説が極端に不足しているということがある。かつて雑誌媒体等で存在していた本格的な批評的言説はアカデミズム界には現れなくなってしまっている。私はそれを復権させたいと考えている。しかし理由はそれだけではない。

約2ヶ月前になる2018年9月17日、現代音楽アンサンブル「東京現音計画」による10回目の公演が行われた。プログラムのディレクションを担当したのは作曲家山根明季子である。ネット上でも公開されているこのプログラムの中には、ヨハネス・クライドラーというあまり聞き慣れない作曲家の名前が入っている。
クライドラーはYoutubeチャンネルで自身の曲を公開するなど旧来の現代音楽の作曲家と異なる形でも活動を行なっているのであるが、その音楽の特徴も極めて「ポストモダン」的だ。この場合、ポストモダン的とは「モダニズム=芸術の形式性や構造それ自体の追求」が行われていないことを指す。
まず、21世紀において最も先端的な作風を展開している作曲家の一人でもある彼の作品を「見て」みよう――事実、彼の音楽には見ること、つまり視覚性が重要となる音楽が多い――。

 

 

上記の動画はクライドラーの代表作の一つである《Charts Music》という曲だ。主なアイデアは、様々な折れ線グラフの動きを音の高さに見立て、それを旋律としてSongsmith*1という自動作曲ソフトに吹き込んで生成された音楽をグラフと並べて再生していくというものであるが、そこには政治的ユーモアあるいはアイロニーが見てとれる。
前半では、冒頭のリーマンブラザーズの経営破綻を示唆する図に続いてバンク・オブ・アメリカ、ゼネラル・モータース社、マイクロソフト社など名立たる企業の経営状態の悪化が下降する旋律にアレンジされていく。いわゆるリーマンショックによるエコーが聴かれるわけだ。そして、おそらく様々なバラエティ番組から取ってきただろう関係のない映像が間奏として間に挟まれた上で、後半に移行する。後半では打って変わって上昇する旋律で始まるわけであるが、その図はイラク戦争の死亡者数、ヘッケラー&コッホ社のイラク戦争への兵器販売数である。あるいは、一点のみ高音に跳躍する旋律は米国政府によるイラクへの偽の叙述数を表しており、イラク戦争が始まる手前で最高数を叩きだしている。その他、米国の負債の増加、失業率の増加、世界的なポルノ業界の成長、ダウやナスダックの低下などが演奏される。*1
ここで重要なのは音楽が音楽自体として自律していないということである。もしも、この音楽がグラフを模倣していることが示されなければ、なんの面白みもない平凡な音楽として聴かれて終わることだろう。《Charts Music》においては音楽のフォルムとグラフのフォルムの表す「意味」のズレがアイロニーを引き起こしているのだから。
クライドラーのこのような作風はドイツのコンサートホールやアカデミーでも賛否が大きく分かれ、非常にセンセーショナルなものとして受け取られている。たしかに彼のような音楽がNeue Konzeptualismus = 新しいコンセプチュアル音楽と特別に呼ばれていること、日本のアカデミーや現代音楽愛好家にも未だほとんど知られていないことなどはその異質さを表しているだろう。
しかしここで疑問が生じる。《Charts Music》がYoutubeの公式チャンネルにアップロードされたのは2009年である。ヨハネス・クライドラー自身、未だ多く知られているわけではないとはいえ、21世紀に入ってから徐々に世界的に頭角を現し始めた作曲家だ。つまり、彼は「21世紀の作曲家」である。そのように考えた時、《Charts Music》はそこまでセンセーショナルな作品といえるのだろうか。

美術批評家アーサー・C・ダントーの著作を引くまでもなく、現代アートにおいて媒体固有の特質の追求=「モダニズム」は60年代初期にはもはや主流派ではなくなっている。エドゥアール・マネから始まり抽象表現主義へと至る、表象に頼らない絵画のフォルム自体の探求は、60年代のコンセプチュアルアートやポップアートなどによって前衛の主流派としての座を奪われ、現代アートの多くはそれが視覚の快楽を伴うものであっても思想的・哲学的表出不在で存在することを許されなくなっている。つまり、「モダニズム」によって抑圧されたデュシャンの亡霊が回帰しポストモダンが始まったということである。いささか単純化しすぎなきらいがあるものの、おおむねこの図式を主張することはできるだろう
一方アカデミズム音楽において、ジョン・ケージなどに代表されるアメリカ実験音楽の亡霊が部分的に回帰した(ようにみえる)のはようやく2000年代に入ってからである。音楽家にして理論家のG・Douglass・ Baretteによる『After Sound: Toward a Critical Music』が出版され(一部で)話題となったのは2016年である。「アフターサウンド」というタイトルが明確に「モダニズム」を未だ力をもって音楽界を席巻している仮想敵とみなした上で葬り去ろうとしていることは言うまでもない。故に、クライドラーの音楽は未だ驚きをもって迎えられている――あるいはいない――。
そのような遅れはどのようにして生じたのだろうか。ここには音楽という抽象体固有の、「モダニズム」を巡る捻じれた歴史がある。
しかし、そのことを論じる前にこの序章は別の問いかけを行なうことによって終わりとしたい。

今一度クライドラーの音楽について考えてみよう。私は彼の音楽を「見る」と述べ、「音楽がグラフを模倣している」と記した。ここにはポストモダンの音楽を巡る二つの問題が露呈している。
まず一つはクライドラーの音楽のコンセプトは、そのほとんどが画面に映されるグラフやテキストという「視覚情報」によって伝えられているということである。そのように考えた時、この作品を音楽作品と定義することは妥当なことなのだろうか。むしろこれは音楽を用いた現代美術作品と呼ぶべきものではないだろうか。この視点はそれ自体、媒体の性質に固執するモダニズムの思想といえるかもしれない。しかし、次の問題はより重要だろう。それは《Charts Music》の音楽自体は外在的「意味」を「質的」には何も「指示」していないという端的な事実である。《Charts Music》の旋律が模倣しているのはグラフとそのパラメータという「量的」なものの「フォルム」である。
むしろここでは、ある仕方でグラフの「量」を変換した音楽が「意味」に無関心であり、それ自体で自律しているが故に全く的外れな明るい響き*2が構造の中から生み出されてしまうことが重要な要素となっている。
つまり音楽が量的な芸術であるという前提に立った上で、量的なグラフを別のパラメータ――音高――に写し取り、そこに偶発的に生じる「意味のようななにか」の表象をグラフの指示するものと衝突させているわけである。*3ここに「モダニズム」の亡霊を見てとることができる。「モダニズム」とは「質的な意味」が「量的な意味=フォルム」に変化するということだからである。
我々が耳にするほとんどの音楽は楽譜という「音高」/「音価」/「強度」という離散的なパラメータからなる記号的な体系であまりにも明確に記述可能である。ジャン・ジャック・ナティエが『音楽記号学』で述べるように、音楽はあらゆる芸術の中で最も記号化が洗練されたジャンルだった。音楽はあまりに「非意味」=「非表象」に基づく芸術であり、たとえ歌詞が付随し宗教的に用いられていたとしても、その始めから音楽自体は抽象であり、自律し、自閉していた――あるいはそのように遡及的に捉えられてしまう――。クライドラーの音楽はポストモダン的であるが故に、逆説的に「音楽」のモダニズム性を露呈させてしまっているのである。

なぜ今、現代音楽について論じなければならないのだろうか。その媒体と歴史の都合上、現代音楽が現代芸術の内で最も、未だ「モダニズム」の圏内で模索を続けている芸術形態だからだ。クライドラーはその逆説的な一例である。多くの現代音楽では――いわゆる「ポストモダニズム音楽」*4とされるものにおいても――未だ抽象的な音の構築の美学が、つまり広義の「モダニズム」がそのまま志向されている。
いかにして音楽は「モダニズム」と向き合いそれを展開させてきたのか。一見するとモダニズムを打ち崩したように思えるジョン・ケージの試みとは何だったのか。そしてモダニズムに囚われた音楽はいかにしてその内部に徹底的に籠りながら外部への跳躍を目指しているのか。現代音楽の歴史について考えることは、今や見向きもされなくなった「モダニズム」の新しい可能性を思考することである。

始まりは20世初頭のウィーン。これから記すのは音楽の「モダニズムの限界」を概念的中心に置くことで展開するある特異な現代音楽の歴史だ。それはやがて、未だ語られざるある作曲家にまで至り、音楽史と音楽批評に別の線を描くことになるだろう。

 

[注1] songsmithはそのアレンジのあまりのチープさや公式プロモーションビデオの独特のバッドなセンスも相まって2009年に発売されると海外で話題となり、様々な名曲とされる往年のポップスのアレンジがYoutube上にアップロードされた。クライドラーはこのような動画サイト的文脈も踏まえたうえで、《Charts Music》を制作したということだろう。
[注2] クライドラーのYoutubeチャンネルにはこのような「量的な変換」に基づく音楽作品が多数アップロードされている。例えば2011年に公開された《kinect studies》(https://www.youtube.com/watch?v=UAlcTnvbBS0)ではジェスチャーを認識するセンサーデバイスであるKinectを用いて様々な体の動きを音楽に「変換」している。
[注3] 無論、その「明るい響き」が多分に文化的に構成されたものではあるだろう。しかしその表象は「気分」に関わる曖昧模糊としたなものであり、音楽はあまりにも意味を明確に指示することができない。
[注4] クライドラーのような作風とは異なる、多様式的、調性回帰的な諸音楽書法を指す。詳しくは後述。

 

 

■ 第一章 ――現代音楽におけるモダニズムの誕生、あるいは発見  

 

1.新ウィーン学派の衝撃――調性という王の死、パラメータの解放と再組織

音楽におけるモダニズムの誕生は美術と少々異なっている。音楽学者カール・ダールハウスが『絶対音楽の理念』の中で論じているように、音楽において「絶対音楽」の理念が成立したのが意外にもロマン派の時代であることに注目しよう。現世的な一切の情動を表現せず、それ自体のみを表し、世界から切り離された純粋な「構造として立ち現れる音楽」という考えはドイツロマン主義の思想家たちを中心に形成されたのだ。そこでは、「絶対音楽」は現生の何ものをも表していないが故に、感情の言語としての標題音楽を超えた超越的なものを表現することができるとされた。このような「絶対音楽」の理念が、そのロマン主義的超越の装いを剥ぎとってみれば「モダニズム」そのものであることは言うまでもないだろう。音楽において「モダニズム」がロマン主義と共に始まったのは必然的な意味を持つ。つまり音楽においてはそれが形式そのものであるが故に、支持媒体であるマテリアルが不明瞭であるということであり、その事実が当世の社会的要因とも関係し音楽における「モダニズム」のあり方を複層化させる要因となっているのだが、今は深くは立ち入らないでおく。本論は何度もここに立ち返ることとなるだろうからだ。

事実、モダニズムの形式の美学はロマン派音楽から導かれた。いわゆる「無調」あるいは「無調性」が「調性音楽」の極北として現れたことは音楽史的に良く知られた事実だろう。ベートーヴェン以降――あるいは後期古典派以降と言い換えても良いかもしれない――和声接続の複雑さは急速に増大し、ワーグナーそしてマーラーを経てシェーンベルク《架空庭園の書》、そして《6つのピアノ小品》における調性からの離脱に至る。
しかし、ここで重視したいのは調性の崩壊がもたらした本質は不協和音の使用可能範囲の拡大「ではない」ということである。重要なのは音楽のあらゆるパラメータが縦の調和に奉仕することを停止したということにある。ここにより高次の形式の美が誕生することとなる。
調性が存在するとは、その調固有の協和と不協和が存在するということだ。調性音楽においては和声のみならず旋律、あるいはリズムさえも協和と不協和の中でその運動を制限されることとなる。初期の無調音楽が行ったのはこういった各パラメータ=系列の解放だった。
ここで、浅田彰が著書『構造と力』の中で提示した図式に少々の変更を加えなければならないだろう。彼は哲学的な内容の著書の後半で様々な思想、芸術、概念等をマッピングしている。その中で彼はシェーンベルク/アドルノを「モダン」(「たえざる構造の組み替えによる動的スパイラル」)に、ケージ/グールドを「ポストモダン」(「多数多様な散乱」)にマッピングしているのであるが、ここには2重の誤謬がある。
まず一つ、初期の無調音楽に見られるものは「絶えざる構造の組み替えによる動的スパイラル」ではないということ。そのような不協和の解決を絶えざる転調によって永遠に延命させる「否定神学システム」はマーラーの時代に終わっている。そのような動的スパイラルを「表現として」最も巧みに利用したのがワーグナーのオペラでありマーラーの歌曲であるからだ。初期無調音楽においては各系列は断片化され、散乱する。むしろそれは彼の言う「ポストモダン」に近い。もう一つは彼のケージ評価についてであるが、このことについては後述しよう。ここで重要なのは無調音楽の初期において各パラメータの自由な散乱が見てとれたという事実である。

 

ヴァルター・ギーゼラー『20世紀の作曲』(佐野光司訳 1988 p38)より、シェーンベルク《6つのピアノ小品》の分析。あらゆる音高、音域が用いられ、明確な反復構造がみられないことがわかる。

とはいえ、その後シェーンベルクの音楽がリズムや構成において古典へ回帰し、無調音楽全体は12音音楽、そして戦後のセリー主義という形で解放された系列を厳格な新システムに「再領土化」する方向に向かっていったのは事実である。次の節ではセリー主義、そしてモダニズムのリミットであるブーレーズの音楽とその限界について考えてみよう。そこで遂に本論の中心的テーゼが登場する。

 

 

 

 

 

 

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