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「タイトル未定」の草稿

目次

0. はじまる前に
1.はじめに
1-1.新しい土を踏む
1-2.ホメーロスについてうまく語りたければ
1-2-1.書かれていない方
2.芸術と言語構造の類似点
2-1.秘すればふぁななり
2-1-1.成立事情
2-1-2.MSX
2-2.言論を統制できるのか
2-2-1.第三の立場
3.まとめ


0.はじまる前に

私はこれから書く文章を、芸術だけでなく各種専門教育を受けていない人や、興味があるのが芸術なのか芸術が作る世界なのかがわからない、全ての人に向けて書きます。ちょっと文章は長いけれど最後まで読めるようになるべくわかりやすく書きます。それでもわからないところがあると思うので、その時は尋ねてください。私は独学でいつまでも「ばか」の状態から抜け出せないので–そこは居心地が良い–同じように独学にいる人にも、この文章の中に何かしら共有できる情報があれば嬉しいです。

1.はじめに

私は現在、2020年に向けて展覧会を企画している。来たるべき展覧会は『アラフド・アート・アニュアル』という名の、過去に数回開催された展覧会のコンセプトを引き継ぐ、最終形態の展覧会として位置付けている。2013年と2014年に福島県で開催された『アラフド・アート・アニュアル』は、2015年に北アイルランド、2017年にロンドンで関連展覧が開催されている。

この展覧会で実現しようとしているのは、人間の基礎にあるものが何なのかを探る旅のようなものだ。有史以前から哲学者や科学者たちが連綿と位置付けようとして未だに位置付けられずにいる「人間の基礎」を、研究者でもなければ専門教育も受けていない人間が扱うのは危険な行為でしかない。付け加えて –もし「探る旅」と規定するならば、ヒーリングの効果や旅がもたらす気休めや気晴らしの効果を期待できるが– 「旅のようなもの」という抽象度を高めた位置付けは、観客にとって理解や納得が得づらい。

高浜虚子の『去年今年貫く棒の如きもの』という詩がある。意味のわからない不思議な詩である。時間をつらぬく「棒」が何を意味するのか特定できないのに、「如き」と助動詞の連体形の比喩表現がつづき、最後に「もの」と、これまた物なのか事象なのか何を指しているのかまったくわからない対象物一般の語で締めている。手がかりになる去年と今年も、「年」という時の括り以外は、どんな情報がそこに込められているのかわからない。しかし兎に角、時間を貫く何かがある。それが「棒のごときもの」だというこの詩は、何かが貫く状態を力強く捉えているようにも読めるし、時間の流れにただの「棒のごときもの」が貫いているだけのうら悲しい様相でもある。高浜虚子のこの詩は、形容詞の指す所の語を代数変換可能にし、ポリモーフィズム(多態性)を実現させたオブジェクト指向の詩である。

このように詩に対して重ねて形容詞を使う分にはその効用が十分に得られる。詩とは伝えたい何かを勿体ぶった何か別の勿体ぶった言い方にするのではなく、情報をカプセル化(隠蔽)や、ポリモーフィズム(多態性)にして、その意味を入れ替え可能な状態や、可逆的に展開可能な状態にすることで、複雑な相互関係が理解可能になる文体である。私の実現したい「旅のようなもの」も「棒のごときもの」と考えて欲しい。

一方で、詩の世界以外では抽象的なものを説明する時に別の抽象的なもので説明するのは意味が伝わらないので、しない方がよい。日本で基礎教育を受けた私たちは、その事実を小学校三年生の時に授業で習っている筈だ。私は授業の意味がよく理解できなかったので、友だちの家のチャイムを押して友だちが出てくるまで、知っている限りの形容詞を思い出しながら –「い変換」や「な変換」をしながら– しかし沢山使ってはいけないと繰り返し頭の中で反芻した。

このように書いている人生後半戦の現在でも小学校の授業で習う基礎的なことも無視して「旅のようなもの」と表現している。それは十分わかっている。わかっているのは、冷静に行こうとしている、冷静に歩んでいる筈の足が、しっかりと絡まっているのがわかっているという意味で、実際には自分が何をしようとしているのか、わかっていない。「前」という方向があると仮定しながら、絡まった足を解きつつ前進して歩こうとしている。

1-1.新しい土を踏む

アラフドアートアニュアル2013, 2014が開催された土湯温泉街の風景写真を使用した2015年の北アイルランドのDM, Photo by 宮本和之

さて、何をするのか具体的に説明できないなら、せめて2020年の展覧会の元になっている『アラフド・アート・アニュアル』のタイトルの説明をしよう –毎年開催していないので、「アニュアル(年次報告)」という言葉は無効になっているが– 。アラフドとは、外国語の響きもあるが、東北地方の方言である。漢字では「新踏土」と書く。方言を教えてくれた人は福島県の一部地域に残された言葉だと言っていた。その後宮城県で、高齢者が使用しているのを耳にしたことがあり、秋田県の友人も今でも年寄りは使っていると言っていたので、東北全体で残っている方言だろう。あなたの頭の中の音声を東北訛りに切り替えて「あらふどすっぺ(新踏土しよう)」と言ってもらえたら、どんな発音かわかるだろう。では「新踏土」とはいつどのように使う言葉なのか。ヒント、それは冬だ。

雪深い東北地方では、積雪した翌日の道はふかふかして歩きづらい。もし誰かが先に足跡をつけてくれていたら、その跡をなぞれば歩きやすい。「新踏土」とは、「新しい土(地面)を踏みしめる」行為だ。初雪を踏みしめて固める。のちの人々が歩きやすいように。雪に閉ざされた真っ白な景色に初めての足跡をつける行為やその情景は、孤高のパイオニアや険しい開拓者の響きがある。『北の地を踏むティンバーランド、なんとか歩けないことはないはずさ……』と、北海道出身のヒップホップグループTHA BLUE HERBのBOSS THE MCのリリックが脳内を駆け巡りそうだが、そうではない。例えば小学校の高学年から中学年が、低学年が通いやすいように集団登校の先頭に立って「新踏土」してあげる時もある。日常的な行為だ。そして誰だかわからないが、自分の身の回りにいるこれから生活を営む人々にむけたコミュニケーションの行為でもある。私たちは展覧会で「新踏土」をしたかった。余談だがタイトルを考えている時に「言熱・ごんねつ」という議論が白熱して翌朝まで続くという方言もあると聞いたが、こちらは使っている人を見たことがない。『アラフド』というタイトルは私が考えたのではない。土地にある言葉で、町の人たちが考えたのだ。

2020年に行う展覧会は –考えてはいると言い訳しておく– タイトルはおろか、コンセプトも固まっていない、スタッフも予算も場所も十分に確保できていない。このエッセイでは具体的なことではなく、「棒のごときもの」のコンセプトの元になる基礎的な思考の展開を書いていく。ここから2020年に実を結べるようにしたい。

1-2.ホメーロスについてうまく語りたければ

なぜ展覧会を開くのか。批評文を書いたことは無いが、ずっと私は批評的精神をもって展覧会の企画や作品制作に挑んでいる。「批評」の精神とは何か。批評や展覧会、作品制作とは「対象を歴史の中に位置付ける作業」ではない。それは結果だ。哲学者のジル・ドゥルーズは自身の論集『シネマ』を書いた目的は『映画史の構築ではなく、映画的概念を引き起こす[i]』と言っているように、批評とは対象の概念を明るみにする作業である。批評によって引き起こされる「概念」とは何か。概念とは、事物の本質をとらえる思考の形式であり、内包と外延をもち、言語によって表される[ii]。フェルディナン・ド・ソシュールが定義した「シニフィアンsignifiant」と「シニフィエsignifié」の関係のようである。ここで注意しておきたいことは、内包と外延は固定されていないということだ。内包が違えば、外延の集まりは異なる。その逆もしかり。言語は内包と外延の関係をとりもつ。批評は言語により表す。内包と外延が時代や事件をきっかけにズレたり、「常識」という問いをキャンセルする思考が邪魔をして内包と外延のズレが意識できない時、芸術家は制作をし、批評は言語を使い概念を再構築する。

しかし驚くべきことに、言語を使ってコミュニケーションしている筈の人間は、言語を信用していない。人はコミュニケーションを取る時に7%のみ言葉に頼るとアメリカの心理学者メラビアンは言う。7 %の言葉、38 %の声のトーンや口調。残り55 %はボディーランゲージがコミュニケーションにおける割合という実験結果がある。いわゆる7-38-55の「メラビアンの法則[iii]」は、1971年に記されているが、現在のポスト・トゥルース政治にも繋がりそうな重要な指摘だ。批評はこの7%で勝負を挑む。私たちにゆるされた7%の言葉はどのように使えば効果的なのか。古代ギリシャの哲学者ソクラテスは、文章は技術ではなく形式が書かせるものだという。弟子であるプラトンは以下のようにソクラテスの発言を記している。

—–

技術として君のところにあるわけではないのだ、ホメーロスについてうまく語る、ということはね。それはむしろ、神的な力なのだ、それが君を動かしているのだ[iv]

—–

神(真理)の媒介者としての芸術家が作った作品は、触れた鉄が磁石に変化しその磁力により連なり合うように「真理→作品→言葉→世界」同じ力が作用した時に連なりを持つ。言い換えると「神→芸術家→批評家→民衆」と連なる。神的な力とは「それぞれの役に内在している質の方向性を変化させる力」のことである。ソクラテスが言う神的な力とは思考の形式と言い換えられるのではないか。間違えても「事物の本質をとらえる思考の形式を批評家が作る」と考えてはいけない。「事物の本質をとらえる思考の形式」はすでに物事に内在されているのだ。批評家がすべきことは事物の本質を明るみに出す行為であり、鉄に内在されている磁石の力の方向性を整える行為なのだ。批評家や芸術家は思考を自分で作ったと勘違いしてはいけない。余談だが、近年は「真理→作品→言葉→世界」または「神→芸術家→批評家→民衆」が「真理→作品/言葉→世界」または「神→芸術家/批評家→民衆」となって、「作品と言葉」、「芸術と批評」が同じ領域になることが求められている。構造主義が絵画に言語構造を見出した/再定義しなおした話に繋がるが、今は指摘だけにとどめておく。

1-2-1.書かれていない方

さて。事物の本質を捉える思考の形式を使い、対象の概念を明るみにする作業をすれば批評は成立するのか。もちろん否である。発信したものには、受け取り手が必要だ。辞典[v]の「AUDIENCE」の項目を一部抜粋しよう。下線は私が引いたもの。

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作品の意味は、作者が意図した意味に限定されるわけではなく、テクストそのものに本来備わっているわけでもない。このような認識によって、オーディエンスの役割が強調されるようになった。それどころか、現代の様々な理論は、意味を生み出す際のオーディエンスの役割を重視する。たとえば、おおいに影響があった『S/Z』において、フランスの批評家ロラン・バルトは、「書きうる」テクストを理想とした。「書きうる(writerly)」とテクストとは、作家自身と同様な創造的役割を読者の側に割り当てるテクストである。

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現在においてオーディエンスの役割は重要だ。受取り手により作品の解釈や意味が変わる。これは先に述べた「神→芸術家→批評家→民衆」の矢印は一方通行(→)ではなく双方向的(⇄)であるということを示唆している。現代において真理/神は世界/民衆によってある程度書き換えが可能であるという認識の表れとも取れる。真理と世界の間にある作品/芸術家や、言葉/批評家は、現代の双方向性に耐えうるものとして機能しなければならない。

《The Arcadian Shepherds(Alternative Names : Et in Arcadia Ego, Les Bergers d’Arcadie)》, Nicolas Poussin, Musée du Louvre, 1639

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言うこと、述べることは、自ら死すべきものとして身を投げ出す(横たえる)ことであり、そのときいまだ語られない、語られるものたちはそのまま、集められ、そこに保護される(匿われる=隠される)。すなわち言うことは、自ら露わにして、かえって手つかずのものたちをあるがまま匿う。見える言葉、聞ける言葉は死すべきものである。その言葉に托し語られている(=匿われている)ところのものは、姿を現さず(目でも見えず音としても聞けず)、ゆえにあるがままの生をとどめ、そこを行き交う。

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造形作家で批評家の岡﨑乾二郎は『墓は語るか[vi]』のカタログの中で上記のことを書いている。書かれた言葉は墓碑、つまりモニュメントや記憶装置となり、書かれなかった言葉は自動的に秘密の領域へと移動する。「ゆえに何度でも新しく再生することも可能にする」と。17世紀、バロック時代の代表的な画家ニコラ・プッサンによって描かれた絵画『Et in Arcadia ego』がある。登場人物は4人で、1人の女神と3人の牧童がいる。大きな墓碑を取り囲んでいる。牧童のうちの1人は、墓碑の文字「われ、また、アルカディアにありき」の文字を指差し、確認しながら読んでいることが絵画から読み取れる。牧童が指差す墓碑は、牧人の楽園アルカディアに描かれている。プッサンは、アルカディアに墓碑としてのアルカディアを描いている。理想郷の中に理想郷の墓が建てられているのだ。墓碑の意味は円環の中に閉ざされる。それは牧童が墓碑の内容「メメント・モリ(死を想え)」を知りえないことを意味している。死を忘れることで牧童は「かつてあった/今もなおある/これから先もありえる」円環の場所としての楽園アルカディアに留まり続ける。プッサンの描くアルカディアで、墓碑の文字を憂うことしかできない牧童のごとく、時間を断絶することなく、ありえたかも知れない理想郷を思い描く円環の中に居るとすれば、私たちは既に思考においては理想郷に住む死者だと言えよう。「死を思う/死の断絶を取り入れる」ことで時間を一方通行へ流す手法、生を手に入れる方法はどのようにあるのか。私たちは文字を読むだけでなく、アルカディアを離れ意味を知る旅に出なければならない。意味を知る事、意味を使い切ることは死に繋がる。一方で、生を生きることでもあるのだ。私は2020年の展覧会で、その場所の事象や意味を使い切ることを目的の1つとしたい。

2.芸術と言語構造の類似点

《Draughtsman Drawing a Recumbent Woman》, Albrecht Dürer, 1525

美学者で批評家の谷川渥は雑誌『美術手帖』の紙上で、詩人ホラティウスによって紀元前18世紀に書かれた『詩論(Ars Poetica)』が時を経た20世紀後半になって構造主義的思考となって復活していると述べている[vii]。では構造主義に倣って、絵画の構造と言語の構造の類似性によって絵画そのものが言語となりうると仮定すれば、言語の構造を解析していけば絵画や芸術の構造も解析できるということになるのだろうか。答えはイエスでもノーでもある。そもそも絵画の遠近法の解析から構造主義の芽生えが生じている。だからこの問いは逆説的な問いである。社会学者の橋爪大三郎は、絵画の遠近法が解体して行くその果てに数学の「構造」が登場するという[viii]。構造主義はフランスの人類学者クロード・レヴィ=ストロースが数学の構造を元に作った。遠近法→投射幾何学→形式主義→構造という段階を経て、構造が登場したのだ。遠近法は「どのように世界がみえているのか」を客観的な誰でも扱える数学的な技法で再現した絵画の技法だ。そして現在の私たちがいかに知覚しているのかを基礎付ける、知の仕組みに繋がっている。アルブレヒト・デューラーの透視図法は誰でも見たことがあるだろう[ix]

ここで一つ問題がある。全てにおいていつまでも初心者を自負する私は哲学にも社会学にも疎いのでレヴィ=ストロースたちが作った「構造主義」と哲学者のルートヴィヒ・ウィトゲンシュタインが提唱した「言語ゲーム」の見分けがつかない。もう少し暴露してしまうと、構造主義と言語ゲームに加え、記号論を基礎付けたソシュールの論までがいっしょくたになって頭の中で混合している。いつか誰かに教えを請いたい。ということで、これ以上の素人講義は続けない。話を戻そう。言語構造について考える時、ある疑問が浮かび上がる。言語には種類がある。日本という地域で話される言語は「日本語」と言われるように多くの場合は国家と結びつき、権力構造が存在する。絵画にもこの構造が内包されているのだろうか。いやいや、日本で話されているから日本語と呼ばれているだけで、言語には権力構造は内包してないよ。言語はプレーンだよ、フラットだよ。中立だよ。という人もいるかもしれない。確かにそれは一理ある。これから日本と朝鮮と、少し中国の言語の成り立ちを例にして言語がもつ構造を見ていこう。

2-1.秘すればふぁななり

ある場所でしか通じない事象が特有の文化となり、他では通じないからこそ、それぞれが異質なものとして、折り重なり、独立し、世界を作ってゆく。文化としての言葉も時代や場所で断片化され、不器用につなぎ合わされ、また離されていく。

日本語と朝鮮語には、同じ発音の単語がある。例えば、洗濯機(せんたっき/せたっき)、無理(むり/むり)、有料(ゆうりょう/ゆりょ)、到着(とうちゃく/とちゃっく)、妙案(みょうあん/みょあん)、高速道路(こうそくどうろ/こそくどろ)…等々[x]。単語だけで会話をすれば朝鮮語がわからなくても、「高速道路、有料」と辛抱強く何度か言ったり聞いたりしていれば、意味が通じる。高速道路が有料なのを力説する場面はそうそう無いとは思うが、ちょっとした旅行程度ならコミュニケーションは取れるし、お互いの類似性を発見することで親近感も湧く。ちょっとしたゲームのようなものだ。

日本語と朝鮮語の単語は、両国とも漢字で書くことができる。漢字を元にする単語の発音は似ている。一方で、似ても似つかない単語が多いことは辞書を引かずとも、日常で言葉が通じないことで、体感的に私たちは知っている。朝鮮、中国、日本と三つの土地で、同じ漢字でも、それぞれの国の発音がある。しかしお互いの言語が通じないのは自明というのは、少し不思議な話だ。そもそも同じ中国から渡った漢字から成る語が、どうして異なった発音になるのか。

発音の違いには、いくつかの理由があるが、ひとつには時代による発音の変化があげられる。例えば、現在の日本語の母音は「a、i、u、e、o」の5つ。しかし古語の母音は「a、i、I;、u、u;、e、o」という7種類だった。現代の言葉には「i;」と「u;」が存在しない[xi]。その2つの母音の他にも、かつての日本人が発音していた音を、現代の日本人は発音しなく/発音できなくなったものがある[xii]。それは日本だけでなく、朝鮮と中国でも同じ状況だ。例えば現在の日本人は「ふぁ」を「は」に置き換えてしまった。しかしまれに千年程前の平安時代の発音も残っている。沖縄のある地域では「はな」を未だに「ふぁな」という。「ふぁな」は沖縄の言語ではなく、大和言葉が残っている状態。東北にも、平安時代から発音はおろか意味も変わらずに、いくつかの大和言葉を日常で使っている地域がある。ちなみに「はな」は固有語で、漢字の「花」は後からつけたもの。固有語は輸入語ではないので、中国、朝鮮、日本でそれぞれ全く発音が異なる。どの国でも身の回りの言葉は固有語が多く、それ以外は輸入語や翻訳語が多い。

同じ漢字が国毎に違う発音になったのは、それぞれの土地で独立した時間をかけ、それぞれの発音を変化させたことが、大きな理由のひとつに挙げられる。例えば、昔は日韓とも「ai」と発音していた語が、今では朝鮮では「e」に変化したものがある。しかし「あい」と「え」は全く違う。今となっては全く別の言葉にしか響かない。しかし日本語でも「関係ない」を「関係ねぇ」と言う人がいる。「関係Nai」が「関係Ne」となって、「ai」を「e」に変換させている。「ない」ではなく「ねぇ」が広く使われ公用語になっていけば、かつて「ai」の発音だったものが「e」に変化したというのが理解できる。このようにして長い時間が発音を変え、独立した土地の性質が発音を断絶させていった。「発音の違い」には「すっかり変えてしまった発音」や、「少し似ている発音」、「とても似ている発音」、等々のバリエーションがある。

残念ながら現在の中国語の発音は、かつて漢字文化を輸出していた頃と大きく変わっている。なぜなら中国は国土が広く、同じ「中国」といえども言語の違う複数の民族が共存し、戦争をすれば言語をその時の王権で変えた。漢字の書き方すらも変わった。日本と朝鮮は民族の入れ替えが無く、輸入した時に近い状態で書き方を保ち続けた。中国は書き方も発音も書き方も大きく変わった。そういった理由で日本と朝鮮は現在に至っても漢字の発音に共通部分が多くあり、中国とは共通部分が少ない。

2-1-1.成立事情

漢字は中国から朝鮮半島を渡って日本にやってきた。漢字はただのオブジェクトではない。文字や言葉は文化だ。日本は中国や朝鮮から文化を輸入し、自国の文化を成熟させてきた。それは自明だ。けれども現在に至るまで、ただただ輸入していただけなのだろうか。多くの言葉は中国が起源なのだろうか。そうではない。明治期の文明開化により、欧米から多くの言葉が輸入された。欧米からの翻訳語の多くは明治期から日常語として使われ始めている。

日本には、中国から伝来の漢字言葉と欧米から輸入した概念の翻訳語の2種類の意味を持つ言葉がある。例えば「自由」。はき違えられている自由は、翻訳語の「自由」であると、比較文化研究者で翻訳語研究者の柳父章は言う[xiii]。私たちは普段、「自由は、はき違えると悪い意味になる」と考えがちだ。お互いの主張に、自由をはき違えて過剰な権利ばかりを求めているだけに過ぎぬと、敵対する権力同士は罵り合う。だが、そうではない。問題は理解の仕方ではない。母国語に根をおろし歴史を担う言葉は「はき違え」ようがない。 翻訳語が成立した明治期から100年以上経った現在においてもリバティーやフリーダムと自由は同義語ではなく、はき違えたままのようだ。柳父章の記した『翻訳語成立事情』では「社会、個人、近代、美、恋愛、存在、自然、権利、自由、彼・彼女」の10語を例に、その語が日本で成立した事情を紐解いている。

「社会」のように欧米語を翻訳した新しい造語だけなら理解しやすいが、「自由」や「自然」といった–自由や自然は大和言葉ではない– 漢字言葉と明治期に作られた欧米からの翻訳語の二重の意味を持つ言葉がある。二重の意味を意識せず私たちは使っている。翻訳語が作られた明治期を昔と捉えるか最近と捉えるかは其々だが、言語の定着と考えると浅い歴史だ。「社会」は明治期に日本で翻訳された翻訳語だが、朝鮮や中国にも「社会」という言葉はある。それは日本から輸出された。明治期に言語が流入する川の流れは変わったのだ。それまで文化の輸入者だった日本は、輸入先の朝鮮半島や中国大陸へ言葉の輸出をした。阿片戦争後に急速に力を失った中国と、明治維新で資本主義国家として力をつけていった日本という構図でも見て取れる。

文化の輸出者となったとは言え、明治期は欧米の概念を借りた文化の輸出が主だった。しかし語の輸出は明治期だけに限った話ではない。現在も続いている。一般に知られているところでは「カラオケ」や「津波」や「刺身」なども日本から東アジアだけでなく世界中に輸出された語である。文化の輸入者から輸出者へと変化したのはなぜか。端的に言えば国力によるものだろう。その時代ごとの勢力が文化、言葉の川の流れの高低差を決める。最近はまた中国からの文化の巻き返しも見られる。私たちは近い将来、動画を見る事を「ビリビリを見よう[xiv]」と言うかも知れない。言語の川の流れは一方向でも固定されたものではない。そして流れの強弱を決める要因には経済や権力構造が含まれる。

一方で、異言語間のコミュニケーションをする際、認識のズレのない会話は難しいことも私たちは体験的に知っている。例えば、旅先で知り合った人とお互いに仲良くしたいという意思は確認できるのだが、実際の語彙が不足して意思疎通を阻む場合がある。そんな時はお互いに了解している最大公約数の語彙を使い、普段の文法や構文を無視した会話をその場だけ作り上げる。まれにその特殊な言い回しが長く使われ定着していく場合がある。そのような意思疎通のために自然に作られた接触言語をピジン語と言う。一番有名なピジン語は「Long time no see.」だろう[xv]。英語の構造を持っていないこの語は「長い間、見ない(しかし今は見ている)=お久しぶりです」という意味を持つ。「お久しぶりです」という言い回しを知らない人々によって作られたこのピジン語は、今ではその成立背景を知らず英語として認識している人々もいる。

多くのピジン語が成立した背景には権力関係が潜んでいる。たとえば植民地支配の便宜上で使われるなど。多くのピジン語は植民地側と被植民地側との貿易のためのコミュニケーションや、別国から連れてこられた奴隷同士の間で生まれた。日本にもピジン語は存在する。19世紀後半の横浜で発達した日本語をベースした英語と中国語の造語で、ヨコハマ・ダイアレクトや横浜ピジン日本語などと呼ばれている[xvi]。時にピジン語が定着し、それを第一言語とする人々が使う語をクレオール語と言う。多くの場合、植民地にされた側の人間が自国の言語を話す事を禁じられている場合に、ピジン語が定着し、ピジン語のみを話す両親を持つ子どもがクレオール語の話者となる。クレオール語を話す人同士にはどんな権力構造が内在しているのか。国家や権力は言語を統制することはできるのか。芸術家や批評家は言語に内在する権力構造をどのように回避できるのか。

2-1-2.MSX

エスペラント語という人工言語がある。世界共通言語として1880年に眼科医で言語学者のルドヴィコ・ラザーロ・ザメンホフらが考案した言語だ。公用語として使用されていないものの、第二言語として使用している人々が現在もいる。美術家の高嶺格はこの言語に注目し、2005年のヨコハマトリエンナーレで『鹿児島エスペラント』という、鹿児島の方言とエスペラント語をモチーフにしたインスタレーション作品を発表している。異言語間の問題、ピジン語やクレオール語について考える時、世界中の誰でも簡単に学べる言語という理想を持ったエスペラント語のことを考えないわけにはいかない。表の国際語、裏の国際語というわけだ。創立者もルールを規制する機関もないクレオール語と違い、エスペラント語は改造が許されない。もし各地で改造されたら言語は派生し、世界共通語の理念を失ってしまうからだ。

コンピューターの世界でもかつてエスペラント語の理念に似た運動があった。MSXだ。1983年に発売されたMSXはコンピューター言語ではなく、マシンの規格だ。子どもでも扱えるように、ハード/ソフト両方の敷居を低く設定され計画された。今のようなGUI(グラフィカル・ユーザー・インターフェイス)ではなく、CUI(キャラクター・ユーザー・インターフェイス)のマシンで、システムはBASIC言語だ。MSXの動作をすごく簡単に説明すると、今のパソコンのようにアイコンを選んで動かすのではなく、まっさらの画面に文字で命令して動作させるのである。その命令言語がBASIC言語。例えば画面に「A」という文字を出現させたい時は、「PRINT A」と打つ。この「PRINT」といのが、「プリントしろ=画面に映せ」という命令文である。「PRINT 3+3」と打って、「RUN(走れ=実行しろ)」と打つと、画面に「6」とでる。他にもIF文「IF 条件 THEN ~ ELSE ~ END IF」など命令は様々だ。

プログラムといっても、ただの英単語に見える。実はこれら命令文はBASIC言語だけではなく、広く他のプログラミング言語で使われている。BASICは構文からではなく、1つの単語からプログラムが実行できるので、小学校低学年からでも一人で遊ぶように学び始められる。特筆すべきは、MSXは家庭用のテレビをパソコンの画面にできること。USBやフロッピーディスクの代わりに、カセットテープレコーダーを使いカセットテープの音源としてプログラムを記憶できることである。ハードディスクはない。おもちゃ箱からMSXを出し、テレビに繋ぐ。親に「そろそろ晩御飯だから片付けなさーい!」と言われたら、作り途中のプログラムを音声でカセットテープに保存し、またおもちゃ箱へ戻せば良い。なんてユーザーフレンドリー!Windows95が発売された1995年にMSXの出荷は終わってしまったが、各種メーカーを超えてのハード/ソフトの統一規格をし、今でこそよく見るオープンアーキテクチャを実現していた。

95年以降を境にCUIからGUIに、パソコン通信からインターネットになったことは、パーソナルコンピューターとWWWの一般化を意味する。多くの人々がデジタルの仮想社会に参加し始めたのは事実だ。しかしキャラクター(文字)が消えてしまった訳ではない。現在でも様々な言語が使える。7%の言語以外はパラランゲージに頼るという「メラビアンの法則」ではないが、パイが大きくなっただけで過去も現在もキャラクターやモノランゲージだけでコミュニケーションを取っているのは7%程度なのではないかというのが私の推測だが、実際にどのように調べればその数字が出てくるのかわからないので憶測でしかない。事実としては、どの言語を使うにしてもその言語を使用できる世界 –MacintoshやWindowsなど– あるクローズドな規格の中で作られたマシンが世界を制覇し、統一規格のマシンの夢は敗れた。

当初のMacintoshとWindows間では、メールは文字コードの規格の違いで文字化する。マシン間の買い換えは周辺機器やソフトウェアを含め、全て換えねばならない。アーティストやクリエーターや建築家、それらを目指す学生はソフトウエアや互換性の面でWindowsを使用するという選択肢はない。アップル社、マイクロソフト社どちらの世界に住むのか問われる –Linuxなども広く使われているが一般ユーザーにおいてのシェアの面から省略–。パーソナルコンピューターが一般化した後からそのような状態が続いていた。現在それらの問題の多くは無くなった。しかしそれはアップル社とマイクロソフト社から解放されたことを意味しない。新しい概念の大陸ができた訳ではなく、どちらの世界にも行き来しやすくなっただけだ。

ウェブマガジンのTechAcademyマガジンによると、プログラミング言語の使用種類で年収は変わるという[xvii]。現在の仮想世界と現実世界はパラレルな関係にあるようだ。プログラム言語にその場だけで伝わるクレオール語はない。ただ新しい言語は開発されている。2014年に発表されたアップル社のiOSのための言語Swiftは、Objective-CやObjective-C++、C言語と共存することが意図され、RubyやPHPなどのスクリプト言語の設計も取り入れている。クレオール語ではないが、Xcodeが動作するMacintoshのパソコンの中でだけ通じる、様々な言語の要素を取り入れた新しい言語だ。一つ前の議論で、クレオール語を話す人同士にはどんな権力構造が内在しているのか。国家や権力は言語を統制することはできるのか。芸術家や批評家は言語に内在する権力構造をどのように回避できるのか、と書いた。次の章ではその議論を発展させたい。

2-2.言論を統制できるのか

生活の中にある「用の美」を唱え民藝運動をおこした柳宗悦の論考『民藝とは何か[xviii]』は、民藝叢書に収められる形で1941年に出版された。「そうえつ」とも言われる柳宗悦(むねよし)は、美学者で宗教哲学者だ。民藝という概念を見出したのは、自然に則することを良しとする彼の独自の宗教哲学が背景にある。柳が直接の影響を受けたウィリアムモリスが提唱したアーツ・アンド・クラフトと、民藝運動が同時に語られることは多いが、柳の宗教哲学を背景に考えれば、質素で勤勉さを重要視し、装飾を不必要としていたシェーカー教徒の作るシェーカーデザイン[xix]の方がコンセプトは近い。しかし民藝の形態は、理念とはかけ離れた装飾的な品も多いので、運動の是非は問われるべきだろう。

話を戻そう。『民藝とは何か』が出版された時代背景から見ていこう。1930年代は大不況の時代、1940年代は戦争の時代と言われている。大不況時代は政策として大企業を中心に合理化や統廃合を進めた時代、大量生産のフォーディズムは1950年頃から始まる。1941年は新聞紙等掲載制限令、国防保安法、言論出版集会結社等臨時取締法など言論統制や検閲が強化された年である。第二次世界大戦の只中のことだ。すでに1938年には政府が総力戦のために国民を動員できる国家総動員法も可決されている。今とは生活様式も考え方も異なる時代だ。しかし現在へと続く生活の中の美を説いた柳の思想を昔のものと無視はできない。そして『民藝とは何か』は、当時の時代背景から読み解くと複雑な思想が浮かび上がってくる。

『民藝とは何か』は青空文庫にもあり、三万文字にも満たない短い論考なので無料で気軽に読める。みなさんにも一読をお勧めしたいが、要約すると「民衆のもの/官なるもの」という対立軸を立て、民衆の中に今まで誰も見出していない「用の美」があると打ち出した。民の方が「官なるもの」より芸術的な価値が高いとしている。二項対立による価値の転倒を試みた論文である。重要なのは、民衆を個人的な意識を持つものではなく、集団的な行動をするものとして評価した点だ。作家性は排除すべきものとして書かれている。価格と価値が直結はせず、価値観を逆転させることで民藝の価値づけを高める試みがある。私たちが民藝という言葉から連想する、朴とつとも取れる無意識の美、無名性の中に現れる美、手仕事の美という思想はこの論考にすべて書かれている。では一体、この論考の何が複雑な思想なのか。実際は素朴でも朴とつでもない。素朴さを装っているのは二分法である。

この論考では、民/官、自由/伝統、個人名/無記名……といった二分法が多く記されている。二分法は読みやすい。その言葉のままにこの論考を読むとロジックはいたく簡単だ。美は権力の方ではなく私たち民衆の中にある、素朴さの中にある美を認識し、みんなで仲良く作っていこうと。しかしそれを記す柳や記されていることを理解できる読者、「第三の立場とはどこにあるのか」を考えると、別のロジックが展開されていることに気がつく。対立軸を乗り越えられるのは、今までと違う立場や思考だ。民でも官でもない立場。民でも官でもない思考。その思考の構造を当時の人々は簡単には理解できない。簡単に理解できるのなら、「新しい思考」ではない。柳は民に対しては「あなたたちの方に美はありますよ」と言い、官に対しては「民衆の制作から固有名を剥奪した模範となる国民像」を提案している。そして「それ以外」の人々へ向けたメッセージがある。それ以外とは、現在の私たちの眼差しに他ならない。

2-2-1.第三の立場

無名の人々による廉価な手仕事に美しさがあると謳う柳は、一方で「今日の如き労働の苦痛は間違った資本制度とその許にある未熟な機械制度とが酵した罪なのです」と資本主義経済の大量生産を嘆いている。この論が書かれた時代には、すでに手仕事の時代は終わりを告げようとしている。プッサンの描くアルカディアではないが、歴史の例に漏れず、民藝でさえ、記された時にはすでに書かれたものの死を意味している。しかしだからこそ書き記すことで柳は民藝の延命を試みている。そこには民と官の二分法ではなく、柳の理想とした「かつて存在していた民」という第三の立場が現れる。柳は「民/官」を越えるために「かつて存在していた民」の視点を召喚する。かつて存在していた民とは、本当に過去に存在していた民のことを指しているのではなく、柳の理想としている無意識の所作をもった民のことだ。過去ではなく未来に存在する民かもしれない。どちらにしても、それは労働者や市民ではない。修行僧か兵隊だ。無意識の所作で、無名で大義のために尽くす先は、愛(宗教)か権力(国家)だ。

第三の立場をチラつかせるように二分法を、愛をもったものや美の心で乗り越えようとしている。柳は伝統の心の中に民藝があると書いてはいるが、この論は無理がある。愛や美とは伝統ではなく、本来自由の側にある。愛や直感、美は伝統という様式の言葉に閉じ込められない。なぜなら個人の無意識の知がつくる直感と、集合知的な意識化された伝統とは、影響しあうことはあっても時間の射程と意識空間が違うからだ。伝統に愛を見出すことができても、愛を伝統の中に閉じ込めることはできない。柳が否定している自由とは、ただ為すがままの自由ではなく、運動や戦いを通して勝ち得た自由を意識し、否定している。柳の論旨から言えば、伝統と自由という対立軸を作るのではなく、自由を発展的に語った方が良い。だがこの論の中では自由は否定すべきものとしてある。なぜこのような構成が必要なのか。

先にも書いたが、この本は検閲や言論統制が敷かれた第二次世界大戦の只中に出版されている。検閲をかいくぐって出版が許可された論考だ。もう一度、国家の検閲という目を通して読み直すと、まるで政府におもねいた全体主義を肯定しているような文体としてこの論考は現れる。否定されているのは、個人主義、個人名、豪華、自由、身を飾るもの、少量生産。肯定されているのは、協団、無名、質素、廉価、働くもの、大量生産。個人や名前を捨て、無意識の中で労働をしよう、それが美だと説くこの論考は、素朴に雑器を賛歌している論考ではない。

では実際に柳は、全体主義的思想を持った人物なのか。柳は朝鮮の雑器に美を見出し、戦争の最中でさえ朝鮮の民藝運動に力を入れている。日本が韓国を自分の領土としていた時期にも『朝鮮の友に贈る書[xx]』に「彼らはただ征服者の誇りで貴方がたを卑しんでいる。もし彼らに豊かな信仰や感情があるなら、必ずや貴方がたに敬念を払う事に躊躇しなかったであろう」と、日本人を批判さえしている。朝鮮だけでなく『沖縄の美[xxi]』や『台湾の民芸について』など、沖縄や台湾の民藝についても研究している。『民藝とは何か』を読めばわかる通り、柳は現れた雑器だけではなく、それを作る無名の人々の存在を、修行僧のようにあれとも読める過度な理想を持ちながらも重要視している。もちろん統治国からの視線が全くないとは言い切れないだろう。しかし朝鮮や沖縄に寄せた想いを知るだけでも、柳は国家主義者ではないことは容易に想像がつく。ではなぜ全体主義的とも取れる論を展開するのか。

アーツアンドクラフト運動を展開したウィリアム・モリスは、小説『ユートピアだより』でモリス自身が思い描いている理想郷を、小説の主人公が「夢の中で別の世界へ行った」旅行記の口調で語らせている。理想郷では個人名や貨幣経済を捨て去った制作の美を称賛している。全ての男女は美しく、全ての生は美の制作と楽しむ為にある。民藝の志と共通する箇所が多い。しかし柳はモリスのような社会主義者の側面からではなく、独自の宗教観から個人の脱却を目指している。その点は先にあげたシェーカー教徒の方が通じるところがある。哲学者のハンナ・アーレントも著書『全体主義の起源』で指摘しているが、平等を唱える宗教的思想が戦争に結びつくと全体主義に簡単に入れ替わる。清貧はプロパガンダになりやすい。しかし私は、柳は国家に無関心であったと考える。より進んでいえば言えば、無関心でいようとした。

雑器を愛でることや、美しさや愛とはフェティズムの極みである。フェティズムは全体主義にはならない。その大前提があればこそ柳はプロパガンダの危険を知った上でなお、芸術の宗教的思想を躊躇なく戦争の只中の時代に書き記したと考えるのは、思い込みが過ぎるだろうか。柳は検閲側が読み取る言葉と宗教としての芸術の言葉の二枚舌を使うことで論文を出版可能にした。そしてその背景を含め、読み込む現在の私たちの眼差しがここにある。つまり、国家は言論を統制できるのかの問いは、閲覧者の側の私たちに答えがあるのだ。オーディエンスが作品自体にも影響を与える/書き換えるとこのエッセイの「1-2-1.書かれていない方」にも書いたが、私たちは観客として積極的に作品を読み解き、書き換えられる可能性に開かれている。2020年に企画する展覧会では、作品が未来に開く書き換え可能性についても問いたい。

3.まとめ

私がこのエッセイでした旅のようなものは、福島から始まった新しい土を踏む行為から、どのように世界に内在している概念を再構築できるのかを問い、まだ書かれていない –生きている– 方の言葉を探す旅に出ることにし、少し寄り道をしてリバーズエッジに立って言語の川の流れを俯瞰した。ゆく河の流れは絶えずしてしかも元の水にあらず、淀みに浮ぶうたかたは仮想世界にまで広がっていた。円環から見る川の向こうには、理想を描く意思が水切りのように言論を遠くへと飛ばしていた、というものだった。私は新しい土を次の人たちのために踏めるのだろうか。絡まった足で、次の一歩を踏み出せるのか。

このエッセイは2020年に向けての展覧会の企画の草稿である。実際には企画にかこつけて、普段から疑問に感じていることを書いた。疑問とは最初にも書いたが、人間を基礎付けているものは何かという問いである。それを的確に言い表す言葉を探しているが、–寛容、倫理、哀れみ、自己愛など色々な概念を教授いただいたが、まだどれもしっくりこない– 自分が何を考えているのかが定まらないので、言葉はまだ見つからずにいる。


日本人のための日本語文法入門 (講談社現代新書) 新書 – 2012/9/14 原沢 伊都夫 (著)

言語を獲得するコンピュータ. – 東京大学http://mind.c.u-tokyo.ac.jp/Sakai_Lab_files/Staff/KLS_PaperJ/KLS2005JNh.pdf

[i] ジル・ドゥルーズ『シネマ』第1巻の英語版序文

[ii] デジタル大辞泉

[iii] アルバート・メラビアン『Silent messages(非言語コミュニケーション)』

[iv] プラトン初期対話篇『イオン』森進一訳

[v] 『コロンビア大学 現代文学・文化批評用語辞典 』(松柏社叢書 言語科学の冒険)

[vi] 『ET IN ARCADIA EGO 墓は語るか 彫刻と呼ばれる、隠された場所 Et in Arcadia Ego, The Hidden Place Called “Sculpture” 』2013年5月20日(月)ー8月10日(土) 武蔵野美術大学美術館

[vii] 谷川渥『芸術をめぐる言葉』

[viii] 橋爪大三郎『はじめての構造主義』

[ix] 井村俊一『アルブレヒト・デューラーの透視図法』https://ci.nii.ac.jp/naid/110006966841/

[x] 市吉則浩『漢字で覚える韓国語: 日本人だからできる!』

[xi] 湯沢 質幸, 松崎 寛『音声・音韻探究法―日本語音声へのいざない』

[xii] 沖森卓也『はじめて読む日本語の歴史 うつりゆく音韻・文字・語彙・文法』

[xiii] 柳父 章『翻訳語成立事情 』(岩波新書 黄版 189)

[xiv] 『ビリビリ動画』 https://www.bilibili.com/

[xv] 『ピジン言語』https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%94%E3%82%B8%E3%83%B3%E8%A8%80%E8%AA%9E

[xvi] シュテファン・カイザー『Exercises in the Yokohama Dialect and Yokohama Dialect』 https://ci.nii.ac.jp/naid/110004818977/

[xvii] 【データから紐解く!】2018年の人気プログラミング言語を徹底比較!人気のプログラミング言語を年収、求人などのデータを元にこれから何を学習したら良いのか比較してまとめています。初心者でこれから始める人、エンジニアとしてプログラミングを身に付けたいという人には間違いなく参考になる情報です。
https://techacademy.jp/magazine/8735#sec1

[xviii] 柳宗悦『民藝とは何か』http://www.aozora.gr.jp/cards/001520/files/51821_47989.html

[xix] 『シェーカー・デザイン』http://artscape.jp/artword/index.php/%E3%82%B7%E3%82%A7%E3%83%BC%E3%82%AB%E3%83%BC%E3%83%BB%E3%83%87%E3%82%B6%E3%82%A4%E3%83%B3

[xx] 『朝鮮の友に贈る書』「民藝四十年」岩波書店 http://www.aozora.gr.jp/cards/001520/files/55377_48458.html

[xxi] 柳宗悦『朝鮮の美沖縄の美―柳宗悦セレクション』

文字数:18863

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