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恋しない原発

高橋源一郎は震災後まもなくの2011年11月11日に「恋する原発」を発表した。作品の大筋は、チャリティーに熱心なAVプロダクションの社長の意向のため、「普通の人」なら顔をしかめるようなニッチAV企画を淡々と作品に仕上げる主人公が、その社長の指名から東日本大震災復興支援のチャリティーAVの監督に選ばれたため、渋々とその制作を進めることから噺は始まる。この主導した企画に関わり合う人物たちは歪にデフォルメされた言動をし、主人公や彼らの独白を含め、ダイアローグ・モノローグにかかわらず、平易な太字の言葉の強調が頻出し、小気味よいリズムを刻みながらも、セックスユーモアに溢れる文章が綴られ、クライマックスにはその人物たちが各章題と同タイトルの楽曲のメロディーラインに乗り、ミュージカル風に心情を吐露するという風変わりな形式を繰り返した。エンディングにはもはや壮大な宇宙のようだ。このような独特な小説のテンションは、冒頭からあらゆる願いを叶えることが可能な宇宙人のジョージという存在を登場させることにより、読者に対し鮮やかに作品世界内の自律した世界観を定義させたことから成立させえただろう。ただもちろんこれは「あの」高橋源一郎の小説な以上、チャリティーAVが制作される過程のさなか、登場人物がテンションをエントロピー的に増大した結果、究極のカタルシスを得られる、というような単純な構造は採用しない。

 

この物語は最後のメイキング=章題の前に「震災文学論」という批評が入り込むというメタ構造が採用された。ただこの「震災文学論」という批評もまた虚構の産物だということは容易に気付く。なぜならこの「震災文学論」は震災後に国民的アニメーション作家・宮崎駿が116分の「風の谷のナウシカ」を公開し、八時間はある完全版「風の谷のナウシカ」は公開されなかったとの記述があるが、現実の読者はそんなものは存在しないのは誰もが知るからだ。ただ「震災文学論」が存在しない完全版「風の谷のナウシカ」が登場させた理由は多くの読者には明白だろう。1984年に公開された「風の谷のナウシカ」はアニメージュに連載中の作品を映画化した経緯があり、まだ連載中のためにとりあえずの結末は用意されるが、しかしこの「風の谷のナウシカ」というマンガは以後も連載が続くことになる。「震災文学論」が引用するように「風の谷のナウシカ」はクライマックスに至ると、「墓所」というポスト・アポカリプス以前からの指導者階級が現れ、腐海から「浄化」された空気は既に耐毒に最適化されたナウシカたちには摂取することは叶わないと宣告する。旧時代の指導者たちはポスト・アポカリプス後の世界を死と汚染がまみれた「浄化」すべき対象だと考えるが、ナウシカは毅然と死と汚染を人類は引き受けるべきだと主張する。1000年前のサバイバーは1000年前の死者に追悼しえず、美しい自然ときれいな空気が満たされる清められた世界を1000年後に同胞へもたらすことにこだわるが、既に自然の一部と化したこの世界を生きることが追悼なのだとナウシカは死者の代弁者たるアティテュードをとる。ここに高橋の主張が垣間見える。死と汚染は排除すべき対象にはなりえず、我々はこのポスト・アポカリプス=フクシマ以降の死と汚染を正視し、ともに生き続けるしかないとのステートメントに思える。さらに加えればすぐ側にあるのに穢れとされるモノ=アダルトビデオほど、このアティチュードを示す効果的な象徴はないだろう。なおちゃっかりと原爆被災者をこの作風らしくポップに登場させ、しかも残酷に退場させた。この手の凝ったディテールは指摘するにも多すぎるため割愛する。

 

しかし高橋は初期の「ジョン・レノン対火星人」にもポルノグラフィーを象徴的に表象した。ポップソングの引用も「さようなら、ギャングたち」にも顕著に見られる。太字のタイポグラフィを頻出させるのも共通だ。日本人を震撼させた東日本大震災、及び原子力発電所のメルトダウン。確かに記号の世界だけに戯れた初期作品の頃から確立された技法に比べれば、メタ構造を利用するアプローチから社会的テーマに接続するという側面は格段に巧みになった。しかしこの話は作家が初期から持ち得た技巧をより昇華しえた、ということにはならない。「湾岸戦争に反対する文学者声明」というポストモダンの左旋回という局所的な事件が起こり、「その時、タカハシさんが考え得るもっとも愚かな行為であった」と後に述懐する高橋源一郎はその問題、いや政治的ではなくむしろ論壇の問題、ジェンダーの問題を解消したのか。

 

此処、このときに高橋源一郎と比較したいのは、同じく「湾岸戦争に反対する文学者声明」にも署名したいとうせいこうの存在だ。1982年にデビューした高橋に対し、いとうせいこうは1988年に「ノーライフキング」を発表した。二人は論壇のトリックスターとみなされ、その先鋭的な手法には否定的な意見はあまりなかったはずだ。ただ、いとうせいこうはピン芸人やJapaneseHipHopのパイオニア的なラッパーが出自ということもあり、十数年ほど小説を書かなくなる。1997年から2013年だ。執筆を再開したのは明らかに東日本大震災の影響だろう。そのいとうせいこうの小説「想像ラジオ」の構造はシンプルだ。主人公の死者、DJアークは淡々と同じ死者にトークと曲を送り続ける。しかし生きる人にも受信可能なのが一部いる。第四章は作家Sが死んだ恋人とただひたすらお喋りするならこういう風だという思いから、会話を創作する。高橋が「恋する原発」に描いたようなシニカルさは一切ない。生者と死者の世界が切り分けられないメタフィクションだが、その内容は植物が光合成するのを眺めるかのような穏やかさがある。そこには以前に前衛的な作風を使い分けしたいとうせいこうが小説を書けなくなり、文壇を離れ、地上波に露出し、「国境なき医師団」と行動ともにするアクティヴィストとなり、今や日本語ラップのレジェンドの存在を確立させた。その紆余曲線がまた作家活動にフィードバックされたように見える。

 

対する高橋は同じくスランプを経験したものの、「ゴーストバスターズ」を手にカムバックすると、以前と変わらずに論壇にいた。2005年には明治国際大学国際学部教授に就任した。震災後の2011年4月から2016年3月は朝日新聞の論壇事情を担当した。数々の文学賞の選考委員を務める。すっかり論壇の中心人物だ。元来の高橋は学生運動に深くコミットし、退学・逮捕に至り、失語症ともなった身だ。十年ほど肉体労働に従事するが、妻子とも別れ、養育費を送る身だったのに身体を壊し、金を稼ぐ術を失ったときに彼はギャンブル依存症を抱え、否応なしに「女衒」を職にした期間に、ある女子高生がリストカットした際に抱えた感情を以下のサイト上に告白した。(http://politas.jp/features/8/article/452

 

「そのすべてが愚かしいようにわたしには思えた。なによりわたしが驚いたのは、わたしが少しも、その女の子に同情していなかったことだった。わたしは、その哀れな女の子を痛ましいと思うべきだったのだろう。けれども、わたしには、そんな感情が少しも沸いてはこなかった。「自分には関係のないことだ」というのが正直な気持だった。いや、まるで、当てつけのように、目の前で手首を切ったその女の子を、わたしはどちらかというと憎んでいたように思う。」

「どうして、わたしはなにも感じなかったのだろう。どうして、同情ではなく、腹立たしい思いがしたのだろう。手首を切ったことではなく、「魂を殺しちゃった」といった、その、まるで小説の中のセリフみたいなことばを使ったことに、憎しみを抱いたのかもしれない。なぜなら、彼女には、確かに、そのことばを使う資格があるように、わたしにも思えたからだ。そして、そのことばによって、わたしを責めているように、思えた。」

「最近、あの女の子のことを、また考えるようになった。あのとき、あの女の子は、なにを考えていたのだろう、と思う。あの女の子は、なにを見ていたのだろう。彼女の目に、心を閉ざした、機嫌の悪い、無口で、視線を合わそうとはしない、30歳近い、男の姿が映っている。彼女は、深く傷ついていたのだと思う。けれど、それにもかかわらず、目の前の、不機嫌な男に、声をかけずにはいられなかったのだ。その男もまた、傷ついていることを彼女は感じていたのだろう。そして、手を伸ばそうとしたのだろう。不器用なやり方ではあったけれど。残念なことに、男は、なにも気づかなかったのだが。」

 

 

「恋する原発」の限界はここにある。登場人物は老若男女もみなそれぞれ記号になり、またセックスという記号を通し、身も蓋もない真実や切実な性欲を吐露するが、それは高橋のどの目線からその滑稽な世界を眺めたのか。結局は撮る主体は主人公は男性出し、風俗もアダルトビデオも消費される客体はだいたい女性だ。その客体を理解不能と扱い、「未知」なる存在にとどめおくのはこれからの文学が克服すべき課題だろう。

文字数:3733

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