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『風と共に去りぬ』、「かわいい」を先取る

 

結婚と離婚、シングルマザー、起業——。女の一生フルコース!

鴻巣友季子訳『風と共に去りぬ』(2015年、新潮文庫1巻)の帯に記されるこのキャッチコピーは、「朝ドラ」を喚起する。コピーと並ぶコメントを寄せる黒柳徹子の人生もまた、「朝ドラ的」だ。「朝ドラ的人生」とは、時代の波に揉まれながらも、降りかかる苦難を、自身の機転と周囲の支援によって乗り越えていく、女の人生である。

1961年(昭和36年)放送開始のNHKの「朝の連続テレビ小説」(通称「朝ドラ」)は、木俣冬によれば、「放送開始初期は家族のドラマ」であったのが、次第に「歴史を動かした大きな出来事を舞台背景に、困難に打ちかっていきいきと前進していくヒロインの姿」を描く“女の一代記”となる。その路線を初めて敷いたのは、1966年の『おはなはん』。陸軍将校の夫と死別し、2人の子どもを抱え困難にあいながらも明治・大正・昭和の時代を生き抜く女主人公の物語だ。それは、アメリカ南北戦争の勃発から戦後の再建時代の困難を生き抜く、南部生まれの女主人公スカーレット・オハラの物語、『風と共に去りぬ』の直系と言ってよい。

「朝ドラ」の放映は、月曜から金曜までの朝の15分。朝食を囲みながら、あるいは身支度をしながら、通勤通学前に家族でこれを見る習慣を有する、あるいは有した人は、少なくない。「朝ドラ」を血肉化した現代日本にとって、『風と共に去りぬ』は、「朝ドラ」の剽窃と映る。

逆から言えば、日本で戦後最大の「国民文学」となった『風と共に去りぬ』こそが、「朝ドラ」の「女の一代記」の源泉であったに違いない。1935年に原著が出版された『風と共に去りぬ』は、1938年に大久保康雄訳が三笠書房から出版される。それは、戦前だけで170万部を突破する大ベストセラーとなり、戦後はさらなる大ヒットとなる。藤井淑禎によれば同書は、戦後に断続的におこった全集ブームの立役者となり、その総部数を実数であらわすのは困難であるが、とにかく「圧倒的に読まれ」た。1972年版の『読書世論調査』の、過去25年間の「よいと思った本」アンケートのベスト20入り回数は、22回を数える第1位である。

『おはなはん』は、『風と共に去りぬ』が「国民文学」の地位を獲得する、その最中に生まれた。

しかし、『風と共に去りぬ』のヒロインは、「明るく・元気に・さわやかに」という「朝ドラ3原則」に基づく「朝ドラヒロイン」とは、随分違っている。鴻巣の言葉を借りれば、「ロマンスもののヒロインなのに、徹底したリアリストでプログマティストである」。

スカーレット・オハラは、母のような典雅な婦人になりたいと密かに願いながらも、あばれ馬に乗って大怪我をする野生的な父の血をより濃く受け継ぐ。近隣の若い男をひとりのこらず征服しながら、愛する男アシュリと結ばれなかった腹いせに、アシュリの結婚相手であるメラニーの兄、チャールズと結婚する。チャールズは間もなく戦病死し、遺児を抱える未亡人となったスカーレットは、わが子のことよりも、華やかな社交生活に憧れ、未亡人の服装を忌まわしく思う。アトランタに移住したスカーレットは、激化する南北戦争のなか、病院での看護の仕事に参加し、包囲された街でメラニーの出産をみとり、激しい戦闘の中街を脱出し、故郷に帰還。父や病気の妹、メラニー母子とわが子のために、懸命に働き、金の工面のために妹の恋人フランクを騙して結婚し、製材所を手に入れては、男まさりのやり方で事業を拡大する。命を落としたフランクについで、投機によって巨利を得る徹底的な現実主義者、レットと三度目の結婚に踏み切る。スカーレットへの終生の愛を秘めるレットと、次第にレットの存在を重視するスカーレットは皮肉にもすれ違い、2人をつなぎとめる要であった娘のボニーの事故死によって、その関係は崩壊する。溺愛したボニーを失い虚脱状態となったレットは、妻を捨て去り旅立とうとする。対するスカーレットの独白で、本書は幕を閉じる。

朝ドラヒロインの「快活」や「おてんば」をはるかに凌ぐ激しい気性でありながら、スカーレットは小説内外で人々を魅了し続ける。「かくも悪い女がどうしてこんなに魅力的なのか?」と副題をつけた「訳者あとがき」で鴻巣は、「性格の悪い女が嫌われないわけ」を、本書の文体、すなわちその「批評文的文体のなせる業」だと、喝破する。「ボケとツッコミともいうべきモード・チェンジ」によって、スカーレットと同化しつつも距離を置き、「受け止めつつ突き放すという描き方」が、読者を安心させ、破天荒なスカーレットの言動をも、許容させる。

この卓見に付け加える余地はない。しかし鴻巣の新訳は同時に、スカーレットの魅力が、日本で独自に受け止められたことをも暴くように、思われる。日本で独自の成長を遂げ、いまや膨張しすぎてその全容を捉えることが困難となった、日本の「かわいい」文化。『風と共に去りぬ』が、その生みの親であることを、鴻巣訳は提起する。どういうことか。

スカーレットは、朝ドラヒロインをはじめ、アイドルや「戦闘美少女」、すなわち日本の「かわいい」文化の体現者達が有する共通の要素を、胚胎する。それを端的に示すのが、「〈タラ〉」である。

〈タラ〉は、スカーレットの両親が経営したプランテーション農園の名であり、彼女の生まれ故郷を指す。繰り返し登場する〈タラ〉は、彼女の土への執着を象徴する。第一部で〈タラ〉は、オハラ家の宝であり、スカーレットも無自覚ながらこれを愛することが語られる。

注目すべきは、〈タラ〉とスカーレットの身体が、分かち難く結びついていることだ。例えば、冒頭部「〈タラ〉農園のポーチの涼しい日陰に腰をおろすスカーレットの姿は、美しい一幅の絵のようだった」(1巻p.9、以下、引用はいずれも鴻巣訳による)との一文は、〈タラ〉とスカーレットが、補完し合うことで理想の姿がかたちづくられること、すなわちお互いが欠かせない存在であることを示す。また「(双子が)〈タラ〉農園から姿が見えないところまで来ると」(同巻p.26)、「(アシュリは)〈タラ〉を訪れるのに一週間と空くことはなかった」(同巻p.58)というとこ、「〈タラ〉」の語は「スカーレット」と置き換え可能である。さらにスカーレットは、「〈タラ〉を吹きわたる風のよう」(同巻p.60)、と形象される。

そして、小説の最後の一節は、スカーレットの〈タラ〉への帰還で終わる。物語の終曲、レットに捨てられようとするスカーレットの独白が、次のように展開する。

 いまは考えるのはよそう。スカーレットはうなだれつつ、いつもの呪文を唱えた。いまレットを失うことを考えたら、気が狂ってしまう。とりあえず、あした考えよう。(中略)

「いまは考えないことにしよう」スカーレットはもう一度、こんどは声に出して言い、苦しみを念頭からふり払い、満ちてくる痛みの潮をせき止める防波堤を見つけようとした。「わたしは——そうだ、明日〈タラ〉へ帰ろう」そう口にすると、気持ちがわずかに上向いた。

 昔も、不安に慄き打ちひしがれて、〈タラ〉へ帰ったことがあった。そうしてしばらく過ごした後、〈タラ〉の頼もしい城壁から出ていった自分はたくましく、勝利をつかみとる武装も万全だった。(中略)どうすればいいのか、まだ分からない。それもいまは考えたくない。いまわたしに必要なのは、痛みを抱えて息をつける空間、傷をやさしく癒してくれる静かな場所、これからの作戦を練るための安らぎの地。〈タラ〉のことを思うと、やさしくひんやりした手が胸をそっと撫でていく気がした。

(中略、スカーレットは〈タラ〉の光景を思い浮かべる)。

 スカーレットはその光景に力づけられ、なにがなしに慰めを感じて、胸の痛みや、気も狂わんばかりの後悔の念は、いくらか念頭から払いのけられた。(中略)あの家にはマミーがいる。そう思ったとたん、スカーレットは子ども頃に帰ったように、マミーに会いたくてたまらなくなり、あの大きな胸に頭をもたせ、あの節くれだった黒い手で髪を撫でてもらいたくなった。昔日の日と自分をつなぐのは、いまやマミーだけなのだ。

 敗北に直面してもなお敗けを認めない一族の不屈の精神が頭をもたげ、スカーレットは毅然と頭をあげた。レットはきっととりもどせる。とりもどせるに決まっている。そうと決めたら、ものにできない男なんていなかった。

「とりあえず、なんでもあした、〈タラ〉で考えればいいのよ。明日(あす)になれば、耐えられる。あしたになれば、レットをとりもどす方法だって思いつく。だって、あしたは今日とは別の日だから」5p.510-p.512

  〈タラ〉の名は、スカーレットの父ジェラルド・オハラの故国アイルランドの聖地「タラの丘」に由来する。〈タラ〉は、スカーレットの、そして彼女の家系、民族の、根源である。レットを失った痛みと後悔、そして激動の日々を一旦葬り、彼女はその昔日、すなわち、彼女の根源〈タラ〉と、直結する。

根源に立ち返る行為は、「かわいい」と結びつく。彼女は、自身の歴史という「不純な夾雑物」を取り除き、ノスタルジックに構築された、純粋無垢な理想化の極致に帰還し、遊ぶ。このように、ノスタルジアの視座に眺められる事物は、「かわいく」輝いて見えると、四方田犬彦は説く。「保護され、安息感に満ちた内面のなかではすべてが親しげで、無防備で、心地よい存在へと変容し」、「閉じられた世界、秘密めいた内密性のなかでは、すべての存在が対立を忘れ、「かわいさ」のなかに溶誘する」。

「戦闘美少女」たちが、悪との戦いののちには必ず自身の部屋に帰還し、力を蓄えて再び悪に立ち向かうのと同様に、スカーレットは〈タラ〉へと帰還する。これは恰も、宮台真司が指摘する、70年代〜90年代の少女たちの、「かわいい」繭(コクーン)へのたてこもりである。少女たちは、コクーンに入ったままに(だからこそむしろ)、よりアクティブに振る舞う(例えばより冒険的な性体験を積む)ようになる。

朝ドラの「女性の一代記」ものの発端となった『おはなはん』は、「ロケ地町おこし」の発端でもあった。周知のように朝ドラヒロインは、「ご当地」と分かち難く結びつく。彼女達はいずれも、胸のうちにそれぞれの〈タラ〉を宿し、〈タラ〉で一生を終えるか、あるいは、〈タラ〉に帰還する。例えば『あまちゃん』(2013)のヒロインは、北三陸という〈タラ〉を片時も離さずに、最後はそこに帰還する。『あまちゃん』は、47都道府県のご当地アイドルが所属する「GMT47」を生み、その元ネタであるアイドルグループ「AKB48」もまた、秋葉原の「AKB48劇場」という〈タラ〉への帰還を繰り返す。「どんなに売れても、ここで歌っています」(『チームB推し』2011年/秋元康作詞)と、彼女達は歌う。

『ボヴァリー夫人』(1856)のエンマがその死によって、『ロリータ』(1955)のロリータが見知らぬ男と結婚しその子を身ごもることによって、『痴人の愛』(1934)のナオミが放蕩を繰り返すことによって、彼女達を求める男達、そして読者にとって、決して手に入れることのできない、ある種不気味な存在と化すのと対照的に、読者にとってもっとも身近な地となる〈タラ〉へと帰還するスカーレットは、日本の「かわいい」文化の体現者達と同様に、その成長の過程を見守ることができる、その終生を手の内におさめうる、掴みうる存在と、描き出される。

鴻巣は、この〈タラ〉をことさらに重視する。例えば、原著が前文を受けて単に”this land”と記し、他訳が「この土地」と記す箇所を、鴻巣は敢えて「タラ」と記す(「スカーレットは(中略)祈りの時間にランプの灯りのもとで見る母の顔を愛するように、このタラを愛していた」1巻p.64) 。加えて鴻巣はひとり、「タラ」を「〈タラ〉」と、山括弧でくくる。何度も括弧つきで登場する〈タラ〉の語は、とりわけ先の終曲部分で、特別な効果を帯びる。それが、単なる故郷の名ではなく、彼女の、そして彼女のコミュニティの根源であり、かつ、彼女の呪文(「いま考えるのはよそう。明日になったら考えよう」)が発動する「聖地」であることを、山括弧は表象する。

鴻巣によればこの呪文は、現実「逃避」ではなく、つぎの困難にぶつかっていくための現実的「退避」である。これは、宮台のいうコクーンへのたてこもりが、「メンタルな病気の症状化」を防ぐ機能を有するとの指摘に通じる。この機能は、あらゆるものを「かわいい」と、コクーンに取り込み、その差異を無化する、「社会的文脈の無関連化機能」の、裏返しである。

そして、朝ドラヒロインもスカーレットも、「美人」ではない。朝ドラにはたいてい、主人公よりも美しい友人が登場する。たほう、『風と共に去りぬ』の冒頭、その書き出しは、「スカーレット・オハラは実のところ美人ではなかったが、」との一節ではじまる。両者はともに、その美貌によってではなく、その才気によって困難を克服する。「美人」ではなく、「かわいい」ヒロインであることが、示される。

ピエール・バイヤールによれば、書物は半ばわれわれの内にすでに書かれてある。すなわち、戦後日本が発見した、激動の時代をたくましく生き抜くスカーレット像は、激動の昭和に、すでに書かれつつあったモデルの発見であった。平成元年、林真理子は、劇的な恋に生きるスカーレットの劇的な人生に憧れる女を、小説に登場させた。それは、好景気に浮かれ高揚する80年代の産物ではなかったか。戦後のそれは目指すべきモデルであり、林の小説のそれは「あきらめなくてはいけない」モデルであった。

鴻巣による、コクーンにたてこもる「かわいい」スカーレットの発見は、コクーニングがもはや少女たちのみならず、日本社会全体の現象であることを明るみに出す。このモデルを前に、わたしたちはどうあるべきか。古典新訳は、現代の読者に現代の課題を、突きつける。


参考文献

マーガレット・ミッチェル著/鴻巣友季子訳『風と共に去りぬ』(2015年、新潮文庫)

木俣冬『みんなの朝ドラ』(2017年、講談社)

藤井淑禎『名作がくれた勇気 戦後読書ブームと日本人』(2012年、平凡社)

四方田犬彦『「かわいい」論』(2006年、ちくま書房)

東浩紀編『日本的想像力の未来 クール・ジャパのロジーの可能性』(2010年、NHK出版)

ピエール・バイヤール『読んでいない本について堂々と語る方法』(2008年、筑摩書房)

林真理子『ローマの休日 小説ロマンチック洋画劇場』(1989年、角川文庫)

文字数:5967

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