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倦怠を延ばすために

蓮實重彦のことは何も知らない。映画批評といえば、町田智浩、ライムスター宇多丸、視聴者の身から観たり読んだりしても適当なことを言っているおすぎ。そして2000年以前の映画批評は、「いやぁ、映画って本当にいいですね」と笑顔を画面の向こうから送ってくれていた、水野晴郎『金曜ロードショー』(日本テレビ系)、高島忠夫『ゴールデン洋画劇場』(フジテレビ系)、淀川長治『日曜洋画劇場』(テレビ朝日系)。あとは近所に住んでいた映画評論家のおじさんたち。映画の娯楽としての楽しさを伝えるのが、映画批評の表の顔で、一方で難しい文章も書くものだと思っていた。

私は映画『汚れた血』(1986年)を近所のツタヤで見つけた時に、子どもの頃の自分の体験がフラッシュバックし、個人のブログに映画評をつけた。

よくわからないけど。生まれた時は何も知らなかった。知ってたかもしれないけど、知らなかった。だから、たぶん、みんなと同じように生きようとしていた。そしたら、違うんだよと、ある日、母が教えてくれた。「血」が違うって。だんだん、みんなは私の「血」は好きじゃないことを感じた。不法労働者とか移民とか、なんだか「汚い」。汚れた血を持って生きている。そう感じながら生きつづけた。

じゃあさ、少しずつ輸血して、皮膚を少しずつ剥がして、取り替えてもらえば、みんなと同じように「キレイ」になれるんじゃないのかなと、子どもの頃は本気で考えていた。自分の存在に耐えられない時は、こっそり髪を切って、皮膚を切ってめくって、切り取った洋服にくるんでおいた。もう一人分ができるまで集めて、もう一人ができたら、そいつに全部罪を押し付けようと。中学を卒業する頃まで。

突然、長すぎたモラトリアムが終わりを告げて、そんな儀式的な事とは関係なく、自分は生きていかなくちゃいけないと知った。そっか。残念。腕に「A」の字を焼印して、子どもの時代は終った。かつおぶしみたいに皮膚が動いて、じゅっと音がした。

レンタルビデオ屋さんで『汚れた血』というタイトルを見つけた時は、びっくりした。「血」が「汚れている」という秘密を、活字にしちゃって良いのかと驚愕した。レジカウンターにその箱を置いただけで、私の秘密があふれ出てしまうんじゃないかと、少し怖くなった。

内容は考えていたのと全く違っていた。当たり前か!ははは。でも、とても面白かった。すごく。あの時に観て良かった。よい映画。


これは映画の感想にもなっていないが、書き記すべき「映画に関しての」日記だ。

蓮實重彦は、『表層批評宣言』(1985年)において、視覚で感知されうるものだけが批評の対象になりうり、それが語るに足りるものであるという旨の宣言をした。映画を観るもの自身の背景や、その時の政治的情勢を映画の背景に読み解くことを良しとしなかった。見えないもので映画は構成されているのではなく、フィルムに映し出されたものを語ることこそが重要だと唱えた。

「いつでも彼は、その周囲を旋回し、表面に軽く触れ、対象を占有することなく離れてゆく。彼自身は、ついに何の専門家にもならなかった。なるほど「記号」は彼自身が倦まずに語った主語ではあったろうが、しかし彼自身は記号学者ではなかった。だいいち、その著作をちょっと読んでみさえすれば、著者に広くて深い記号学的な知識がそなわっている訳では無いことがすぐにわかる。にもかかわらず、彼自身が記号に執着したのは、記号がどこまでも退屈でありながら、その退屈さが、退屈さの限界でその退屈さをついに超えることがなく、その点で、彼自身に似ているからである。」

『表層批評宣言』の知識を持って「彼自身」について語る文を読む時、「彼自身」とは蓮實重彦を指しているように読めるが、実際は蓮實重彦について書いているのではなく、蓮實重彦が「彼自身」について書いているものである。「記号」を倦まずに語り続け、記号自体が「彼自身」に似ている人物とは、蓮實重彦ではなく、ロラン・バルトのことである。『奈落の表層 フィクションと思考の動体視力』ではロラン・バルトの追悼のために書かれている文がいくつかある。この本の中で描かれるバルトは、蓮實自身は否定するであろう、作品とそれを論ずるものとの背景を重ねている手法で描かれているように読める。

ここで筆者が置き換えを試みたバルトであるところの蓮實重彦は、「倦怠する記号に対するいたわりの心があった」から、記号は「特権化する普遍的な特質では」ないことを知っており、その倦怠をいつまでも延ばしつづけた。したがって「好奇心とは、無自覚な倦怠が、記号へのいたわりを快く忘れるために演じてみせる独断にすぎない」のであり、記号へは好奇心ではなく、倦怠へのいたわりをもって接することが科学的な態度であり、好奇心が引き起こす連帯や葛藤は抽象的だと断じている。

そして蓮實=バルトは、「さいわいなことに、この「批評家=エッセイスト」は、あくまで「芸術家」などではついぞなかった。読まれることの「現在」と「永遠」の修正しがたいひずみにどこまでも無頓着な理論家でもなかった。バルトは、あくまで現在に生きるジャーナリスティックな「批評家=エッセイスト」だったのであり、それは、プロに徹した純粋なアマチュアともいうべきすぐれて矛盾した存在だった」のだ。

「とだえることのない永続的な「消費」の対象」であり、ロマン主義的な英雄たちの代弁的予言者の役割が、薄められた形で羨望され嫉妬された芸術家ではない、蓮實重彦はプロではなく、「プロに徹した純粋なアマチュア」であったからこそ地上波の画面の向こうから笑ってくれなかったのか。なぜ蓮實重彦は、画面の向こうからもっとはっきりと、表面だけを見ろといわなかったのか。どうせ感情で動いてしまう私のような人たちに向けて、その影響をもっと広く「プロに徹した純粋なアマチュア」たちを作るべく、残すべきである。

文字数:2419

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