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断片的高橋源一郎詩論

 

 

何度でも一からやり直さなくちゃならない。何度でも、たった一行から、信頼できる一語からはじめる以外に方法なんかないのです。(高橋源一郎「失語症患者のリハビリテーション」『ぼくがしまうま語をしゃべった頃』に収録 新潮文庫 1989 p50-51 )

 

 これは小説家として作品を書く際にパフォーマティブに行うことがらのコンスタティブな言明である。では一見穏当にさえ見えるこの主張を実践しているはずの高橋の作品が、あれほどに奇異な内容に包まれているのはなぜだろうか。その答えは彼の初期の作品を、その原体験を巡ることで見出すことができる。

 

 

 

 

昔々、人々はみんな名前をもっていた。そしてその名前は親によってつけられていたものだと言われている。
そう本に書いてあった。
大昔は本当にそうだったのかもしれない。
そしてその名前は、ピョートル・ヴェルホーヴェンスキーとかオリバー・トゥイストとか忍海爵とかいった有名な小説の主人公と同じような名前だった。
ずいぶん面白かっただろうな。
「おいおい、アドリーアーン・レーベルキューン殿、貴公いずこに行かれるのか?」
「どこへいこうとわいのかってやないけ? そうやろ、森林太郎ちゃん」
今はそんな名前をもっている人間はほとんどいない。政治家と女優だけが今でもそんな名前をもっている。
(『さようなら、ギャングたち』冒頭)


 加藤典洋は、高橋源一郎のデビュー作である『さようなら、ギャングたち』の文庫版解説において、上記の文章について以下のように述べている。

ここで、何が普通の小説とまったく違っているかというと、ゴチック体で組んだこの文章の第三行目、第四行目、第七行目[本論における「そう本に~」「大昔は~」「ずいぶんと」に当たる]は、いわば世界に新たな氷結を促すため、ここに送り込まれ先の文脈とはいったん切れた文で、これは、先の文脈を殺し、新たな文脈を作る、殺し屋である。ここでそれまでの文の文脈はポ伐りと音を立てて脱臼している。(高橋源一郎『さようなら、ギャングたち』 講談社文芸文庫 1997 p353 )

 ここで、述べられている「脱臼」の箇所を確認すると、そこでは語り手の記憶や個人的感想のような「断片的発想」によって読んでいくときの自然な「線」の流れが中断されていることがわかる。しかし、加藤の鋭い洞察も、なぜそのような脱臼が起こるのか、その脱臼が高橋にとって、文学にとってどのような意味をもつのかまでは述べていない。

 

 

 

 

 

 作曲家の近藤譲は自身の音楽を「線の音楽」と呼んでいる。彼は自身の作曲法について以下のように語る。

最初の音がとにかくどれかに決まると、それを繰り返し何度も聴く。聴いているうちに、二つ目の音を思いつくわけです。そこで、最初の音のあとに2つ目の音を書く。これはばからしいほどあたり前のことだと思われるかもしれません。ともかく、私は、二つ目の音を思いついたらこんどは一つ目と二つ目の音を聴いて三つ目の音を、三つ目の音を思いついたら一つ目、二つ目、三つ目を聴いて四つ目の音をというふうに、いつも必ず初めから聴いて、順番に一つ一つ音を前に足していくというやり方で作曲していきます。この作曲方法には、何の体系も何の規則もありません。ただ聴いて、思いついた通り音を並べていくわけです。しかし、その音の思いつきが、純粋に無前提の直感のみに頼ったものかというと、実は、そうではありません。例えば、最初の音のあとに二つ目の音を何か置いたとする。そうすると、その二つの音の間には、当然、何らかの相互関係が生じます。(中略)三つの音をそれぞれABCと呼ぶとすれば、AとBによってできる関係が、BとCによってできる関係によって裏切られるように音を繋いでいくわけです。そしてさらに、四つ目の音Dを書く際には、ABCによってできている関係が、Dによって裏切られるように音を置いていく。そんな仕方です。(小林康夫編『現代音楽のポリティクス』 書肆風の薔薇(現水声社) 1991 p158,160-161)

 近藤譲は音楽の線を「脱臼」させる。彼の音楽では予測によって生じる「線」は絶えず裏切られ、細分化され、「脱臼」される。近藤譲は前衛音楽の――主に人間の認知限界に基づく――複雑性の探求の行き詰まりに直面した最初の世代である。それは革命の終わりだった。近藤が考えたのは有限の音のパレットで有限の音楽的文法で、私たちの辿ることのできる新しい道を作ることだった。彼の代表作のひとつには≪歩く≫という作品がある。

 

 

 

 

 文化人類学者のティム・インゴルドは、自身の主著『ラインズ』の中で浩瀚な資料を駆使し印刷文化によって書かれたものの性質が大きく変わったことを指し示している。その昔、記述はその書き手の声や筆跡=手の動きと不可分であり、それはその書き手自身の精神をなぞっていくことに他ならなかった。彼はそのことを徒歩旅行と地図に沿った航海の比喩で語っている。

中世の読者にとってテクストとはいわば自分が住む世界であり、ページの表面とは、旅人が足跡や道標を辿ってある土地を旅するように、文字や言葉を辿ることでその地理が把握できるひとつの国である。それとは対照的に、現代の読者にとってテクストは白いページの上に印刷されたものとして出現するが、それはまさに世界が既成の完成された刊行地図の表面に印刷されたものとしてあらわれるようなものである。(ティム・インゴルド『ラインズ』 工藤晋訳 左右社 2014 p52-53)

 

 

 

 

 高橋源一郎の初期のエッセイ「失語症患者のリハビリテーション」では学生運動のため拘置所に入れられていた著者が失語症を発症するした話が語られている。そこには、学生運動のあまりに大きすぎる「革命」の言説の欺瞞性に直面したことも含まれているのかもしれない。彼は7年間の沈黙の後リハビリテーションを開始する。

「このティーカップすてきねえ」
「うん」「ほんと、いいティーカップだわ」
「そうだねぇ」
「何か、いいのよねえ、このティーカップ」

 彼はこのような何気ない文章を書き続けることで言語を復活させていったという。『さようなら、ギャングたち』は幾年にも及ぶ沈黙の産物なのだ。

 

 

 

 

わたしは現在、1980年代のはじめにいて、わたしの部屋には三台の冷蔵庫と一台のベッドがあるきりである。この部屋はひどく暑い。
ほんとに暑い。もう一台、冷蔵庫が欲しいと女はしょっちゅうこぼしている。
ただ一つの窓からはラブ・ホテルが見える。ラブ・ホテルは繁盛している。他には何も見えない。
夜中になるとわたしと女は道路を眺める。
象が通るかもしれないからだ。
(高橋源一郎『虹の彼方に』冒頭)

 高橋源一郎は「線」を紡ぎ、それを途中で中断する。言葉が確かさを失う前に。事実その言葉はどれも「文脈」を取り除けば何気ない一言一言にすぎない。それは彼にとって「信頼できる」言葉なのだ。故に高橋源一郎はいわゆる「ポストモダン小説」の小説家とはいささか事情が異なっている。「もう一台、冷蔵庫が欲しいと女はしょっちゅうこぼしている」、「ラブホテルは繁盛している。他には何も見えない」、「象が通るかもしれない」。彼は素朴な言葉を積み重ねる。
 しかし、その文の「脈」は細分化され断片化されている。そのつながりは断ち切られ極度に無秩序に配置されている。そうやって積み重ねられた何気ない断片は、結果的に奇妙な道筋を、現実を逸脱する「脈」を紡ぎだす。あたかも地図が役に立たないかのような。

 

 

 

 言語学者ロマーン・ヤコブソンは「幼児言語、失語症および一般音法則」の中で幼児が言語を覚え始める段階でそれ以前に喃語として発音できていたあらゆる言語に含まれる無数の音を、話すことができなくなるとを指摘している。言語の学習において、言葉は音として一度失われた後にもう一度として再発見されるのだ。無限の発音可能性の喪失から、有限な音と規則による新しい声を、新しい音の連なりを、意味を、言葉を、習得するということ

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