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〈移民〉文学論 −東京湾と橋渡りの想像力−

 

 

橋上の願いに耳をすませば

 

果たして、東京の文化とはどの地域を中心に生成されていくのだろう。想像のしやすいところで言えば、JR中央線沿いのサブカルチャーや、銀座など山の手の高級な文化生活がその例として挙げられるし、浅草や押上方面には、「下町」と呼ばれるいかにも東京的な歴史性を漂わせた場所も存在する。東京には、江戸時代から、高台にある山の手の文化に対して、低い高度に存在した町を指して「下町」と呼んできた歴史がある。

しかしながら、当時の区画整理の記憶を保った町だけが、はたして東京の「下町」なのだろうか。例えば、ニューヨークやボストン、トロントなどの海外の都市では、ダウンタウンと呼ばれる中心市街地の懐に、さらに新たな「下町」が生成され、それが例えばストリートの想像力を担保することで、都市の文化に大きな影響を及ぼしてきた。歴史から距離をとった「下町」は、ハドソン川、チャールズ川、オンタリオ湖など、都市部と水辺の間でしばしば発展している。

ならば、東京においても、そのような新しい「下町」像の輪郭を、いまここで考え直すことができるだろう。東京は、いうまでもなく東京湾に面した水辺の都市である。そして、山の手と東京湾に挟まれた臨海地域は、年々開発され続けている。拡大する臨海地域に寄り添った文学的想像力を取り上げることで、江戸時代から連なる歴史性とは切り離された、オルタナティヴな東京の「下町」像に迫ることができるのではないだろうか。

1983年に東京ディズニーランドが開園し、2001年には千葉県の袖ケ浦市に東京ドイツ村がオープンした。東京国際空港とも名付けられた羽田空港は、多摩川を挟んですぐ隣の神奈川県川崎市に住む人の方が、都心の住人よりもずっとその存在を身近に感じるかもしれない。東京湾を形成する千葉県や神奈川県により近接したこれらの場所や風景を、仮に〈擬・東京〉と名付けるならば、それはダウンタウンと水辺の間に存在する、東京のもうひとつの「下町」像にも重なっていく。新たな「下町」が生成する場をまず初めに考えるならば、それは、千葉や神奈川に存在する〈擬・東京〉的な場所と臨海開発地域を合わせた、東京湾沿いの文化水域なのである。

そして、東京湾沿いで生成される文化は、かねてから備え持つ特徴的な想像力を、2020年以降の東京の未来に向けても照射していく。鍵になるのは、移民の存在である。日本にやってくる外国人だけでなく、日本から海外へ移住してしまう日本人の存在を〈移民〉という括りの中に組み込むことで、1990年代の歴史と2010年代の社会状況が隣接し、そこから2020年代に向けた未来的な思考が深められる。

順を追って説明していくが、まずは年代を追いながら、東京湾沿いで生まれた作品について、その表現の変遷を見ていこう。現在に連なる東京湾の文学的想像力が芽生え始めたのは、東京湾岸の地域が新しく開発され、その環境が新たな生活の舞台として作品に描かれ始めた1980年代のことである。

 

1986年夏に放送されたテレビドラマ『男女7人夏物語』。このドラマの登場人物は、30代及び20代後半の仕事を持った独身者たちだ。舞台となったのは、隅田川にかかる清洲橋周辺であり、東京湾岸の埋立地が広がるエリアの、河口から2キロほど上流に遡った場所が描かれる。つまり、ここは湾岸でもあり河岸、「リバーサイド」だ。ライターの速水健朗によれば、水辺での生活が何気なく描かれるこの物語こそ、当時の最新型の東京のライフスタイルだった。川にかかった橋を渡ることが演出の重要な位置で存在感を発揮し、物語は川の周りで展開されていく。

主人公の良介とヒロインの桃子がしばしば会話を繰り広げる桜橋近辺は、河畔が遊歩道として整備された地域である。桜橋は、河畔整備工事が始まった1985年に完成した。隅田川河畔の大規模整備を皮切りに、東京のウォーターフロント地域は急速に姿を変えていくのだが、物語はまさにその変化を捉えている。

そこで行われるウォーターフロント政策とは、水辺を新たに都市の機能として見直す都市計画のことで、当時の世界的な潮流でもあった。コンテナ流通の拡大などによって、コンビナートや倉庫街などの港湾施設の機能が、港付近から郊外へと移転し、臨海地域を「商業空間」に置き換えていったのだ。

「この当時は、バブル経済に円高といった経済状況のなかで、日本人の消費傾向が大きく変化していった時代である。」と速水が『東京β』の中で述べているように、『男女7人〜』に登場する若者たちは、臨海開発地域において、華やかで希望に恵まれた都市生活を楽しんでいた。良介と桃子も、川を挟んで別々のマンションに住んでいる。橋を渡ることは、商業空間に彩られたリバーサイドの物語において、恋人や明るい未来への近接を意味したのである。

 

しかしながら、東京の住人を浮かれさせたバブル景気は、決して長くは続かない。1991年のバブル崩壊以降、日本は長く歯止めの効かない不景気に突入し、人々の暮らしにも暗い影が宿っていく。例えば、当時売れていた本の特徴からも時代の雰囲気が想像できる。1993年には、様々な自殺の方法を論じた鶴見清の『完全自殺マニュアル』が100万部を超えるベストセラーとなる。大きな社会現象ともなった同著の中でも、苦痛、インパクト、致死度の全ての項目において最大評価の5を与えられた死に方が、焼身自殺であった。そして、焼身自殺で黒焦げになった若者の死体は、同年に生まれた文学的想像力の中にも現れていく。

岡崎京子の漫画『リバーズ・エッジ』は、1993年から94年まで、雑誌「CUTIE」に連載された。それはバブルが崩壊した直後の物語であり、生きている実感がわかない若者たちの、むしろ「現実味の感じられない現実を生きているのかもしれないという無根拠な実感こそが、確固たる現実である」かのような生活が描かれている。

『リバーズ・エッジ』の世界は、1990年代以降の、消費社会そのものの足場が崩れ始めた「平坦な戦場」を舞台にする。物語の風景は、セイタカアワダチソウの生い茂った河原、河原に埋まった死体、ミートボールのようになるまで蹴り潰された子猫、石油化学工場の炎と煙、淀んだどぶ川の流れ、殺風景な団地などのディテールによって彩られた。特に、岡崎の描く湾岸の工場跡は具体的な川崎の風景を思い起こさせるものであり、磯部涼が『ルポ川崎』の中でその近似性を指摘しているだけでなく、2018年に公開された映画『リバーズ・エッジ』でも川崎の風景が映し出された。

ある日、主人公の女子高生、若宮ハルナは、彼氏の観音崎にいじめられている山田一郎を助けた。そのことをきっかけに、山田から自身が同性愛者であることが明かされ、山田の秘密の宝物でもある河原の死体を、ハルナは発見することになる。ハルナを囲む同級生たちは、家庭の問題や学校での人間関係などからそれぞれが問題を抱えている。セックス、摂食障害、引きこもり、ストーキングなどから導かれる、暗くじめじめした感情が濁流しながら、物語は展開されていく。ハルナの友人のルミちんが、自身の姉から刃物で切りつけられた後に観音崎の子供を流産し、山田を愛そうとして空回りする田嶋カンナが焼身自殺を遂げると、全ての喧騒の後で、ハルナは街を出ていくことになる。

物語の始めと終わりの両場面において印象的に描かれるのが、ハルナと山田の「橋渡り」のシーンだ。最初に2人が橋を渡るとき、山田はハルナに自身が同性愛者であることを告げ、ハルナも初めて山田と内容を伴った会話を持つ。物語の最後には、二人はまた同じ橋を渡り、山田が「ぼくは生きている若宮さんが好きだよ。本当だよ。若草さんがいなくなって本当にさみしい。」と告げると、ハルナは涙を流す。物語を通して劇的な事件にも淡白な応答を見せてきたハルナの心が、「今は苦しい。ただ苦しい。」と激しく動かされる瞬間である。

そして、この「橋渡り」の重要性をさらに高めているのは、ここでハルナと山田が「橋を渡りきらない」という事実である。実は、彼らはいつも橋を途中まで渡り、橋の中央で話すだけであって、橋を渡りきる様子は同作品では決して描かれない。『男女7人〜』では、橋を渡りきった先に恋人や希望が存在していた。対照的に、日本がバブル崩壊を経験し、若者の日常も不安に包まれた1990年代においては、橋の行く先には暗闇が生じている。

渡ることのできる橋の不在。だからこそ、ハルナは物語において、自身が象徴的に「橋」のような役割を帯びてゆく。本来なら決して交わることのない、まるで川を挟んで両岸に分離された登場人物たちは、ハルナによって結びつけられる。例えば、同性愛者の山田や、摂食障害を抱えながらモデル業で家族を養っている吉川こずえが、シニカルな目線を持ちながら日常を主体的に生き抜こうとする一方で、相対的にみてマジョリティの中に位置付けられる観音崎、ルミちん、カンナは自意識を守ることに執着するあまり、冷静に状況を見通すことができない。ハルナは、2つのグループを繋ぐ存在なのである。

橋の行く先が暗闇に包まれていて、橋を渡ることができない。単直に言えば、これが1990年代に描かれたリバーサイドの物語の結末だ。しかしながら、橋を渡りきることができないからこそ、物語を生きた若者たちは、橋の中央から「本能的に」未来を掴みかけている。

 

山田とハルナが橋の中央で語る言葉は、物語冒頭と終わりのシーンで共通している。未来への萌芽は、2つのベクトルを持って、彼らの会話の中に現れる。

 

(シーン1より)

ねえ 若草さん

ハイッ

海の匂いがしない? 何かさ かすかにさ 汽笛の音も聞こえない?

うん

(シーン14より)

ねえ 若草さん

海の匂いがしない? 何かさ かすかにさ 汽笛の音も聞こえない?
うん

ねえ若草さん UFO呼んでみようよ もう一回やってみようよ

 

山田とハルナは、橋の上で海の匂いを嗅ぎ、汽笛の音を聞く。彼らが海の気配を感じるとき、「東の海」からのぼる太陽光とともに、物語は幕を閉じる。

彼らの感覚は、結果的にまず、2000年代における東京湾文学の想像力を予兆した。東京湾の文学は、東京湾にかかる2つの橋の建設によって、2000年代以降、「リバーサイド」の想像力から「シーサイド」の想像力を豊かに育んでいくことになるのだ。川でなく東京湾に橋がかかれば、必然的にその大きさは増し、〈擬・東京〉の範囲も同時に押し広げられていく。何もなかった場所が〈擬・東京〉になり、「郊外」と指定された場所にさえも東京からの「誤配」がもたらされる。

そして、『リバーズ・エッジ』の帰結が導くのは、2000年代の未来だけではない。そこには、2010年代以降に活性化する文化的兆候との結びつきまでもが存在する。

シーン14において、山田が新しく付け足すのは、「ねえ若草さん UFO呼んでみようよ もう一回やってみようよ」という言葉である。UFOに関しては、物語でもう一度だけ2人が橋の上からUFOを呼ぶ場面があるのだが(シーン10)、漫画版では、結局最後までUFOの来訪は描かれない。

しかしながら、2018年の映画『リバーズ・エッジ』において、彼らがUFOの存在を意識するとき、物語世界に来訪するものとは何か。それは1997年に日本を去って外国へ移住し、再び日本の文化市場に帰ってきた小沢健二の音楽『アルペジオ(きっと魔法のトンネルの先)』である。山田とハルナがUFOを呼んでから20年以上の時を経て、帰国した一人のアーティストが、彼らに向け「魔法のトンネルの先」を提示する。ここに現れているのは、国外へ出た作家が、新たな想像力を携えて帰還し、過去の記憶に回答するため作品を再び創作するモデルである。一度日本を離れ、再帰した人物の表現に含まれるメッセージを〈移民〉的想像力と名付けるならば、それは2010年以降の世界で特に存在感を増すキー・タームになる。

2010年代には、東京湾の文学的想像力を支える〈橋〉がさらに巨大化し、「ホームカミング」の傾向を活性化する。羽田空港国際線ターミナルの完成とともに、インターネット環境を通してグローバル化が成熟した。世界の裏側と一瞬で連絡を取ることも可能となり、実際に海外へ行くための航空コストも大幅に下がった。グローバル・ブリッジ、つまり国際交流の架け橋となるリンクが飛躍的に充実したことは、留学やワーキングホリデーなどで一時的な海外移住を望む人々の急激な増加にも表れている。

少し脱線するが、留学生数の増減を時代ごとに辿ると、2010年代の日本人留学生増加の背景には、1990年代と類似した時代的原因が導き出される。2000年代を通して減少してきた留学生数の再増は、同じく留学が盛んな1990年代に話題となった「引きこもり」に関係するというのが本論の主張だ。21世紀の新しいデタッチメントの姿勢は、海外移住という行為に表象される。精神心理学の見地を参考にしつつ「引きこもり」と移民の関係から21世紀の文学的想像力の足場を形成していく作業は、別章にて本格的に引き継ぐことにしよう。

世界との間に大きな橋がかかった時、海外移住という21世紀型のデタッチメント、つまり積極的な「引きこもり」を過去に選択していた者たちが帰ってくる。川崎に生まれ育ち、東京で活動する最中で日本を出た小沢健二の行動は、当時を生きた他の若者と同じような、彼なりの「引きこもり」だった。「この線路を降りたら〜」と歌う1997年のラストシングル『ある光(JFK 8’16’’ Full Length)』もまた、JFKというニューヨークの空港名が表すように、小沢が〈橋〉の上から去り際に奏でたメロディなのである。そんな小沢が、2010年代になってから日本での音楽活動を本格的に再開し、親友の岡崎京子に向けて彼の言葉を作品経由で返したことは、新たな時代の文化を象徴する。

『リバーズ・エッジ』という作品が東京湾の文学的想像力を捉える上で必要不可欠なのは、1990年代の暗いムードや先の見えない若者の生活を「橋を渡りきらない」という表現を通して描き出しながら、同時に、21世紀的な新しい作品表象の仕方を予兆しているためである。橋の上から若者が感じ取った匂いは、そして彼らのUFOへの願いは、来るべき時代のリアルに触れていた。

 

東京という大都市のオルタナティヴな「下町」、東京湾沿いの文化水域は、1980年代から1990年代にかけて、時代の雰囲気を象徴するリバーサイドの物語を生み出した。21世紀に入ると、物語の舞台はシーサイドへより近接するとともに、〈移民〉的想像力が、東京湾周辺の街を背景にして存在感を強めていく。

そもそも、〈移民〉的想像力がなぜ東京湾に関係するかといえば、「私はメキシコ人になる覚悟でメキシコに渡ったのだった。メキシコ社会に身を委ね、成り行き次第では移民になってもいいと思っていた」と語る一人の作家が、小沢よりも一足早く帰国し、〈移民〉的想像力を川崎を舞台にして育んでいたからだ。

さあ、喧騒の2000年代の話を始めよう。

時代を用意する鍵となるのは、1993年のレインボーブリッジ開通、1997年の東京湾アクアライン開通、そして小説家星野智幸のメキシコへの移住である。

 

 

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