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平田オリザ演劇の「肉体」

平田オリザの演劇は、「身体」がうすくなる「静かな劇」であるという。しかし、「ソウル市民1919」の、少なくとも2018年10月25日19:30からの公演では、「身体」、あるいは役者の「肉体」、あるいは「肉」は、重要な役割を担っていた。

そもそもこの劇は、バラエティに富んだ「身体」がうごめく、見世物小屋の様相を呈していた。舞台上に入れ替わり立ち変わりあらわれるのは、醤油顔の書生の男、ソース顔の書生の男、キツネ目の朝鮮人の女中、芋くさい顔の日本人の女中、はげかけのおっさん、燕尾服のちっちゃいおっさん、巨漢の相撲取り、鼻の高い紳士、胡散臭い紳士、きれいな顔に似あわない声の低い女、日本人形のような女、ぱっちりおめめの笑顔の張り付いた婦人、ドレスに身を包んでいるのにちゃきちゃきした婦人、ロリコンめがね袴女子、といった具合で、各々がその「キャラクター」に適した、とりどりの、和洋韓の衣装に身を包む。
舞台上、中央には、六人がけのダイニングテーブル、その奥に棚があり、下手手前にはオルガン、上手手前には二階に続く階段があり、下手奥が玄関、上手奥が家の奥へと通ずる設定で、役者はこれらを出入する。舞台装置や照明は終始変化しない。にもかかわらず、いろとりどりの登場人物たちが出入りし、次々と話題を変える舞台は、変転めまぐるしい。
ここは、1919年3月1日のソウル(当時の呼び名は京城)に住む日本人一家、篠崎家の応接間である。とりとめのない会話に緊張を差し挟むのは、屋外で朝鮮人たちが通りにあふれているという情報と、家から少しずつ姿を消していく朝鮮人の女中たち。のちに三・一独立運動と呼ばれる一大事の最中であることは、舞台上で語られることはない。篠崎家の人々は不穏に思いつつも、応接間で唄い笑い合う。それは、「悪意のない人間の罪」を描く試みだと、平田はいう*。

舞台は、一家のその日の午前の「日常」を描く。日本人たちの会話の端々に、「悪意なき」朝鮮人蔑視が織り込まれる。例えば、一家の人々や女中は、韓国人の使用人が、仕事に対する責任感がないと腹を立てる。近頃彼らの中に、「民族自決」を掲げる者があるという話題では、韓国人は、他人と協働できないから団結できないという。そして、彼らが「自決」できないから、日本が一緒になってあげたのに、今更何を言っているのかと、眉をひそめる。悪意がないことの恐ろしさをあらわす最たるものは、一家の長女幸子の発言である。幸子は、篠崎家がソウルに移ってから、ソウルに生まれた。内地に行きたいと言い続け、念願叶って内地に嫁いだのにかかわらず、そこに馴染めずに離縁して戻ってきてしまう。内地には二度と行きたくないと、幸子はいう。なぜかと問えば、嫁ぎ先の家に米を納めに訪れる小作人の姿に、朝鮮人でない日本人の貧乏な姿に、耐えられないからだという。「朝鮮」が好き、ときっぱり言い切る幸子には、「支配」や「差別」の悪意、後ろめたさは微塵もない。平田は言う。「それまでの植民地ものとか戦争もののお芝居は、悪い軍人や悪い商人が出てきて、彼らが結託して庶民はいつも虐げられている。朝鮮人が一番かわいそうで、次にかわいそうなのが日本の貧乏人で、軍部とか商人はいつも悪代官のように威張っているというものばかりでした。でも、植民地支配の本当に怖いところは、一般市民が差別に加担していくということなのです。」**

笑いを誘う舞台は、無自覚の差別主義者たちをも滑稽に描き出す。しかし同時に、お前はそれを笑えるのかと、客(私)に突きつけもする。それが可能なのは、舞台の上の人たちと、客(私)たちがとても似ているから、その差異が小さいからだ。舞台の上の人たちの言葉遣いはおそらく、1919年当時の日本人よりも、本作の初演の2000年の日本人よりも、2018年の日本人のそれに近い。舞台上では、劇的な、芝居がかかったことは、おこらない。舞台の上の人たちは、激しい恋に落ちたり、心情を独白したり、戦ったり、殺したり、死んだり、ましてや身体を奇妙に動かしたり、性器を露出したりはしない。舞台が水浸しになったり、なにかが爆発することもない。舞台の上の人たちと客(私)は、駒場アゴラ劇場の舞台と客席がそうであるのと同様に、隔たりがないかのように、すなわち、ひと続きの場所で、同じ時を過ごしているかのように、錯覚させる。舞台の幕開けも、その効果を強めている。幕開けといったが、駒場アゴラ劇場に幕はない。いったい、はじまりはどこからだったのだろう。カメラ捉えた映像に重ねてタイトルや監督の字幕を流す映画のように、舞台上には、公演開始時間の前、客の入場がすべておわらないうちに、一人の男が、テーブルを囲む椅子のひとつに、客に背を向けて座り、せんべいを食べる。しばらくすると、そこに女中が、またしばらくするとその家の婦人が、ただいま戻りましたなどと言って入ってきて、男はお帰りなさいなどといって、それに応じる。客席の案内係による、本日はお越しいただき云々の説明は、そうした舞台上のやりとりののちであった。いやもっというと、さらに前からはじまっていたとも思われる。駒場アゴラ劇場の待合室、演劇関連の本がびっしり詰まった本棚、その上は天井までポスターやチラシが貼られたその場所に、早めに着いたわたしは、椅子に腰掛けながら、妙に外の様子が気になった。案内係のスタッフと、10人ばかりの待ち客がたたずむ空間はしんと静まり、ガラス張りの大きな開口部からは、外の音がはいり込む。カンカンと杖と地面がぶつかる音、シャカシャカとスーパーのビニール袋が擦れる音、カラカラと乾いた自転車の車輪の回転音、ゴーゴーと電車が走る音。劇場の待合室、受付スタッフと待合の客たちの、これから始める舞台への期待と信頼、それがもたらす独特の緊張感に満ちた空間が、わたしの知覚を普段よりずっと、先鋭化させていた。

かように舞台の内と外は、曖昧になっていた。そして、舞台の内で描かれるのは、朝鮮人への差別だけではない。舞台の上の人たちは、いっぽうで、出戻ってきたこと、妾の子であること、女だけで映画館に行くことに引け目を感じ、たほうで、女を連れ込む妾の息子や、嫁入りに不要なオルガンを教える女を非難する。幾重にも織り込まれる「差別」は、ぼやけた舞台の輪郭から浸み出し、客(私)へと浸透し、各自の「悪意なき罪」への自戒を促す。秀逸なのは、そこに、まったく説教臭さがないことである。

 

こうした悪意なき「差別」が蔓延するその構造を、端的に示すのが、役者の「身体」あるいは「肉体」「肉」である。より具体的に言うと、相撲取りの「腹」と、少女の「柔肌」である。

舞台の上の人たちの中で、特に客の笑いを誘っていたのは、シルクハットに燕尾服、ステッキをもった小さなおっさんと、劇中で関取と呼ばれる巨漢の相撲取である。かれらは、朝鮮での興業のために内地から訪れ、興行主の篠崎家に挨拶に訪れた。しかめっ面で、「ごっつぁんです」としか言わない関取を燕尾服のおっさんが囃し立てる。芝居ががった関取の紹介の際には、おっさんは内ポケットから扇を取り出し、ステップを踏み、上体を大きくひねり、扇を派手に動かす。この、場違いの軽快なステップは、劇中何度も繰り返され、観客の笑いを誘う。彼らが二人っきりになると、関取は途端に、甲高いかわいい声、かわいいスマイルを浮かべ、おっさんに甘え、弱音を吐く。彼は、たいへんな小心者で、朝鮮人との相撲に怯え、もう帰りたいと喚気もするのを、おっさんが諌める。内地から来た二人は、「日本」のメタファーとして機能する。相撲取は、いうまでもなく日本の伝統をあらわし、燕尾服姿のちっちゃいおっさんは、欧米列強から見た滑稽な日本人、明治期の風刺画に描かれるような燕尾服姿の猿に似た人間を思わせる。その相撲取は、大きな体に似合わず、小心者で、先に述べたように、おっさんは彼を誇大に、例えば彼が切り株から生まれたなどの出鱈目を言って、喧伝する。巨漢の関取は、まさしく、逸話や伝説を捏造し肥大化したように見えながらも、中身は弱っちい小心者である、戦時中の日本の姿そのものである。今日においてもさして情況は変わらないかもしれない。

そんな関取に対して、篠崎家の三人の女は、それぞれ別のシーンで、腹に触ってもいいか、と問う。ここで腹は、内地の大地と化す。三人のうち、二人は、内地から篠崎家の男たちとの結婚のために、ソウルにやってきた婦人たちで、腹、すなわち、懐かしい故郷の土に触れ、満足げに笑みを浮かべる。のこる一人、二度と内地に行きたくないと喚いた幸子だけは、違っていた。好奇心から触りたいと言ったのであろう彼女は、腹に触れた途端、ふくざつな表情を浮かべ、その腹に一回、二回、その後連続して、パンチ(ツッパリ?)を食らわせる。その、脈絡のない振る舞いは、のちに「怒っているのか悲しんでいるのかわからない」情況であったと語られる。期待を裏切られた悲しみ、憎しみ、怒り、なんとも形容しがたい内地への感情が、腹へのパンチによって、あらわされる。

幸子のパンチを受けた関取は、痛い痛いと喚き、「帰ります」といって、家を飛び出す。その後集まった家人たちは、困惑する。「帰るって、どこへ?」。同時に、「朝鮮独立」のためと言って、朝鮮人の女中たちが皆去ってしまう。消えた関取への困惑と、消えた朝鮮人への困惑が、重なる。消えた関取に投げられた問「帰るって、どこへ?」は、そのままその一家に、その拠って立つところを失おうとしているかれらに帰ってくる。
その後、舞台は、幸子がオルガンの先生と一緒に、演奏を披露するシーン、皆の合唱へとつながり、幕を閉じる。ここで、今一度、「身体」が大きな役割を果たす。めがねの袴の少女の「身体」である。幸子とともに、オルガンを習う彼女は、稽古のために、篠崎家を訪れていた。幸子と先生の演奏中、このめがね袴女子は、舞台の手前に移動し、観客に背を向け、リズムをとって飛び跳ねる。うなじや袴の裾と足袋の間から、その白く柔らかい肌を、見せる。ぴょんぴょんと軽やかに、振袖を振りながら、歌い踊る姿、彼女たちの合唱は、狂気じみた、場違いな饗宴、不気味な空間を作り出す。少女の柔肌は、あたかもそれが純粋無垢な存在であること、つまり少女の無邪気さを象徴する。これは、支配の自覚のない「日本人」の無邪気さ、自覚なき罪のあらわれである。批判すべき「日本」は、関取の腹と、少女の肌、つまり役者の「肉」に、収斂する。

ここにわたしは、渋革まろんの指摘する、90年代の「身体の忌避」という傾向と、平田オリザの関係が、端的にあらわているように思う。渋皮によれば、平田の演出論に基づけば、「身体感覚」は厳密にコントロールされねばならない、すなわち、「身体感覚に同一化してしまうのではなく、常にそれから意識を引き剥がし、「ニュートラルな身体」(『演技と演出』)を維持せねばらない」という***。渋皮はそれが、身体性の麻痺が蔓延した集団、「オウム的な〈外部なき群れ〉への抵抗として存在している」と、評価する。

先の「腹」と「肌」は、そうした「ニュートラルな身体」ではなく、統制の及ばない「肉体」ではないか。役者の肉体は、それを演出家が選んでいるという要素はあるものの、演出に先立って、役者に具わる、演出家の統制の及びにくい部分である。とは言っても、プロの役者である彼らの腹や肌は、統制がかなり及んでいるであろう。しかし、腹の肉や、肌の状態を、コントロールしたい、できないと悩む人は多い。「ソウル市民1919」において、批判の対象である日本が、「腹」と「肌」に集約されることは、こうした平田の統制できない「肉体」への嫌悪のあらわれではないか。

しかし、この舞台は同時に、統制できない「肉体」をこそ、愛してしまう平田とわたしたちをも、照射する。先に述べたように舞台の上の人たちの、バラエティに富んだ「身体」「肉体」は、見世物小屋の様相を呈する。とりわけ、巨漢の関取は、江戸時代の見世物小屋の大女、あるいはそれを模して大女を舞台にあげた寺山修二の振る舞いを喚起する。ここには、多様な「肉体」への愛がある。つまり平田オリザの演劇は、アングラ演劇とは一線を画すと評されるが、俳優の生々しい「肉体」を観者に刻み付ける点で、それは、現代の、長い手足で小さい顔の「今時」の「理想」の「身体」ばかりが立ち並ぶ演劇よりかはずっと、アングラ演劇に近いのではないか。わたしは、平田に、この「肉体」をこそ、もっと語って欲しいとのぞむ。

今日、身体的特徴を語ることは憚れる傾向にある。ハゲ、デブ、ブスといったわかりやすい誹謗のみならず、背が高い低い、顔が大きい小さい、といった特徴を、ポジティブであってもネガティブであっても、触れること、ましてやそれによって評価を決めることを、嫌がる人は少なくない。しかし、身体的特徴をまったく無視して、ある人を評価することなど、できるのだろうか。平田が批判するように、今日「大人たち」が「子どもたち」に強制する「ほんとうの自分」などというものは、存在しない。他人を「中身」や「内面」で判断するなどと言うことは、勝手に他人の「中身」や「内面」を決めつけている点で、無礼である。そしてそこで言われる「中身」や「内面」、例えば、あの人は誠実、あの人は優しい、あの人はだらしない、といった判断さえ、多くの場合、身的特徴を参照しつつ行われる。自分は「中身」や「内面」で人を判断するなどという人は、「ソウル市民1919」の登場人物たちよりも、よっぽど厄介だろう。「ソウル市民1919」の登場人物たちは、差別していることには無自覚であるが、逆に、差別していないという自意識も持ってはいない。たほうで、「中身」や「内面」で人を判断するという人は、「外見」で差別していない、という自意識を持っている点で、もっと悪い。

「中身」や「内面」は、特徴ある身体を伴う振る舞いの積み重ねによって、かたちづくられていく。平田は言う****。「私たちは、社会における様々な役割を演じ、その演じている役割の総体が自己を形成している」。時々の立場や状況に応じて、その振る舞いを変えること、使い分けることは、今日ますます「わかりあえない」状況になりつつ社会で、求められる能力であると言う。そして、それは技術によって習得できる能力であり、演劇をつくることは、その学習に最適だという。

平田の主張と提案に、わたしは賛同するのであるが、今日状況は変化していると感じる。平田がこうした主張を声高に繰り返さなければならなかった背景には、「うわべだけの付き合い」を否定し、「心からのコミュニケーション」を求める日本社会の状況がある。平田の功績もあってか、今日ではむしろ、状況に応じて振る舞いを巧みに、軽やかな、バランスをとれる人を、世の中は求めている。むしろ、そうした人ばかりが蔓延したことによって、別の窮屈さが生じているのが、もっと問題ではないか。「身体的特徴」への言及の忌避もまた、その一つである。だからわたしは、平田の舞台に垣間見た、「肉体」への愛を、語って欲しい。統制しうる身体に属しながらも、統制できなさを孕む「肉体」にも、「わかりあえない」他者と繋がる可能性が潜んでいるのではないか。

 

 

*平田オリザ『地図を創る旅 青年団と私の履歴書』(白水社、2004年)

**https://www.milive-plus.net/平田オリザさん演劇とコミュニケーション/平田オリザさん演劇とコミュニケーション2/

***渋皮マロン「チェルフィッチュ()の系譜学―私たちはいかにしてよく群れることができるか

https://school.genron.co.jp/works/critics/2017/students/shibukawa0213/2856/

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