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ペンギン国に陽は落ちて

◼︎ペンギン大国ニッポン

 

日本人のペンギン好きは異常である。

北半球にあるこの列島は、南半球にしか生息しないこの鳥の、世界最大の飼育国であるといい、その約2500羽という数は、世界の飼育数の4分の1を占める。そして、この鳥をモチーフにした「キャラクター」が、列島中に溢れかえっている。この国のペンギン愛好の歴史は、例えば川端裕人の『ペンギン、日本人と出会う』(文藝春秋社、2001年)に詳しい。川端は、日本人はペンギンをとにかく「可愛いもの」として見ているが、これは他国のペンギンイメージとは異なる珍しいものだといい、こう言う。

 

(日本のペンギン研究の第一人者である)青柳昌宏は、晩年、「可愛いペンギン撲滅運動をしなければ」と冗談(じょうだん)めかして言っていたという。ペンギンが「可愛いだけではなく、実は生き物としてすごいんだ」ということを言いたかったのだとぼくは理解している。

 

川端は、ペンギンを「かわいい」「キャラクター」とみなして消費する日本人の軽薄さを批判する。インターネット上には、この川端の批判を支持する声が少ない。裏を返せばペンギンは、そんな批判があがるほど、今日の列島の大衆社会、消費社会に浸透したカルチャーだといえる。

 

◼ ︎ペンギンキャラクターの源泉「リトル・ピート」

 

なぜペンギンは、かくも日本人に好まれるのか。

ペンギンこそは、日本人が発明した、もっとも優れた自己像だからである。どういうことか。

ペンギンを人間に比す見方は古くからあり、たとえばこの鳥がこの国の文献にしるされるようになった江戸時代末には、陸上を二足歩行する立ち居振る舞いを人の姿に重ねて、「人鳥」と表記したものもあった。とりわけ、腹部が白く、それ以外が黒いその姿は、スーツや燕尾服を喚起し、紳士になぞらえたキャラクターは少なくない。なかでも著名なのは、1956年に米国のゴルフウェアブランドMunsingwearのシンボルマークとなった、チョッキに蝶ネクタイ姿の「リトル・ピート」。同社製品の日本での輸入販売は1966(昭和41)年に始まり、昭和40年代の「ゴルフブーム」の波に乗り人気となった。

 

◼︎80年代のドラえもん型ペンギンたち、

「リトル・ピート」と同様に蝶ネクタイ姿のペンギンのマスコット「タキシードサム」は、多数のキャラクター商品を世に出したサンリオによって生み出されたのは、1979年のことである。80年代には、この「タキシードサム」と同様に、白い腹部を除いては青い身体で、頭の大きな寸胴型。70年代に漫画やアニメがヒットした「ドラえもん」を思わせる造形のペンギンキャラクターが活躍する。

たとえば、1982年から1992年にかけて、NHKの幼児向け番組「おかあさんといっしょ」に登場した主要な3キャラクターのうちの一つピッコロは、白いおなかを除き身体は濃紺で、どっしりとした体系。花のワンポイントがついた麦藁帽子と胸に「P」と書かれたピンクのオーバーオールを着用する。着ぐるみの造形がもっとも知られ、アニメーションでも描かれた。「ハーイ、ぴっころよ。」と挨拶する、おしゃまでおしゃべりで、気が強い。怒ると「ピッコ!!」と怒鳴ると同時にジャンプして地響き(カメラ操作で地面が揺れているように演出している)を起こし、共に登場する男子キャラクターポロリとじゃじゃまるをよろけさせる。

また、1983年から84年にサントリー「サントリーCANビール」のイメージキャラクターに起用された、アートディレクター戸田正寿とイラストレーターひこねのりおによるペンギンファミリーズ(のちパピプペンギンズ)も、腹部と目元は白、それ以外は青い三頭身である。シリーズのもっとも著名なCMは、バーで女性シンガー(ペンギン)の姿を見て、客の男性パック(ペンギン)が感極まって涙を流し、「泣かせる味じゃん」(声:所ジョージ)というナレーションで終わるというもの。その歌声がトップアイドル松田聖子だと判明し注目が集まったものである。

関東地方を中心に、日本の主要都市や主要地方都市で主に総合ディスカウントストア及び総合スーパー展開する企業「ドン・キホーテ」の公式キャラクター、ドンペンは、この系譜に位置する。

 

◼︎平成のスタイリッシュなペンギンたち

たほうで、「リトル・ピート」のペンギン=紳士のイメージが、ペンギン=群れというイメージと結びついたとき、ペンギン=サラリーマン、というイメージが生まれた。

たとえば、5羽のペンギンが並ぶパッケージデザインで知られるのロッテのクールミントガムは、発売開始から33年を経た1993(平成5)年に、デザイナーの佐藤卓によりリニューアルされたものである。佐藤へのインタビュー記事には、こうある。

 

「5羽のペンギンたちが、会社組織の人たちに見えてきて、この列の中で一番大変な目に遭っているのは誰かと考えました」。答えは2番手のペンギン。先頭にいる社長からは叱られるし、後ろにいる部下からは愚痴られる。難儀をしている2番目が「社長、そんなに早く歩かれては、誰もついていけません!」と言っている――パッケージ全体が少しユーモラスに見えるのは、このストーリーが潜んでいるからかも。

 

今日の代表的なペンギンキャラクターと言える東日本旅客鉄道(JR東日本)のプリペイドICカード「Suica」のマスコットキャラクターのペンギンもこの系譜の延長線上にいるように思われる。このペンギンは、2001(平成13)年、坂崎千春による絵本のペンギンをもとに生まれたものであるが、「それぞれの生活者が所有するICカードの分身」ということで、固有の名前や詳細な設定はない。しかし、JR、電車通勤という連想から、スーツ姿のサラリーマンを喚起する。

さらに両者は、嘴や足元に至るまで、モノトーン。顔は小さく、スラリとした体型である点でも、80年代のペンギン達とは異なっている。

 

◼︎80年代型と平成型

青色の寸胴型から、モノトーンのスリムなペンギンとなったばかりでなく、80年代にこにこぶんのピッコロや、サントリーのパックが、怒りや感傷といった感情を露にしていたのに対し、平成のペンギン達は、無表情である。

この対照は、宇野常寛や浅子佳英による「無印良品」評と一致する。国内においては「アンチバブル」的なものとして生まれた「無印良品」は、80年代の消費社会、バブル的な価値観に対して距離をとり、昭和の「ダサい」「わけのわからない」デザインに対して、「白と黒とネイビーしか使わない」「ニュートラルで、フラットで、シンプルなデザインを提案して支持をうけた結果」、「今やそれがスタンダード」にもなった。余分なものを削ぎ落としたシンプルライフを提案する「無印良品」と、スイスイと電車を乗り換え移動する、スリムで無表情なSuicaペンギンの姿が重なる。

颯爽と歩きながらこちらを見つめるSuicaペンギンを、気に入らない人も多い。その理由は、これが関東圏のICカードであることも起因するかもしれない。クールなSuicaペンギンは、どこか気取っているようにも見えるのだ。

そう感じる人にとっては、80年代型のドンペンの方がずっと愛着を持てる。そのずんぐりむっくり、おなかに「ド」の字、年中サンタクロースの帽子をかぶり、谷頭和希の言葉を借りれば、「不必要」に建物に飾られるこのペンギンは、昭和の「ダサい」「わけのわからない」デザインの典型であり、それが属するドン・キホーテという商業施設は、混沌とした、80年代の消費社会、バブル的な価値観の残滓である。

平成年間、縦横無尽となったSuicaペンギンは、わたしたちを無遠慮に、まっすぐに見つめる。自信にみなぎるその眼差しには、なぜかどこか不遜さを感じる。対してドンペンは、わたしたちの目をみない。どこかおどおどと、肩身の狭そうな、様子である。

平成年間は、Suicaペンギンはドンペンに勝利したように見える。しかし、スタイリッシュで先進的、スイスイ生きろと強制するその姿には、そうした自己像を刷新しなければならないという強迫観念、ある種の生き辛さを感じる。

もっというと、ダサいドンペンを見下す無印良品的Suicaペンギンという日本の自己像は、痛々しい。欧米諸国に並びたい、自分たちは、アジアの他の国とは違う、醜い黄色い猿ではない。平成という時代、それが幻想であるという事実を突きつけられればられるほど、虚妄な選民思想は肥大化した。日々無数に生み出され続ける日本のキャラクター達は、そうした日本のコンプレックスの裏返しではなかったか。

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