印刷

再設定された身体

 ギリシアの芸術家たちは何よりもまず人間の肉体をインスピレーションの源とし、まるで人間そのものを目指すかのように、作品内で生きた人間を表現していた。彼らにとって人体は探求すべき対象で、紀元前から現在まで、生きた人間を再現しようと苦心するのが芸術家の主な役割だった。のちの西洋の諸芸術の基本になるギリシアの芸術が目指していたのがそうであったように、西洋美術をアートの中心に据えた現代でも、いかにして生きた人間を作品の中に再現するかは大きな関心ごとである。

 ところが21世紀初頭に変化が訪れる。人々は、造形物の中でよりよい人体を目指すのではなく、すでに作られた虚像の中に価値を見出し、そちらを、より重要で魅力的な目標であると再設定しはじめたのだ。それが顕著にあらわれたのが「リアルバービー人形」である。どういうことだろうか。

 第二次大戦後にますます世界中に広まったアメリカ的な生活様式の中で、まず厭戦の機運が盛り上がり始めた。と同時に、愛国心や血生臭さとは心理的に最もかけ離れた色彩であるピンクを女性にあてがいながら、女性に高収入の男性の寵愛を得させる様子が、生き方の理想とされはじめたのである。のちにウーマンリブの思想が高まるまでは、女性に「女らしさ」を求めるのは、平和や豊かさを感じさせる格好いい流行だったのだ。ちょうどこの時期にあたる1959年に登場したのがバービーで、これはピンクをトレードカラーに用いながら若い女性を模した着せ替えドールである。いつしか多くの子供が、物心つく前から、自分たちの理想像はバービー人形だというメッセージを受け取る社会が出来上がった。現在でも多くの人々に愛好されるバービー人形だが、それが我々の理想であると明に暗に言われながら産まれ育った世代の中から、自分自身の身体をバービー人形にできるだけ似せようとする欲望が発生するのは当然の成り行きでもあった。特にSNSが広まった2010年代になると、服装や化粧の工夫のみならず、バービーになるための美容整形を繰り返して「リアルバービー人形」と呼ばれるに至る人物が、世界中のあちらこちらのSNSで発生して拡散され、メディアを賑わしている。少なくとも彼ら、彼女らにとって、人間の理想はバービーであり、他の価値観を提示する思想や宗教などは、身体のバービー化をいなせるものではない。また、メディアを惹きつけてニュースになるほど人形に酷似していなくても、多かれ少なかれ自分たちの身体を、主に金髪碧眼のバービー人形に似せようと努める人々が大勢いる。そのような、身体にバービー的なイメージを欲望する自撮り写真が、次々に撮影されてはインスタグラムに流れゆく様子を、どこにいても観測できるほどに。

 「リアルバービー人形」と呼ばれる人物の中に、モデルとして活躍し始めたケースが見られる。そうであれば、バービーという幻想をうまく利用することで自己実現を果たした成功例と捉えられよう。しかし中には、食事制限なりトレーニングなりを過剰に行い、本来あるべき人間の生活があるとして、それとはかけ離れてしまったケースも見られる。そんな人物の様子は必ずしも世間に肯定されず、訝る意見も目立つ。と同時に昨今では、自分自身の身体イメージに対する認知が歪んでしまったり、美醜をめぐって現実的でない価値観に固執してしまったりする病気、例えば身体醜形障害に罹患する人物が多く存在することも知られている。中でも、綺麗になりたくて痩せすぎて死んでしまいかねない病気、摂食障害を抱える患者の95%が女性であるという顕著な数字は、社会に疑問とヒントを投げかけた。原因はバービーではないか?と。

 現在、人間は、出産される以前の胎児である状態で、親や保護者など周囲に、自分の性別が男女どちらなのか知られる。それが女であれば、多くの場合ピンク色のベビー服をあらかじめ支度されてから出産の時を迎える。成長に伴って、女児の社会には「ディズニープリンセス」なり「プリキュア」なり、要するに「バービー的なもの」がますます溢れるようになる。そうやって周囲からほぼ強制的に与えられ、逃れられない理想像であるバービー人形の身体バランスは、実際の人間に置き換えると、首が細長すぎて頭を支えられなかったり、腰が細すぎて腹部に肝臓しか入らなかったりするものだ。もし女児や女性が、自分自身をバービーのような細長い身体に近づけようとすれば、必然的に摂食障害やそれに似た状態にならざるを得ないのは言うまでもない。その他、ある「リアルバービー人形」と呼ばれる人物は、現実的でない細さのバービーに似せるため、自分の腹部から肋骨を抜き取るという荒技まで使っている。そうでもしなければ似せることのできないバービーの、身体が細長い理由について、製造元のマテル社は、服の着せ替えをしやすいよう塩梅したら細くなっただけと反論している。しかし、バービーがすでに世界中の子供にヒットし、社会現象になる程のブームを起こしていることを踏まえれば、「子供に間違った美意識を与えている」と各種の専門家から主張されたのも相まって、メーカーはバービーの身体に変更を加えざるを得なかった。とはいえ、バービーにようやく小柄、長身、ぽっちゃり体型などのバリエーションが与えられたのは2016年になってからの話で、時代遅れの感は否めず、実際のところ今現在もまだ、旧バービー的な身体イメージを好ましいとする流れは強い。一例を挙げるなら2007年に作られたキャラクターの「初音ミク」だ。初音ミクの身体は、音声合成ソフトのパッケージに添えられた少女風のイラストである。そんな彼女は音声のためのデータの塊であるから、そもそも身体が必要ない。服の着せ替えをするために必ず身体が必要なバービーとは全く似ていない事情で作られているのだ。しかし、その立ち姿を身体のプロポーションという視点から見れば、驚くほどバービーにそっくりなのである。初音ミクの身体情報を具体的な数字にすれば、彼女の身長は158cm、体重は42kgで、髪だけで6kgほどの重量があることを差し引くと、体重は36kg。衣服の着せ替えをしやすいように身体を細長くしている訳ではないのに、まるでバービーのようなバランスである。この現象が、初音ミクの製作者に「バービー的な身体が理想だ」という情報が共有されて自然と導かれたのだと、想像にかたくない。

 身体は痩せすぎが美しいとする痩せブームは、いつのまにか世界中に広まり、今ではどこの国や地域の空港でも、ポスターや看板にうつる女性モデルは痩せている。しかし、痩せた身体を理想とする新興宗教が盛んなわけではなく、痩せていなければ罰せられる決まりもないのに、なぜそうなったのか。その理由の一つは、ウーマンリブ以前に誕生したバービー人形にあった。つまり着せ替えをしやすいようにボディを細くした人形による世界観だ。バービー人形を作る側に、みんなを痩せさせようという意図があった訳ではないが、結果的にそうなった。これを言い換えれば、現代人にとって、痩せたバービーの方が、ルノアールの絵画の女性よりも価値があって魅力的なのだ。それは、造形表現を生きた人間に近づけようとしていたのとちょうど反対に、生きた人間を造形物に近づけようとする形になっている。この逆転現象から、商業的な都合で作られた価値観や美的感覚が、いつの間にか学問、道徳、芸術を凌駕して広まり、受け入れられ、好まれているのだと知ることができる。かつての人々の理想を反映してボッティチェリが描いたヴィーナスや、ルーベンスが描いた三美神などの身体はどれも豊満で、そういった身体イメージが真善美、つまり学問と道徳と芸術の追求目標だったが、現在はそれらより、バービー人形に代表される貨幣経済の方が重要で大切で、優先すべきものになったのだ。「リアルバービー人形」と呼ばれる人々を見つめることで、現代社会とは、経済に向かう欲望が学問と道徳と芸術に向かう欲望よりも強大である状態なのだと教えてくれる。人々が目指す知性と意思と感性は、21世紀初頭、バービー的なものに再設定されたのだ。

 

 

文字数:3331

課題提出者一覧