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ドン.キホーテ論~あるいはドンペンという「不必要なペンギン」についての考察

それらのものは美しいだろうか?この点については問うまい。ただ、我々の時代精神の産物であり、だから間違っていない、とだけ言っておこう――アドルフ・ロース

1、

ドンペン。
この名前に聞き覚えはあるだろうか。いや、名前だけでは分からないかもしれない。でもその姿はきっとだれもが一度は見たことがあるはずだ。
それはディスカウントストア「ドン.キホーテ」(以後、ドンキ)のメインキャラクターである。多くの場合それはドンキの店外に装飾として張りぼての人形が張り付けられている。例えばこんな風に。

ドンキのファサード

 

これはとあるドンキのファサード(正面外観)だ。「ドン.キホーテ」と書かれた派手な看板の下にそれはいる。その短い手を広げ、大きくつぶらな瞳で店外を見つめるペンギン。これがドンペンである。普段は何気なく通り過ぎてしまうこの店外装飾を改めて見直してみたとき考えさせられるのは、第一にその露悪趣味とも形容出来得るこれら店外装飾の過剰さである。ディスカウントストアとは多店よりも品物を安く売り利益を上げる機能を期待されている。ラテン語の「肥満」という言葉が語源であるペンギンらしく、それはドンキにとって腹に付いてしまった余分な脂肪のようである。それにも関わらず売り上げという機能にとっては不必要なドンペンがなぜ大きく掲げられるのか。これは装飾の問題である。
極めて凡庸で単純な理由として思いつくのは、その装飾が都市景観の中において自ずとその店を目立たせるということである。ドンキの創業者である安田隆夫はその自伝においてドンキの前身である「泥棒市場」の店名について、「とにかく目立ちたかった」からこのような店名を付けたと語る1。だとすればその後続であるドンキの店構えもまた「目立ちたい」という一心が生み出したと言えるだろう。しかしその代償は大きい。その装飾に関してあまりにも多くの非難が寄せられたのである。その中で代表的かつ最も辛辣な批判が三浦展の『ファスト風土化する日本』だ。ここで三浦は郊外都市の多くを覆う大型量販店が都市景観を均一化してきたという憤りを露わにし、こうした景観がいかに人の心に悪影響を与え結果として治安を悪化させているのかということを様々な事例やデータを用いながらいささか乱暴に明らかにしていく。いささか乱暴、と言ったのはここで槍玉に挙げられている量販店の微妙な差異――後に明らかになるようにイオンとドンキでは大きな差異がある――を無視して三浦が至極無邪気ともいえる態度で、悪徳かつ巨大な資本対それに襲われる地元商店街という単純な図式に固執しているように見えるからだ。結局ここで三浦が目指そうとしている都市景観のビジョンはほとんど昭和ノスタルジアと代わりの無いレトロな商店街に過ぎない。
しかし事態はそう単純ではないのだ。このデータを見てみよう。

ドンキの利益推移グラフ(企業ホームページ(http://www.donki-hd.co.jp/?pre=le、最終閲覧日2018年3月30日)より引用)

 

これはドンキが発表している営業利益のグラフである。多くの批判に関わらずドンキは着実に営業利益を増やし続けていて、2017年の段階で創業した1989年から28期連続増収という企業においては異例の記録を更新している。これは近年大幅に業績が落ち込み、経営の立て直しを図っているイオングループに比べて安定的な業績傾向にあるといえよう。
この事実から分かることは何か。それは、景観論者たちがいかにドンキの景観を嘆こうともその批判に反するようにしてその業績は伸び続けているという事実である。もちろん業績などというものは常に揺れ動くものだし、右肩上がりのドンキの業績も来期には大暴落している可能性さえある。しかしそれを差し置いたとしても、多くの消費者がドンキを利用しているという事実は変わるまい。だとすれば私たちはこのドンキという店を無闇やたらと悲観的な見通しを立てて嘆くのではなく、今一度冷静に考え直すことが必要だろう。するとこのドンキが他のディスカウントストアやスーパーと比べて露骨なまでに異なる特徴を持っていることが明らかになる。
その一つが初めに紹介した店外装飾なのである。三浦も度々批判の矛先にするイオンの外装を見てみよう。

IEONの外装

ドンキに比べて極めてシンプルですっきりとした外装である。表現を変えれば無機質だともいえる。やはりドンキとは違うのだ。では具体的にどこが違うのか。「IEON」という店名の看板はドンキと同様である。もう一度ドンキのファサードを見てみよう。

ドンキのファサード

 

ここでイオンとドンキの外装を分かつものはやはりドンペンなのである。だからドンキの外装とは畢竟、ドンペンのことである。だから僕たちはドンキのこの不合理な外観について考えるために、まずドンペンについて思考を巡らせなければならない。
そして一見するとあまりにもくだらないようにも思えるこの思索に対する一種の自己弁護としてこう述べておきたい。ドンペンについて考えることは装飾と機能についての関係を今一度考えることにつながるのではないか、と。経済的合理性を追求するはずの企業がかくも不合理な店外装飾を施すのは何故なのか。本稿はときに非常な迂回路のように感じられる道筋を辿るかもしれないが、それらは全てこの至極単純な疑問の追求という目的から自然と導き出されるものである。

 

2、

さて、かくして僕たちはこのペンギンの謎について考えなければいけなくなった。
ドンペンとは建築における装飾のことである。ここであまりにも粗削りであることを承知の上で、レヴィ=ストロースの議論を持ち出してみたい。装飾について彼が語った論文の中に興味深いものがあるからだ。最晩年に書かれた「砂時計型形象」という論文がそれである2。それまでの文化人類学者としての研究成果をバックボーンとして環太平洋地域全般に見られる建築装飾の型である「砂時計型形象」を巡って繰り広げられるこの短い論文は、そのボリュームにもかかわらず極めて多くの論点を含んだものである。この文章の要旨を大まかに分けるとするならば、

①環太平洋地域を中心に、建築物の装飾として「砂時計型形象」が取り入れられていることが多く、それは下の図(伊勢神宮の屋根の上にある装飾)のような外側に開かれた装飾のことである。

伊勢神宮(「砂時計型形象」より)

 

②「砂時計型形象」は必ずしも同じ形をしているわけではないが、そうしたバリエーションは全て元の砂時計の形から派生して作られる。ここで詳細を語ることはしないが、下の図に載せたコギ族の小屋や、フィジーの寺院もまた砂時計型形象を持つ。

フィジーの寺院(同論文より)

 

コギ族の小屋(同論文より)

 

③「砂時計型形象」の形を決めるのは地域固有の建築資材の種類であって、それぞれの「砂時計型形象」は地域固有のヴァナキュラーな様相を帯びる。

という3つのポイントに分けることが出来る。示し合わせたわけでないにも関わらず世界各地でこのような「砂時計型形象」が見られるのは何故なのか。それについてレヴィ=ストロースは論文の中で明示的に述べてはいないが、中沢新一の大胆な推測は興味を引く。彼はこの砂時計型形象における意味を、「内と外のねじれ」であるとする。そしてその代表こそ母親の胎盤という内側から外側へと出でる「出産」という行為であり、この装飾はそれを成し遂げる母親の胎盤を表すのではないかと大胆に推測している。その「ねじれ」もとい「出産」とはメビウスの輪のようであって、外側をなぞっていたと思っていると気づいたら内側になっていたというような、内側と外側が混然一体となって区別がつかなくなるような形象である。もう一度ドンペンを見てみよう。

ドンキのファサード

 

何ということだろうか。このオブジェはまさに砂時計型形象そのものではないか。それはドンペンがペンギンであるということから導き出された形象であろう。つまりその短い手がドンペンくんを砂時計型形象のような外側に開かれた装飾にする。そしてもしそのオブジェが内側と外側を混然一体とさせ、それらを接続させるという象徴を帯びているのだとしたら、ドンペンくんがドンキにおいて担っている役割とは何なのだろうか。
更にもう一つ、ドンペンくんの細かい形象について言及しておこう。このペンギンがかぶるサンタ帽についてだ。ドンペンはそのほとんどがなぜか、サンタ帽をかぶっている。不合理なドンペンらしい意味のわからなさであるが、驚くべきことにレヴィ=ストロースはまたサンタクロースについても詳細に述べている。
「火あぶりにされたサンタクロース」はレヴィ=ストロースがまだ『悲しき熱帯』などで本格的に人類学者としてデビューする前にサルトルの依頼で書かれた短い論考で、彼のデビュー作に近い。とはいえ、最晩年の論文であった「砂時計型形象」とこの論文の要旨はその構造において大変に似通っている。
これは同時期に起こったカトリック教会によるサンタクロースへの異端宣言とそれによるサンタクロース人形への火刑という出来事を分析したものである。この出来事は当時の世論を二分するほどの衝撃を与えたものであり、クリスマスとは何か、サンタクロースとは何か、ひいてはその風習を生んだ西洋社会とは何か、という問いまでをも世間に考えせしめることとなった。レヴィ=ストロースの応答はしかしこのカトリック教会を批判したり擁護するといった類いのものではなくただ冷静に、起こってしまったこの状況を分析することに向けられている。サンタクロースとは何ものだったのか。それに対する彼の答えは単純明快である。それは現代に現れ出たる古代神話的思考の名残りなのだという。
クリスマスの原型と考えられているヨーロッパの冬祭りは当時のクリスマスの期間を挟んだ数日間行われ、そこでは死者の世界が一時的に生者の世界に解放されることにより日常世界の疑似的な攪乱が企図されていた。そこでその死者の霊をなだめるために行われたのが、贈与、つまりプレゼントであったのだという。生者は死者に無償の贈り物をすることで、死者をなだめることができ、この荒ぶる祭りを終えることが出来る。しかしいくら古代の祭りとはいえ、実際に死者が蘇るということは不可能であって、祭りの実際では何者かが死者を象徴しなければならない。論文を引いてみよう。

 

生者の世界の中にいて、しかも死者を体現できる者、とは一体どのような人々なのだろう。それは、なんらかの意味で社会集団に不完全にしか所属していない人々、すなわち、生者と死者の「徴」を同時におびている者、それによって世界の「二元性」を一身に身におびることになっている、「他者性」の体現者のほかにはいない。だから、外国人や奴隷や子供などがこの祭りの重要なる執行人となってきた理由がよくわかる3

 

死者の世界を表象するものは、「他者性」を帯びたものである。なぜならば「死の世界」は生者が知り得ることが出来ない完全に異なる世界、「他」なる世界だからだ。だからこそその世界を表象するのは、その社会の構成員にとって他者性を帯びているもの、つまり「外国人、奴隷、子供」たちをおいて他はない。彼らは成人社会へ参入をしていない、もしくは一部しか参入を許されていない。そしてその中で子供に対して贈り物を渡すという行為こそがサンタクロースの風習にその姿を変えて現代まで引き継がれているのである。
もっともこの冬祭りは、生者と死者という二つの隔絶した世界の間に活力を取り戻し、その流れを良好にするために行われたのであって、贈り物とはその2つの世界の交通を媒介するものである。サンタクロースとはその交流の証なのである。
ドンペンに話を戻そう。ドンペンはなぜ、サンタクロースのアイコンともいえるサンタ帽をもれなくかぶっているのだろうか。まさにここにこそ、ドンペンくんが「砂時計型形象」を持っていることと同じ理由を見出し得るのではないか。サンタクロースとは本来、死者の世界と生者の世界の間の交通を良好にするためのものであって、それから更に進んで他者と他者を取り結ぼうとする感覚の表れでもあった。まさにこれは砂時計型形象が外側と内側という2つの世界を攪乱させ、混然一体とさせようとしたことと軌を一にしている。

どうやらドンペンという奇妙なペンギンには内と外、や生の世界と死の世界、というような異なる世界を攪乱させる力が秘められているようだ……。
しかし、それは本当か?
ここまでの議論はいささか(かなり?)牽強付会だし、私たちはこのような呪術的かつオカルトじみた言説をそのままとどめておくわけにはいかない。2つの世界に良好な交通を与え、それらに活力を取り戻す象徴としてのドンペン。いや、しかしそれは本当にドンキの実際においてその意味を担っているのだろうか。ドンキの実際を見つめねばならない。

 

ドンペンについて考えていくと、ドンペンが担っているかもしれない象徴性に辿り着いた。しかしドンペンがドンキと言う企業のキャラクターである以上、それがドンキという企業に負っている実際の役割もあるはずだ。だから次にドンペンくんそのものが置かれている環境に注目してみよう。いや、環境などと大それた言葉を使うまでもなく、ドンペンくんの人形が一体どこに置かれているのか、ということについてである。先にドンペンくんの人形はドンキの外装において完全なる装飾として存在しているということを述べた。もう少しその外装の諸相を見つめてみよう。

ドンキ水道橋店

 

ドンキ藤沢店

 

このようなドンキの外装は私たちにある規則的なパターンを見出させてくれる。ドンペンの人形は無機質なビルやマンションに取り付けられているだけであり、それらを取り除いてしまえばそこに残るのは至って普通の建築物だということだ。これはドンキが採用している出店戦略による部分も大きい。ドンキはその出店コストを抑えるために居抜き物件を中心として、都内の雑居ビルの中にその店舗を構えることも多い。もちろんそうした出店戦略は他のチェーンでも同様であるがそこにドンキはドンペンを施す。
普通の建築と取り付けられた装飾。これを考えるのに良い先行研究がある。
ロバート・ヴェンチューリの『ラスヴェガス』だ。この論考で彼が提出する「あひる小屋」と「装飾された小屋」という二項対立を知るためにはヴェンチューリが乗り越えようとした近代建築という巨大な思想を知る必要がある。至極簡単にまとめるなら、近代建築とはその建物の機能と形態を極限まで一致させるという絶え間ざる試みであった。そのために近代建築は徹底して機能の遂行に不必要な装飾を拒否する。装飾行為を犯罪行為であると喝破したアドルフ・ロースを思い出そう。しかしここでヴェンチューリが主張することには、半端な近代建築家たちが装飾を完全には捨てきれず、その残り滓が「あひる小屋」のような形になって結晶してしまった、というのである。「あひる小屋」とは実際にラスヴェガスに存在した以下のような建築物である。

ラスベガスに存在する「あひる小屋」

 

ここで起こっていることは、装飾を拒否したはずの近代建築がそれを拒みきれずに建築自体が装飾になってしまっていて明らかにその機能を食いつぶしている、という事態である。「あひる小屋」の内部に想像を働かせてみよう。曲線を描く壁面はいかにも暮らしにくそうだ。
そこでヴェンチューリが近代建築に変わる新しい建築として提出するのが、二項のもう一方である「装飾された小屋」なのだ。これはまさにドンキの建築タイプそのものであって、それ自体はなんの変哲もない建築物に装飾が付加されるような建築を示す。ドンキもまたドンペンを取り除けばそれはどこにでもあるような雑居ビルであったり、マンションに他ならないのであった。
しかし重要なことは、ただそれらが類似しているということを指摘することだけではなく、それらが類似しているということが何を表しているのかということであろう。なぜヴェンチューリはこのような装飾が付加された建築を称揚したのだろうか。それはあひる小屋やその思想的背景になった近代建築が、建築物一つで屹立しており、周りの街並みや環境を取り込むことなしにそこに存在するという周辺環境から隔絶された状態を作り出すと考えたからである。そして「装飾された小屋」こそが、そうした孤立する建築を救い出すのだとヴェンチューリは信じていた。例えばラスヴェガスにおいて付加される装飾は大きなネオンの看板などであるが、これは自動車中心の社会において必要とされる、つまりスピードの速い車からでもよく見えるための装飾なのであってそれはラスヴェガスという土地性がその装飾に反映されている。これこそヴェンチューリが『ラスヴェガス』で主張しようとしたことであり、これからの建築は周りの環境をそこに取り込んで建てられるべきだ、と言うのである。
ではドンキはどうだろうか。当然のことながらドンキがこうした土地性を反映するものとしての「装飾された小屋」であるという議論に疑念を持つ人もいるはずだ。それも当然である。なにせドンキは「ファスト風土化」する日本=郊外の代表的悪者であって都市の景観を均一化させる大きな要因であると多くの論者が語ってきたからで、それは本稿の初めに語ってきたことでもある。しかし、その言説は本当に正しいのであろうか?早急に答えを言ってしまうならば、それは否であろう。例えば、次のようなドンキを見ればよい。

プラチナドンキホーテ白金高輪店

 

ドンキ浅草店

 

上は白金高輪にある「プラチナドン.キホーテ」、そして下は浅草にあるドンキである。ここにおいてその外装が通常のドンキに比べて明らかに変化していることに注目しよう。白金高輪のプラチナドン・キホーテは高級住宅街の真ん中に位置しているために通常のドンキで見られるようなけばけばしい装飾は身を潜め、銀と白を基調とする(白金?)外観に統一されており、ドンペンくんもまた銀に塗りつぶされている。一方で浅草のドンキは江戸以来続く盛り場であり、演芸の中心地でもあった浅草六区の真ん中に位置しているために、やはりその外装もレトロ調なレンガ風の作りになっており、「ドン.キホーテ」という看板もローマ字で表され、エンターテイメント性を高めようとしている。
実際にこうした土地に強固なスーパーマーケットチェーンであるドンキが出店することに対して近隣住民の反対は大きかったようだ。そのような反対意見を聞き入れつつ、しかしあのドンペンくんの外装にはこだわるといったドンキの意向がこのような外観の店舗を作り上げる。この光景はまさにヴェンチューリがラスヴェガスで見た光景そのものであり、ドンキの外観がその土地性を反映するということの一つの表れであると言えるだろう。

 

ドンキの外装はヴェンチューリが『ラスヴェガス』で語るような地域固有の外観を持ちうる。しかしそれはあの余剰ともいえるペンギンのオブジェがなぜドンキにあるのかを説明するには十分ではない。ドンペンくんのオブジェなど無くてもドンキはドンキとしての経営を続けることが出来得るからだ。
ここで一つの比較対象として今度は東浩紀と大山顕が語る『ショッピングモールから考える』を引いてみたい。ショッピングモールをドンキの比較対象として扱うのは、先にも確認したようにその外観が180度異なるからである。この本の中でも言われている通り、ショッピングモールにおいてその外観はこのように無機質で全く飾りの無いものになっている。ドンペンくんのオブジェを張り付けるドンキとは大違いである。

一般的なショッピングモールの外観

 

この本の中で語られる「ショッピングモールには内部しかない」というテーゼはこのような外観に全く注意を払うことのない内部の豊かさ――そこには疑似的に植物が植えられ、徹底した空調管理によって人間にとって過ごしやすい温度が保たれている――のみを重視して作られるモールの特徴を如実に表す言葉だが、ここに内部/外部という問題系が浮上してくることになる。そしてこの内部/外部という問題系は、建築の歴史においても常に俎上に上がってきた問題であって、建築史上のアポリアである。簡単に言えば、建築という技術そのものが空間に壁を作り、そこを内側の空間と外側の空間に分けてしまうものであって、いくら内側と外側の調和(これこそ、ヴェンチューリが声高に述べたかったことだ)を謳ったところでそこでは空間は内と外に分断されてしまっている。
ショッピングモールが内側だけにしか注意を向けないのであったら、ではドンキの内と外はどうなっているのだろうか。ドンキが持つ外観については既に触れた。その外観はヴェンチューリが見たラスヴェガスのように地域固有の姿に容易に変わり得るものであった。そういえば、かくいうヴェンチューリもその建築物の内部空間については『ラスヴェガス』の中でほとんど触れていないのは気にかかることである。「装飾された小屋」はその外部だけが地域固有の姿を持ち、内部については深く問われていない。さらにヴェンチューリが対抗しようとした近代建築の有名なテーゼ「装飾は犯罪だ」という名言を書き残したアドルフ・ロースさえ、その建造物の外観こそ装飾を徹底して排したのであるが、中谷礼仁が語るように「彼の建物の内部は官能的」であって複雑な構造を持つものも多く、必ずしも余計な部分が全て廃されているわけではないのである4。というよりもやはり装飾を捨てきれなかったのだ。
伝統的な建築史はあまりにも外観を語りすぎてきたようであるが、東たちが語るショッピングモールはあまりにも内部に閉じられすぎている。ではドンキはこの内部と外部というアポリアにどの立ち向かっているのだろうか。私たちはドンキの外装の余剰について考えている。しかし外部を考えるために――建築を考えている以上は――その内部空間についても話さねばならないだろう。

 

ドンキの内部を考えるためにそのフロアマップを見てみよう。

ドンキのフロアマップ。通路は入り組み、目的地までなかなか到達できない。

このように店舗の通路は複雑に入り乱れ、目的の品があったとしても容易にはそこに辿り着けない構造になっている。このことは他のディスカウントストアのフロアマップと比較してみれば更に明快になるだろう。

一般的なスーパーの店内マップ。目的地まですぐに行ける。

 

私たちがスーパーと言って思い出すのはこちらの方だろうかもしれない。マンハッタンの街区における直角のグリッドをも想起させるこの構造は、目的の品までどのように行けばいいのかが一目で分かり、極めて合理的な店舗構造であるといえるのだが、そう考えたときにドンキのあのいびつで不規則なフロアマップがますます不合理なものに思えてくる。なぜドンキはあのような不合理ともいえる店舗構造を作り出すのだろうか?
そのヒントがドンキの店内で執拗に流されているテーマソング「ミラクル・ショッピング」の歌詞に潜んでいる。それはこんな歌詞だ。

 

 思い立ったらいつだって  ドン.キホーテで待ち合わせ

 ドッカンとあふれる夢を買いましょ 気分は宝探しだね

 ドンドンドンドンッキードンキ―ホーテー ボリューム満点激安ジャングル

 (ジャングルだあ~)

 ドンドンドン ドンッキー ドンキーホーテ― 何でも揃って便利なお店

 ドン.キホーテー

 早いもの勝ちパラダイス ドンキめぐりは癖になる

 衝動的でも得したね 今夜は何があるのかな?

 ドンドンドンドンッキードンキ―ホーテー いつでも満足不思議なジャングル

 (ジャングルだあ~)

 ドンドンドン ドンッキー ドンキーホーテ― 真夜中過ぎても楽しいお店

 ドン.キホーテー

 

このような歌が店内では流し続けられている。耳にしたことがある人も多いかもしれない。ひたすらに繰り返されるドンキの店名コールに気を取られてしまいがちであるが、その裏で実は意味深長な歌詞が歌われている。さしあたってここで考えたいのは、「ジャングル」や「宝探し」といった普通のスーパーでは考えられないような語群であるが、こうした単語がその店舗構造の複雑さに直結している。このように曲がりくねった通路を持つ店舗構造をドンキは「回遊型」の店舗構造と呼ぶのだが、その結果として生まれた店内はまさに植物が複雑に入り組んだ「ジャングル」であり、その中で目的の品物を見つけるという体験は限りなく「宝探し」のそれに近い。この「ジャングル」や「宝探し」という感覚はその店舗内に一歩立ち入ればより明らかになるであろう。

「圧縮陳列」が施されているドンキ店内。見通しは悪い。

この写真からも明らかなようにドンキの店内は1つの棚に多数の商品が詰め込まれる「圧縮陳列」という方法が商品配列において採用されており、そのために各棚からは商品が飛び出していたり、はたまた通路となるような場所に段ボールが置かれていたりしてドンキの「ジャングル」性、「宝探し」性を誘発している。そのことはまた他のスーパーに置ける整然と並べられた商品配列と比べれば一目瞭然であろう。

スーパーの店内写真。見通しが良い。

 

またこのテーマソングにはそうした複雑さの理由の一つも、堂々と歌われている。それがこの部分だ。

 衝動的でも得したね 今夜は何があるのかな?

ここで歌われているのは「衝動買い」、つまり予期せぬ品物の購入が歌われている。つまり「宝探し」の途上において全く別の「宝」を見つける場合もあるのだ。コストコ型のように1つの品物まで直線で進むことの出来る合理的なスーパーとは違い、ジャングルのような店内を周遊させる構造が目的以外の品物も目に触れさせる機会を作り出し、結果として客は予期しなかった商品を買うこともある。そしてそうした「衝動買い」を更に効率よく行わせるためには限られた店舗の中でなるべく多種多様な商品を1つの店舗内に敷き詰めることが必要であって、そこからあの「圧縮陳列」という手法が考案され、ドンキのジャングル性を増長させている。
また品物の圧縮度合いに加えて、ドンキは極めて多くの種類の商品を取り揃えており、なかでも他のスーパーとドンキを商品面において大きく差異づけているのは、アダルトグッズの取り扱いにある。ほとんどのドンキはひっそりとこのアダルトグッズコーナーを持っていて、実際にこの歌詞で歌われている「今夜は何があるのかな」や「真夜中過ぎても」という「夜」が強調される部分は性的なコノテーションを多分に含んでいる。
一見ドンキの店舗構造は不合理極まりなく感じられるが、その裏には多種多様な商品を触れさせて「衝動買い」を促し、売り上げを増収するというきわめて経済的な目的が潜んでいる。極めて合理的な目的意識が、不合理なる店舗構造を作り上げているのである。
不合理で複雑なドンキの店内構造。しかし合理性一辺倒に対する空間構造に対するアンチテーゼとして、複雑な空間構造を作り出そうという傾向は何も新しいことなどではない。それはポストモダニズム都市論の代表的論者であるクリストファー・アレグザンダーが『都市はツリーではない』という小論で既に高らかに述べていたことでもある。
ここでアレグザンダーは都市空間構造を「ツリー型」と「セミ・ラティス型」という2通りに分類して、これからの都市はセミ・ラティス型を目指さねばならない、と宣言した。彼が真っ先に否定したかったのは――ヴェンチューリと同じように――近代主義的な都市理論であった。例えばそれはコルビジェが『輝く都市』や『ユルバニスム』で挙げたような合目的的な都市である。そこでは、ある一つの目的を最短距離でなし得ることが出来るために、出来る限り余計な要素は街から取り除かれている。上に乗せた、コストコの平面図などはまさにツリー型の都市を復元するかのようだ。
しかしセミ・ラティス型の都市はそうではない。例えば、アレグザンダーはセミ・ラティス型の都市として次のような例を挙げる。交通信号とドラッグストア、そしてドラッグストアの店先に置かれるニューズラック(新聞を入れる箱)を例に挙げて「セミ・ラティス」型の都市を説明している。それらが同じ区画にあった場合、それぞれの要素は固定的で自律的であるが、その中に人間が介入してくることによってそこに関係性が生まれる。例えば私達は信号を待ちながらふと傍らにあったドラッグストアのニュースラックに目をやったとしよう。その新聞に惹かれるようにしてドラッグストアにふと入ってしまうということもあるだろう。その時、本当は別個で関係の無いものとしてあった信号とドラッグストアが人間の活動によって関係を持つのだ。
セミ・ラティス型の都市では全く関係を持つことのなかった事物同士が別の事物を媒介として複雑に結びつき、一つの都市が出来上がっている。要素が20個あればそこからは100万通り以上の結びつきが生まれるという。アレグザンダーは古来からの様々な都市を分析し、自然にもっとも適合した都市がもれなくこのセミ・ラティス型の特徴を持っていることを示した。そしてツリー型の都市がセミ・ラティスの構造によって可能になる多種多様な要素間の結びつきを廃し、様々な人間を分断することに警鐘を鳴らして、「都市はツリーではない。ツリーにはならないし、ツリーにしてはならない。[…]もし我々がツリーである都市をつくるとしたら、まさに我々の生活はばらばらになるに違いない」と強く主張する5。そしてドンキこそ現代のセミ・ラティス都市である。なぜならば既に確認したようにその店舗内では圧縮陳列や、回遊型の通路によって商品との予期せぬ出会い(=関係)が企図されており、そこでは本来関係を持つはずではなかった商品と人間が運命的な出会いを果たすことがしばしばだからである。
しかしここで見逃すべきではないのは、ドンキが確かにセミ・ラティスの構造を強く持ちながらも、一方で店舗によっては分かりやすくツリー構造を持つ店舗があるという事実である。MEGAドンキ渋谷店は近年リニューアルオープンされたドンキでも一位二位を争う規模を持つ店舗であるが、その地階はドンキらしからぬ、極めて見通しの良い一般的なスーパーとしての空間を持つ。これは私たちが先ほどドンキの店舗と比較してきたコストコ型のスーパーそのものであり要素間の交わりが少ないツリー型の構造を持つ。つまり、目的地まで最短距離で進むことが出来る。

MEGAドンキ渋谷店の地階食料品コーナー

 

アレグザンダーが強くセミ・ラティス型の都市を志向したのに対して、ドンキは一見そのような複雑さへ執着があるように見えるがしかし、その複雑さはドンキにとって必要条件ではあるが十分条件ではない。
結局のところドンキはアレグザンダーが語ったような複雑さだけを目指しているのではない。彼が『都市はツリーではない』で打ち出した都市像は、俗に「ポストモダニズム都市」と呼ばれるが、ドンキはアレグザンダーが否定しようとしたコルビジェのモダニズム都市をも、そしてこのポストモダニズム都市とも違う何か、なのである。ではこの形を容易に変えてしまう何か、はいったいどのような原理でその店舗構造や外装を変えてしまうのだろうか。

 

ドンキが多くの建築家や都市計画家の批判の的になっていることは既に述べた。彼らがドンキを批判するポイントはただの一点のみであって、つまりそれが都市の風景を均一化しているということだ。しかし既に前章までで見たように内装、外装において様々な相貌を持ったドンキがある。これらを十把一絡げにして都市景観の敵にしてしまうということは議論を不用意に稠密にしてしまう。だから私たちはこの多様なドンキを受け入れた上で、それらがどのように出来上がるのかを確認せねばならない。
さて、そのような視点で考えた時にドンキが独自に採用している興味深い経営形態がある。各店舗の店長にその店舗経営を一任する、「権限委譲」というシステムである。ドンキの創業者である安田隆夫が「ドンキを今のような成功に導いた最大の要因」と語るこのシステムは、全国に大規模な形で店舗を展開するチェーンとしては極めて珍しいものであって、経営を一任された店長はそのドンキが置かれた街の状況に応じて店舗に置く商品の種類や量、そしてその配列の仕方を決定する権限を持つ。そしてこのことこそ、あのドンキの多様性につながっている。つまりこれは徹底して地域の実情を反映する仕組みなのである。
前章で私たちは「MEGAドンキ渋谷店」の地階が通常のスーパーマーケットになっていることを確認したが、これもまたこのドンキの立地に依っている。渋谷店はその背後に松濤という高級住宅街をひかえ、ファミリー層が多く居住する場所でもある。実際にオープン時のプレスリリースでも「ファミリー層や、地域の飲食店の仕入れ需要」に対応した店舗を目指していると公言する。また同時に渋谷が若者の街として知られていることは言うまでもないが、そのような需要にも同時に答えるべく、上の階の方では渋谷に来た若者向けの商品が置かれている。中でも特徴的なのは、5階に堂々と開かれている「TENGAコーナー」である。これなぞは明らかに渋谷に訪れる若者向けのコーナーであって、渋谷店独特のものである。

MEGAドンキ渋谷店のTENGAコーナー

 

地階が普通のスーパーのようになっているのに比べ、TENGAコーナーを始めとする上の階では通常のドンキのような回遊型の店舗構造が採られている。同じドンキの店舗内にいわば、セミ・ラティスの都市とツリーの都市が同居しているのである。しかしこうした事態は決して複雑な事情によるものではなく、極めて単純に客層に合わせた商品配置、商品選定を行ったが故にこのような形になったのである。つまりドンキというチェーンは私たちが普段口にするような意味でのチェーンではない。それは店舗ごとによって、それが置かれている街や近隣住民、もしくはその他の店(渋谷店のプレスリリースに「近隣店舗の仕入れ先」になるべく…と書かれてあるのは興味深い)に影響を受けながら常に店舗ごとに形を変えていくという不定形なチェーンである。
先ほどもその外装を確認したドンキ浅草店は出店が決定したときに近隣住民からの苦情が相次いだのだった。浅草六区という明治以来の伝統ある演芸の中心地に郊外型チェーンが出店するとはなにごとか、と。そのような意見が多い中でドンキはその折衷案としてあのような店舗外装を施すことでなるべく浅草六区という地区に馴染むような店舗をそこに出現させた。ドン・キホーテ浅草店はだから、ドンキの本社が作り上げたと同時に、近隣住民や、ひいては浅草六区が持つ歴史性そのものが作り上げた店舗なのである。白金高輪店も同様、近隣は高級住宅街であるという立地の中でいかに近隣住民や近隣店舗と争いになることなく、その場にドンキを立ち上げることが出来るかということが問題になる。それこそがあの白と銀を基調にした異質なドンキを立ち上げさせた。ここでもまたドンキを作り上げたのは、本社だけではなく近隣住民や、白金高輪という土地が持つ歴史性なのである。
ドンキは経営主体だけではなく、それ以外の様々な力の合成によって1つの店舗が出現している。有り体に言えば柔軟性を持つチェーン、ということになるのだろうがこのことは意外にもドンキを語るときに見過ごされている。複雑さも単調さも、様々な力の合成結果として生まれるのであって、決してアレグザンダーのように、複雑性のみを志向しているのではないのである。むしろドンキで起こっている事態とはこの「志向する」というファクターが外部の力によって弱められているということをはっきりと述べねばならない。
ここにおいて私たちはドンキというものが、その内側においても外側においても近隣環境の中に溶け込み、その土地に特有のドンキが生み出されていることを確認することができる。それは『ラスベガス』でヴェンチューリが主張したことを、その外装だけでなく内装においても成し遂げている。外部空間においても内部空間においてもそれは近隣環境の取り込みを行っているのである。それはその土地が持つ様々な力のファクターによって変化するために、一つとして同じドンキは存在しえない。

 

とはいえ既に本論で述べてきたような特徴をドンキが持つとして、しかし私たちはそのような特徴をもっと色濃く持つ商店を知っている。地域に根付く個人経営のスーパーがそれである。実際に物流専門誌『激流』の記事によれば「(ドンキの)一番のライバルは近隣の地場スーパー」であると言われている6。地域の風土を色濃く反映するのならばドンキなどよりも個人経営のスーパーや商店の方が明らかにその度合いは強いはずである。
しかし事実として、そうした個人商店は減少の一途をたどり、チェーン店舗が郊外に増殖する。この明瞭な事実こそ様々な識者をしてドンキのような郊外型チェーンを批判させしめるわけであるが、ここではもっと冷静にこの批判の内容を検討せねばならない。
なぜドンキは批判されるのか。それは何度も言うように個人商店のように地域に根付いた土着の商店を駆逐し、日本の風景の均質化を招いている、と思われているからだ。三浦の『ファスト風土化する日本』はそうした前提を元にして書かれている。しかし前章まで私たちが繰り返し訴えてきたことは、ドンキこそ地域の実情を反映しながらその形を変えるという個人商店のような経営形態を持っているということである。だから既にしてこの批判は成立しない、もしくは少なくとも事態を正確に捉えきれてはいないのだ。ドンキ批判の論陣を張るものたちは、実はドンキと個人商店が同じ土俵にいることを知らない。確かにドンキはチェーンであるが、その実情は様々な力によって形を変えるチェーンである。それはチェーンスーパーと個人商店の中間に位置する商店である。
ドンキと個人商店が驚くほど類似しているということは、近年明らかにされたある若者たちの消費行動を明らかにすると更に明瞭になるだろう。その若者を「マイルドヤンキー」という。マイルドヤンキーとは何か。それは2010年代半ばに現れ始めた新しい人間のタイプに関する言葉だが、彼らは生まれ育った地元を愛する「地元志向」が異常に強く、「仲間」「絆」「家族」という言葉が大好きで、「車」を好んで利用する……といった特徴を持つ人間たちである7。そのマイルドヤンキーたちが好んで利用する商店こそドンキであり、またそこが一種のたまり場のようになっている。マイルドヤンキーたちの行動を見てみると、それは単純に極めて強度の強い地域共同体を彼らが作り出しているということが理解できる。しかしマイルドヤンキーたちがドンキを好んで利用する、と言う状態は2010年代という時代においては少しばかり不思議に思える。
ドンキが現在の形態で業務を始めたのが1989年のこと。平成元年だ。社会学的な観点で言えば、この時期は1995年というメルクマール的な年号に向かって日本のポストモダン的状況が進行している時期でもあった。ポストモダン社会とは近代社会のあらゆるシステムが崩壊していくような社会のことだ。近代社会においては、個々人が生きる意味を保証してくれる宗教や、国家、そして歴史といったあらゆる虚構のシステムが機能していた。しかしポストモダン社会ではそれらはことごとく崩壊しもはや人々もそのような言葉は何も信じていない。既に何度も言及している「ファスト風土化」という言葉もまた強くポストモダン的状況を反映した言葉である。地元の歴史に基づいた商店街や、地域のスーパーが無くなりそこには歴史や土地性に関係なく全国で均一なチェーン店が広がっている。
しかしながらそうした状況を鑑みた場合にドンキというのはやはりポストモダン社会にあって特殊な位置を占めている。つまりこれまで何度も確認してきたように、ドンキはその不定性を持って、むしろその土地のニーズや歴史を店舗形態に反映させているからである。そしてマイルドヤンキー達はポストモダン社会にあって、もう無効であるような地元という言葉にこだわり、そしてドンキを好んで利用する。
だとすればこうは言えまいか。
ドンキとはある種の疑似的な地元を――もちろんそれは疑似的な地元に過ぎないが――を作り出しているのではないか。つまりそれはポストモダン社会にあって平板化していく(と思われている)都市にあってむしろこうしたマイルドヤンキーと呼ばれる人間たちに疑似的に地元のようなものを作り出しているのではないか。
もちろんドンキは地域スーパーのように歴史を持たない。その意味では郊外型チェーンの最たる例である。しかし一方で完全に土地から疎外された、無歴史的なチェーンでもない。それは郊外という土地にありながらそれぞれの土地の住民のニーズに合わせて変化する。そこでは各地域に住んでいる人間のニーズが店舗構造を変え、完全なる均一な店舗では有り得ない。
こうした疑似的な故郷ともいえる状況を作り出す装置としてのドンキについて、それと同型の構造を先行研究の中に発見することが出来る。それは吉見俊哉が『都市のドラマトゥルギー』で語る1920年代における浅草という都市であり、1960年代における新宿という都市である。これらの都市の特徴は何か。吉見は新宿について、「「蒼ざめた野次馬集団」の巨大な集塊がたむろし、混在し、互いに交錯しあいながらそのエネルギーを無秩序に乱反射させていく不確定の空間をかたちづくっていた」と書き、そこには「グリーンハウスや風月堂を根城とするフーテン、蠍座やピットイン、それに花園神社境内内等で講演を続けるアングラ演劇やハプニング、街頭の各所で集会を組織したりカンパを叫ぶ学生、西口のフォークゲリラ、町を彷徨する若者たち、三光町界隈の娼婦や浮浪者等々」8がいたと語る。そして浅草、新宿的なる盛り場の特徴について次の4つを列挙するのだ。

1、強烈な消化能力
2、先取り的性格
3、変幻自在さ
4、共同性の交感

この4つは今まで私がドンキについて語ってきたことと強い関係性を持っている。「ドンキ」という目に見えず、不確定な理念は強烈な消化作用でそれぞれの地域にフィットするように形を変え、それゆえ最初からその店舗は確定的なものではありえず、常にそれが書き換えられる可能性を保持している。また、そうした形をするりと変えるさまは変幻自在である。そしてそうした変幻自在さのゆえんとして共同性の交感、つまり都市で言えば都市のプランナーと、都市に生きる者の身体的対話が、その都市の在り方を変えていくという現象がある。まさにこの共同性の交感とは、ドンキにおいて企業側と客側の対話が、それぞれのドンキを生み出していくというプロセスに対応している。
そして吉見はこうした事項から更に思考を飛躍させて、新宿、浅草的な盛り場において重要な契機となっていたものが「死」という単語であることを強調する。浅草や新宿といった盛り場では売春など性風俗もまた盛んであった。そうした生――死が循環する場所として、もしくは身体の交わりの場所としてこれらの盛り場は捉えられる。事実、前述した特徴はその全てが極めて身体的なものであり、西洋近代が抑圧した身体的なものを復権しようというありとあらゆる試みが行われていたのもこうした盛り場なのである(例えば、新宿の花園神社でアングラ演劇を上演していた唐十郎は『特権的肉体論』の中で身体の全面化を謳っている)。
そしてドンキが経営の一つの主軸として打ち出している言葉が「触れる」ということであることはもはや私たちにとって驚くようなことではない。それは必然なのだ。またその店舗構造における狭い通路においてより直接的に人と人の身体が触れ合う可能性が多いこと、そして既にこの論考の中でも触れた、アダルトグッズの取り扱いはまさにそうした局面を顕著に表している。他のスーパーに比べてもこうしたグッズを一般の商品と同列に取り扱っているのはドンキの大きな特徴である。明らかに「身体」、「死」という単語にドンキは取り憑かれている。

 

さて、ここまでの大きな迂回路を通して私たちはドンキの中に「死」という契機があることを発見することが出来た。そしてこの「死」という単語から私たちはこれまでの議論を改めて包括的に捉えなおすことが出来る。私たちは、ドンペンのオブジェから出発し、その外装、そして内部空間へと迂回路を辿りつつ思考を進めてきた。その結果として現れ出た「死」という単語は一体何を意味するのか。とっかかりとして『ショッピングモールから考える』で東浩紀が何気なく発したと思われる言葉を引用しよう。

ぼくはテーマパークやショッピングモールを考えるうえで、「死」というテーマは欠かせないのでないかと思います。[…]たとえば、ショッピングモールに潰されそうな商店街について考えたとき、そこで想像されるのはたいていおじいちゃんやおばあちゃんですよ。簡単に言うと、「死に近い人たち」です。それに対してショッピングモールというのは、死から遠く離れた、絶対的な「生」の空間としてイメージされているのでしょう。でもだからこそ、ゾンビ映画ではそこに死を持ち込もうとする9

 

まさにショッピングモールにおいても「死」が重要であったのだ。本人たちも言明する通りこの発言は討議の中で突発的に発言された「no evidence」の発言かもしれないが、ここではあえてその内容を深く見つめてみよう。私たちはドンキを「死の空間」として捉えた。一方で東はショッピングモールを「絶対的な生の空間」として捉える。ここに差異がある。いやしかし普通に考えるならば、ドンキもショッピングモールも生活に必要な物資を買うことの出来る場所として「生」の空間であるはずだ。ドンキについて「生」、「死」というトポスを持ち込むならば本来的にまずは「生」の空間としてそこを捉える方が普通なのである。しかし私たちはドンキの諸様相を見つめることでそこに「死」の契機を見出した。「生」の空間を考え詰めた末に、いつの間にか「死」の空間に行き着いていたのである。それはメビウスの輪のようであって、「生」の平面を辿って行ったならば気が付かないうちに「死」の平面に辿り着いていたかのようだ。
いつの間にか「死」へたどり着く?
この言葉を私たちはどこかで耳にしたことがある。
そう、ドンペンの分析においてだ。
私たちがドンペンの分析で得たひとまずの結論は何であったか。それはドンペンの形象がレヴィ=ストロースが指し示す「2つの世界を攪乱させる」形象と合致するということであった。例えば「砂時計型形象」は中沢新一の解釈によれば「出産」という契機を表しており、「生」と「死」がねじれ攪乱される様相がそこに現れていた。「生」と「死」という2つは分断されたものではなく、相互に浸透しあい、繫がっているのであり、そしてドンペンとはドンキの内側と外側をつなぐその結節点にもれなく存在しているのではないか。
東が語るようにショッピングモールは絶対的な生の空間としてイメージされているが故に、ゾンビという死者の国からの来襲を受ける。そこでは生と死は完全に分断されており、そのことは既に本稿でも触れたように「ショッピングモールには内部しかない」という命題に直結する。そしてそれを表すかのようにその外装は淡白であったのだし、更に興味深い事例を付け加えるとするならば、レム・コールハースが指摘するにはショッピングモールを特徴づけているのが「エアコンの常時稼働」であり、その内部空間が独特の温度帯で管理されているという。そしてその徹底された温度管理を可能にしていることこそ外部と内部の遮断である10
一方でドンキはどうか。ドンペンくんが鎮座するファサードを見てみよう。

ドンキ水道橋店

 

ドンキ藤沢店

その入り口の多くは外部空間に開け放しになっているのだ。もちろんドンキが空調を付けていないはずはない。しかしそこでは突然私たちがその空調の気候を体感するのではなく徐々にその空間の温度に慣らされていくという空間がファサードに作られる。
建築が常にそのアポリアとして抱えていた内部と外部という問題系をドンキはするりとかわしていて、そしてその内部空間と外部空間の捻れの象徴としてドンペンは置かれているのではないだろうか。ひとまずはそのように結論付けることが出来るのではないか。
だがしかしここで私たちがもっと考えなければならないのは、おそらくドンキは企業としてこのようなことまで考慮してドンペンの置物を置いたわけではないだろう、ということだ。現実的に考えればそれはそのはずであって、では現実的な理由とは何か、と言えば、それはこの文章の最初で触れたように「儲けるために目立つため」、それだけであっただろう。ここまで長くドンペンやドンキについて考えながら、最終的に行き着くのがそのようなことであるのはあまりにもつまらなく感じる。しかし私たちはここまでの何万字と言う字数を無駄にすることは出来ない。実はこれまでの回り道を経てこそ、この至極単純に思われる「儲けるために目立つこと」という命題に新しい視点をもたらすことが出来るのである。
ここまでで私たちが語ってきたことは、ドンキは資本主義を徹底することにより、あのドンペンのような店外装飾を作り出し、それが図らずも古代的形象を実現しているのだ、ということになる。資本主義を徹底的に行うことが、ドンキのような店舗を生み出したのである。では私たちはこのように結論付けるべきか?つまり、資本主義を徹底せよ、と。いや、それはあまりにも時代錯誤のように思われるだろう。事実私たちはこの資本主義に悩まされているのではないか。そして何よりも、資本主義を徹底させようとしたその他の商店はドンキのようにはならなかったではないか。では、そのようにドンキへと分岐していく条件は何なのだろうか。その条件を見極めることが重要だろう。

 

資本主義の徹底が、あの不合理な店外装飾を生み出した。
しかし資本主義は必ずしもそのようなルートを辿らない。いや、ドンキこそ資本主義の生み出した特異種である。建築と資本主義の関係について突き詰めて考えた人間がいる。レム・コールハースだ。
彼もまたキメラ的怪物のように資本の力を最大限に利用し、それまでの建築における常識をことごとく破壊しようとした。彼は建築家であると同時に著述家としても目覚ましい活躍を見せており、その代表作である『錯乱のニューヨーク』では資本主義という無際限に増殖していく欲望が1920年代のマンハッタンの摩天楼をいかに作り上げてきたのかということを独特のスタイルで語り、当時の建築界に衝撃を与えた。
1920年代の摩天楼を「天才なき傑作」と呼び、一人の天才による芸術的志向ではなく資本主義に基づいた欲望によって形成されたこの摩天楼をもって、ル・コルビジェや、アドルフ・ロースといった固有名で語られる近代建築に異議を唱える。ドンキもまた資本主義的欲望に忠実な建造物であるという点は、マンハッタンと同じようなものだろう。しかし、その結果として出来上がった建造物の形は驚くほど異なる。それは今まで私たちが何度も繰り返し言及してきたように、ドンキがあの装飾物にまみれた店舗であるのに対し、マンハッタンを埋め尽くしたのは天空に向かって迷いなくまっすぐと建つモダニズム的なビルであった。

1920年代のマンハッタン(『錯乱のニューヨーク』より)

 

建築家の南泰裕が『錯乱のニューヨーク』について語っていることはこのドンキとマンハッタンの分岐したさまを考えるのに興味深い11。南はコールハースがマンハッタンを語るに際して、ニューヨーク近郊に存在していたコニーアイランドという遊園地をも同時に語ることに疑問を覚える。南はこの疑問についてその後に本格的に立ち上げられるマンハッタン論を踏まえて次のような結論を出す。「実験場」としてコールハースが語るその遊園地は、ニューヨークから離れていたからこそ、独立した土地としてその欲望の受け皿になった。それは中心地から分離され、何もなかったからこそ人間の欲望が入り乱れる、身体的な遊園地が立ち上がったのだ。そして離れている、ということこそコニーアイランドがマンハッタンと共に語られる根拠である。マンハッタンとはそれまでの都市から分離していたフロンティアであったために(具体的にはイギリスをはじめとするヨーロッパ諸国から離れていた)、何もない場所で一から資本の運動が思う存分に働くことが出来た。そこで働いているのはアメリカを語るときに度々用いられるフロンティアスピリットと、分離の原則である。
そしてコールハースがその思考の奥底に抱えていた思考こそ、この「分離」の問題である。その根拠として南はコールハースが終生、原子力発電所に興味を抱いていたことを語る。原発は言うまでもなく、都市から離れたところに建てられ、都市からは隠されている。コールハースはこの「隔離」という状況について――それを肯定するか、否定するかは別にして――興味を抱いていたのだ。
更にコールハースはこれに付け加えて、分離された土地であるマンハッタンそのものもまた人々の生活を分離させるのだ、と述べる。マンハッタンは都市に過密状態をもたらしているように見えるかもしれないがその実、それぞれのビルが上に伸びることによって別々の階層、個別の個室空間に人々を閉じ込めることによって、人間の隔離状態を作り出す。マンハッタンでなくとも資本主義の絶え間ざる運動はマンハッタンにおいて人々の分断をもたらす。そしてコールハースはその運動をこそマンハッタニズムと呼んだのである。
しかし、同じような資本力が働いていたとしても、ドンキは分断とは全く正反対の方向を示すのであった。それは分断ではなく、統合を志向する。なぜならばそれは地域における疑似的な共同体を作り出し、もしくはその場所を「死」という共通のファクターによって結び付けているからである。
では一体、何がドンキとマンハッタンを分けたのだろうか。マンハッタン的な拡張主義はその後において多くの挫折を向かえることになる。これはその分離の限界や問題点が露呈するということではなかったか。2000年代以降の世界を揺るがすような大きな事件はまさにこの分断の問題である。2001年の同時多発テロ(民族の分断)、それから2011年の東日本大震災ではその自然による被害と同程度、あるいはそれ以上に原発の問題が取り上げられた。ここでコールハースが原発に注目していた意味は大きい。
マンハッタンの摩天楼が既存の都市とは分離された土地で新しく資本の運動をドライブさせようとしたのならば、それから大きく時代を隔てた1989年に誕生した――そしてそれは、冷戦が終結し本格的に資本主義が世界を覆うとした時代である――ドンキはもはや拡張することが難しくなった都市の中をスプロール(虫食い)するようにしてその店舗を増やしている。実際に多くのドンキの店舗は既存の建物を利用した「居抜き」で出来上がっており、更に現在、ドンキの典型例と見られている郊外型の店舗よりも都市の中で「居抜か」れることによって出来上がった店舗の方に力を入れているのである。都市に包括されるのがドンキなのである。
マンハッタンとドンキの差異。分離されることによって拡張することと、包括されることによって再利用すること。思えば、今まで私たちが語ってきたドンキの特徴は全てこの「居抜き」によって半ば仕方なく出来上がっていた。「目立つため」という例の命題もまた様々な建物が立ち並び、全国が郊外化した、と言われる状況に対応するために生み出されたものなのである。
マンハッタニズムの誕生から100年が経とうとしている今、私たちはもはや資本の運動から抜け出すことは難しい。そしてそれと同時にマンハッタニズムが不可避的に引き起こす分断に世界が苦しめられている。
しかし私たちはもうすでにまた別のマンハッタニズムを知っている。
それがドン.キホーテである。
資本の力に上手くドライブしながらも、しかしそれは暴走し、分断を助長するのではなく、統合に向かおうとしている。先ほども語ったようにドンキが今の業態になったのは1989年、その年とはちょうどベルリンの壁が崩壊し、資本主義がグローバルに覇権を振るうようになった年号である。安田隆夫も述懐するようにそれからおよそ30年の間、ドンキは様々なトラブルに対応しながらその店を作り変えてきた。深夜出店による近隣住民からの苦情、陳列商品における厚労省とのバトルなど、そのトラブルの数々を列挙すればキリが無く、そうしたトラブルによるイメージが――今、この文章において私たちが懐疑を向けている――多くのドンキ批判を生み出していることも確かだ。
しかし現在の私たちは、今のドンキを、そして来るべき未来のドンキを見据えなければならない。ドンキはそのようなトラブルを現状として受け止め、それに対応しようとした。
現状を受け止めること。それは決して新しい店舗を、分離された状態から作り出すのではなくて、都市の中を「居抜く」ことに等しい。ドンキの出店がまさにそのことを示している。それはただの現状肯定ではないが、夢想的な理想論でもない。

 

8、

少し話が大きくなりすぎたようだ。さて、私たちはドンキに見られるささやかなペンギンのオブジェから出発したのだった。ドンペンくんについて私たちが語ったことを思い出してみよう。ドンペンこそ砂時計型形象なのではないか、ということが私たちの牽強付会な推論であったが、その元の論文について私が語ったことを再度思い出してみよう。砂時計型形象とは、世界各地でみられる形であったが、それらは置かれる地域の材料に形を規定されていた。もっといえば、それらは地域の材料に影響を受けざるを得ないのである。それは本質的に私たちが語る「居抜き」の思想と同一である。すでに自明のものとしてある状況の中で行為を行うこと、それをドンペンは本質的に予見していたのである。
もしくはサンタクロースの話とてそうだ。サンタクロースが体現していたのは、古代人にとっての「他者」である「子供や外国人(現代の移民?)」と、大人たちによって構成される社会の間に良好な交通をもたらすという象徴的意味であった。どうしようもなく存在する他者の存在を受け入れ、そこに良好な交通を通すことがこの原サンタクロースの役割である。
さらに付け加えよう。皆さんは覚えているだろうか、ペンギンの語源がラテン語の「肥満」であったことを11。ここにもまた私たちが語る新しいマンハッタニズムの形の影が表れている。肥満であること、それは贅沢であることだ。そして私たちが見ている「居抜き」と贅沢であるということは一見すると相反することかのように思えるかもしれない。例えばそれは限られた状況の中で行為を行う、という点でほとんど陳腐ともいえる「もったいない」の思想などと同じではないか、と思われる方もいるかもしれない。しかしそうした陳腐な質素倹約ともいえる思想とこのドンキの思想が全く異なるということは強調してもし足りない。それは本質的には贅沢なのである。
なぜか。もう一度ドンキの例を思い出しながら具体的に考えてみよう。ドンキという店舗は企業側の資本主義的欲望を満たそうとするがゆえに、近隣住民の声や、周辺環境、周辺店舗にも耳を傾け、しかしドンペンのような装飾をそこに施す。ドンキが行っているということは、すでにある状況の中でそこに関係する様々な事物の要求を全て満たそうという思想なのである。周辺住民が文句を言えばそれを聞き、周辺店舗の事情を考え、しかし企業の儲けも出そうとする。それは我慢とか、倹約とは程遠い。贅沢なのである。だとすれば、その象徴として――なぜか消えることのないオブジェとして――ドンペンがその丸々と太った腹を、「肥満」という語義を持つ不可思議な鳥としてそのファサードにおいて出しているということはほとんど必然的なことなのである。
そのオブジェは資本主義の帰結として自然に導き出されたものであったが、そのペンギンはドンキの建築がそこに置かれている場所性と分離しないようなそうした呪術的な意味を帯びている。ここにおいて不必要なものの美学は、それが不必要だからこそ必要である、というような議論ではなく、むしろ必要性を突き詰めた先に一見すると不必要なものが出来上がるという命題に変化する。
これはドンキを取り巻くありとあらゆる二項対立に適用できうる。
例えば私たちがドンキの内部空間を突き詰めた際に辿り着いた「死」はショッピングモールのように(レムもまたショッピングモールについて語っていたことは確認した通りだ)、「生」と「死」が分離されているのではなく、それが混然一体となっているようなつまり生であり死であるような状態であったのだし、機能主義を突き詰めていった先に現れたものは、あのドンペンのような全く機能的でないようなものだった。
ドンキが指し示している未来はマンハッタンの摩天楼のようには壮大でない。むしろもっとささやかである。しかし贅沢である。マンハッタニズムの誕生から100年後、2020年代のマンハッタニズム。それは建築が常に悩まされてきた内と外との調和をラディカルに推し進めながら、しかしポストモダニズムの時代の資本主義という現状を受け止める新しい建築のことである。
マンハッタニズム。それは資本主義の徹底による拡張の原理であった。しかしそれはあくまでも20世紀初頭におけるマンハッタニズムの一様相である。21世紀の、いや、100年後である2020年代のマンハッタニズムはドン.キホーテを志向する。それは拡張ではなく再利用である。既にして与えられた、限られた状況の中でいかに、そして贅沢に目的を果たすか。既に抜け出せない資本主義の巣窟の中でいかに振る舞うか。答えは、既にドンキにある。
ドンペンという「不必要な」装飾はその愛くるしい顔で私たちにこのようなことを密かに示唆してくれているのである。

 

脚注
1安田隆夫『安売り王一代』、文芸春秋社、2015年を参照。また以後の安田の記述に関してはこの本と、安田隆夫・月泉博『ドン.キホーテ闘魂経営』(徳間書店、2005年)を参照した。
2Claude Lévi-Strauss 2001 Hourglass Configuration(transted by Robbyn Seller), in P.Maranda(ed.) The Double Twist:From Ethnography to Morphodynamics,University of Toronto Press.を参照。また、「砂時計型形象」はまだ日本語に訳出されていないが、本稿では日本語の参考文献として出口顯『レヴィ=ストロース まなざしの構造主義』(川出書房新社、2012年)第1章を参考にした。
3クロード・レヴィ=ストロース『火あぶりにされたサンタクロース』、中沢新一訳、KADOKAWA、2017年、p. 54-55。
4中谷礼仁『実況 近代建築史講義』、LIXIL出版、2017年、p. 92を参照。
5クリストファー・アレグザンダー「都市はツリーではない」(『形の合成に関するノート/都市はツリーではない』、稲葉武司・押野見邦英訳、鹿島出版会、2015年)所収、p. 243-244。
6「月刊 激流」2017年12月号を参照。
7マイルドヤンキーについては、熊田曜平『ヤンキー経済』(幻冬舎、2015年)を参照した。
8吉見俊哉『都市のドラマトゥルギー』、河出書房新社、2008年、p. 277-278。
9東浩紀・大山顕『ショッピングモールから考える ユートピア・バックヤード・未来都市』、幻冬舎、2015年、p. 196-197。
10五十嵐太郎「レム・コールハースを読む」(五十嵐太郎・南泰裕編『レム・コールハースは何を変えたのか』、鹿島出版会、2014年所収)を参照。
11ペンギンの記述に関しては、上田一生『ペンギンは歴史にもクチバシをはさむ』(岩波書店、2006年)を参考にした。

 

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