印刷

批評再生塾、あるいはイナゴ的な群れの可能性について

[1]

いま、わたしは、批評再生塾生の3期生である。2017年6月7日(水)からはじまった批評再生塾のプログラムもすでに7ヶ月が経過した。文学・ポップカルチャー・空間芸術・映画と3回1サイクルを4回繰り返し、13個めの課題として出されたのが「批評とはなにかを定義せよ」である。この自明の事実について確認することなしに、「批評とはなにか」に応答すること、つまりは批評についての批評をすることはできない。そこで、わたしたちのこの場において、最も自明な問いを問うことにしよう。わたしたちがいま属している「批評再生塾」とはいったい何なのか? 批評再生塾で彼らは一体なにをしているのか? 主任講師・佐々木敦は、当初、こんな風にわたしたちに呼びかけた。

ゲンロン批評再生塾も遂に三期目を迎えることになった。……第一期、第二期、そして前身である批評家養成ギブスでの経験を顧みると、この塾は何よりもまず仲間や友人が見つかる場所である。……批評はひとりでやるもんじゃない。そして、批評はひとりじゃなくなることでもあるのだ。
http://school.genron.co.jp/critics/

振り返って考えてみれば、ここで語られる「ひとりでやるものではない」という一文は極めて両義的に見える。「ひとりではない」ときに想定される「他の人」を「批評再生塾生」と解釈すれば、批評は集まった仲間とともにやるもんなんだ、そうした仲間とのつながりが「批評の場」をー例えば同人誌のようなかたちでー再生産していくんだ、という美しい話だ。だけど一方で、「他の人」を「読者」と解釈すれば、批評は読者に読まれるものなんだ、読者に読まれることで、批評は自分ひとりの思考を自分ひとりで掘り下げる「単独性」を放棄せねばならない、とも読めるのだ。
ひとりで育まれた思考の単独性は人びとのコミュニケーションの環境で解体される。当然、メディアを介して発表されるのであれば、学術論文も詩も小説もエッセイもニュース記事も、自分ひとりの思考が多数の人びとのコミュニケーションの環境へと投下されることに変わりはない。というより、より多くの人へ向けて影響力を発揮することは素直に悦ぶべきなのだろう。だとすれば、批評とは、批評対象をより多くの人が理解できる歴史的・文化的コンテクストの全体性のなかに位置づけて、それがどういう意義を持つのかを価値付けることであり、それが批評の社会的意義、ということになる。
しかし、「批評はひとりでやるもんじゃない」。その言葉の通り、批評再生塾のシステムに目を向けてみると―本稿がそうであるように―常にインターネットを介して論考は「読者」の眼に晒される。投稿された論考はたいていがTwitterに投稿され、時には勝手に拡散していく。例えば、舞台芸術に携わるひとを「読者」と同定できるのであれば、そのコンテクストをある程度、前提することもできるだろう。あるいは、講師の顔だけを見ているのであれば。しかし、Twitterは誰が見ているのかよくわからない、読者の顔が見えない場所であり、そこで「ひとりの思考」がいったい読者とどういう関係を結んでいるのかを把握することは難しい。逆に、自身のプレゼンスを常にアピールしなければ存在しなくなってしまうような「関係不安」を増長していく。また、2週間ごとに出される課題への応答は塾生に熟考をゆるさず、むしろ反射神経で打ち返す瞬発力を要求している。わかっていたこととはいえ、めまぐるしい速度で、ジャンルをまたぎ、文学から演劇・音楽・映画・思想と横断していくモビリティは、自身が一体だれへ向けてなにを「批評」をしているのか、ときには大きく混乱させることだってあるだろう。
批評再生塾のプログラムは「ひとりの思考」を混乱させ、「ひとり」ではいられなくする状況を人為的に作り出す。だから、この塾が「批評とはなにか」の「答え」を語ったことは一度もないし、それどころか「答え」に安住させない意思に貫かれているようにも見える。その意味で、ただ批評を語ることの困難を徹底的に体験させるシステムこそ批評再生塾のコアをなしている。いわば、誰へ向けてなぜ批評するのかを一つの「謎」として課すのである。したがって、批評再生塾から学ばれる「批評とはなにか」を定義するためには、塾生が直面させられる「批評を語る困難」への応答なしにはありえない。

[2]

批評とはなにかを定義するためには、批評を語る困難が追跡されねばならない。「ひとりの思考=実存」は「多数の思考=社会」によってかき乱される。裏返せば、いったい誰へ向けて何のために書いているのかが常に問われ続けることになる。そして、こうした批評再生塾のシステムの背景に、ゲンロンを主宰する東浩紀の批評観が反映されていると考えるのは極めて自然な推論だろう。では、東は「批評の困難」についてどのように語っているのか。柄谷行人が批評という病に囚われていたことを指摘している。

 柄谷はポストモダンを生きた。つまり彼はポストモダンの思想家ではあったが、決してポストモダンについての思想家ではなかった。……存在論的問題(実存)が倫理的問題(社会)から切り離され浮遊し、たえず主体を脅かすその「病」について、六九年から八三年までの柄谷は執拗に考え続けた。そしていまの私たちもまた、その同じ「病」にますます深く捉えられ、実存と社会のあいだに開いた絶対的距離(とそれを埋めようとする欲望)にたえず苛まれている。
「柄谷行人についてⅡ」『郵便的不安たち#』,p349-350

批評は「方法や理論ではなく、生きられるほかないもの」と柄谷が批評を定義したことは、つとに有名である。「生きられるほかない」というのを、彼は「夢の世界」という論考で、マルクスに触れて『たとえわれわれがどんな認識をもっていようが、われわれはなにより先ず資本制社会という「夢」のなかにあり否応なくそこで動かされている』と表現している。つまり、柄谷は自身の実存が単に構造の内部でなぜか動かされているだけにすぎず、そこには実存の根拠が欠けていることを指摘している。
いうなれば、わたしはこういう生き方を選択するんだという実存的態度が、そのまま社会がいかにあるべきかという政治的=倫理的立場と直結しない。裏返せば、社会や政治について語り問うことが、それを語る当人にとっては著しくリアリティを欠いたものになる。しかし、それはなぜなのか。「棲み分ける批評」で、東は次のように論じている。

リオタールは、社会のポストモダン化を「大きな物語」の解体と捉えた。それは言い換えれば、社会全体を一つにまとめ上げる意味付けのネットワークが機能不全に陥ることを意味する。……あらゆるメッセージは発信された瞬間に無意味化され、ただそれが存在すること、流通していることの事実性だけが伝わる。
「棲み分ける批評」『郵便的不安たち#』,p21

ポストモダンでは、わたしと思想と社会を一直線に結びつける大きな物語が解体され、断片的な趣味の共同体=コンテクストの乱立状態が訪れる。そこで批評家は、自らの立場から社会の全体性を包含する立場へと跳躍する小林秀雄以来の伝統を維持することはおよそ不可能になる。したがって、「わたし」の立場を語ることが「社会」的な意味付けによって担保されないポストモダンにおいては、批評を語ることには根拠がなく、誰へ向けてなぜ語るのか、も不明化していってしまう。
批評再生塾はこうしたポストモダンにおける「批評を語る困難」をそのまま再現してみせる。パフォーマティブな競争システム、インターネットを介した論考の公開、2週間に1度の即時レスポンス、諸ジャンルの横断、といった批評再生塾を構成する諸要素は、誰へ向けてなぜ批評するのか、を混乱させるシステムを備えている。それは、わたしと思想と社会を一直線に結びつける大きな物語が解体され、断片的な趣味の共同体=コンテクストの乱立状態が訪れるポストモダンにおいては、まさに「誰へ向けてなぜ」が無根拠となる「批評の困難」を反映しているのである。
それでは、ポストモダンという時代の条件において、批評は一体、何を生きてみせるのだろうか? 引き続き、こうしたポストモダンの状況を東がどのような戦略で生きてみせたのか、を見てみよう。

[3]

結論から言えば、批評を〈他者〉に届けるものではなく、〈他者〉が使えるものにする態度変更によって、というのがその答えになるように思われる。東は最初の主著『存在論的、郵便的 ジャック・デリダについて』の狙いについて、時枝誠記の「詞」と「辞」の区別に触れた上で、次にように語ったことがある。

僕はコンスタティブな詞だけが、辞の支えも象徴会の配達もなしに、ただヒュンヒュンと発送されていくようなテクストを夢見ているのです。そういう文体を作ること、それはポストモダンに耐える言語を紡ぐということである……
「郵便的不安たち―『存在論的、郵便的』からより遠くへ」『郵便的不安たち#』,p102

大きな物語に意味づけられない小さな共同体=コンテクストのあいだを「ヒュンヒュンと発送されていくようなテクスト」を東は夢見る。しかし、それはどんなテクストなのか。
文庫版の解説で斎藤環は言う。浅田彰が「問題の整理」に明晰さを用いたのに対して、東浩紀は明晰さを「暗号と問いの発見」に用いたのだ、と。確かに、東浩紀の言説空間は複数の意味を孕んだ「暗号」に満ちているのと同時に、その暗号を極めて明晰な論理で語ろうとする二重の身振りで構成されている。実際、70年代以降に相次いで書かれた実験的なデリダのテクスト―『弔鐘』や『葉書』―をいくつかのキーワード=隠喩系から読解する『存在論的、郵便的』は、パフォーマティブな暗号をコンスタティブに読み解くものだった。この「明晰な暗号」は東のテクストの中でどのように機能しているのか。
例えば、同著で提示された「エクリチュール」のコーラ的性質を、その後の東は言説の属するコンテクストに応じて「データベース」や「観光地」という概念に翻訳していったことに注目しよう。フランスのポスト構造主義のコンテクスト(『存在論的、郵便的』)、日本のオタク文化のコンテクスト(『動物化するポストモダン』)、グローバリズムに規定された21世紀の政治思想のコンテクスト(『観光客の哲学』)。そのような複数のコンテクストを横断していった〈概念〉は、その記憶をみずからのうちに留めながらも、しかし特定のコンテクストには属さない実体化されない〈概念〉としてあぶりだされてくるようになる。いわば各テクストの内部では明晰にロジックで語られる「コーラ=データベース=観光地」が、相互に通底し合いながら、しかしどの共同体のコンテクストにも「実体化」しない明晰な暗号としてばらまかれるのである。ひるがえって、読者の側から明晰な暗号が手元に届く状況を考えてみるとどうなるか。ここで、読者は自らの属しているコンテクスト=趣味の共同体に寄生する「明晰な暗号」に興味を覚えて実際にそれを使ってみることで、実は他のコンテクスト=趣味の共同体へと参入するチケットを手にしていることに気づくはずだ。
例えば、オタク文化に属する「キャラクター」という語を読者は自らの興味に基づいて使ってみることができる。東の言説によって「キャラクター」の魅力は原作から離れて二次創作を横断する複数の物語の集積にあることを理解したとする。そこで彼がたまたま東の『存在論的、郵便的』に目を通すと、「エクリチュール」という語が「キャラクター」と同型の〈概念〉であることにふと気づく(かもしれない)。オタク文化の構造がそのままポストモダンの構造と接続されることを発見した彼は、オタク文化と現代思想の閉じた共同性を超えたところで、自ら自身が新しい〈他者〉となり、そうしてまたべつの〈他者〉と出逢うかもしれない。
もちろん、この説明はかなり類型化したもので、こうした語り方では、結局のところ断片化された共同体を全体として意味づける大きな世界認識(イデオロギーはないというイデオロギー)が回帰してくることは否めない。だから、「キャラクター」という語が全く「共同性」を想定しえない別の歴史や文化へといつの日か「誤配」される(かもしれない)ところに、複数的な〈他者〉の可能性が賭けられる。それが確率的な誤配ということの意味であり、こうした攪乱の戦略を東は「郵便的」とも「観光」とも呼ぶのである。
明晰な暗号が埋め込まれたテクストは、〈他者〉へ届けられると同時に、複数のコンテクストの記憶(幽霊)へと読者を誘惑するツールとなる。つまり、東は批評をただ〈他者〉へと届けるものとしてではなく、共同体の成員が誘惑され、〈他者〉として外へと踏み出すために「使える」ものにするのである。〈他者〉への冒険ではなく、〈他者〉の冒険を支援するツールとして、東の批評はあるのだ。

[4]

複数の〈意味〉をとりつかせる明晰な暗号をばらまいていくこと。そして、それぞれの共同体に属するひとびとを誘惑し、「暗号」の幽霊性を媒介にして共同体の外へと出ていき、新たな〈他者〉となることを支援すること。だから批評家は、相手のコンテクストに飛び込んでは、その共同体においては安定した「意味」を「暗号化=幽霊化」して去っていくコミュニケーションの活性化装置としてイメージされるだろう。
ところで、わたしは批評再生塾の「批評の困難」を体験されるよう設計されたシステムのなかに、何か変なものがあると感じてきた。変なもの―それは「実作者」回である。批評再生塾のシステムは複数のコンテクストを生きる読者や塾生が目を光らせるメディア環境へと彼らを直面させる。一言で言えば、相手の立場にそのつど立って考えろ=メディアになれ、ということについて考えさせられる。そういう意味では「実作者」回だって変わらない。しかし、実作者みずからが批評再生塾に足を運び、自らについて書かれた批評を読み講評する仕組みは、「ひとりでやるもんじゃない」と言われる時の「他の人」に「実作者」を代入するものであり、「読者」を代入するシステムの側面とはまた異なった批評観を予感させるものである。あえて言えば、〈他者〉の冒険を支援するツールとしてではなく、〈他者〉を冒険させる批評、と言いたくなるような何かがそこには胚胎しているのではないか。あるいは、こうも言えるかもしれない。複数のコンテクストに寄生する「暗号」を横断させることで、読者が帰属する共同体の外へと出ていく冒険を支援する「使える批評」に対して、ただ〈他者〉を混乱させ、その他者性を絶対的なまでに浮き彫りにするだけで、全然全く「使えない批評」の存在が、「実作者」回では示されていたのではないか。
本当にたまさかの偶然であったのかもしれないが、象徴的なのは第10回目「岡田利規」実作者回がきっかけとなって開催されたコラボ企画である。概要はこうだ。岡田利規が主宰を務めるチェルフィッチュの新作『三月の5日間』リクリエーションを観劇して、参加希望の批評再生塾生はそのレビューを書く。レビューはチェルフィッチュのWEBサイトで公開され、さらには作品についての公開討論会を開催する。結果的に、レビューには15名、公開討論会には13名の塾生が参加した。
この企画の特徴は、討論会に登壇した塾生たちの絵面に示されている。冗談ではない。13人が横並びにズラッと並ぶ光景は、どうもなにか異様なものだったからだ。また、15人が一斉にレビューを投稿するさまは、なにか大量発生したイナゴが襲来して一斉に批評対象におそいかかって去っていく、といった光景を想い起こさせる。この異様さとは一体何なのか?

ところで、これまで確認してきたとおり、小林秀雄にしろ、柄谷行人にしろ、東浩紀にしろ、なんにせよ「批評」は社会の全体性を意味づける役割を担ってきた。なにより、わたしの立場を語ることが時代精神と一直線につながる回路が、個人的な葛藤の表象を社会的なねじれの鏡のように機能させた。ポストモダンは「批評」の伝統に危機をもたらしたが、しかし小さな趣味の共同体が乱立する社会を、そういう全体性において―否定神学的にではなく―語ろうとする東浩紀の実践において「批評」の伝統はやはり維持されている。
しかし、ポストモダンが、東自身が語るように小さな趣味の共同体が乱立し、全体を俯瞰する特権的な視野の喪失を意味するのであれば、そうした時代の条件を「生きる」ことは、たったひとつの固有名においては、成立しないのではあるまいか? つまり、そこではやはり「時代精神の困難を固有名が反映する」といった構造が成立してしまうがゆえに、ポストモダンの批評の困難を結果的に隠蔽してしまうのではないか。
だとすれば、わたしたちは逆にチェルフィッチュのコラボ企画の異様さに気づくことが出来る。あのズラッと並んだ光景、そしてイナゴ的に襲来しておそいかかる批評のスタイルは、まさに「固有名」で綴られる批評の伝統とはまるで真逆に位置するからである。
ひるがえって考えてみるに、「実作者」回の奇妙さとは、批評家それぞれが「読者」へ向けて自らを固有名として自立させる方向ではなくて、その逆に批評家それ自体は複数的な無名性のうちに半分埋没し、「実作者」をひとつの〈可能性の場〉としながら、そこに複数的な「問いかけ」のレイヤーを重ねていく〈場〉の生成の仕方にある。それは「固有名=時代精神」の伝統が結果的にポストモダンをも一つの時代精神に還元してしまうのに対して、とにかく複数的に「問いかけ」のレイヤーを多重化していくことで、批評の対象を結果的に暗号化=幽霊化していく。つまり、批評対象を汲み尽くしえない〈他者〉にする。
批評家がコミュニケーションを活性化する「郵便局」になり、読者が共同体から一歩抜け出す「使える批評」とはならないかもしれない。それどころか、Amazonのレビューと何が違うのか、それは単なる集団・匿名的な暴力ではないかといった問いをも招き寄せるだろう。しかし、批評再生塾が塾生に課す批評の困難において、「批評とはなにか」に答えようとするならば、こうしたイナゴ的な群れの集団性と暴力性を引き受けることの危険性と可能性から目をそらすことは出来ない。その実践の意味を問うことが「批評とはなにか」という問いを問うことなのである。

文字数:7516

課題提出者一覧