印刷

ドグマから解剖をへて幻覚へ ―ポスト表層批評論序説―

一、

 手塚治虫の『ブラックジャック』に、暗闇の手術室で開腹手術をする話がある[i]。患者の腹を開けてしまった矢先、病院がテロリストにのっとられる。テロリストはその後ガス爆発を起こし病院は停電、もちろん手術室も真っ暗になるのだが、患者の腹腔内をじっと凝視し解剖学的な位置関係を完全に記憶していたブラックジャックは、そのまま手術を完遂したのである。

 

 蓮實重彦は一度見たきりの映画であっても、その表層を細部まで記憶して批評していた…という話をみるたびに、いつも、この暗闇の手術を思い出す。暗闇のブラックジャックにはなにも「見」えてはいなかったはずであるように、批評を書き起こすまさにその瞬間の蓮實はすでに観客ではない。かつて劇場で見たものを、今見ているかのように思い起こして書く、というこの芸当は、映画に対する観客性と批評性が実はそもそも微妙なズレを孕んでいることを意味している。

 もちろん、手術室に電気さえ戻れば手術ができる外科医はいくらでもいる。ビデオの登場とともに、蓮實の芸当はある種のコモディティとなった。とはいえ今日においても我々は、ビデオを目の前に再生しながら批評を書くのでは必ずしもない。「観客性」なるものを考えるとき、批評を紡ぐ瞬間の我々はいったいなにを見ているのか、という点は考察に値する。

 

 ここで我々は、「見る」だとか「観客」だとか、無自覚に言葉を並べていることを一度反省せねばならないのだが、日本語では「みる」といえば見る、視る、観る、診る、看ると5つの漢字をあてがうことができ、それらは視覚的に情報を得る、という意味の核を共有しながらも、それぞれがみているのは間違いなく別のものなのである。見ている人と観ている人と診ている人は、同じ対象物をそれぞれ別のレイヤーにおいて知覚する。したがって「観客」とは、文字通り理解すれば映画なら映画の、すくなくとも5層の視覚情報のうちの1層「観る」を主として経験する主体であり、蓮實の指摘にならうならばそのレイヤーとはまさに映画の「表層」[ii]のことである、と仮定してもよい。一方、「診る」が主にみているのは対象の持つ解釈と介入の可能なポイントであり、したがって「表層」に現れているものがみえなかったり、逆にみる者にとっての重要な要素はことさらに強調されてみえたりする。

 他方、観客性:spectatorshipといったときのspectatorとは「観る」人というよりはむしろ「見物人」などと訳される名詞で、この主体には上で想定した表層を観る主体よりももう少し、関係のないものまでみえてしまったり、必要なものがみえてなかったりするように思われる。面白いのはspectatorが複数形を取りうるのに対し、総体としての聴衆・観衆を指し示す語にはaudienceという常に単数扱いの名詞があることで、つまり観客性がaudienceshipではなくあくまでもspectatorshipなのだとしたら、それは仮に全員が同じものを「観て」いたとしても集団ではなく個人に帰属するものと理解すべきであり、そこに「観て」いる個人と「見て」いる個人が混在しているのだとしたらなおのこと、観客性とはそもそも同床異夢的な多層性を孕むものでしかありえない。これは土井伸彰がアニメーションの変遷を例にして指摘するような時代の問題[iii]ではなく、原義的にそうだということになる。

 

 ところで、『狂覗』という映画をご存じだろうか。

 劇作家の宮沢章夫が1998年に書いた戯曲『14歳の国』を原案として、舞台の初演から19年もの時を経て2017年に映画化されたものである。内容の過激さのあまりどの映画会社にも制作を断られ、予算がないあまり20年前の撮影機材を使って撮られたという本作は、7月にアップリンク渋谷でひっそりと公開されたのち、収容100席前後の小劇場をいくつかめぐって、12月には神戸で最終公開を終えることになっている。

 狂覗と書いて「きょうし」と読む。生徒が体育の授業でいない間に、教室に忍び込んで「生体解剖」と称した手荷物検査を行う5人の「教師」の密室劇である。生徒のいない教室になんとか生徒をみいだそうとする彼等には、次第にみえないはずのものまでみえてくる。この営みが「狂視」ではなく「狂覗」、というところがいい。

 2017年の観客性を言い当てたのは、多くの観客によって批評されたアニメ映画や怪獣映画ではなく、「みる」に6番目のレイヤーを重ねながらもそれ自体はあまり多くの人には観られなかったであろう、この『狂覗』であるような気がする。この論理的アクロバシーの礎に、以下「覗る」と書いて「みる」と読むものとする。

 

二、

 谷野先生は、1年前に自分の生徒が屋上から飛び降りて以来精神を病んでしまい、殴られ屋をしながら廃人同様の生活を送っている。そこへ現れたかつての恩師、森先生に半ば引きずられるようにして、谷野先生は森先生がを生活主任務める豊玉第三中学校にて復職することになる。折しもこの学校では、生徒の盗撮画像をネットに上げていた変態教師が、おそらくは生徒たちの手によってリンチされ、休職に追い込まれたところだった。谷野先生に与えられた役割は、その変態教師のあとの中2クラスを引き継ぐこと、ならびに、この学校でいったいなにが起こっているのかを知るための「生体解剖」に参加することだった。

 5人の教師が生徒の机とカバンを診てまわる。思わぬものが、というか一周回って予想通りともいうべきものが入っている。むき出しの薬の錠剤、SMグッズ、大量のボンドと画鋲と髪の毛のついたカッターナイフ、ノートに書かれた「14歳に未たざる者の行為は、これを罰せず」[iv]の文字。それらを知った後で、もういちど教室全体を診てみると、入ってきたときには見えていなかったものがひとつずつ見えてくる。切り刻まれ壁に貼り付けられた女子生徒の制服、体操着がちぎれて貼りついているボンドまみれの椅子、ひとつ足りない机…。はじめは「このクラスにいじめなんてありません」と憤慨していた担任も、ひとつひとつの所見をつなげて、そこにいじめの存在を覗るに至る。ただし、この教室に生身の生徒は登場しないので、事実確認はなされない。答え合わせのないまま、いじめの全貌に関する一つの仮説が宙に浮いたまま、映画は突如悲劇的なやりかたで幕を閉じる。

 

 実際のところ、この驚きと、わからなさこそが解剖である。

 解剖学の祖アンドレアス・ヴェサリウスは、おそらくは人類史上はじめて、きちんと人体を観た医学者だった。彼の時代にはアリストテレスが書き残した「男性は女性よりも歯の数が多い」という数えればすぐにわかるような誤りが、いまだ正されずに信じられていた。ヴェサリウスは人体を自分の手で解剖し、自分の目で観察するうちに、伝承されてきた解剖学が誤りだらけのドグマであったことに気がつく。彼の観察の集大成である『ファブリカ』(1543)は、古代ギリシャから更新されていなかった人体構造の理解をゆさぶり、信心深い当時の医学界から痛烈な批判を浴びた。しかし対象をつぶさに観察する彼の方法論のほうが、その後の科学のスタンダードとなったことは言うまでもない。

 ドグマを捨てて人体そのものを観察せよ、というヴェサリウスの指摘に、どうしてもかの批評家の姿を重ねずにはいられない。物語から離れて画面を観よ、と説いた蓮實である。

 この類似性において蓮實重彦を理解することで、我々は2つの示唆を得る。1つは表層批評という斬新な方法論が、後方視的にみれば当然いつかは出てくるべきものであったという歴史的蓋然性について。そしてもう1つは、もしも今日その方法論が限界を迎えているのだとしたら、その先にある新しい観客性のありかたは、映画史よりも400年ほど先を走っていることになる科学史のなかで既に示されているのではないか、という仮説である。

 解剖学以降の科学がやってきたのは、対象物の解像度を上げつづけることだった。顕微鏡を覗きこむことによって、肉眼では見えなかった細胞を視覚的にとらえることは、今日我々がビデオを一時停止して画面を凝視することとよく似ている。あるいは、普段は見られない生徒のカバンの中身を覗ることを通して、生徒全体を理解しようとすることと似ている。情報の解像度が上がれば、対象にかかわる新たな理解と仮説が生まれる。しかし、まさに『狂覗』が宙に浮いた仮説を提示して終わったように、そうやって肉眼で見えるものには限度がある。

 それでは、その後の科学で起こったことはなんであったか? そう、人間の視機能ではもはや見えないものを、疑似的に想像して覗ることである。血液中を流れるホルモンの挙動を、神経を伝う電流の波を、数値化して可視のものと錯覚することである。そのような幻覚的リアリティにおいて対象を理解することが、表層批評の先に目指すべき、観客と批評の方法論であるように思われる。

 

三、

 かつてあれだけ観ることにこだわっていた蓮實は、最近のインタビューの中で「見ることをめぐる『人間』的な条件に対してある程度居直ってしまってもよいのではないかと感じはじめている」と語っている[v]。画面に現れるすべてのものを観て記憶したつもりになっていたが実際はそうでもなかった、という、視機能の限界に対するある種当然の反省はまさに、ヴェサリウスの「私は一度や二度観察したくらいで自信をもって発言する習慣はない」[vi]という自省と同じことである。しかしそうだとすると、ヴェサリウスが観察してすらいないものについての発言を当然慎んだのと同じように、蓮實の指摘は映画鑑賞そのものの話を越えて、そのまま映画シーンにおける観た映画/観ていない映画の別にも適応すべきではなかろうか。

 蓮實やブラックジャックのように、観たもの全てを記憶する芸当がかろうじて可能であったとしても、映画/映像シーンの全てのものを観るのは今日いかなるシネフィル的根性をもってしてももはや不可能である。厳密にはかつてのシネフィルとて、全てを観ていたわけでは当然ないはずなのだが、「あの映画見てないの」的同調圧力、すなわちここまでは観ておくべきという領域のドグマ的な設定はそのまま、逆に「可視領域」とでも呼ぶべきものとして機能し、観るに値しないもの=観えないもの以外は全てつぶさに観ることができる、という系統的・網羅的観察の幻想を成立せしめた。しかし今日、この幻想すらも動画共有サイトの登場によって完全に瓦解している。

 誰もが投稿できるYoutubeの登場が製作者/観客の境界を融解させ、また映像一般に対する映画の特権性を弱めたことはもはや言うまでもないが、加えて重要なのは、単純に観客が観ることのできる映像作品が爆発的に増加したという事実である。にもかかわらずYoutubeの関連動画リストは、かつてのネットサーフィンのように我々が想像すらしたことのない動画へと我々を導くことはない。かくしてたこつぼの狭い口から覗くようにして観る我々には、不可視の領域が山ほどある。見たいものしか見ない(意思)のではなく、見たいもの以外は見えない(不可能)というほうが状況を正確に表している。

 我々は今日すでにこのたこつぼ的環境について十二分に自覚的であり、自分に見えていない映像の中にこそ面白いものがある可能性をなんの違和感もなく受け入れられる。しかし考えてみれば、「可視領域」などはなから幻想だったわけなのだ。小津安二郎が高く評価され市川崑が評価されなかった映画批評シーンこそが、映画評論家たちが長い間とらわれていた大きなたこつぼに他ならない。新しい世代の映画評論家である菊地成孔が蓮實との対談で「『大日本人』観ました?」と聞いたらうまくかわされてしまった、というエピソードがある[vii]が、このような問いがシネフィルの権化に対して気さくに発せられる状況は、まさに「可視領域」幻想の崩壊と観客の世代交代を端的に物語っている。

 そしてそうであるならば、我々は大ヒットした映画/当然押さえておくべき映画によって今日の観客性を語るのみならず、多くの批評家にとって不可視の領域にある映画を通じても、観客性を語ることを試みねばならない。『君の名は。』の日本での観客動員数は、たかだか1500万人程度である。これが偶然世界を表象しているという理路であればともかく、無数のたこつぼを飛び越えて世界にあまねく共有され、万人の想像力を受け止める器となった…などと言ってのけるのもまた、大きなたこつぼの中の幻想にすぎない。

 そういうわけで、我々はもう一度『狂覗』の観察に戻らなければならない。

 

四、

 『狂覗』が優れているのは、「見えているはずのものを教師が観ていなかった」ことを暴き出すスリラー的な展開のほかにもう一つある。そこにあるが見えないもの、のレイヤーのうえに重なる、そこにないのに見えてしまったもの、のレイヤーが、ときとして最も意味を持つという逆説に、圧倒的な視覚体験をもって迫っていくことである。

 谷野先生が教室に入っていくと、画面に映る視界の色調が変わる。教室は「14歳の国」であり、大人にとっては本来異界のごときものである。生徒とは違う色眼鏡をかけて教室の中を見る教師の、それぞれの視覚的レイヤーの上にもう2層、精神を病んだ谷野先生の幻覚のレイヤーと、生徒の違法薬物を誤って飲んでしまった森先生の幻覚のレイヤーが加わる。みえてくるのはそこにいないはずの生徒たち、死んだはずの女子生徒、靴の中から這い出てくるムカデ、そのなかで生徒と化して登場しなおす5人の教師たち…。たったひとつの教室内を写した映像はめまぐるしく色調を変え、誰がなにを見ているのか、本当はなにが見えているのか、わからなくなりながらも、その重なり合った視覚体験のなかでいじめをめぐるひとつのストーリーラインが確実に紡がれていく。

 すでに書いた通り、それが事実かどうかは結局わからないまま映画は終わる。しかしここで描かれる、見えていなかったものの発見と見えていないはずのものへの想像力が重なり合ってひとつの真実に到達する、という方法は、対象観察の営みの核心をついている。

 見えないものを覗ることによって、観えないものまで診ることができる。星と星のあいだを線でむすび、存在しないオリオンを、あるはずのない物語を幻視するように。物言わぬ解剖死体の臓器と筋肉が生き生きと働くさまを、微粒子と電流がそこを流れゆくさまを幻視するように。観察したものを理解するためには、時に想像力の飛躍を必要とする。つぶさに観ることで記憶された表層は、いったん対象から離れたあと記憶の中で変容し、本来の表層には必ずしも顕在化していなかった物語の幻覚を立ち上げる。この物語の妥当性を検証するためにもう一度対象の観察に立ち返ることはあっても、ひとたび出現したその幻覚は対象を理解するための物差しとしてそこにありつづける。そして多くの観察者により同床異夢のように折り重ねられた無数の幻覚が、あるとき対象の理解をまったく別の次元にまで推し進める。

 それが、科学ということであり、批評ということである(だからこそ、批評はひとりでやるものではないのである)。

 

 Youtubeの登場からさらに10年、もはや時代は、人からは見えないものが見えている、という幻視をデフォルトとした状態にすらなりつつある。2016年に大ヒットしたARゲーム「ポケモンGO」は、アプリがインストールされた端末を覗きこんだ者にのみ、路上にモンスターが跋扈するもうひとつの現実のレイヤーを見せる色眼鏡だった。近所の公園でいつものように犬の散歩をしていた主婦が、そこに立ちつくしモンスターを覗る人々をみて「不気味ですね」と語るニュースのインタビューは記憶に新しいし、あるいはVRの箱眼鏡を被って笑いながらゲームをプレイする者に対しても、我々は同様の不気味さを感じる。そうやって、自分には見えないものを観ている他者との遭遇は、今後もまちがいなく増えていく。しかし、それを不気味と言い捨ててしまうことは、市川崑を正当な映画史観から排除した蓮實の手つきと同じことのように思われる。

 我々はヴェサリウスとは違って、映画にたいしてあくまでも観「客」なのであるから、系統的・網羅的に観ることを誰からも要請されてはいない。見えないものは見えないままでいいし、観ていないものは観ていないままでいい。重要なのは、見えるもの(結果的に観ることができた範囲の映像)を観ることによって、見えない範囲(まだ観ていない膨大な映像群が表象する、社会そのもの)のことまで理解しようとしているという、その営みの不可能性に対する自覚である。たこつぼを乗り越える強大な作品を探すことではなく、自らがたこつぼの中からしか観られないという自覚である。その自覚は逆説的に、隣のたこつぼから覗る幻覚が自分の視界をも変容させうるのだという想像力の、土台となる寛容さに他ならない。

 

 まずは解剖すること。死体そのものを、映画の表層を、よく観察すること。

 そして、不可視の領域を想像すること。生き生きとした死体の、あるいはまだ見ぬ死体の、溌溂とした生命の営みを幻視すること。映画が社会に出て果たす機能と、それが意味する社会そのもののありかたを幻視すること。

 そのうえで、見えたものをうたがうこと。それは自分だけが小さな穴から覗きみている幻覚にすぎないという可能性について、十分に自覚的であること。しかし、その幻覚を、果敢に他者と共有してもいくこと。折り重なった幻覚が紡ぎ出す新たな映画の像を、そして無数の映像によってかたどられていく社会の像を、その片鱗において見届けようとすること。

 

 ドグマを捨てて解剖へ。20世紀になされた表層批評宣言はそういうことであった。

 解剖をへて幻覚へ。これが表層批評の先にある、21世紀の「みる」である。

 

***

 

[i] 手塚治虫『ブラックジャック』シリーズの「病院ジャック」

[ii] 蓮實重彦『表層批評宣言』(1976)

[iii] 土井伸彰『21世紀のアニメーションがわかる本』

[iv] 刑法第四十一条。『14歳の国』初演当時には神戸連続児童殺傷事件(1997)に関連して話題となっていた。

[v] 『ユリイカ 平成29年10月臨時増刊号』

[vi] アンドレアス・ヴェサリウス『シナ根の書簡』(1546)

[vii] 菊地成孔×モルモット吉田、“映画批評の今”を語る 「芸で楽しませてくれる映画評は少ない」

文字数:7566

課題提出者一覧