印刷

WiredでWeirdな身体 –無音盆踊りに現れる異界への回路–

 

 

Wired-Body

 

静寂の中で踊り狂う人々の姿を目にしたことがある。それは、ワイヤレスのイヤホンやヘッドフォンで音楽を聴きながらダンスをするという、ユニークなスタイルのディスコにおいてだった。サイレントディスコと呼ばれるそのイベントでは、ヘッドフォンをつけないとわからないような世界が、限られた人達だけで共有される。孤独感と連帯感が交差する場のようにも見える。参加者がワイヤレスイヤホンを通して聞いているのは、ネット上のデータベースにある音楽だ。

サイレントディスコに現出しているような身体に注目するならば、参考となるのは、IoT(Internet of Things)やIoA(Internet of Ability)、すなわち「モノ」や「人の能力」のインターネット化である。様々なモノがBluetoothでインターネットに繋がれ、Google glassなどは人間の視覚能力を人為的に拡張することを目指している。

このように、物質とインターネットとの繋がりが強くなっている現代において、本論ではWired-Body「インターネット上のデータベースに接続される、人の身体」と定義づけ、21世紀初頭の身体表象の一つとしたい。

私たちがapple musicなどから音楽を聞くとき、聞いた音楽の履歴や個人の好みは、インターネット上のデータベースに蓄積されていく。私たちがBluetoothを利用すると、ワイヤレスイヤホンがスマホと繋がり、スマホがネット空間に存在するデータベースと繋がるために、そのような情報伝達が起きる。

スマホだけでは、私たちの身体がそれを媒介にしてインターネットと繋がるというようなイメージは持ちづらいかもしれない。しかしながら、拡張された耳としてイヤホンを捉えるとどうだろう。拡張する身体としてテクノロジーを想定したとき、イヤホンによって拡張された私たちの身体は、スマホと肉体との間の「つなぎ」として作用する。そしてその拡張された身体は、スマホとサブスクリプションサービスを通して、データベースにも接続される。結果として、データベースに接続する身体としての、Wired-Bodyが現れる。

Wired-Body =「肉体–イヤホン(拡張)–スマホ(サブスク)–インターネット」

留意しておきたいのは、人間の身体にはテクノロジーは埋め込まれていないし、インターネットと繋がる能力を、初めから遺伝的に持っているわけでもないということだ。テクノロジーの発展により、人間の身体とインターネットの間で交わされるコミュニケーションのスピードが早くなった結果、人々はあたかも常にネットと繋がっている、というように錯覚してしまう。テクノロジーに支えられた、超高速コミュニケーションの反復こそが、Wired-Bodyの「繋がり」を保っているのである。

Wired-Bodyは人の身体をデータベースへと接続する。では逆に、データベースからの「切断」が起きた時には、一体何が生じるのだろうか。それは「不気味さ」の感覚である。

Wired-Bodyから解放されたければ、ワイヤレスイヤホンを耳から外して、身体とデータベースとの接続を切断してしまえば良い。サイレントディスコにおいては、データベースに踊らされる傀儡のような肉体の集合か、データベースをうまく活用して喜びを見出す「動物」の戯れか、いずれにしても、そこには20世紀のディスコに存在していたような、「人間」の身体とは異なるものが見えてくる。

ワイヤレスイヤホンを取り外してみたとき、私たちの周りには無音状態の中それぞれが好き勝手に踊っている肉体が多数現れる。データベースにある音楽をそれぞれのやり方で解釈した肉体は、次の動きを予想することが難しく、聴覚からの共感を阻んだ、圧倒的な他者のものとして存在する。このとき、視覚を通して、私たちは不気味さとも突然に繋がるのだ。

 

 

Bon festival dance in Silence

 

Wired-Bodyと不気味な身体の関係がもっとも顕著に現れているのは、無音盆踊りの場においてである。

愛知県東海市において、無音盆踊りが初めて開催されたのが2009年。盆踊りの主催者は踊りに必要な楽曲をラジオから発信し、参加者はそれをイヤホンで聞きながら踊る。基本的な振り付けを覚えてしまえば、スマホからラジオやデータベースに音を繋ぎ、少人数での踊りを楽しむこともできる。このため、外部には踊りの楽曲は聞こえず、異なる楽曲をそれぞれのタイミングで踊っている、いくつかの踊り手グループの姿だけが見えることになる。

そもそも、盆踊りとはどのような起源を持っているのか。折口信夫によれば、夏のお祭りの行事として、盆踊りは元々、死霊を歓待するものであった。例えば古代社会では、夏至と冬至の時に社会にアンバランスがもたらされると考えられていたため、お盆では死霊を歓待し、冬祭りでは死霊からエネルギーを分けてもらう。迎え火においては、村の外から死霊を招き入れ、広場の中で円形の渦を描きながら、生きている人間と死霊が共に踊る。かつてはそれが、短い夜の間を通して行われた。これが盆踊りの原型とされている。

そして、折口がいうような死霊との交流を目指した盆踊りは、スピーカーなどのテクノロジーの普及と並行して本来の意味が希薄になり、単なるイベントとしての側面が強まっていった。盆踊りにおいて、死霊の存在が考えられることも少なくなった。しかしながら、テクノロジーの発展に帰結するそのような状況の背後にこそ、重要な事実が存在する。かつて姿を消した死霊たちの面影は、21世紀初頭の最新テクノロジーとWired-Bodyの存在を待って、再度私たちの視界に現れているのである。

無音盆踊りにおいても、ワイヤレスイヤホンを取り外して周りを見渡せば、音のない中で踊るいくつもの不気味な身体が、突然に出現する。その身体の群れは、盆踊りに参加せず、踊りの輪を外から見ている観客にとっても同様に不気味な光景である。無音の舞いが、Wired-Bodyによってひたすらに反復されていく。そもそも盆踊りの舞い自体が、お盆の時期に死者が生き返った姿を意識した振り付けであるため、そこに不気味さは演出される。加えて、音頭がなくなることで余計にその不気味さが際立ってくる。

人々を反復のメカニズムにおいて錯覚させることで成立するWired-Bodyが、音頭のない不気味な場において、不気味な舞いをさらに「反復」させられる時、そこに現出するものは、Weird-Body(不気味な身体、幽霊的身体)である。

これは、『ゲンロン5』の中で提起された「幽霊的身体」という語を踏まえた上での命名である。思想家の東浩紀は、「幽霊的」という言葉について、「現前的でありながら同時に非現実的でもある、すなわち、いまここで目の前に見えるものでありながら同時に見えないものでもある、そのような両義性を指す」ものだとしている。演出家の鈴木忠志は、日本の幽霊が水平移動を行うものだとして大地との接触を重要視し、舞踊家の金森穣は、すり足で重心を感じさせずに滑るように動くことこそが幽霊的身体を生み出す基本だと指摘する。

このような議論を踏まえれば、無音盆踊りの場における、Weird-Bodyはまさに「幽霊的身体」にふさわしいものである。盆踊りの舞いは水平方向へすり足で動きながら行われ、「Wired-Body/Weird-Body」は目の前に見えないインターネット上のデータベースと関連した身体でもある。

Wired-Bodyの存在が、死者の動きの反復や、すり足などの水平方向の動きによって盆踊りの場に潜在的に漂っていた幽霊を「可視化」する。かつてテクノロジーの普及によって隠された幽霊的身体を、再び人間の視界へと取り戻したのは、テクノロジーの更新、Wired-Bodyなのであった。

 

 

Visitor from

 

そしてこのWired-Bodyは、折口信夫の言う所の「まれびと」に近い役割を持っている。共同体の内側から異質な世界の力が立ち現れると考えた柳田国男とは対照的に、折口はそれは外からやってきて、共同体に揺さぶりをかけるようなものだと考えていた。この異界からの訪問者こそが折口の言うところの「まれびと」であり、この「まれびと」は「あの世とこの世の通路を開くもの」としても解釈される。仮に異界つまりあの世をインターネット上のデータベースとするならば、先に述べたWired-Bodyは、実世界とネット世界との通路を開くような、「まれびと」的な身体の在り方として捉えることが可能となる。

折口の考え方は、室町時代の猿楽師、金春禅竹の『明宿集』とも通ずるものである。そこでの「翁」の役目は、古代的な精霊の出現様式を表現していて、「母親の子宮とつながった胎児」「北極星」「精霊を統べる王」のようにも伝承されてきた。このような「まれびと」や「翁」の役割を超時代的に継承するのが、Wired-Bodyであり、そこから派生してWeird-Bodyが生まれてくる。

そして、折口は異化作用よりも類化作用の可能性にこだわった。古代人の思考様式を求め、彼らと似た要素を探すプロセスの中で、幽霊的身体の正体へと接近を図ったのである。現代のWired-Bodyは、むしろ異化作用によって霊に近づいていく。死霊がかつて知ることもなかったデータベースやテクノロジーの存在を通して、逆に幽霊的身体=Weird-Bodyを出現させるのだ。

 

 

21世紀初頭に現れた身体表象、その一つをWired-Bodyと名付ける。それは、情報伝達の速さに下支えされた反復のメカニズムによって、人々の身体がネットと接続しているように錯覚させる身体的な状況であった。Wired-Bodyが日本の伝統文化である盆踊りと融合したとき、不気味なものの反復があわさってWeird-Bodyが発見される。無音盆踊りの中でWired-Bodyが導き出すのは、静かに死者の舞いを繰り返す幽霊的身体の群れである。

かつて幽霊的身体は、祭りからイベント性の強いものへとなっていった盆踊りの遍歴の中で、テクノロジーの普及と共に人々の視界の外へ隠れていった。しかしながら、21世紀初頭の新しいテクノロジーこそが、盆踊りの場から消えていた幽霊的身体を、Weird-Bodyとして再び可視化させる。そして、Wired-Body(繋がれた身体)が、Weird-Body(幽霊的身体)を導くそのアプローチは、かつて折口信夫が捉えた「まれびと」の存在を思わせるものである。かつての死霊が知ることもなかった、テクノロジーという新しい可能性から生まれたのは、折口が考えたものとはまた別の超空間的な回路なのだ。

 

 

 

参考文献

 

東浩紀編『ゲンロン5』、genron、2017年

中沢新一『古代から来た未来人 折口信夫』、ちくまプリマー新書、2008年

安藤礼二『折口信夫』、講談社、2014年

文字数:4465

課題提出者一覧