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文章の慣性と外力

 

一、

 批評とはいったいなんなのか。それは、こちらが聞きたいことである。私はなぜ、この奇妙な病に侵されなければならなかったのか、なぜ来る日も来る日も文献をあさり、芸術を鑑賞し、憑りつかれたように文章を、それもこの批評という、なんの役に立つのかもわからない形式の文章を書き続けているのか、そしてなぜこの病的な営みの快楽から、もはや逃れ出ることができなくなってもいるのか。

 批評を定義せよ、というこの命題には、大きく2つのアプローチがある。一方で、「批評」と公認された多種多様な散文から帰納的にその定義を抽出すること。他方、ごく個人的な演繹で「批評」なるものの核心を提示すること。しかし後述するように、そのどちらも実践し、それらを自在に往復することこそがまさに批評なのだとすると、本論はまずこのような個人的な感傷と経験の吐露から始められなければならい。

 批評とはいったいなんなのか。それは、批評再生塾の門を敲くまさにその時、私が問うていたところのものでもある。これはいったいなんの役に立つのか、これを学んだ私はなにかを社会に還元し、人類の進歩と調和に寄与するのか、しかしそんな疑問を抱きながらもこの奇妙な形式の散文にこうも心を惹かれ、その方法論が私にとって革命的なものであるという漠然とした核心を、心のどこかで抱きはじめてもいるのはなぜなのか。

 本論はあの五月の晴れた日、『再起動する批評』というひとつの書物を手に取り、電気が走るようになにかを感じとった、そのなにかを言語化するためのごく個人的な試みであり、同時に批評のもつ可能性を、批評の外へと開き社会と接続する試みでもある。

 

二、

 「批評という病」[i]とは実によく言ったもので、東浩紀がこの言葉を使って指摘するのは具体的な「作品」の評価よりそれを支える思弁そのものに核心を見出す、辞書的な意味からは転倒してしまった価値基準のことなのだが、そもそも文学なり映画なり美術なり、なんであれその「作品」をありのまま楽しんでただ「楽しかったね」「つまらなかったね」と言うだけでは飽き足らず、そこに自らの言葉を重ねずにはいられない、という「作品」評価の営み自体が、すでにどこか病的なようでもある。しかし、かつてはほんの少数の精鋭のみが発症することを許されていたこの病、ほとんどの場合はひそかに感染しても顕在化しないうちにいつしか治癒していたはずのこの病も、今ではすっかり国民病である。この病が発症する場を仮に批評空間と呼ぶのであれば、20世紀には出版と同人誌以外に存在しなかったであろうその空間は、21世紀に入って爆発的に拡大した。個人のウェブサイトから、ブログ、SNSへと発展してきた典型的な言説空間は言うに及ばず、あらゆる商品・サービス・場所に対してネット上に備え付けられているレビュー欄もまた、あまねくひらかれた批評空間に他ならない。今日、万物はあらかじめ批評空間の中に置かれた「作品」であり、したがって万人が批評家としての高いポテンシャルを有している。

 一方で昨今、批評という営み自体に向けられる視線は信じがたいほど冷たい。たしか何年か前の「朝生」か「日本のジレンマ」ではなかったかと思うのだが、出演していた広告代理店の若者が彼の上司から受け継いだ「批評家になるな、手を動かせ」という行動理念を自慢げに披露し、同席した批評家一同が苦い顔をする、という一幕に肝をつぶしたことがある。かく言う彼も彼の上司も、会社から批評家的な想像力など別に期待されてはおらず、ただ手を動かす一兵卒として雇われていたというだけの話であろうが、そうは言ってもこのような批評への蔑視は所謂意識の高い人々を中心としてごく一般的に共有されているし、当の批評家は批評家で「批評は自慰でしかない」「自己満足の言葉遊びでしかない」[ii]などと、この目線を真正面から受け止めてしまうのも興味深い。

 しかし、批評が現在の地位まで失墜した理由は、ひとつには批評に向けられたこのような批評を無視してきたことにこそあるのではないか、という気もする。事態は柄谷行人が「現在の日本の言説空間は『外部』を持たない。いいかえれば《批評》が不在である」[iii]と指摘した1980年代から、あまり変わっていないのかもしれない。批評を定義することは、批評をその外部から批評することに等しい。したがってその一見不可能な試みは、批評に向けられたこの冷たい視線を受け止め、それに同化することによってはじめて起動する。

 

三、

 とはいえ、古典的批評空間で静かに発症した美しい病と、今日的批評空間でインフルエンザのように流行っては終息する、原理主義的に言えば批評もどきとでもいうべき雑多な病とのあいだには雲泥の差があるわけだが、「批評家になるな」という理念を掲げた先の若者が指すその「批評」とは、おそらくは後者のことであろう(などと、こんな風に言葉を重ねて批評を擁護してみるこの手つきもまた、批評という病に憑かれた者のそれなのかもしれない、という自省は頭の片隅においておく)。

 したがって、十把一絡げに「働かざる者・役立たず」の隠喩とされるこの病の定義の肝は、批評と批評もどきとを厳密に鑑別することにある。

 ここに記述するべきは、批評の性質でも特徴でも機能なく、定義である。その基準を満たすものはすべて批評であり、満たさぬものは批評と呼んではならない、という辞書的な意味での「定義」にあくまでも忠実であろうとしながら、他方、その多様な発症様式と表現型を網羅しようともすれば、その内容は畢竟、否定形を連ねた除外診断のごときものにならざるを得ない。事実、これまでになされた批評への否定形の言及をさらっていくだけで、たちどころに次のようなリストが出来上がるだろう。

批評とは;

(1) 科学・学問ではない(ファクトを積み上げることではない)。
(2) 小説・文学ではない(フィクションを語ることではない)。
(3) 感想文・エッセイではない(主体個人に帰属しない)。
(4) 紹介文・レビューではない(対象自体に帰属しない)。
(5) 合目的的な説明ではない(利用可能な要点が明示されていない)。
(6) 無目的的な記述ではない(伝達すべき要点を持たないわけではない)。

 いくらでも続けることができそうだが、ひとまずこのくらいにしておこう。つまり、批評とはいわば「どちらでもないもの」である。このように批評と一見類似する病態をすべて否定し、除外した上で残るものが批評、ということであり、これは言い換えれば世の中の分類不能な文章がゴミ箱診断的に投げ込まれる領域が批評、ということになるかもしれず、おそらくはその寄る辺なさ、得体の知れなさ、あるいは傍から見れば「なにができる/したいのか判然としない」という性質が、批評という病を役に立たなさの隠喩として成立せしめる所以である。

 一方で、柄谷行人が「ひとりの思想家について論じるということは、その作品について論じることである」[iv]と書いたところの、あるいは蓮實重彦が「思考をこの意図せざる宇宙誌的冒険へと駆り立てる愚鈍なるものの残酷な暴力を、いま、「作品」と名付けよう」[v]と書いたところの「作品」にも言及しておくならば、これについては

(0) 「作品」(書物、映画、音楽、思想、etc.)を対象とする。

と肯定系で付け加えておくことが十分に許されるだろう。

 しかし、一見あまりにも自明なこの項目こそ、もう少し慎重に検討せねばならない。今日、批評と批評もどきは、おそらくはこの一点を共有しているように見えるがために鑑別困難な病となっており、それと同時に、その対象である「作品」にはたして「駆り立て」られているか、言いかえれば対象を「作品」と呼ぶに足るそのポテンシャルは、文章の中でいかんなく発揮されているか、というこの問いこそが、両者を鑑別する特異点である。

 

四、

 たとえばAmazonや食べログ、Google mapに代表される今日的批評空間において、展開されるほとんどすべての文章は個人の感想文、あるいは紹介文に属し、そこで対象となるのはそれぞれ財・サービス、料理・飲食店、そして場所なのであるが、おそらくは単純な情報の授受において「駆り立て」られることなど読み手も書き手も求めていないがために、ここで「作品」はそのポテンシャルを眠らせたまま記述される(しかし、その書き手は時に訳知り顔で得意げでもある)。これは、批評もどきである。

 しかしあるとき、普段何気なく食べ「美味しかったね」「不味かったね」ですませていた料理もまた紛れもない「作品」であることに気がついてしまったならば、たちまち「作品」は書き手を病的な運動へと駆り立てる。これが、批評である。

 あらためてナポリタンについて考えてみたい。

昭和の洋食としてのナポリタンが復権して久しいが、歓迎するにせよ、批判するにせよ、ナポリタン・リヴァイヴァルをめぐる言説について、私は何か釈然としないものが胸にわだかまっており、それは何なのか、ずっと考えていた。

ひとはナポリタンの持つポテンシャルを捉え損ねているのではないか、あるいは、ナポリタンがもたらすはずの本当のサスペンスを理解し損ねているのではないか、という疑いが、頭から離れないのだ。

 映画評論家の三浦哲哉による『ナポリタンの理念とサスペンス』[vi]と題されたこの批評文は、ナポリタンについて論じながらもそれ自体がサスペンスフルに読まれることを狙って書かれたもので、それは上のようなナポリタンブームに対する、三浦のごく個人的な拘泥の告白から始められる。三浦はナポリタンが歩んできた歴史をたどり、その構成要素について丁寧に検証し、それが孕む価値を二転三転させつつ論じながら、普段なにげなく食べていたナポリタンに潜む予想だにしない「理念」―「酸味」、「旨味」、「外骨格」および「糖分」―を暴き出していく。締めくくりに掲載されるのはこれらの「理念」から演繹し、夢想された未だ見ぬナポリタン「ナポリの魚醤ナポリタン」のレシピである。

四、パスタが茹であがったら、湯を切って、フライパンに移す。すでに充分に濃縮されたミニトマトのソースと混ぜあわせながら、強火で加熱していく。(中略)麺の表面がところどころしっかりキャラメル化するように。とはいえ、あまりにもボソボソにならないように注意すること。理想的なのは、表面が部分的にカリッとしながら、ブカティーニの空洞の部分はまだしっとりとソースを貯えて湿っている状態。火を止め、コラトゥーラで浸していた玉葱とピーマンを混ぜ合わせる。完成。玉葱とピーマンにほとんど火を入れていないのは、部分的に焼き固められた麺の表面にまとわりつかせて、「外骨格性」を強調するため。

 三浦はトマトケチャップを、その起源において魚醤の「酸味」「旨味」と添加された「糖分」に分解し、ナポリにも存在する魚醤「コラトゥーラ」と糖度の高い「ミニトマト」の組み合わせによってそれを全く別の形で再構成してみせる。あるいは「糖分」でキャラメリゼされた麺の「外骨格」性を、中空構造の麺「ブカティーニ」を採用することによって最大化する。このようにして出来上がったナポリタンは、かつて誰も食べたことがないが、その「理念」の体現ぶりにおいていかなるナポリタンよりもナポリタンなのであった。

 一見ナポリタンそのものから離れていくかのような運動によって逆説的にナポリタンの「理念」に迫っていく、このなんとも奇妙な形式であるがゆえに批評としか呼びようのない散文は、明らかにナポリタンという「作品」に否応なく駆り立てられている。このようなものが成立する以上、我々は「作品」の定義に「料理」ないしは「食べ物」の項目を付け加えなくてはならない。いや料理のみならず、冒頭にも書いたように今日的批評空間では万物が「作品」としてのポテンシャルを有する。「作品」として読みとこうという精神さえあれば、そこに批評の運動が生起する。したがって先ほどの項目は、批評の恩恵を狭義の「作品」による独占から解放すべく、

(0) 広義の「作品」(書物、映画、音楽、思想、料理、商品、サービス、場所、事件、建築、病、その他なんでも…)に、駆り立てられて発症する病である。

という風に書き換えておくことにする。

 

五、

しかし『ナポリタンの理念とサスペンス』をさらに読み込むうちに、怪しくなってくるのはむしろその他の項目のほうである。

 三浦がナポリタンの歴史を概観しなければならなかったように、「作品」と対峙するにはその周辺のファクトの積み上げが少なからず必要であるし、その先に新たな思考の枠組みを提示する作業は学問的な論文のそれと変わらない。しかし、結果としてたどり着いた地点は、見紛うことなきフィクションなのである。三浦は注釈の最後で「フィクション的時空においてではあるが、」と前置きしながらも、「ベンヤミンが「多孔性」の概念を発見した場所がナポリであった」「ナポリ人はなんでもうまく作動する道具を嫌って全く新しく作り変えてしまう」という逸話を引いている。こうした逸話の中に「『ナポリタン』の『ナポリ性』の理由」を見出すことは、荒唐無稽だが不可能ではない。結果として本来ナポリタンとは全く無関係であったはずのナポリに、ナポリタンの母胎としての地位をゆるぎないものとする新たなフィクションが立ち上がる。

 優れた批評は、ファクトからフィクションを立ち上げることができる。のみならず、そのようにしてフィクションを立ち上げた運動そのものが、のちにファクトとして扱われもすることになる(まさにここで三浦のフィクションが論証の材料となっているように)。そのような奇妙な循環が許されているのは、おそらくは「どちらでもない」存在としての批評においてだけである。いや、もしかすると批評という病は、

(1)科学・学問である(徹底してファクトを積み上げることである)。
(2)小説・文学である(荒唐無稽なフィクションを語ることである)。

という二律背反の成立によって「どちらでもある」というほうが正しいのではなかろうか。

 その他についても「ある」と「ない」をひっくり返してみよう。『ナポリタンの理念とサスペンス』は冒頭からそれがごく個人的な感想に端を発することを隠さない一方で、「作品」へと読む者を向かわせる(なんだかナポリタンが食べたくなる)優れた紹介文でもある。あるいはレシピの掲載という形で、利用可能性・再現可能性を合目的的に担保したりもする反面、本質は最終的に得られたレシピ=結論ではなくて、まさに読者がサスペンスを体験するというその一点にしかないのだ、という無目的的な意思に貫かれてもおり、結果として今日あらゆる文章に潜在している合目的的たらんとする慣性から、鮮やかに身を翻す、その身振りこそがまさにサスペンスフルでもある。つまり、こういうことになる。

(3) 感想文・エッセイである(主体個人の逡巡に貫かれている)。
(4) 紹介文・レビューである(対象自体の理念を翻訳している)。
(5) 合目的的な説明である(要点を利用可能な形で抽出可能である)。
(6) 無目的的な記述である(要点を抽出し利用することに価値がない)。

 

六、

 思い返せば蓮實重彦の映画・文芸批評も、その二律背反を華麗に往復する「どちらでもあるもの」だった。「作品」に映るもの/書かれたことそれ自体をあくまで客観的に、正確に描写し紹介しながらも、結果として「作品」の上にまったく新たなフィクションを立ち上げてもいた。その端緒はごく個人的な情動と価値判断にあり、その目的は観客を煽動することにあったが、しかしその目的とは全く別の次元で、批評を読むことそれ自体の快楽とサスペンスが志向されてもいた。

 そしてこうした二律背反は、同時代の批評家である柄谷行人が欧米の思想を「退屈」かそうでないかというごく個人的な価値基準で判断し、紹介しながら考え続ける『探究』シリーズの結論のなさにも見出すことができるし、あるいは日本の批評がこのような姿をとることになったその始原、小林秀雄まで遡っても変わらない。小林の批評の集大成『本居宣長』の冒頭において語られるのは、宣長の『古事記伝』に対する違和感と、それがうまく言語化できないもどかしさ、つまりいずれもごく個人的な感慨である。そんな逡巡を抱えたまま訪れた宣長の独創的な墓は、まさしく彼の遺言状通りに作られたものであった、というまるでエッセイのような筆致によって起動する長大な論考は、最終段落で次のように身も蓋もなく締めくくられている。

もう、終わりにしたい。結論に達したからではない。私は、宣長諭を、彼の遺言書から始めたが、このように書いてくると、また、其処へ戻る他ないという思いが頻りだからだ。

 その過程で膨大なファクトとフィクションを産み落としておきながら、結論に達したい、というあらゆる文章が内在する欲望の慣性を、鮮やかに裏切って終わったことこそが、『本居宣長』を名著たらしめているのではないか、という気がする。

 

七、

 文章に潜在する慣性から身をかわし、どこにも分類されないことによって如何様にも語りうること。その自在の運動によって逆説的に「作品」へと肉薄し、その運動自体を、鮮やかに読者の脳裏に焼き付けること。

 先の(1)~(6)は、そのように言い換えることもできるだろう。批評もどきと批評は、慣性に従うか、そうでないかによって鑑別される。今日的批評空間で忌むべき病として発症した批評もどきは、みな(1)~(6)のいずれかへと向かう慣性のなかに中途半端にからめとられ、結果として「どちらでもない」ことによって「役立たず」のそしりを免れ得ない。慣性にあらがい動き続けることは、実は容易ではない。その困難な運動を達成したものだけが、批評もどきと鑑別される批評である。

 一方で今日、本来は批評たりえたはずの文章もまた、批評と批評もどきを混同し「役立たず」と括って排除しようとする時代の強力な磁場にさらされ、政治的態度決定や社会運動、あるいはわかりやすい人生論という大きな目的性の中に容易に収斂していくことも、我々はすでによく知っている。佐々木敦は2000年代の思想書の系統について「左翼」「賢者の教え」「東浩紀もの」の三分類を提案したが[vii]、前の二つが明確に「どちらかである」ことを欲望する慣性運動の中にあることは明らかだし、慣性運動とはまさに外力の働かないところでしか存続しえない運動であるからして、これらの言説は他の言説から与えられる外力を排除した、ある種の閉鎖系で展開されることを避けられない。

 しかし思い起こせば、かつて日本でニューアカデミズムという名のもとに展開されていたのは、「わかりたいあなたのための~」シリーズを筆頭として包み隠さずに吐露されている合目的性への欲求と、そこへと向かっていく思想の慣性運動なのであった。そういう意味でも「現在の日本の言説空間は『外部』を持たない。いいかえれば《批評》が不在である」という柄谷の言葉は今日ふたたび妥当なものとなっている。ここで「外部」を「外力」と読み替えてみれば、硬直化した退屈な直線運動として展開される、日本の思想の限界が見えてくる。我々は批評の診断基準に、この外力への言及も含めたほうがいいのかもしれない。

 

八、

 とはいえ批評とは、つまり「慣性」に抗い「外力」に揺蕩うことが、いったい何の役に立つのか?

 この期に及んで、このように問い直すことはナンセンスだろうか。

 たしかに、批評の存在意義が問われる一方で、詩や小説の存在意義が問われることは決してない。文学において役に立つか立たないかが問題とならないように、批評が役に立つかどうかも本来問題ではない。その存在意義は優れた批評が「どちらでもある」ことによって有するサスペンス、つまり文章として読まれる体験そのものに担保されている。しかし、我々はここであくまでも批評をその外部から批評しなければならない。等しく役に立たない両者の片方が存在意義を問われ、もう片方が問われないのだとしたら、それはただ単に社会的需要の問題である。

 したがって批評の再生という命題は、その中に需要の回復という問題を含んでいる。東浩紀は批評の観客を育てる、という点をその解法に挙げており、それが奏功していること自体は疑いようもないのだが、それはロジックとしては需要の回復のために客を増やす、というある種のトートロジーでもある。その天井を突き抜けるために、外部性の獲得、「役立たず」との誰の眼にも明らかな鑑別は、必須の作業であるように思われる。では、どうすればよいか? つまり、批評にはなにができるか? 批評にしかできないことはなにか?

 もはや「もう、終わりにしたい」という新たに生じた慣性のなかにまどろみつつもあるこの文章に鞭を打ち、ナポリタンの「理念」から未だ見ぬナポリタンのレシピにたどり着いた三浦のように、批評の定義から生み出される新たな批評の可能性を示してみたい。

 

九、

【批評の定義】

批評とは、以下の三項目を同時に満たし、体現する散文を指す。

(1) 広義の「作品」(書物、映画、音楽、思想、料理、商品、サービス、場所、事件、建築、病、その他なんでも…)に、駆り立てられて発症すること。

(2) 文章に潜在する慣性からは身をかわし、一方では外力の作用に直撃されもし、どこにも分類されないことによって如何様にも語りうること。

(3) その自在の運動によって逆説的に「作品」へと肉薄し、その運動自体を、鮮やかに読者の脳裏に焼き付けること。

 

【新しいレシピ】

 批評で参照されるファクトが、多くの場合「作品」そのものが持つ客観的な特性か、人文科学的な知のいずれかにとどまっていることは、批評の可能性を狭めているかもしれない。たとえば「作品」が実際に観客の中に生み出した運動のほうを、客観的に記述してみるという自然科学的なアプローチから開始するのはどうか。

 筆者にとってごく卑近な例を挙げれば、大流行した位置情報ARゲーム『ポケモンGO』(2016)のユーザーに突如生じた生活変容と糖尿病の改善は、『ポケモンGO』ではなく患者ひとりひとりに属するナラティブであり、『ポケモンGO』そのものをいくら詳細に記述しても言及することはできないが、ナラティブの集積によって『ポケモンGO』と社会に肉薄することができる。このように実際の症例を端緒として思弁全体をつらぬく意味を形成することに成功した例として、國分功一郎『中動態の世界』(2017)がある。

 一方で、このようなファクト=観客の運動を集積することによって普遍性を高め、社会に接続するという、所謂エビデンスへの慣性からは身を翻しておく。というか、『ポケモンGOブームの治療効果をさかのぼってエビデンス化することは、科学的にはほとんど不可能な試みだし、再現不可能なので全く意味がない。他方、『ポケモンGO』という「作品」そのものがどのような運動を生み出したかを記録し記述することは、科学にとっても有用である。

 この試みがいわゆる観察研究や一例報告とも異なるのは、このようにして個人のナラティブと社会とを接続する理路は、常にフィクション的時空において行われるからである。ゲームのナラティブと病のナラティブを重ねあわせることは、おそらくは客観的な記述の範囲を逸脱する。しかし、その重ねあわせがいかに荒唐無稽であっても、そこで生み出されたファクトではなくそれ自体のサスペンスに意味があるのだ、という無目的的な意思を貫くことによって、その試みに向けられる「役立たず」という非難は免れつつ、起こったことの記録を残すという本懐を遂げることができる。

 

***

[i] 東浩紀「批評という病」『ゲンロン4』(2017)

[ii] 東浩紀「はじめに」『再起動する批評』(2017)

[iii] 柄谷行人『批評とポスト・モダン』(1984)

[iv] 柄谷行人『マルクス その可能性の中心』(1978)

[v] 蓮實重彦「「怪物」の主題による変奏――ジル・ドゥルーズ『差異と反復』を読む」『フーコー・ドゥルーズ・デリダ』(1978)

[vi] 三浦哲哉「ナポリタンの理念とサスペンス」『再起動する批評』(2017)

[vii] 佐々木敦『ニッポンの思想』(2009)

文字数:9917

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