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聞いたことない音について堂々と語る

蓮沼執太の曲を初めて聞いたのは、2012年『Hello Everything』である。通常、ミュージックビデオは音楽家の作った曲に映像をつけるものなので、私の認識は通常とは逆転するが、山城大督の映像に音楽をつけた人として知った。2009年に参加した広島のアートプロジェクトにて、私たちはアーティスト同士という間柄で知り合った。山城の作る映像は繊細で美しく、彼の作った映像を見た後、すぐさま彼と同じカメラを購入した。もちろん知ってはいたが、同じ機材を使用しても同じクオリティの映像は作れるはずもなく、私は羨ましさから山城の作る作品群をチェックしていた。

・視覚からみる

山城は個人名よりアーティスト・コレクティブ、通称ナデガタと呼ばれる『Nadegata Instant Party(中崎透+山城大督+野田智子)』としての活動が、アート業界では知れ渡っていた。ナデガタは2007年より活動をはじめ、仲の良い友人同士で構築されるゆるい関係性の中でのみ許されるような、つまり遊びのような出来事を、その関係性を構築していない他者にも時には強引に適用し、そこからおこるズレや新たな関係性を作品化する手法、一般的に巻き込み型アートと呼ばれる日本型のリレーショナル・アートの評価を得ていた。他には、蛇谷りえ+三宅航太郎による『いいね!(後に、うかぶLLC)』などが同じジャンルに分類される表現活動を行なっている。1998年に出版されたニコラ・ブリオーの『関係性の美学』の日本語訳が出版されていないのもあり、日本独自の解釈をした地域おこし芸術祭がリレーショナル・アートとして評価され、その評価について議論が始まりつつあった時代でもある。

山城大督個人名義で作る映像作品は、ナデガタとは打って変わって観客を巻き込まない。ナデガタのように人々は自分と他者との関係に困惑した行動や、関係が構築されていく中で育まれた愛情を表現したりはしない。人間の感情を追っていく手法ではなく、行動や物事の運動の表象を淡々と、被写体とのモノローグ的な関係の中で撮影していく。ナデガタが内側からの視点の制作なら、山城は外側の視点で表現をする。静けさとも形容したくなるようなカメラワークを駆使する。

蓮沼執太の作った『Hello Everything』に、関係性を知りながらも手法として使わなかった山城大督が映像をつけたことは偶然なのだろうか。

・タイトルから見る

スクエアプッシャー(Thomas Jenkinson)はエイフェックス・ツインやマウス・オン・マーズなどと並ぶ、エレクトロ・ミュージックを代表するうちの一人で、1990年代後半から活動を始めている。スクエアプッシャーが作る曲は、クラブで踊れるような四つ打ちのアシッド・ハウス的なものも多いが、ジャズやフュージォンの影響を多分に受けた技巧的な楽曲でも知られている。スクエアプッシャーの弟のCEEPHAX(Andy Jenkinson)は、DTMを駆使するようになっていった兄とは対照に、リズムコンポーザーなどの打ち込み機器を使い、アンダーグラウンドでアシッド感の強い曲作りを継続し続け、CEEPHAX ACID CREWとして現在でも活動を続けている。スクエアプッシャーが2006年に10枚目として発売した『Hello Everything』は、それまでとは違い聴者を意識した耳ごごちのよい作曲を心がけており、アシッド感は少なくなった一方で、初めての聴者でもスクエアプッシャーの曲作りに対する技巧が楽しめるアルバムとなった。

蓮沼執太のMV『Hello Everything』は、2006年に10枚目として発売されたスクエアプッシャーのアルバムと同タイトルなのは偶然なのだろうか。

・小説として読んでみる

2011年から始まったウェブサービス『Book Loves Music(現在はサービスを終了)』の趣旨は

「読書にぴったりの音楽おすすめサービスです。たとえば小説を読んでいて、作品中に出てくる音楽を聴いてみたいと思ったとき。あるいはその作品から感じる印象が、じぶんの好きな音楽とぴったり合ったとbooklovesmusicでは、その本を読みながら聴きたいと思った音楽を、PlayListとして登録することができます。お気に入りの音楽を聴きながら読書をもっとたのしんでください。もちろん他のユーザーが登録したPlayListを聴くこともできます。むかし読んだ本におすすめされている音楽を聴いて、本の内容を思い出したり、おすすめされている音楽から興味をもって、その本を読んでみたり。あなたなりの方法で、booklovesmusicをたのしんでください。音楽で読書をもっとおもしろくすること。それがbooklovesmusicの目標です。」

とある。サイトでは、村上春樹のデビュー作の1970年「僕」がたどるひと夏の淡い恋と友情の物語『風の歌を聴け』では、『カリフォルニア・ガールズ』、『 ベートーベン ピアノ協奏曲第三番 』、『ア・ギャル・イン・キャリコ』の三曲がおすすめされている。

少し強引かもしれないが『Hello Everything』に会う小説を選定してみた。安部公房の短編に『人魚伝』というのがある。安部公房にはめずらしく、男と人魚の恋の話だ。性欲の話ではなく、恋の話だ。人魚には下半身も乳首もない。つまり性の象徴がないのだ。しかし「僕」は毎日彼女の目を舐め、涙をすする。物語の始まりはこうだ。

「僕がいつも奇妙に思うのは、世の中にはこれだけたくさんの小説が書かれ、また読まれたりしているのに、誰一人、生活が筋のある物語に変わってしまうことの不幸さに、気がつかないらしいということだ。」

生活が物語化することは「僕」にとっては耐えられない事実であり、僕は「物語病」という病気である。そして、その病気とは「僕」を殺す、そして「僕」が殺してしまう人魚に恋をしていることを拒絶しようとしている状態である。決して明るい小説ではない。ただただ、繰り返す物語りの、物語り部分を拒否しようとする小説なのだ。

繰り返すメロディーと拒否する物語性。蓮沼執太の『Hello Everything』を聴きながら人魚伝を読みたいと思う。

文字数:2541

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