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貨幣と言語の新形態論--ビットコイン、ポスト真実、2084

 

子どもの時分に読んだ本で、ストーリーの詳細を覚えているものはほとんどないが、印象的な場面のいくつかをその時思い浮かべた映像とともに覚えている、というものは多い。しかし、子どもの本の読み方というのは随分と勝手で、いや、大人も同じかもしれないが、後々読み返してみると、その印象的な場面というのがどれもメインストーリーとは関係のない細部ばかりだったということはよくある。人物なのか景色なのかモノなのか、そこには何か惹きつけられるものがあって、きっとその部分ばかりを繰り返し何度も読んだのだろう。十年、二十年と時が経ち、他の部分はきれいさっぱり忘れてしまっているのに、その部分の映像だけは鮮明に本のタイトルを聞けばパッと思い出すことができる。たとえば、ミヒャエル・エンデの『モモ』(1973)は私にとってそういう本のひとつだ。『モモ』と聞いて私は、夜空に浮かぶ銀色のまるい月を思い浮かべる。

『モモ』を子どもの頃に読んだという人は多いだろうが、読んだことのない人のために、あるいは遠い昔に読んだけれどもすっかり忘れてしまったという人のために、簡単にあらすじを紹介しておこう。

ある大きな街のはずれに、幾世紀も前に建てられたという小さな円形劇場の廃墟があり、ある時からそこに、モモという浮浪児の女の子が住み着くようになった。モモには人の話にじっと耳を傾けるだけでその人の悩みやトラブルを解決してしまうという能力があり、たちまち彼女のもとにはひっきりなしに街の大人たちが訪れるようになった。また、モモは遊びの達人でもあり、大勢の子どもたちが毎日モモのもとへ集まってきた。モモはたくさんの親切な人々に囲まれ、貧しくも楽しい生活を送っていた。親友もできた。道路掃除夫のおじいさんベッポと、口達者な観光ガイドの若者ジジの二人だ。しかし、いつの頃からか、街の人々の様子が変わっていった。大人たちは皆せかせかと忙しそうで、怒りっぽくなった。忙しさのせいで親にかまってもらえなくなった子どもたちは、買い与えられたおもちゃで退屈そうに遊んでいる。モモの元へ集まる人たちは、大人も子どもも日に日に減っていった。そんなある時モモは、どうして人々がこんなにも変わってしまったのか、その秘密を知ることとなる。それは、時間貯蓄銀行からやって来たという〈灰色の男たち〉の仕業だった。日々の生活で時間を節約して時間貯蓄銀行に預ければ、十年後、二十年後には利子によってたくさんの時間を手に入れることができると、彼らは言葉巧みに人々をそそのかし、まんまと騙された人々は、時間を節約するため余裕のない生活に追い立てられていたのだ。〈灰色の男たち〉は、人々が節約して預けた時間を奪って生きる時間泥棒だった。そのことを知ったモモは、盗まれた時間を人々のもとへ取り返すために、〈灰色の男たち〉との決闘に挑むことになる。

モモが〈灰色の男たち〉との決闘に挑むことになったのは、すべての人間に時間を配給しているというマイスター・ホラなる人物に頼まれたからであった。マイスター・ホラは、〈さかさま小路〉という時間が逆さまに流れる道に囲まれた〈どこにもない家〉という家に住んでいる。マイスター・ホラの飼っている不思議な亀カシオペイアの導きによって〈どこにもない家〉に入ることのできたモモは、そこで人間の時間のみなもとである〈時間の花〉を見せてもらう。〈時間の花〉の前では決して口をきいてはならないというのが条件であった。モモはその後、マイスター・ホラから〈時間の花〉を一輪もらい、〈灰色の男たち〉との決戦へと向かうことになる。

『モモ』は現代の世の中の慌ただしさを風刺するとともに、時間とは何かを問う作品だと、一般には認識されている。しかし、そのような理解は表面的なものに過ぎないと、著者のエンデは語る[1]。ドイツの経済学者ヴェルナー・オンケンが指摘したように[2]、『モモ』の背景にあるのは貨幣論だ。エンデが「時間貯蓄銀行」や「利子」という言葉を使っていることからも、それは真っ当な解釈だと言える。もちろん、貨幣は未来永久につづく直線的な時間を仮定してはじめて成立するものであるから、貨幣論と時間論は密接に関連しているのだが、エンデがあくまで貨幣論に主眼を置いていたというのは疑いない。

では、『モモ』の物語の背後に貨幣論を意識したとき、そこにはどのような貨幣論が展開されるだろうか。ここに三つの問いを立て、『モモ』の貨幣論を紐解いてみたい。⑴ あらゆる人間の時間のみなもとを管理するマイスター・ホラの住む場所が〈どこにもない家〉と呼ばれるのはなぜなのか。⑵〈どこにもない家〉のまわりを囲う〈さかさま小路〉で時間が逆さまに流れているのはなぜなのか。⑶ 人間の時間のみなもとである〈時間の花〉の前で沈黙しなければならないのはなぜなのか。まずはこれら三つの問いを軸に、貨幣とは如何なるものなのかを考えてみよう。

 


[1] 子安美知子『エンデと語る』朝日新聞社、1986年

[2] ヴェルナー・オンケン著、宮坂英一訳「経済学者のための『モモ』入門」『自由経済研究』第14号、1999年

文字数:2099

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