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エコな時代における愛--「触媒」化する観客、「無害」化する異物

 

あなたの信用 いいね!が左右
フォロワー数で就職 学歴よりSNS

先日の日経新聞[1]に、このような見出しの記事が載っていた。ファッション業界を中心に、各社がインスタグラムのフォロワー数が多い人の採用に乗り出しているらしい。フォロワー数が販売力に直結すると踏んでのことだ。また、クラウドワーカー[2]など組織に属さず働く人々の間では、学歴よりもSNS歴の方が重要視されることが多いという。SNS歴が職の如何を左右する。そういう話だ。

だが、SNS歴が重視されるのは何も仕事に限った話ではない。消費者/サービス利用者の立場でも、SNS歴によって行動の制約を受けるケースは増えている。例えば、民泊最大手のエアビーアンドビーでは、サービス利用時にフェイスブックとの連動が推奨される。貸し手は、信用のできる借り手かどうかの判断を、過去の貸し手による評価とともにフェイスブックの友達数なども参考に行っている。また、出会い系アプリの「ティンダー」や「ベアーズ」も、フェイスブックと連動したサービスである。SNS上での友達数やフォロワー数、いいね!の数などが、その人の信用を左右し、行動を制約する。

このようにSNS歴がものをいう世界では、当然のことながらSNS歴工作が進む。1フォロワーを約1円で販売する専用サイトも存在するという。さらに最近では、個人の価値を株式のように取引する「VALU」[3]といったサービスまで展開されている。

かつてインターネットが普及し始めた頃、インターネット上の自分というものはあくまで虚像であり、現実の自分とは切り離した人格としてコントロールできるという認識があった。しかし、SNSがここまで浸透した今日、インターネット上の自分と現実の自分を切り離して考えることはもはや不可能となった。しかも単に切り離せないだけでなく、自分の手でつくり上げたSNS上の自分の方が、実体の核となりつつある。SNS上で友達をつくり、信用を築き、それによって現実の自分は仕事を得たりサービスを利用したりすることができる。私たちは、SNS上の自分の影響力からもはや逃れることはできない。

SNS上の自分に対して、それは自分の手でつくり上げるのだから、主導権はあくまで現実の自分が握っているかと思いきや、つくり上げられたSNS上の自分は、現実の自分の行動を規定し始める。現実の自分は、より望ましい行動を取れるよう、より望ましいSNS上の自分をつくる。このループには果てがなく、ついにはSNS上の自分をつくる自分とSNS上の自分にコントロールされる自分しかいなくなって、自分という存在が丸ごとSNS上の自分に乗っ取られるのではないかという危機感に襲われる。

今日の私たちは、自分を乗っ取るかもしれない危険性を帯びたSNS上の自分という異物と、常に対面している。このような危険に晒された世の中で、私たちは次のような切実な願望をもつだろう。一つは、何者にも不可侵な不変の領域を自分のうちに確保したいということ。そしてもう一つは、自分を乗っ取ろうとする危険な異物を無害化したいということ。これらの願望が、2010年代の代表的な映画作品には如実に現れているように思う。

 

 

何者にも不可侵な不変の領域--果たしてそんなものがあるだろうか。

まず肉体には期待がもてそうにない。皮膚、骨格、内臓、血液、遺伝子……肉体の隅々まで変化し得るし、変化している。それだけではない。現代の私たちの想像力では、自分の肉体が唯一であるとは限らないし、もはや肉体の機能を担うものが肉体であるとも限らない。例えばアニメ映画『君の名は。』(2016年)では、三葉と瀧は時空を超えて肉体を乗り換えることが可能だった。あるいはSF映画『トランセンデンス』(2014年)のウィル・キャスター(ジョニー・デップ)は、意識をコンピューターにアップロードすることで肉体をもたずに存在することができるようになった。SF映画『コングレス未来学会議』(2013年)では、ロビン・ライトの肉体はスキャンされ、そのデータをもとに作成された3DCGキャラクターが映画女優として活動をつづけていた。どうしたって、自分の肉体のうちに不変の領域を見出すことは不可能だ。

同様に、脳にも不変性は期待できそうにない。運動、知覚、感情、理性、記憶……脳のすべての機能は変化し得るし、変化している。それだけではない。現代の私たちの想像力では、人為的/人工的に脳の機能を改変することが可能だ。例えば『君の名は。』では、瀧と三葉が協働し、隕石の落下により壊滅した糸守町民たちの命を救うという歴史改変を起こすが、それによって彼ら自身を含むすべての人々の記憶が書き換えられる。あるいは『トランセンデンス』では、コンピューター上にアップロードされたウィルの意識が、ネット上のありとあらゆる情報を取り込み、驚異的な進化を遂げていく。『コングレス未来学会議』では、薬を服用することによって、すべての人やものを自分が想像する通りのアニメーションに転換した世界を生きることができる。やはりどうしたって、自分の脳内に不変の領域を見出すことは不可能だ。

このように『君の名は。』『トランセンデンス』『コングレス未来学会議』の3作品では共通して、肉体も脳もどこまでも変わりゆく世界が描かれる。しかし、その中で唯一共通して変わらなかったものがある。それは「愛」だ。変わらぬ愛が奇跡を起こす作品など昔から幾らでもあるが、肉体も脳もともに改変されているにもかかわらず「愛」だけが変わらないという設定は、やはり2010年代特有のものだ。『君の名は。』では、歴史が改変され三葉の命が助かるのと引き換えに、愛し合っていた瀧と三葉は互いにその存在が記憶から消えてしまうが、互いの「魂」が求め合い、数年後に二人は再開を果たす。その瞬間、記憶はなくとも、この人が自分の探し求めていた人だということが互いに分かる。『トランセンデンス』のウィルは、肉体を失い、脳だけの存在となってネット上で自由自在に振る舞うが、彼の暴走した行動のすべては愛する妻エヴリンのためだった。『コングレス未来学会議』では、ロビンは最終的に薬をつかってアニメーションの世界に生きることを選ぶが、難病に苦しむ愛する息子アーロンの居場所を探し求めてのことだった。

彼ら/彼女らは皆肉体が変わり/を失い、意識や記憶が変わり/を失っているにもかかわらず、「愛」だけは一貫して変わらないし失われない。その不変の「愛」は、一体彼ら/彼女らのどこに宿っていたのだろう。肉体でもなく脳内でもない、そのどちらでもない場所を直接指差すことはできないが、そこを仮に「魂」と呼ぶことにすると、人間は「魂」という何者にも不可侵な不変の領域--それは肉体が失われても、脳が改変されても損なわれることのない領域である--をもっていて、そこに不変の「愛」を宿すことができる。そういう切実な願いを今日の私たちはもっている、ということではないだろうか。

 

 

さて、今日の私たちは、何者にも不可侵な不変の領域である「魂」に宿る不変の「愛」を縁に、自分たちを乗っ取ろうとする危険な異物と対面している。では、対面してどうするか。攻撃をしかけるのか。いや、先の議論からすれば異物とはSNS上の自分、つまるところ自分自身なので、戦ってやっつけてしまうことはできない。同様の理由で、異物を隔離しておくこともできない。唯一可能性がありそうな手段は、無害化することである。無害化するとは、つまりそこから有害物質をなくすということなのだが、例えばそこで、異物から有害物質を取り除くという手段を取ったなら、私たちはその取り除いた有害物質のやり場に困ってしまう。有害物質をそこら辺に垂れ流しにすることは、今の時代決して許されない。ではどうするか。

日本が世界に誇るクリーン技術に「触媒」というものがある。「触媒」とは、「それ自身は変化をしないが、他の物質の化学反応のなかだちとなって、反応の速度を速めたり遅らせたりする物質」(スーパー大辞林)のことをいう。例えば、白金やパラジウム、ロジウムといった貴金属が触媒となって(つまりこれらの金属は変化することなく)、自動車の排ガスに含まれる有害物質(一酸化炭素、炭化水素、窒素酸化物)を無害な物質(二酸化炭素、水、窒素)に変換することができる。この「触媒」技術は、空気清浄機や建物の外壁・窓ガラスなど様々なところで応用され、環境立国を目指す日本では、近年新商品の開発が急速に進んでいる。[4]「触媒」は最小限の資源で有害物質を無害化してくれる、エコ・フレンドリーな技術なのだ。

そう、だから、異物を無害化するには「触媒」作用を用いればよい。そして多分、私たちはすでにそれをしている。2010年代、映画の観客は「触媒」化している。つまり、映画を観て、観客自身は変化しない。本来映画を通じた異物との出遭いというのは、観客を変化させる契機となるはずなのだが、現代の観客は変わることを望んでいない。むしろ決して変わらないことを望んでいる。つまりは不変の「魂」と不変の「愛」を。そのような観客が「触媒」となって、映画の中の異物を無害化する。

それは例えば、『散歩する侵略者』(2017年)や『夜明け告げるルーのうた』(2017年)などに顕著だ。『散歩する侵略者』では、地球を侵略しに来たという実体の見えない宇宙人が、人間の肉体と脳を借りて日本に生息し始める。彼らは出会った人たちと会話を交わす中で、さまざまな概念を盗み、人間社会について学んでいく。宇宙人に体を乗っ取られた加瀬真治(松田龍平)も、そのようにして地球侵略に向けて動いてゆくのだが、最後に妻の鳴海(長澤まさみ)から「愛」の概念を受け取ったことで、真治は地球に残って人間と共存していくことになり、宇宙人は地球侵略をやめることになる。宇宙人という異物が、「愛」と結合することによって無害化されたのだ。あるいはまた、『夜明け告げるルーのうた』において人魚と人間の対立を解き、水没しかけた日無町を救ったのも、人間カイと人魚ルーの「愛」であった。ここでも、人魚という異物が「愛」と結合することによって無害化されている。

2010年代、宇宙人や人魚といった異物が観客を変化させることはない。不変の「魂」と不変の「愛」を求める観客は変化せず、「触媒」となって、異物と「愛」を結合させ、異物を無害化してゆくのだ。

 

 


[1] 日本経済新聞2017年12月3日朝刊2面

[2] クラウドワーカーとは、不特定多数の発注者と受注者を募りネット上で仲介するサービス「クラウドソーシング」を用いて仕事をしている人のことをいう。(コトバンクより)

[3] VALUとは、個人が自分自身の価値を発行して市場で取引を行うシステムである。VALUへ登録すると、ツイッターやフェイスブックでの活動やフォロワー数などの評価から時価総額が決まり、VALU発行者は時価総額に応じて発行するVALU数を決めると、売り出し価格が決まる。(本田雅一「『VALU』の個人価値売買が熱視線を浴びる本質」『東洋経済ONLINE』2017年8月21日を参照)

[4] 藤嶋昭『第一人者が明かす 光触媒のすべて』(ダイヤモンド社、2017年)、田中庸裕・山下弘巳/編著『触媒科学 基礎から応用まで』(講談社、2017年)を参照。

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