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花火、映画よりもなお --ハイブリッドなアジア映画史のために

“ぼくや友だちの多くが興味を持っていたのは、日本のマンガとアメリカのロックンロールです。毎週新しいのが出るんですから。そうなんですよ、日本のマンガは毎週新しいのが出る。毎週二十ページずつ描き下ろされてるんです。ロックンロールも、『ビルボード』の新しいチャートが発表されるたび、新しい第一位が出てくる。こっちのほうがぼくたちには信じられるものだったのです。” --「エドワード・ヤン インタビュー」より

1. 二つの「橋」、二つの「光」

 かつて立川談志や古今亭志ん生といった古典落語の名人たちが十八番にしていた「たがや」という演目があるのだが、かいつまんで説明すると、その噺の舞台設定である江戸時代から両国の川開きの日に定例行事となっていた花火見物の群衆が隅田川に架かる両国橋の上から賞賛を込めて「玉屋!」「鍵屋!」と花火師の屋号をコールしていた当時の風習に倣って、気性の荒い職人と侍の喧嘩のドサクサに紛れて刀で斬られて上空に飛んでいく首に向かって周りの観衆が「たがや!」と思わず掛け声を叫ぶブラックユーモアなオチだった。
 かようにして暗闇の中に佇んで「光」のスペクタクルを注視する習慣は、リュミエール兄弟が発明した「シネマトグラフ」の上映装置が明治時代に渡来してきて繁華街で見世物小屋の新奇な呼び物になる以前から日本人にとっては川縁の夏の風物詩として既に生活に組み込まれているものだった。いや、夏に限らず真冬のクリスマスシーズンになると、駅前の街路樹や住宅街の至る所でイリュミネーションを盛んに発光させたがるのも現在の無宗教的消費社会に暮らす国民の一即面なのだった。

 ところで、2016年から2017年にかけて一定の話題を呼んだ新作劇場映画を続けて観てみると、映画史研究者の渡邉大輔が「90年代的な映像作家の回帰」と呼んでいる現象と合わせて、「それ以前のアナログメディアの象徴秩序=「映画」(フィルム)がいまだ根強いリアリティを維持していたために」興行や批評の現場で抑圧されていたものがデジタル時代のよりプリミティヴな表現へと噴出しつつあるという多種多様な「映像」群を通して奇妙なモチーフの連鎖が指摘できる。

 大澤聡・編『1990年代論』の論考「「ポスト日本映画」の起源としての九〇年代」で渡邉が言っている、「それまでの「映画」のあり方がプリズムのように多様化・拡散化」した時期にミュージックビデオの演出から映画界に進出して支持を集めたものの次第に「マイナー」な位置に落ち着いていた岩井俊二のような90年代的映像作家の再評価が起きたのが2016年だとして、その後『君の名は。』の新海誠や『映画 聲の形』の山田尚子といった「岩井の映像美学からの影響を公言する後続世代の若手映画作家」が台頭してきてメジャーな表舞台で相次いでアニメーション映画のヒット作を産む現象をさらに敷衍すると、「日本映画においていわゆる「ポストメディウム/ポストシネマ的」な映画文化が本格的に台頭してきた」徴候的事態なのだとする転換期が現在の映画状況なのだという。

 2016年9月に公開された後、昨年の邦画興行収入ランキングで1位の『君の名は。』(235億円)、2位の『シン・ゴジラ』(82億円)と並んで10位(23億円)に入る興行成績を収めた(※1)長編アニメーション『映画 聲の形』は、大今良時が「週刊少年マガジン」で連載していた漫画が原作である。小学生時代に補聴器を付けても同じ言葉を喋ることができない聴覚障害を持つ同級生をいじめていたことを、その相手が転校してしまった結果クラス内で表沙汰になった問題の首謀者として標的の目を向けられて「いじめる/いじめられる」役割が入れ替わった後から悔い改めた主人公・石田将也の苦悩と成長を描く物語なのだが、高校生になった5年後も自分が無邪気に犯したことの罪悪感の代償を探し続けている。
 その罪滅ぼしの一環で相手がいなくても自発的に覚えた手話を介して過去と向き合おうとするのだが、再び出会った小学生時代の友人たちとの関係性の修復がうまく行かずに人間関係の呪縛が繊細に軋み続ける後半で、浴衣を着たヒロインの西宮硝子が自分の存在が周囲の幼馴染みを不幸にしているのではないかと思い詰めてマンションのベランダから飛び降りようとするクライマックスが地元の花火大会の日に設定されており、色とりどりの夜空がキャラクターの後景を彩る心理的な演出効果で使われている。

 2016年11月にミニシアター系列で上映が始まって以降ネット上で絶賛の輪が広がって行き、1年以上に渡って地道に上映館が増え続けるロングランヒットとなった片渕須直監督の『この世界の片隅に』は、「キネマ旬報」誌の年末ベストテン企画の日本映画部門1位に選ばれている。第二次大戦中の呉市を舞台にしたこの作品をよくよく思い返してみると、登場人物の一家が空襲警報に怯えつつ防空壕に避難する生活を送る中、父親のお見舞いで病院に寄った帰りに道端に落下した不発弾の爆発に襲われる場面で、暗転した背景に浮かび上がる主人公のすずと姪の晴美の輪郭が小さな線香花火へと溶解するイメージ(+火花が散る音響)が白い線画のアニメーションで描かれていた。

 自主映画から出発して1960年代から70年代にかけてはCMディレクターとして名を馳せた後、1977年の『HOUSE』で満を持して商業映画に進出した経歴を持つ大林宣彦が2012年に撮った『この空の花 長岡花火物語』は、放浪の画家・山下清が残した「世界中の爆弾を花火に変えて打ち上げたら、世界から戦争がなくなるのにな。」という言葉を起点にして、大戦中の空襲と2004年に起きた中越地震を経て毎年慰霊のために開催される「長岡まつり」が日本三大花火大会に認定されるようになるまでの新潟県長岡市の復興の歴史を描く。

 そして邦画以外に「ミュージックビデオ的」と評される海外制作のヒット作では、2017年2月に公開後2ヶ月で日本国内での興行収入が40億円を突破したデミアン・チャゼル監督の『ラ・ラ・ランド』もこの一群に加えることができる。売れないジャズピアニストのセブ(ライアン・ゴズリング)と女優志望のミア(エマ・ストーン)の不遇なカップルがダンサブルなオリジナル曲を上演するミュージカルの舞台としてハリウッドのスタジオを中心にしたロサンゼルスの郊外が写し出されるのだが、そのうちのミアが主役の歌「Someone in the Crowd」の場面ではセレブが日夜パーティを催す豪邸のプールで人々が踊る高級住宅街の夜空に花火が上がる場面がある。

 これらの現在進行形でポピュラーな支持を得ている「映像」の一覧に分け入ってみて判明するのは、大林宣彦にしてもデミアン・チャゼルにしても、見事に蓮實重彦と、蓮實を師と仰いでその影響を色濃く受けた後進の映画批評家たちが冷遇してきた作家・作品ばかりである。とはいえ、アニメーション配給会社「ニューディアー」の代表でもある研究者の土居伸彰が批評同人誌『クライテリア』2号での対談「2016年の地殻変動--「個人的」な「私たち」へ」で語っているように、都市部のミニシアターのような上映環境で次第にシネフィリー的な観客との越境が起きる2010年代に至るまでアニメーション映画に関しては元々批評的な文脈の接点が無かったという、時代ごとの観客と視聴環境の変化が作用している側面は一応補足しておきたい。

 つまり、1990年代を大きな境目にしてCMやミュージックビデオといった他ジャンルから進出してきた映像作家が漫画やアニメを原作にした劇場映画の作家性を担っているという、いずれも異ジャンル混淆的(ハイブリッド)でミディアミックスされた性質が共通している。

 以上で挙げたように、批評的な言説のヒエラルキーにおいて、正統な映画史に対する「不純なる輝き」として見逃され続けるこの「花火=映像」への修辞的な斥力を解き明かすことで、「蓮實重彦の功罪」を論じる手立てにすることができる。

 ここで再び取り上げておくべきなのは、今年度の批評再生塾における第12回講義『観客の再発明』でも、時代ごとに「リトマス試験紙」のような役割を果たしてきた映画批評家だと称されている蓮實重彦は、レオス・カラックスならば『ポンヌフの恋人』よりも『汚れた血』(※2)を、北野武ならば『HANA-BI』よりも『ソナチネ』(※3)を一貫して評価してきたという事実である。

 確かに、1997年のヴェネツィア国際映画祭で最優秀作品に選ばれるほどの権威的評価を得てしまった『HANA-BI』の劇中、借金取りのヤクザに追われている元刑事が偽装したパトカーで銀行強盗を成し遂げた後、夫婦で連れ添って海辺に向かって旅に出る途中の車を停めた草叢で、病身の妻役の岸本加世子が打ち上げ花火を見上げる場面では、映画的なショットの連鎖がギクシャクして停滞している印象がある。
 それは、元刑事の西を演じる北野武が家庭用玩具として売られている花火を地面に置いてライターで火を付けてから岸本加世子が空を見上げる顔のアップを捉えた後に打ち上がる花火の画面が、編集で後から合成されたものであるのが明らかなことによって、空間の連続性が不自然になっている一連の繋ぎの無頓着さのためだ。なぜこのような事態が起きているのかといえば、飛行する小型無人カメラを使ったドローン撮影の技術なども未だ普及していなかった当時、実写のカメラワークでは日が沈んで暗い上空に輝く花火を仰角のロングショットでしか撮影することが困難であるという、物理的運動の痕跡を記録するアナログフィルムを媒体にしたイメージの制約を乗り越えられなかったからである。
 そのような実写イメージによる映画文法の限界を補完するようにして、西が辞職を余儀なくされた同じ事件で犯人の銃撃によって半身付随になる重傷を負って「暇になってしまった」同僚の大杉漣が部屋で独り画用紙に向かって描いていた夜空の打ち上げ花火の絵が静止した画像として重ねてモンタージュされる。

 宙空に炸裂する「花火」は映画というアナログメディアが機械的に創出する運動の力学と根本的に相性が悪いのではないか? という仮説を検証するためにここで読み直すべきなのは、『映画の神話学』の白眉といえるテキスト「映画と落ちること」で蓮實が提出している「映画は、縦の世界を垂直に貫く運動に徹底して無力である」というテーゼである。

打ち上がる花火のような上昇運動する被写体を映画が捉えようとする時、地面近くに置いたカメラを下から上にパンしても必然的に四角い画面の奥深くへと遠ざかっていく印象に近づいてしまい、「高さ」ではなく「遠さ」の実感が強調される。よって遠さの印象に高さのそれを付加しようとした場合、これを解決するには、その垂直に空へと上昇する対象を見つめる顔のアップを逆構図の俯瞰(下向き)で撮って次のカットに挿入するしかない。これが『HANA-BI』の画面にも綺麗に当てはまっている「俯瞰の優位」の分析である。

「縦の運動を強調しようとするとき、映画は運動する事物そのものよりむしろその対象を凝視する視線を画面におさめ、その視線の方向によって不在の運動を表象する。縦の世界を貫く運動に最適と思われる仰角撮影は、逆に俯瞰撮影の介入によってより有効なものとなるのだ。論理的には俯瞰と対をなすかにみえる仰角は、したがって俯瞰と対等な関係にあるのではなく、ほとんどの場合、後者が前者を統御するという優位と劣位の関係にあるといえるだろう。それはつまり、カメラ自身が比較的高い位置に身を置き、ある程度俯瞰するかたちで地上の世界を捉えるとき、映画ははじめて人を安心させるものだということにほかならない。」(『映画の神話学』)

クレーンとヘリコプターによって空撮が可能になった時代にも露呈する映画の限界を、「上昇とか落下とか、とにかく上下に位置を移動する対象をその垂直なる運動として表象しえたイメージと音の蓄積というものは驚くほど貧しい。その貧しさは、いうまでもなく映画の物質的=技術的な条件に左右されている」と喝破しつつ、「落下の主題と戯れる映画的シニシズム=宙吊りのサスペンス」を映像化したヒッチコックを映画的虚構の限界に自覚的だとして特権化するのが、蓮實重彦の批評家としての原理論的な著作『映画の神話学』である。
しかし、地表の重力の束縛によってどの映画監督も「下から」見るしかなかった打ち上げ花火のイメージが実写と滑らかに合成可能になってCGアニメーションで「無重力的」に描かれるようになった場合は、映画文法はどう変容するのだろうか、という新たな問いに関しては一旦後回しにしよう。

 1991年に完成したレオス・カラックス監督の『ポンヌフの恋人』は眼病を患って失明の危機に脅えており、いずれ近い未来には美術館で絵を見ることも絵を描くこともできなくなる運命に絶望した画学生のミシェル(ジュリエット・ビノシュ)が火吹き芸人で浮浪者のアレックス(ドゥニ・ラヴァン)と出会う恋愛の物語だが、ホームレスの境遇に置かれている登場人物たちが寝泊まりする改修中の「ポンヌフ橋」を南フランスの某所にパリ市内のセーヌ河岸ごと原寸大のオープンセットで作り上げてしまった無謀な計画のために幾度も撮影の中断と延期を余儀なくされ、制作会社が破産した呪われた作品としても知られている。
 ここでも二人が音楽に乗って踊り狂う節目の場面でセーヌ河の花火が盛大に打ち上がっているのだが、箱庭的なオープンセットの空の全面に炸裂する光はまるでどこかのテーマパークのアニバーサリーイベントめいた派手な演出である。

 主人公が右手を失って絵が描けなくなる『この世界の片隅に』の例が顕著だが、(悲恋の物語だが誰も死ぬわけではない『ラ・ラ・ランド』を例外として)『ポンヌフの恋人』『HANA-BI』『この空の花 長岡花火物語』『聲の形』……等々、蓮實重彦の映画批評が華麗にスルーしてきたヒット作の一群を並べてみるとその余白に見えてくるのは、作中における「花火」のイメージと「病気・身体障碍/欠損・被災・被曝」の物語の組み合わせである。

 細部を弄って表面に「亀裂を走らせる」ことで物語/制度自身の限界を告白させる手法を打ち立てた『表層批評宣言』を参考にして簡潔に言い換えるならば、よく「見える」所にわかりやすく表象不可能な「リアル」(痛み)が露呈している作品に関しては単純な物語の磁力に屈した「メロドラマ的郷愁」を帯びたものとして蓮實的な映画批評の反応が芳しくない、ということだろうか。

 さて、ここで一旦視点を替えて交差させてみたいのは、画家から映画監督に転身するきっかけがフランスで『ポンヌフの恋人』を観たからだというエピソードを持ち、なおかつしばしば身体欠損や障碍のモチーフを使って「絶対の愛」を物語ってきた1人である韓国のキム・ギドクについて扱っている代表的な論客であろう、社会学者・宮台真司の映画批評である。
 2004年の映画論集『絶望 断念 福音 映画 --「社会」から「世界」への架け橋』で宮台は、「家族をめぐる「気づき」を描いた映画は多い。最も多いのが--名作も目白押しなのが--「親の心、子知らず」をモチーフとしたものだ。」という前置きから、相米慎二監督の『お引越し』で描かれる、両親の離婚を認められずに家出した主人公の田畑智子が琵琶湖畔の森を彷徨って「火祭り」に迷い込む場面を「そこでは、親の心に気づいた子が、親の心を受けとめるキャパシティを持たぬがゆえに煩悶するが、火祭りと神隠しの通過儀礼を経てキャパシティを一挙に拡大し、親許しに至る。その意味で、「気づき」と「許し」のギャップを、「通過儀礼」で繋ぐ形式である。」と論じているのだが、その「ある状態を別の状態に架橋する機能=通過儀礼のモチーフ」と類比して引き合いに出す『ポンヌフの恋人』にも「祭り」の眩暈を見出している。

「祭りには一般に、差異を架橋する機能がある。この架橋機能には、ある状態を別の状態に移行させる機能(通過儀礼を含む移行儀礼)や、分離されたものを統合する機能(死者と生者が出会うお彼岸)など幾つか類型があるが、これらを描くのは映像作家の腕の見せ所だ。
 移行側面と統合側面のいずれに焦点を当てるにせよ、時空の混融した、眩暈に支配された状態(コミュニタスという)の中で、ありえない移行や統合が実現する様を描き出すには、登場人物の眩暈を描くのみならず、観客自身を眩暈に引き込む演出力が要求される。
 レオス・カラックス監督『ポンヌフの恋人』(91)では、パリ祭の夜空満天に炸裂する花火の下で男女が舞い踊り、川面をモーターボートで疾走する。祭りが醸し出す眩暈の中、男女が生い立ちや身分の差異を乗り越える、という具合に空間的な統合側面が見事に描かれていた。」(『絶望 断念 福音 映画』第39回)

 宮台真司は前述の『1990年代論』でのインタビューでも共同体の内外の境界を調整する機能があるとする「法外の享楽」について語っているのだが、「誰もが法外を恐れるがゆえに仲間を確認できず、仲間を確認できないから法外を指差してバッシングスクラムの徒党を組む時代」にアングラ的な闇の文化の綾が消えてテクノロジーの導入によって合理化される流れ、「援交と震災とオウムの一連の騒動」が起きた1995年以降の平成不況が平板に続いていて社会が変化していない時期に生まれた世代が「祝祭と性愛の変成意識(眩暈)」を回避するようになった現状を嘆いている。

 2017年8月に新房昭之総監督が率いる制作会社のシャフトによって劇場版アニメーションとしてリメイクされた岩井俊二の初期代表作『打ち上げ花火、下から見るか? 横から見るか?』は、元はフジテレビのオムニバステレビドラマ『If もしも』の1エピソードとして制作されたものを劇場映画版に再構成したという経緯のある、紛れもなく映画史の非嫡出子的な作品である。

 デジタルデータで風や雲といった自然現象の不定形な動きを計算して作画できるようになったCGアニメーションが全盛期を迎えてやや大げさに「新しいアニメーションの時代」とまで呼ばれる近年、この『打ち上げ花火、下から見るか? 横から見るか?』が再生してくるタイミングはいかにも興味深いのである。

2. 祭りよ、甦れ?

蓮實重彦は『近代日本の批評Ⅰ 昭和篇』に収録されている浅田彰、柄谷行人、三浦雅士との討議で、戦前の1930年代から戦中にかけて日本浪漫派を牽引した文芸批評家の保田與重郎を「ユング的」だと発言している。

「蓮實 保田が人を魅きつけただろう魅力はほとんどユングだと思う。彼がユングを読んでいたとは思えないけれど、ユング的な古代的な雰囲気が残っていてそれが現代に息吹くということでしょう。その意味じゃあ、歴史的な系譜とか伝統の持続はあっても歴史意識は彼にはないと思うんです。だから芭蕉をめぐっても、保田の書いたものよりは石川淳の俳諧から狂歌に移るその切断面を語ったもののほうが優れているとぼくは思う。」(昭和批評の諸問題 一九三五--一九四五)

「三浦 さっき蓮實さんは保田をユング的だと言われましたが、蓮實さんのなかにユング的なものを指摘する人もいるんじゃないかな。ある程度テマティックなものがある以上は。
蓮實 ぼくのテマティスムは、絶対にユング的な層にたどりつくことのない表層的なものです。しかも、保田にはまったくテマティスムはない。
三浦 そうかな。保田が延々と書けたということは、表層的だったからでしょう。また羅列に終わるとはいえ、というか、終わるからこそ『日本の橋』は一種のテマティスムと言えないこともない。
浅田 ユングのネガとポジというか、蓮實さんは全部意識的にやっていると思えるのに対し、保田はかなり無意識の人なんじゃないか。」(同)

 この討議中で、蓮實の発言に対して浅田彰は「極度の意識化で過敏になった自意識が、合わせ鏡のなかで無限反射を起こして、最終的には自我をほとんど無化するところまで行ってしまう」という現代のネット空間にも似たロマンティッシュ・イロニー、「最終的に空白の自我みたいなものに辿り着く」ドイツロマン派的な精神運動は、「折口的な無意識的なもの」と通底していると切り返している。「民族の詩人」をアイロニカルに称揚するロマン派の「古代的・無意識的なもの」の集合意識。

土居伸彰は『21世紀のアニメーションがわかる本』で、『聲の形』のような近年の作品群では強固な輪郭を持った「私」の焦点が消失・複数化した匿名的・集団的な「私たち」が描かれるようになったとして、非人間中心主義的に意味を脱色して無機的・有機的の区別なく様々な形に流動化していくキャラクターたちが漂う「空洞化したイメージ」からそれぞれ共感できる物語を断片的に読み込むような受容の仕方で急速に規模を拡大しているのが、近年起きている「映画体験」の変化なのだと解説する。「ミクロとマクロがつながりあい、その両者が混ざり合うなかで起こる、「私たち」の時代」。

 新海誠のようなかつて「きみとぼくのセカイ系」と呼ばれていたような「個人的」なファンタジーを紡いでいた小さな想像力がデスクトップから映像作品を発信できるようになったデジタル技術の寄与で一気に国民的なメガヒットといえる興行規模にまで増幅される「自我が失われ、匿名化していき、外部も消えていくというデジタル時代のアニメーションの特徴」は見方を変えれば、空に輝く未確認飛行物体=UFOの神話的研究『空飛ぶ円盤』で知られるカール・グスタフ・ユング的な「集合的無意識」への志向が、劇場用アニメーションのような大衆的想像力の領域に回帰しているということではないだろうか。

 2016年に三島由紀夫賞を受賞した小説『伯爵夫人』を機に相次いで刊行された『論集 蓮實重彦』『ユリイカ 総特集*蓮實重彦』では、複数の論者によって1960年代のロマン主義的思潮への蓮實の批判的距離感が指摘されている。

 新世紀を目前にして三ヶ国の映画作家が集って合同プロジェクトを立ち上げたが、今の所岩井俊二が原作として書いた小説版だけが出版されている『番犬は庭を守る』等の企画が一本も実現に至らなかったため、現在流通している映画批評の言説からはほとんど抹消されているのが、台湾の楊徳昌(エドワード・ヤン)と日本の岩井俊二と香港の關錦鵬(スタンリー・クワン)から1文字ずつ取って名付けられた「Y2K(2000年)プロジェクト」である。
 その痕跡は劇中世界が日本語と中国語のバイリンガルの設定だった1996年の『スワロウテイル』を手がけた河合真也が日本でも撮影が行われたエドワード・ヤン監督の遺作『ヤンヤン 夏の思い出』の共同プロデューサーを務めていて、その予告編の制作を岩井俊二が担当したという事実にかろうじて記録が残っているのだが、エドワード・ヤンの逝去により頓挫したまま幻となった模様である。
 ちなみに今年フィルムアート社から刊行された評論集『エドワード・ヤン 再考/再見』の目次を見ると、巻頭の蓮實重彦による「静穏な透明さを超えて--エドワード・ヤン監督『牯嶺街少年殺人事件』」と並んで先ほど言及した土居伸彰が作品論「現象としての人間を描く」を寄せているのだが、そこではそもそも作中の細部に鉄腕アトムの人形を写してオマージュを捧げるほど漫画家の手塚治虫からの影響を公言していた楊監督が『ヤンヤン 夏の思い出』の次の作品として準備していたのは、長編アニメーションの企画『The Wind』だったことがノルシュテインや宮崎駿といった実写以外の映像と比較して論じられている。

 東京大学総長を務め終わった直後の2002年の対談集『『知」的放蕩論序説』で蓮實自身がいつか書かれねばならないと言っている、小説を読めていない哲学者のデリダによる「現代思想」的な文学の読解がある時期から影響力を持ったことによって文芸批評家のジャン=ピエール・リシャールが殺されたのだと異議を唱える趣旨の「リシャール殺人事件」に倣って、多国籍料理的な「不純」さが認められなかったアジア映画史におけるこの不幸な行き違いを「Y2K(エドワード・ヤン/岩井俊二/スタンリー・クワン)殺人事件」と呼ぶべきなのである。

 最後に付け加えると、『アジア映画で〈世界〉を見る』でワン・ビンやアピチャッポンの作品を論及している「ポップ、ネットワーク、亡霊--現代アジア映画の文化的資本と想像力」で渡邉大輔は、岩井俊二やウォン・カーウァイのようなアジア各国で支持される「ポップカルチャー的感性」のルーツとして「趣味判断の位相にアジア文化の本質を見た」岡倉天心の『茶の本』を位置づけている。

「これも先ほどの竹内好が指摘していたように(「日本人のアジア観」)、『茶の本』(一九〇六年)などの著作で天心が主張したのは、アジアの精髄とは、欧米のように武力や理念的なものが民衆の自己統治を支えるのではなく、むしろ彼らがないがしろにしがちな「茶道」のような趣味判断=美によってこそ安寧が保たれるということだった。だとすれば、現代の映画を含むポップカルチャーは、まさにそうしたひとびとの無数の趣味判断のやり取りによってアジアを「一つ」にしているといえるだろう。」(ポップ、ネットワーク、亡霊)

 そしてむしろ、つい先日まで放送されていた小泉今日子と満島ひかりが主演のドラマ『監獄のお姫さま』など韓国の映画やドラマからの影響を積極的に作品中に取り入れている脚本家の宮藤官九郎のような存在を踏まえて、日本映画史が「西欧列強の植民地主義に対して〈アジアは一つ〉という祭りによって徹底した近代化を経ても入れ替え不可能な共同体を確保しようとした」(※4)岡倉天心と、その思想的志を日本浪漫派という近代批判のプログラムによって受け継ごうとした保田與重郎的な「アジア主義(の逆説)」に直面する可能性は、ここから始まるのである。

“向うからきたということを、こちらから行ったといっても、今のところいずれが正しいか分らぬことである。そうして私らは天心のそういう詩に永遠なアジアの真理を味わった。そういう詩から我らの暖い青年時代はいくたの挫折ののちに展かれたのである。今も私は専ら東西の文化が交通した最も太古の通路を考えてみる。” --保田與重郎『日本の橋』

 

【註】

※1 2016年映画興収『君の名は。』が牽引 東宝社長「新しいアニメーション時代の到来」 | ORICON NEWS
※2 蓮實重彦『映画に目が眩んで』と『映画狂人万事快調』を参照。

※3 蓮實重彦『映画論講義』に収録のテキスト「成瀬巳喜男の映画の魅力」にある「北野武監督のヴェネチア映画祭で金獅子賞を得た『HANA-BI』という映画は--『ソナチネ』の方が優れていると思いますが--」という記述を参照。
※4 宮台真司『絶望から出発しよう』の「アジア主義の顛末に学ぶ」より。

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