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アンデッド蓮實重彥の功罪 / ドラキュラ的、ゾンビ的

 

 

1 アンデッド蓮實重彥の功罪

 

蓮實重彥の映画批評における特徴として、テマティズムの活用が挙げられる。これは、映画であれば、色や形、動き、仕草、アクションといった記号を取り出して、それが一つの作品の中でどのように繋がっているか考察する手法である。一つの構造の中で、一見ランダムに描かれているかのような記号の戯れに注目する。そこでは、記号同士の相互関係が働いているのである。

テマティズムは、物語や主題に回収されてしまうと凡庸になってしまいかねない作品に、異なる角度から価値をもたらした。蓮實が映画監督の意図していない部分を掬うことにより、映画鑑賞における解釈の奥行きは増す。作家がどんな意図で映画を作ったのかという「過去」は蓮實にとっては「どうでもよろしい」わけで、彼はフィルムが映写される映画鑑賞時の「現在」を、批評の土台においた。

そして蓮實は、彼にとって面白い映画を作る技術を持つ監督を擁護し、「作り手である監督がその作品に色濃く反映しているか」どうかに注目する作家主義にも価値を与えることになる。蓮實にとっては、映画を作るにはまず、作家の技術が求められた。彼の評価する映画監督は、カメラが廻るぎりぎりの瞬間において何をレンズで掴むのかを判断し、自分の身体的感性をそのままフィルムに焼き付けていく「演出の作家」である。作家もまた、カメラが廻る瞬間の即興的判断に身を委ね、彼らにとっての「現在」を刻むことに価値を置くのであった。

しかしここには同時に、彼の罪が存在しているのではないか。批評家の佐々木敦は、蓮實によって、「作家主義」が「作家絶対主義」に移行していった可能性を指摘する*。監督がある作品において失敗をしたとしても、その監督は「作家性」において蓮實から擁護されるため、失敗自体がなかったことになってしまうのだ。「失敗作を撮る才能」という蓮實の言葉がそれを物語る。つまり、監督が意図していないことまでをも批評的観点のために用いる蓮實にとっては、監督を絶対的に肯定するツールとして、テマティズムと作家主義が合わさってしまうのである。

テマティズムという手法は、本来世界が豊かで多様性に満ちているからこそ可能となる。しかしながら、蓮實重彥は「こう見える」から「こうとしか見えない」といったように人々を導き、世界の多様性を縮減していったのだと解釈することができる。蓮實の見方には、客観性は担保されない。だからこそ、テマティズムという手法を取り入れた高度な批評も数多く存在することができなかったのではないか。誰もが気づかない記号に注目し、説得力を持ってその証を示す手法には困難が存在する。また、「ある見方」とまた別の「ある見方」が衝突する時、説得力を保障したのは蓮實の議論そのものに加えて、彼の権威性も関係していたと言えるだろう。権威性を帯びた蓮實の見方が、「正解」になってしまうのだ。

蓮實重彥の功績とその裏に潜む罪に対しての評価を終わらせてしまうにはまだ早い。批評家の渡邉大輔は、『「歴史的/メディア論的転回」の帰趨をめぐって 「ポストメディウム的状況」と蓮實重彦』の中で、蓮實が「映画的体験の記憶」の価値を高めたことを指摘している。映画を撮った監督は、映画史の文脈の中に置かれる。そのような映画史的な文脈をいかに作品理解に繋げられるかどうかを蓮實は重視した。そしてそれは教養主義をも生みだした。映画批評家には、とにかく多くの映画を観ることを通して、映画を巡る文脈を理解することがより強く求められたのだ。それによって、豊かな映画文化を尊重しつつ批評を成立させるといった流行が生まれた。蓮實は、画面に現れる「現在」をしっかりと見つめることに加えて、「映画的体験の記憶」の重要性を強調した。映画批評における作品内外のコンテクストを粗末に扱わなかったことで彼の批評に強度が宿ったのだと言うこともできるだろう。

しかしながら、このような蓮實重彥のアプローチはデジタル対応していなかった。新しい時代の波に蓮實的映画批評は飲み込まれていくことになる。映画的な知識がないと批評できないという見方を取るのならば、もはやサブスクリプション時代において、映画世界全体を把握することは圧倒的に困難である。データベース上に溢れる膨大な映画をいつでもそこでも見られる私たちは、一体どれだけ映画を見れば十分な「映画的体験を獲得」し、映画を語るに足るとみなされるのかもわからなくなってしまった。

佐々木によれば、DVDが市場に出回るようになってから、実際に蓮實重彥の言説も「画面を見る」から「動体視力」を注目する方向へとシフトしている。蓮實の強みは何よりその映像記憶力にあったのだが、DVDが出現し、いつでも映像を止めたり巻き戻したりできるようになったことで、彼の「記憶装置」的能力は存在感を薄めていく。記憶装置にはなれない蓮實は、偶発的な体験性を重視していくことになる。テマティズムもまた困難に衝突したのだ。デジタル世界における蓮實重彥流の批評スタイルは、大幅なアップデートを迫られているということができるだろう。

 

整理しよう。蓮實は、テマティズム批評により、説話論的な見方から主題論的な見方へ、映画の鑑賞そのものを変えてしまっただけでなく、作品解釈に根本的な革命をもたらした。一方で、蓮實の唱えた作家主義は、彼の優れた批評言説によって作家絶対主義をもたらしてしまう一面もあった。さらに蓮實は、映画的体験の記憶を重要視することで、映画における教養主義をも生み出した。しかしながら、蓮實の方法論は、21世紀的なデジタル環境の中で新たな対応を迫られているのだ。

以上を、渡邉が言及する蓮實重彥の「歴史的/メディア論」的転回に接続して、おおまかに時代区分することができる。

①1960年代末から、ロラン・バルトの記号論などに影響を受けていた蓮實は、映画鑑賞において「画面を見ること」の重要性を訴えた。表層批評という言葉が示すのは、作品の物質的な画面と観客との間に存在する絶対的な「現在」の体験であった。

②1985年になると、「転回」が起こる。これ以降、蓮實の映画批評的関心は、急速に「映画史的」な文脈の前景化へと向かう。古典的ハリウッド映画の時代から画面を彩っていた視覚効果が抑えられ、物語の一貫性が洗練されるようになった「50年代ハリウッド」への変遷に蓮實は注目する。蓮實が「73年の世代」と呼ぶ映像作家たちによって、かつて彼が映画とみなしていた古典的映画の存在自体が揺らいでいるということが主張されるようになる。渡邉によれば、ここで生じたのは「シネマ=古典的映画」から「非シネマ」との差異が再帰的に問い直され続ける状況である。蓮實が1997年の論文において1930年代に起こった古典的映画の成立を「映画のメディア化」と言い換えてもいるように、1985年に起きたのは、蓮實の「歴史的/メディア論的転回」だった。

③そして、蓮實の「歴史的/メディア論的転回」は、近年また新たな「転回」を迎えている。2008年頃から、蓮實は「映画に歴史は存在しない」と断言したり、自らのことを映画史家と呼ばれることに抵抗を示している。「50年代ハリウッド」や「73年の世代」と言った問題系を相対化するように、映画は1930年代の古典的映画の時代から「崩壊前夜」を生きていたのだという主張を繰り返すようになる。非歴史的、ポスト歴史的とも言える彼の発言として、「あらゆる映画はサイレント映画の一形態である」というものまで存在する。

渡邉は、2007年から2008年にかけて起こった蓮實の再転回を、情報メディア環境の変化に注目して論じている。蓮實重彦には2度の転回が起こっていて、2度目の「歴史的/メディア論的」転回を考察することこそが未来の映画批評に求められているのだと指摘する。筆者は今回、その方向に筆を進めることはしない。むしろそのメディア論的転回の事実そのものに注目し、議論を進めていく。

なぜならば、ここにいくつかの疑問が存在するからである。蓮實重彥は、映画批評内言説における自身への評価を、「転回」やその巧みな言説パフォーマンスなどを通して「吸収」してしまう。映画批評の精巧さに加えて、そのような「転回」がもたらす効果により、蓮實は映画界において「アンデッド」な存在として君臨し続けてきたのではないだろうか。そうであるならば、蓮實に対して有効な批判を唱えることはかなり困難なものになってしまう。

しかしながら、蓮實の映画批評における功罪は、批評の内部だけで判断することもまた難しいのではないかと、筆者は考える。蓮實の批評自体を評価するだけでは、蓮實が生み出した多くの私生児的映画批評家「シネフィル」たちへの目線が欠落してしまうのだ。シネフィルへの考察を通して、映画批評と蓮實重彥の新たな可能性を見出すことができる。

 

 

 

 

 

 

 

 

2 ドラキュラ的、ゾンビ的 −発話の階層性とシネフィルの生成−

 

発話の階層性は、映画批評文の中だけには収まらない。蓮實重彥の「発話」そのものも、映画批評の世界に大きな影響を及ぼした。シネフィルと呼ばれる映画愛好家たちを日本に数多く生み出したのもまた、蓮實の業績として考察対象に挙げられるべきではないだろうか。彼らは蓮實重彥を父にした、未熟な私生児的「映画批評家」でもある。

シネフィルが生まれる背景には蓮實の2重の発話が関係している。今章では、彼の発話に潜むレイヤー(階層性)に注目して、蓮實とシネフィルとの関係を検討したい。そして、本論で扱いたいシネフィルとは、「蓮實の影響を受けてシネフィルになった」映画狂たちのことである。シネフィルが蓮實の発話によって誕生する時、その発話はアクチュアルなものとヴァーチャルなものとに分けられる。これはどういうことか。

シネフィルが日本で激増したのは、1985年に蓮實が季刊映画誌『リュミエール』を発刊したことに由来する。14冊にも及ぶリュミエールを通して、日本全国の映画ファンは蓮實の議論に熱狂していった。そもそもシネフィルとは、1960年代に活躍したヌーヴェルヴァーグの監督たちを輩出した『カイエ・デュ・シネマ』誌の編集者や読者のことを指していた。シネフィルの概念は蓮實によってフランスから日本へと移植され、1985年の『リュミエール』創刊を通して爆発的に広まることとなったのだ。

20世紀に生まれたシネフィルは、蓮實の言葉を聞き、そのまま映画館でテマティズム的な鑑賞方法を楽しむことができた。立教大学や東京大学で教職を務めていた蓮實の議論を、実際の映画観賞を体験することを通して、シネフィルになることを実感することができた。大学の教室では蓮實の言葉を直にきき、影響されるシネフィルの中には、自ら映画を撮り始める者たちも多かった。

当時の蓮實はまるでドラキュラのようで、彼に噛まれた(影響された)生徒や読者は、皆彼と同じシネフィルになってしまう。そして彼らは互いに蓮實の教えを伝え合い、感染を直接的に広めていった。蓮實の言葉がそのまま伝わる。そのようにして、アクチュアルな関係性の中で蓮實の発話は効力を帯び、多くのシネフィルを生み出していったのだ。

しかしながら、2001年になると、蓮實は東京大学総長の座を辞することになる。21世紀になり、映画を愛する者たちの前に蓮實が姿を表す機会は激減する。それ以降、20世紀に蓮實が残した出版物などを中心に、蓮實の発話はシネフィルを生み出し続けることになる。蓮實の語りは黒沢清や青山真治などに継承され、彼らから多くの人々に伝承されることによって、大きな影響力を持った。そこでの蓮實の語りは、間接的(=ヴァーチャル)なものとして現れる。公の場における蓮實の発言量がどっと減り、彼の意見が20世紀と比べて大幅にアップデートすることを諦めた状況においては、蓮實の語りは「蓮實が今こう言っている」という直接的でアクチュアルなものから、「蓮實がこう言っていたものを解釈するとこのようになる」といったように間接的なヴァーチャル性を帯びたものが多くなってくる。蓮實自身の発言が減少しても、彼の哲学を引き継いだ者たちや出版メディアによってシネフィル感染のウイルスは拡散されていったが、やはりそこでの発言は「蓮實重彥」の濃度を薄めたものになるのだ。

もちろん、このアクチュアル、ヴァーチャルという区切りははっきりとしたものではない。蓮實自身も存命で発言を続けている以上、「蓮實が今こう言っている」は未だに存在するし、1985年当時にも、蓮實の言葉を人づたえに、ドラキュラ的に伝搬していった他者がいたことも間違いない。しかしながら、やはり蓮實の言葉をリアルタイムで聞くことができ、圧倒的に映画批評言説のボリュームが多かった時代と現在の状況は区別されるべきであろう。蓮實の発話において特にヴァーチャル性が高まるのは、やはり2008年のメディア論的転回後である。1974年の『批評あるいは仮死の祭典』から2008年の『映画崩壊前夜』まで53冊の著書を持つ蓮實だが、それ以降は2017年現在まで5冊しか著書を発表していない。しかもそこには『「ボヴァリー夫人」論』、『「ボヴァリー夫人」拾遺』、『伯爵夫人』のように、より文学的な色彩を強く帯びたものが多い。そうであれば、映画批評における蓮實の発話を、直接的「アクチュアル」なものから間接的「ヴァーチャル」なものへの変化の中で捉え、その価値を評価していく試みにも可能性が見出せるのではないだろうか。

話を戻そう。2001年の東大総長辞任に加え、2008年のメディア論的転回を経て、蓮實の発話はより強くヴァーチャル性を帯びるようになり、21世紀のシネフィルはそのような状況の中で生まれてゆくのだった。そして、21世紀になり顕在化した映像議論がある。それは、アニメーション研究家の土居伸彰が『21世紀のアニメーションがわかる本』の中で指摘しているように、空洞化した画面を持つ映像作品の存在が目立つようになったという事実である。あえて画面の余白を残すことで、観客の想像力を埋め込ませる仕組みを用意する作品が増える。そのような環境では、画面に散らばった記号の戯れを見落とさんとする蓮實的映画鑑賞は、優位性を唱えることが難しくなってきた。かつてのようなテマティズム批評は影響力を薄め、さらにデータベースが氾濫するデジタルな世界においては、映画史の蓄積もどこまで極めれば良いのかわからない。

そのような環境において、蓮實のヴァーチャルな発話から生まれたシネフィルたちは、シネフィルとしてのアイデンティティを獲得することが難しくなる。蓮實は、表層批評を持って多くのシネフィルを生みだしたにも関わらず、その手法がデジタル環境において時代遅れの相を持ち始めると、批評的なスタンスを変えた。蓮實は自信を特集した『ユリイカ』の中で、もはや「画面を見る」ことだけが重要ではなく、そこにある余白にこそ新たな映画批評の未来が残されているかもしれないのだというように解釈することのできる言葉を残している。「本当に見つづけなければならないのか? ことによると、あるとき見ることをやめてしまうことこそが最大の映画批評であるという可能性もあるのではないか?」*2

蓮實にとっては未だ、20世紀のシネフィルが21世紀現在のシネフィルと同じものだとして認識されているのかもしれない。それにも関わらず、やはり表層批評後の世界に生まれたシネフィルたちは、それまでのシネフィルとは異なる存在である。なぜならば、蓮實によって定められた映画史的記憶に寄り添って大量に映画を観ることができ、彼からの直接の教示を授かる機会も多かったかつての「ドラキュラ的シネフィル」と比べて、21世紀のデジタル時代に生まれるシネフィルの前では、シネフィルの寄る辺となるための映画史的記憶が蓮實によってほとんど更新されないためである。現在公開される最新映画に向けては、かつて蓮實がこしらえたような「辿るべき映画史の道標」がほとんど存在しない。だからこそ、どのようにしてシネフィルであるのか、かつてのドラキュラ的シネフィルと同じように定めることができないのだ。かつて蓮實がアップデートし続けた、「これができればシネフィルだ」の基準が崩壊したことが全ての原因である。画面を見ることと正しい映画史を辿ること、その両者の輪郭が定かではなくなってきている。

それでは、21世紀以降、蓮實のヴァーチャルな発話を通して、シネフィルはどのようにして生まれているのか。21世紀におけるシネフィルへの「感染」を、かつてのドラキュラ的感染と比較し、ゾンビ的感染として考えてみよう。なぜゾンビか。それは、蓮實のヴァーチャルな語りによる感染が、21世紀においてゾンビを扱った映像作品に見られる「感染」の特徴と類似しているためである。

エドガー・ライト監督の映画『ショーン・オブ・ザ・デッド』(2004年)は、ゲームというメディアが象徴する「文化産業の脳科学化」を描き、それに慣らされて「依存症」になった存在がゾンビであるというある種の文明批判を行なっている作品である。主人公の友人がゲーム依存症で、ゾンビになってしまうだけではなく、酔っ払いや薬物中毒者たち、無気力な生活を送っている人々もゾンビのように描かれる。そこでは、「依存症」になり、日々の生活をゲーム感覚で過ごす人々からゾンビに感染していくのである。

脳神経学者のデイヴィッド・イーグルマンは、「意識は傍観者である」との持論を展開する。意識が何かをしようと思って行動したり決定するのではなく、先に行動や決定がなされてから意識が「遅れて」それを理解していると解釈されるべきだと論じる。そしてこれは、21世紀の映像作品に現れるゾンビの行動にも類似しているのだ。脳とは、もはや「独立したゾンビ・モジュールの集合」であるとイーグルマンは続ける。身体における個々のパーツは自動的に判断を下す。その時「葛藤」が生じるために「意識」が生まれるのであり、「意識」の機能はゾンビ・モジュールの決定に後から恣意的な「筋道」をつけて物語化することにある。意識が作り出す意思や意図は後付けのものであり、本当の理由ではないのである。

現代のシネフィルもまた、同じような環境の中にいるのではないだろうか。蓮實のヴァーチャルな発話によって、そこに確固とした21世紀的な映画史体験の記憶は現出しないにも関わらず、ぼんやりとした「シネフィル的世界」の存在がそのままほのめかされる。どのようにしてそこに近づくのか。彼らは、とりあえず蓮實が作った道標を途中まで辿り、道標が消えてからはとにかく数多くの映画を見ていくしかない。そして、そこにゲーム性が宿る余地が生まれる。映画をたくさん見ることそれ自体によって脳内報酬系が刺激されるという、依存症的なゲームの中に彼らは取り込まれる。報酬としてぼんやりと用意されるのは、「シネフィルになれる」という概念だ。

シネフィル希望者たちは、シネフィルというアイデンティティを獲得するために、「とりあえず」映画をたくさん見てシネフィルになろうとする。映画をたくさん見た後で、シネフィルとは何なのか、どのようにしてシネフィルになるのか「後付け」で思考を巡らせる。これは「ゾンビ・モジュール」の決定プロセスに類似している。そしてこれこそが、現在の蓮實のゾンビ的「シネフィル感染」の容態なのではないだろうか。彼らは、シネフィルに意識的に「なる」のではなくシネフィルになんとなく「なろうとする」依存的な状態を、蓮實のヴァーチャルな発話によって作られてしまうのだ。

蓮實のヴァーチャルな発話に由来するゾンビ的感染では、ゲーミフィケーション=「脳科学化した生権力」の仕組みを通して、人々が喜んで自発的にシネフィルになっていく。21世紀のシネフィルが生まれる時、彼らは「映画をみてシネフィルになる」というゲームに参加している。しかしながら、それはまぼろしのゲームである。蓮實がドラキュラ的シネフィルたちに与えたようなシネフィル・アイデンティティの寄る辺は、ゾンビ的シネフィルたちには最終的には与えられないからである。蓮實のヴァーチャルな語りと、デジタル時代の更新されない映画史的記憶が関連することで、今もゾンビ的シネフィルは増え続けている。

 

そして、そもそも感染をもたらすアンデッドとは、「メディア移行期に現れる存在」でもあった。

例えばドラキュラは、メディアが更新される時、人々の感じる恐怖や不安、魅力が表現されるものであった。フリードリヒ・キットラーは『ドラキュラの遺言』の中で、ブラム・ストーカー原作の『吸血鬼ドラキュラ』(1897年刊行)を分析している。彼は、作品が当時の手書き文字とタイプライターの対立を内在しており、メディアが更新される際の不安や魅惑が吸血鬼に投影されているのだという解釈を示している。ゾンビもまたそうである。それは、「リキッド・モダニティ」とも呼ばれる流動的なポストモダン環境の中で生まれる人間の不安の産物だと、藤田直哉は『新世紀ゾンビ論』の中で指摘している。

蓮實が意識していないかもしれないシネフィル感染もまた、然るべきタイミングで起きているといっては言い過ぎだろうか。2度に及ぶ蓮實のメディア的転回が、蓮實がドラキュラの父として、そしてゾンビの父として猛威を振るう時期に重なっている。シネフィル感染の歴史と、蓮實のメディア論的転回の時期においてそれは確認される。

1985年以降、季刊誌『リュミエール』が刊行され、映画史の蓄積が蓮實によって重要視されたことにより、数多く映画を見ることでアイデンティティを成立させるドラキュラ的シネフィルが数多く現れた。そして、2000年代のメディア論的転回は、蓮實のヴァーチャルな発話によって、ゲーミフィケーションのプロセスの中からゾンビ的シネフィルが誕生していく時期と重なる。映画的体験の記憶が蓮實によって強く押し出されない、21世紀のデジタル時代である。

このように、蓮實による「シネフィル・ウイルス」の感染は、彼のメディア論的展開の時期と重なるのだ。彼のメディア論的転回が2度起きているのだから、シネフィルウイルスもシネフィルも2種類存在する。しかしながら、蓮實の理論は、片方のシネフィル、はじめのドラキュラ的シネフィルしか救わない。それが彼の罪に繋がっていく。新しく生まれるシネフィルには、シネフィル足り得るための蓮實からのアクチュアルな発話が不足する。蓮實は近年、文学寄りの活動を強め、かつて自らがこしらえた映画批評の歴史からは距離を置いている。蓮實は、デジタル環境に存在するゾンビ的シネフィルに対して、最新のデジタル議論を伴った自身の意見を差し出さない。

ゾンビ的シネフィルを放っておくのは蓮實にとって大した問題ではないということだろうか。しかしながら、彼らは映画の鑑賞者であるだけではなく、映画批評の世界においては純粋な読者でもあり未来の書き手でもあるのだ。映画批評や蓮實がデジタル時代に直面した問題を乗り越える可能性も、ゾンビ的シネフィルの腐敗に処方箋を打ち込むことで見えてくるのではないだろうか。画面を見る必要がなく、テマティズムが求められない。データベースの中でどれだけ映画を見れば良いのかわからず、確かな映画史的体験を蓄積していくことができない。蓮實の感染がもたらしたシネフィル像とデジタル時代の狭間で腐敗していくゾンビたちを、ゲーミフィケーションの呪いから解き放つこと。ゾンビ的感染に理論を持って対処すること。それは、史上最大で唯一のシネフィル感染ウイルスを映画界に撒き散らした蓮實重彥の直面するべき課題なのである。

かつて蓮實重彥は、映画作家が製作時に意図したもの=「過去」と、映画鑑賞時における「現在」の体験を分断した。その「現在」において蓮實は映画の画面に注目することを唱え、テマティズム批評を連動させた。そのようにして見ると、蓮實は「現在」にこだわる批評家である。そして、その「現在」を補強するために、映画史の記憶をまた別の「過去」として用いるようにもなった。蓮實重彦の映画批評的な功罪を考えるとき、そこにもう一つの分断の存在を見落とすわけにはいかない。それは蓮實によってアップデートされない「現在」に起因する、21世紀のシネフィルという「未来」に向けた切断線である。

映画界において「アンデッド」な存在である蓮實は、2度に渡るメディア論的転回と時期を重ねる2重の発話(アクチュアル:ヴァーチャル)を通して、映画好きの人々を、ドラキュラ的シネフィルやゾンビ的シネフィルに感染させてしまった。自身のアクチュアルな発話が強く影響を及ぼしたドラキュラ的シネフィルは、蓮實にとっての「現在」に取り込まれるため、シネフィルとしてのアイデンティティを獲得させることが容易だった。しかしながら、21世紀のデジタル時代において、蓮實はアンデッドであり続けるために、有効性が薄れ始めたテマティズム理論だけでなく、自身の「現在」に含まれない私生児たちの存在をも切り離してしまう。ゾンビ的シネフィルは、蓮實の作った道標によってシネフィルを目指しながら、新しい時代の中では蓮實の定義するようなシネフィルであることが難しいのである。

映画界の「アンデッド」蓮實重彥の最大の罪とは、自らの発話から生まれた映画批評の「未来」(=ゾンビ的シネフィル)に対し、不可視の姿勢を取ることである。映画批評の内部においては、新しい時代の到来に対して不可視の姿勢を表現することは難しくない。事実、蓮實は「転回」を通してそのような防御の姿勢を整えることができる。「転回」という可視の姿勢によって不可視を生み出しても、それが罪になる可能性は少なくなる。しかしながら、映画批評という文化全般を捉えた時、文化の担い手である新しいシネフィルたちを、不可視の姿勢を保ったまま誘導し続けてしまうことによって、そこに蓮實重彥の庇いきれない罪が生まれるのである。

 

 

 


 

*佐々木敦『「批評」とは何か? 批評家養成ギブス』p135より

*2 『ユリイカ 総特集 蓮實重彥』p22より

 

 

参考文献

 

 

蓮實重彥『あらゆるメディアは二度誕生する』、浅田彰編『マルチメディア社会と変容する文化』、NTT出版、1997年

フリードリヒ・キットラー『ドラキュラの遺言』、原克訳、産業図書、1998年

佐々木敦『「批評」とは何か? 批評家養成ギブス』、BRAINZ BOOKS、2008年

デイヴィッド・イーグルマン『意識は傍観者である』、大田直子訳、早川書房、2012年

渡辺大輔『「歴史的/メディア論的転回」の帰趨をめぐって 「ポストメディウム的状況」と蓮實重彦』、(『ユリイカ 総特集 蓮實重彥』所収)、2017年

『ユリイカ 総特集 蓮實重彥』、青土社、2017年

土居伸彰『21世紀のアニメーションがわかる本』、フィルムアート社、2017年

藤田直哉『新世紀ゾンビ論 ゾンビとはあなたであり、わたしである』、筑摩書房、2017年

 

 

文字数:11020

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