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平成の格闘技

 

1985年、新風俗営業法が施行された。簡潔に述べるとゲームセンターにおける深夜帯の営業が不可能になった。だがしかし、その前後から深夜帯に来店する客層からの損失以上にシューティングゲームがゲーセンのインカムを支えることとなった。元々の流行の発端は新法以前に稼働を開始したナムコ「ゼビウス」などが空前のブームを起こした素地があったが、1988年頃からはシューティングのインカムも落ち込むようになった。それはシーティングというジャンルが流行れば流行るほど。ゲーム業界が差異化のための技術や演出への飽くなき開発投資が激化した結果だし、まだそれほど巨大化する前のデベロッパーたちは開発のためのリソースが手元になかった。シューティングが新基軸や新規性をゲーム性に反映する術を失い、プレイヤーに提供するのが困難に事態に直面することとなった。またシューティングは熟練者になれば長時間をプレイするのが容易なため、回転率の悪さが表面化するようになった。だがしかし時代は平成に入ると、1980年代よりのシューティングブームを遥かに上回る、全国的に熱狂する数多くの人々を生み出した異例の大ヒットタイトルが世に出ることになる。

 

それが1991年にリリースされた「ストリートファイターⅡ(以下ストⅡ)」だ。稼働開始からが前代未聞のインカムが全国各地のゲーセンにもたらし、もちろんプレイヤー側に忘れがたいインパクトを与えた。ゲーセンの「ストⅡ」の設置されたゲーセンに群がり、そのコーナーには群衆が形成され、ファナティックな熱気と同時にある種の狂気が混在するようだった。この「ストⅡ」には従来の一人プレイを前提としない、純然たる「対戦格闘ゲー(以下格ゲー)」という完全なる新基軸のコンセプト下に設計された。だがしかし、やはり現場となるゲーセンの空間を勘案するに、対戦する両プレイヤーは一筐体のモニターを共有するために互いに隣の席に並ぶことになり、片方の筐体を占める赤の他人と対戦するときに不可避に感じる圧迫感があり、初期の構想そのままだとプレイヤーの心理的プレッシャーを増大させるリスクが大きかった。そもそも他者との競争に重きを置く価値観を内在化が必要に迫られるようなゲーム性が顕著なレーシングゲームを除くと、従来から既に存在する通信機能を搭載された数多のアーケードゲームは、他ジャンルの多くのゲーマーの支持を得るという成功例がほぼ存在しなかった。発売したカプコンも対戦ツールに特化するアーケードゲームに成長するという見通しはあまりなかったし、稼働初期は対戦ツールという用途はまだまだマイナーだったが、美麗なグラフィックや斬新な演出を楽しみたいというソロプレイをする層が大きく存在した。

 

「ストⅡ」の対戦ツール的な側面が脚光を浴びはじめたのは、局地的に対戦格闘をガチンコ勝負するプレイヤーのコミュニティや、彼らが集うゲームセンターが表面化したのに対し、アーケードゲーム専門誌「ゲーメスト」の編集部が注目した点から始まる。「ストⅡ」の攻略記事を書けば書くほど売れる、といった状況に便乗した「ゲーメスト」は全国大会を開催するにも至り、多方向に格ゲーの魅力を熱烈にアピールした。そのような時代の潮流に並行し、さらには対戦格闘の魅力を十全に活かすために、二台の筐体を背中合わせに並べ、通信ケーブルを繋ぐ通称「対戦台」の普及もあった。それにより「ストⅡ」はアーケード業界も超えた社会現象となった。

 

もう既に平成も終わらんとする今、もう平成と言いながら昭和の時代の残り香がするような、そんな狭間の時代に福音をもたらされた格ゲーを題材に取り上げた漫画がある。もちろん押切蓮介「ハイスコアガール continue(旧:ハイスコアガール)」だ。

 

「ハイスコアガール continue」の主人公は「ストⅡ」以前から放課後には ゲーセンに

入り浸るような劣等生・ハルオ。ある日も同じくゲーセンに寄ったら、そこには深窓の令嬢とクラスメイトと目される大野の姿があり、ゲームの腕前だけは絶対に負けたくないと絶対有利とされる勝負に完敗を喫することになる。それ以後は上流階級の子女の教育から受けた抑圧感から逃れるために日常(豪邸)を避け、ゲーセン(非日常)の逃避行を続ける孤独な大野の現状に渋々ながら寄り添うようになるが、基本的にハルオは一方的にゲームの話題だけしか口にしないし、同じゲーマーだからこそ同じゲームを興ずるという行為により、ハルオ的日常と大野的非日常が重なり合いながら展開は進むが、だがしかしカタストロフは突然に起こるのが世の常だ。小学生編のラストに大野が外国に渡ろうとする際、小学校六年生のハルオに残された道はゲーセンより空港に向かい、別れ際の最後に思い出の品を渡すことしか許されないのだ。

 

今まさに「ハイスコアガール continue」の中学生編が連載中だが、この凡庸な筋書きの小学生編はまさにその通俗性が故に、各々の読者が90年代の前半の格ゲーブームが筆頭に、青春を過ごしたゲーセンにノスタルジーを見出させるのがヒットの最大の要因だろう。

 

だがしかし、この作品から言及したいのはその内容の是非より、この「ハイスコアガール continue」中に登場する格ゲーマー側の倫理の変容だ。作品中にある解説にも「待ちガイル」や「当て投げ」といった対処が困難なプレイが言及されるが、プレイヤーのレベルとモラルは史上初の格ゲーだった「ストⅡ」の時点だとまだまだ未成熟だったため、当時は上記のようなプレイは一般のプレイヤーの非難の対象となり、忌み嫌われる行為だった。時には物理世界の暴力的介入に発展することも珍しくなく、まだプレイヤー間のコンセンサスが取れるような状態になかった。

 

これは「ストⅡ」の空前絶後の大流行から数多の他メーカーも格ゲーを製作し、粗製濫造というべき「格ゲー」が大量に生産され、多種多様なゲーセンに置かれようとも、なかなか「待ち」や「投げ」というプレイはかなりの数のプレイヤーには受け入れがたい行為だった。中には「鉄拳」のようにそのような行為を多発するプレイヤーにチキンのマークを入れる、というメーカー側にも「待ち」や「投げ」に頼らないスタイルを格ゲーマーに公然とプレイヤーに求めるようなシステムすら存在した。

 

だがしかし、その「鉄拳」はバックダッシュをキャンセルするテクニックがあり、それらを来日時に広めた韓国のプレイヤー、チャン・イクスはそのバックダッシュを応用したスタイルを披露し、日本のプレイヤーはほぼ全敗に近い戦績だった。この一連の事件は「待ち」や「投げ」どころか、徹底的にバックダッシュを繰り返し、相手のミスに対し必殺必中させるという勝利至上主義のような、従来の日本のプレイヤーの美学に著しく反するスタイルだったが、完敗したプレイヤーたちの多くは特攻精神的美学を廃し、勝負に徹するプレイヤーは増える一方になった。2000年前後に起きた「鉄拳」事件は国を超えた、勝利至上主義=市場原理主義の台頭は機を同じくする。

 

この「待ち」や「逃げ」を否定しない潮流の変化は90年代後半から散発的に起こり、2003年から開催された「闘劇」が決定打になったと言えるだろう。アーケードゲーム雑誌「アルカディア」が主宰する「闘劇」は複数タイトルの全国王者を決めるべく、最低二次リーグ以上はあるという大規模な地方予選を勝ち抜いた、まさに格ゲーマーが名誉を競い合うに相応しい大会だった。「闘劇」のルールは「待ち」や「投げ」はもちろん、筐体に不具合が出る場合以外はあらゆる「ハメ技」や「即死技」も許容された。仕様上それが可能ならば何も問題はないと見做し、その姿勢に応じ、全国的にも「待ち」や「投げ」、さらに「ハメ技」や「即死技」はデファクトスタンダートとなった。

 

ただ「闘劇」は景品表示法に違反するために、高額な賞金を用意するのが難しいという事情もあり、収益という観点からするとサステナビリティに欠いたビジネスモデルだった。2012年には青年商工会議所とプレイヤーをおざなりにした大会運営をした結果、その年を境に「闘劇」は呆気なく終わりを迎えた。「闘劇」が開催された2003〜2012年の同時期にアメリカの「Evolution Championship Series(以下EVO)」という大会がよりグローバルに知名度を獲得し、ガラパゴスな「闘劇」よりも「EVO」は名実ともに世界一を決める大会となった。「EVO」はプレイヤーから参加料を徴収し、その集金した額がそのまま上位入賞者に分配されるというシステムを採用した。そのため大会を経るごとに参加者数は増加し、賞金もどんどん高額になった。FPSやMOBAといったゲームとは違い、格ゲーは遠隔地から大会に参加するとタイムラグが発生するのは避けられないため、その1Fのラグが勝負を決する格ゲーの大会にはプレイヤーたちが物理的に集合する大規模な会場が必要だが、そもそもは「EVO」は長らく草の根の大会だったというボトムアップの大会のため、その問題の解決は独立独歩の精神に支えられたベテランの有志の運営スタッフにより解決された。

 

「闘劇」のような日本的トップダウンの大会は脆く、2003年から2012年続いた全国の格ゲーマーの目標だった「闘劇」は終焉を迎えたが、従来からの「EVO」をモデルにした格ゲーの草の根の大会が全世界にかなり普及し、トップレベルのプロフェッショナルな格闘ゲーマーはワールドツアーという形式のもと、既に設立された各地域の大会の賞金を目的に世界を転戦するようになった。

 

誤解を恐れずに言えば、今の格ゲーを取り巻く現状、もっと広く表現すればeスポーツを巡る環境の変化はソ連なき、イデオロギーなき資本の論理が覆い尽くす平成の世の写し鏡だ。「ストⅡ」というイノベーションから生まれた格ゲーという「サブカルチャー」、―それは「カウンターカルチャー」から変化を遂げた新しき文化―対戦格闘ゲームをプレイヤーたちが期せぬ熱狂とともに迎え、アマチュアイズム的な草の根の大会を無邪気に楽しんだ20世紀の揺籃期から、今現在はeスポーツという錦の御旗の下に2018年現在は資本の論理が無批判に導入された世界となった。少子高齢化や格ゲーのシステム煩雑化による競技人口の減少が叫ばれる中、今後ますます企業のスポンサードを受けた「元」草の根大会数は増加し、また同じように倍増する賞金のためにプロ各ゲーマーは勝利至上主義の真剣勝負を幾度も交えることになるだろうし、プロの格ゲーマーはアスリートのように一日中をランクマッチやプラクティスモードに費やし、YouTubeに上がった国際的な実力派プレイヤーの動画を分析するだろう。

 

最後に話を戻そう。「ハイスコアガール continue」のゲームの腕前を仕事にしたいと願う主人公・ハルオは、2018年現在の格闘ゲーム業界に対し、プロゲーマーという道を選ぶのだろうか。あらかじめ90年代前半の牧歌的世界は失われたままのeスポーツに。

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