印刷

生きている〈死者〉と

 

 保坂和志が初期から一貫して追究してきたテーマのひとつに、〈私〉と〈他者〉は如何につながるのかということがある。保坂が描く或いは論じる〈私〉や〈他者〉は、「視線」と「生死」によって特徴付けられる。「見る/見られる」〈私〉と「生きている/死んでいる」〈私〉、「見える/見えない」〈他者〉と「生きている/死んでいる」〈他者〉--保坂は、これらの〈私〉と〈他者〉の組み合わせを変容させて、〈私〉と〈他者〉との接続可能性を探求していく。ひと先ず〈他者〉だけを取り上げてみても、そこには4通りの組み合わせが存在する。「見える・生きている」〈他者〉と「見えない・死んでいる」〈他者〉、「見えない・生きている」〈他者〉と「見える・死んでいる」〈他者〉--前者の2つであれば当り前だが、後者の2つとなるとどうだろう。〈私〉は得体の知れないものとの遭遇を予感し、それらとの接続可能性に身構えようとするだろう。

 

一. 見えない・生きている〈他者〉

 たとえばいつもの歩き慣れた道で、ある日突然、住宅と住宅の間に人ひとり通るのがやっとの細い通路があることに気づき、その奥にこぢんまりとした和食屋を発見する。しょっちゅう歩く道なのに全く気づかなかったなあと、そういうことはきっと誰にでもある。その和食屋はずっと前からそこにあったのだが、それが見えていない間は、その人にとってそれは存在しない。見えてはじめて、存在するようになるのだ。
 保坂和志の初期の作品『プレーンソング』(1990)と『草の上の朝食』(1993)では、見えてはじめて存在するものたちに注意が向けられている。主人公のぼくはゆみ子に、「あなたに猫が見え出してはじめて、猫にもあなたが存在するようになっただけだから。やっと、あなたは存在をはじめたばかりなのよ」と言われるし、四六時中ビデオカメラを回しているゴンタは、「街の様子を写真に撮ってみたら自分がそのとき写そうとしたものより、そのときには気がついてなかったものの方におもしろいと思うのが写ってい」ることがあるという理屈で、敢えて動作や発話の中心を外してカメラを向けている。
 見えてはじめて存在するようになるということにひとたび意識的になれば、次は自ずと、見えていないが存在しているものへと意識が向かう。『猫に時間の流れる』(1994)では、主人公らの住む大原ハイツに出入りする野良猫クロシロを巡って、「ぼくたちの見ないところで生きている」のか「死んでいる」のかという会話や思考が、度々展開される。
 このように保坂作品には、はじめに「見えない・生きている」〈他者〉が登場した。

 

二.見える・死んでいる〈他者〉

「見えない・生きている」〈他者〉が登場すると、それに相対する存在として、「見える・死んでいる」〈他者〉も登場する。『季節の記憶』(1996)では、蛯乃木から送られてきたビデオを観る中野が、映像に映る人々を「見える・死んでいる」〈他者〉として捉える思考を展開する。「たとえばあと百年してここに映っているみんながいなくなったあとに、ここに映っている人間の誰一人とも関係のない誰かがこのビデオを見ることがあったとしたら、[……] ここに映っている一人一人が独特の存在感を持ってこれを見る人の記憶にとどまることになるのではないか」と中野は考える。映像に映る人々は、まさに「見える・死んでいる」〈他者〉となる。
 或いは「写真の中の猫」(1997)では、ぼくが赤ん坊の頃の写真に写っている全く記憶にない飼い猫のことや、百年前の日本を映したシネマトグラフと呼ばれる最初期の映画に映っていた犬について言及し、「自分が生まれるよりずっと前に生きていた犬や猫」を「見える・死んでいる」〈他者〉として認識している。
 以上のように保坂は、「見えない・生きている」〈他者〉と「見える・死んでいる」〈他者〉という2つの当たり前ではない〈他者〉を、初期の作品に呼び込んだのである。

 

三.生きている〈他者〉と〈私〉の接続

「見えない・生きている」〈他者〉と「見える・死んでいる」〈他者〉を呼び込んだのち、『残響』(1997)において保坂は、「見る/見られる・生きている」〈私〉の検討に向かう。二階の喫茶店の窓際の席から、野瀬俊夫は、電線にとまるカラスとゴルフ練習場でクラブを振り回す老人の姿を見ている。このとき、カラスも老人も自分が俊夫に見られているとは露知らず、俊夫とカラス・老人との間には一方的な「見る-見られる」の関係が成立している。この場合、「見る」というのは「見られる」ことよりも支配的な行為であるように思われる。しかし、一方的な「見る」という行為は、「見られる」対象があってはじめて生まれるものであり、その意味で、「見られる」ことは「見る」ことの上位にくるのではないか。俊夫はそのように考える。
 その上で俊夫は、「『ゴルフ練習場の痩せた老人』と『電線でそれを見るカラス』と『老人とカラスを見ている自分』という三者が同じ一つのフレームにおさまっているビデオの映像」について考える。再生されるビデオの中では、俊夫もカラスも老人も等しく見られる存在となり、俊夫が老人についてあれこれと勝手に想像を巡らせたように、そのビデオを観る者は、俊夫たちの行動をあれこれと勝手に解釈するだろう。そして俊夫は思う。「『見る者』でなく『見られる者』として、想定されたいくつもの可能性のうちの一つになることを引き受けることの方が、この世界の要請していることにちかい」のではないか、と。
 通常の「見る-見られる」という関係のもとでは、「生きている」〈私〉と「生きている」〈他者〉の間に接続可能性は生まれない。なぜなら、「見る」〈私〉の視線は一方的で、「見られる」〈他者〉には見られているという認識がないからだ。しかし、「見る-見られる」という視線の支配関係を逆転させ、「見られる」〈他者〉が〈私〉の「見る」を誘発しているのだと考えることで、また〈私〉が「見られる」者として「解釈される」ことを引き受けることで、「生きている」〈私〉は「生きている」〈他者〉とつながることができるようになる。

 

四.死んでいる〈他者〉と〈私〉の接続

「生きている」〈私〉と「生きている」〈他者〉は、このようにしてつながることができるが、では、「生きている」〈私〉と「死んでいる」〈他者〉はどうだろうか。「あたかも第三者として見るような」(1998)では、「死んでいる」〈他者〉と接続することの難しさが訴えられている。たとえば、「死んでいる」〈他者〉を「生きている」〈私〉が記憶しているというような、記憶を媒介にする方法では、「生きている」〈私〉と「死んでいる」〈他者〉がつながることはないと言う。なぜなら、記憶には「あくまでも生きている側からの視点しかなくて、あたかも第三者として見るような、生きている自分と死んだ犬を同等に相対化する視点」がないからだ。
「生きている」〈私〉が「死んでいる」〈他者〉とつながるのは難しいというのであれば、では、〈私〉の「死」を想定したらどうであろう。「死んでいる」〈私〉を思考することができれば、「死んでいる」〈他者〉とつながることも可能なのではないか。しかし、その可能性はあっけなく否定される。「死という無」(1998)において保坂は、「人は『死』の寸前までは考えることができるけれど『死』それ自体について考えることはできない」からだと言う。小説は「死」を題材にし、「死」について思考することはできるけれど、それはあくまで〈他者〉の死であって、〈私〉の死ではない。〈私〉の死を扱うかぎり、「死」の瞬間はやって来ない。或いは〈私〉の死として「死」を受け入れたときには、もはやそれが語られることはない。
 こうして見ると、「死んでいる」〈他者〉は、「生きている」〈私〉とも「死んでいる」〈私〉とも接続不可能であるように思われる。

 

五.記憶と知覚のトレードオフ

〈私〉の死は原理的に語ることが不可能であるゆえ、「死んでいる」〈他者〉との接続可能性は、やはり「生きている」〈私〉の中に探るほかなさそうである。しかし、「生きている」〈私〉と「死んでいる」〈他者〉を接続する媒介として唯一可能性がありそうな「記憶」は、「生きている」〈私〉に占有されたものであるために、そうはなり得ない。そこで保坂は、『明け方の猫』(2001)において、「記憶」に代わる可能性を追求する。
 保坂はまず、記憶が人間に特有のものであることに着目する。人間は、記憶という巨大な過去の保存機能を獲得した代わりに、その代償として、現在における知覚の緻密さを失った。では、記憶という保存機能をもたないたとえば猫は、代わりに何を得ているのか。それは、並外れた知覚である。猫は、現在において外界から受け取っている情報量が人間よりもはるかに多い。そのような猫にとって、「世界そのものは人間よりもずっと濃密」である。「人間は世界から取っている情報が少ないために自分の中にあるものの方が周囲よりも濃密だと考えがち」だが、「猫にとっては自分の中にあるものよりも外にあるものの方がずっと多」いために、「自分が生きて存在していることよりも世界があることの方が確かなの」だと言う。『明け方の猫』(2001)の主人公は、このような並外れた知覚を獲得するために、夢の中で猫になったのである。
 言語や視覚に頼らない猫の知覚を手に入れたことによって、〈私〉は何が可能になったのか。それは、次作の『カンバセイション・ピース』(2003)で示されるところであるが、〈私〉は生きながらにして「死んでいる」〈他者〉に接触する手段を獲得したのである。人間とは異なる知覚をもつ猫は、そこにかつて住んでいた猫や人の匂いを感知することができる。匂いが残っているかぎり、猫にとっては彼らの存在はなくならない。「もうすでにこの世界にいない伯母もうちの猫たちにとっては存在が消えきってはいない」のである。つまり、〈私〉が猫の知覚をもつことによって、「生きている」〈私〉は「生きている」〈死者〉とつながることができるようになったのである。

 

六.生きている〈私〉と生きている〈死者〉

 猫の知覚をもつことによって「生きている」〈死者〉との接続可能性を得た〈私〉は、『カンバセイション・ピース』(2003)において、もう一つ新たな「視線」を獲得する。それは、自分の目の位置を離れて、自分の姿を自分で見られるような視線である。『カンバセイション・ピース』の語り手は、人間はもともとこのような視線をもっているのではないかと言う。「映画だったら、私が鴨居を見上げた動作の次に、鴨居の位置に置いたカメラからそこを見ている私の顔が映されても唐突とは感じないことになっていて、そのように視点が飛んでも混乱を引き起こさずに理解していけるということは、人間にはもともと自分の目の位置から離れていろいろなところからいろいろな角度で物を見る機能が内蔵されている」のではないかと言うのだ。
〈私〉の視線が〈私〉の目の位置に固定されないのだとすれば、そしてそれがすべての〈私〉について言えるのだとすれば、「『私』という特定の主語がここからの眺めを見ているのではなくて、私でなくても誰でもいい誰かがここからの眺めを見るという、そういう動作の主語の位置に暫定的にいる」のが〈私〉だということになる。「私でない誰かが私の目を借りて見ているということ」が起こり得るのだ。このように〈私〉と〈他者〉は、『カンバセイション・ピース』において、視線を共有する関係へと深化した。
 さらに、〈私〉と〈他者〉は視線のみならず、言語をも共有しているのだということを『小説の自由』(2005)は述べている。「私は私が思い込んでいるほど固有な存在ではなく、私の中には常套句のような完結したフレーズや機械とほとんど同等の会話ソフトのようなものが組み込まれ渦巻いて」おり、「人間はすべて他人の言葉を操作することを『考える』と称している」のだと言う。〈私〉とは、「私に固有でないものが寄り集まって」できたものなのである。「私の内面は他者と同じ言語によってできているのだから、肉体の境界ほどに私の内面が他者の内面とはっきり区切られていると考える根拠」はなく、もはや「人間の内面は内側にあるわけではない」と言える。
「生きている」〈私〉と「生きている」〈死者〉は、このように視線と言語を共有することによって、双方向的につながる回路を開くことができたと言えるだろう。

 

七.生きている〈私〉=生きている〈死者〉

「生きている」〈私〉と「生きている」〈死者〉が視線と言語を共有してつながっているという認識は、『未明の闘争』(2013)において結実する。それは、冒頭の「私は一週間前に死んだ篠島が歩いていた」という一文に端的に表れる。
「生きている」〈私〉と「生きている」〈死者〉である篠島が、視線と言語を共有しているのであれば(実際に主人公の私は、篠島の葬儀の帰りに「篠島の目になって見ているような気持ちになった」と言及している)、これは、「私は」と「篠島が」という2つの主語が「歩いていた」という述語を共有している文として読めるだろう。
 ここまでくると、〈私〉と〈他者〉はもはやつながっているだけでなく、同一化していると言ってよい。〈私〉=〈他者〉という認識は、「こことよそ」(2017)での次のような一文にも現れている。「三人が先頭で三人の後ろには映画の仲間がパレードのようにつづいている、私はそのパレードの一員でもあり、先頭の三人の一員でもあり、[……] 先頭は内藤と長崎とコウ子さんと私の三人だ」。人物は私を含めて四人であるはずなのに「三人」と書かれている。なぜか。これはもう明らかなように、私=内藤であり、私=長崎であり、私=コウ子さんであるからだ。
私たちはこの世界で、保坂和志が生み出した、生死の境界を飛び越え視線と言語を共有する〈私〉=〈他者〉という得体の知れないものと、これから出遭っていくことになる。

文字数:5741

課題提出者一覧