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浮世絵とスカイツリー~「読み替え」の想像力をめぐって~

浮世絵とハンバーガー。いかにも相性が悪そうだ。
しかしこの2つが出会いを果たした浮世絵がある。それがこれだ。


この浮世絵を巡ってネット上ではオカルト的な言説を含め様々な憶測が飛び交ったのだが、事の真相はあっけなかった。現代の美術作家である寺岡政美の作品であることが判明したのだ。日系アメリカ人である寺岡は、日本の伝統である浮世絵と現代社会の様々な様相を組み合わせた作品を多く発表している。本作も現代を象徴するファーストフードであるハンバーガーと浮世絵を組み合わせるという意表を突く構図が採られている。
この「浮世絵とハンバーガー」騒動ともいえる出来事は、2011年~2014年あたりにかけて盛り上がっていた。多くのホームページでこの絵が取り上げられ、作者など存在しないかのように独特の推論を発揮していた。そして、その多くの議論がこの絵と共に「ある浮世絵」を取り上げていた。

それが、歌川国芳の『東都三つ又の図』。
正真正銘、江戸期に描かれた浮世絵だ。


絵の左側に注目してほしい。周囲より明らかに高い塔がある。
これが先ほどのハンバーガーのように、浮世絵に描かれるには明らかに不自然な塔ではないかと憶測を生んだのである。
その塔とは、東京スカイツリー。
江戸時代に生きた歌川国芳が2012年に建設された東京スカイツリーをその浮世絵に描いたのではないかと話題になったのである。
この憶測、完全に無根拠なわけではない。浮世絵が描く地域が現在の押上、つまり東京スカイツリーが立っている場所の近くであるという物的な証拠もある。
ネット上では、前述のハンバーガーと並んで「浮世絵とオーパーツ」というオカルト論者が喜びそうなテーマでもてはやされ、2011年2月22日の東京新聞に特集まで組まれたのである。結局この高い塔は、井戸を掘るための櫓であるという現実的な見解に落ち着き、騒動も幕を閉じることになった。

2枚の画が制作されたのは、2010年代よりも前である。しかしなぜこの時代にそれらは注目を浴びることになったのか。その原因にこそ、僕たちが生きる時代、つまり「2010年代」の想像力が詰まっていると僕は考えている。
本稿ではこの原因究明を軸として、同時代の諸作品にも回り道をしながら「2010年代の想像力」の容貌を明らかにしていこうと思う。

2、
東京スカイツリーは2012年5月に開業した。
そしてまだそのタワーが建設中にも関わらず、ネット上を中心としてスカイツリーを江戸時代のメディアたる浮世絵と接続する想像力が生まれた。重要なのはこうした想像力が、スカイツリーにとって決して邪魔なものではなかったことである。何故ならば、「時空を超えたランドスケープ」というスカイツリーのコンセプトがあるためだ。
ライトアップの名称が「雅(みやび)」、「粋(いき)」であること。そしてその高さが634m、つまり「ムサシ=武蔵(関東圏の旧国名)」と読み替えられること。そうした意味的なものだけでなく、建築工程においてもそのコンセプトを体現するために五重塔の建築技法など「過去」の建築意匠が採用された。スカイツリーの設計においては多くの点で「過去」と「現在」のつながりが意識されたのである。
だから「浮世絵に描かれたスカイツリー」というのはこうしたコンセプトを図らずも体現し、そのつながりを補強するのだ。
ところでこうした意図された「時間性」の意識は2010年代の新しいランドマークに多く見られる。
例えば次に挙げるキャッチコピー、コンセプトは全て2010年代に建造された建物に付されたものである。

「未来の東京は、ここからはじまる」(虎ノ門ヒルズ、2014年)
「歴史と未来の交差点」(京橋エドグラン、2016年)
「未来への出発点」(新宿ミライナタワー、2016年)
「歴史がもたらす品格と。未来へ向かう広い視野と。」(東京ガーデンテラス紀尾井町、2016年)
「銀座の街並みが持つ歴史と美しさを引き立てる建築」(銀座シックス、2017年)

このように2010年代の多くの建築で「過去」、「未来」といった言葉が躍る。過去から未来へと続く歴史性の上にその建物があるということが強調されるのだ。これは2000年代のランドマークのコンセプトと対称的である。2000年代最大の再開発であった、六本木ヒルズ、丸の内ビルディング、そしてウォーターフロントの代表的ランドマーク、晴海トリトンスクエアのキャッチコピーは以下のようなものだ。

「すべての人が笑顔でつながる都市空間」(晴海トリトン、2000年)
「日曜日なのに、東京駅に降りていた。」(丸の内ビルディング、2002年)
「六本木人、生まれる」(六本木ヒルズ、2003年)

とこのように、2000年代においては「時間」ではなく、現在のライフスタイルそのものにキャッチコピーの焦点が向いている。実際に六本木ヒルズを計画した森ビルの都市設計戦略はその土地の歴史性に関係なく「そのつど新しいものを作っていく」ものであると宮沢章夫は指摘した1。「六本木人」という単語はそれまでの歴史に縛られない新しいライフスタイルの創造が目指されたことを顕著に表すものだといえよう。

この2000年代から2010年代における変化は、「歴史」という名前の物語の再生産と名付けることができる。なぜ「再生産」なのか?
なぜなら2000年代ではもう歴史性に基づく「物語」は無効だったからだ。
歴史性に基づく「物語」を「大きな物語」を言い換えてもいいだろう。「大きな物語」とは近代社会において個々人が生きる意味を保証してくれていた、宗教や国家、そして歴史といったシステムのことである。近代人はこうした虚構のシステムに保障されながらその生を全う出来た。しかし現代社会ではこの「大きな物語」が既に意味を成さない。誰も「国家」の正統性を信じていない。「宗教」もその意味を失う。生きる目的を見つけにくい社会、そのような時代に私たちは生きている。
宇野常寛は『ゼロ年代の想像力』でこの「大きな物語」が凋落した後の価値観について語っている。曰く、2000年代においては「大きな物語」の凋落を受けて、人があえてその中から決断主義的に何か1つの価値観(究極的にはそれが無根拠であると知りつつも)を選ばざるを得ない。その価値観の最たる例が「資本主義」であり、そこで人は資本をめぐった逃れることの出来ないゲーム(=バトル・ロワイヤル)に強制的に参加させられる。いくら世の中に反発しようとも金が無ければ、衣食住は賄えないのである。
政治の話で言えば、2001年に発足した小泉純一郎内閣が「構造改革」を「決断」して断行したことが挙げられる。そしてその小泉純一郎が「都市再生のお手本を作ってくれた」と称賛した建築物こそ「六本木ヒルズ」であり、資本の力で決断主義的に土地の歴史に関係なく新しい建築物を作り続ける森ビルの戦略はまさに2000年代的な価値観の最たるものである。2005年の新聞に「勝ち組の塔 六本木ヒルズ」と特集されたことは資本の競争に勝った者のための塔、という意味で象徴的にこの価値観を表している。
しかし2010年代の建築はこの捨てられた価値観であるはずの「歴史」という名の「大きな物語」をしきりに参照しようとする。そして市井のレヴェルで人々がスカイツリーと浮世絵を結び付けて考えたように、その物語は単なる企業戦略以上の意味を持っているようなのだ。これはなぜか?

3、
2000年代から2010年代にかけてのこの変化を「土地」や「場所」を軸として描き続けている作家がいる。
宮藤官九郎だ。
彼は『池袋ウエストゲートパーク』(2000年)、『木更津キャッツアイ』(2002年)で「池袋」、「木更津」を新しく造成された歴史性の無い(=「大きな物語」が機能しない)郊外として描く。この「歴史性なき土地」で新しい共同体を創造していくということがこれらのドラマのテーマになっていた。重要なのはドラマにおいては「池袋」や「木更津」が「郊外」を表す記号として作用しており、その記号作用さえ果たすことができれば、究極的にそれらは交換可能なものであるとされる点だ。
しかしそうした宮藤の選び取る土地は2005年の『タイガー&ドラゴン』で変化する。このドラマの舞台は「浅草」。「池袋」や「木更津」とは正反対に重すぎるほどの「歴史性」を感じさせる土地だ。「池袋」や「木更津」が交換可能な項であったのに対し、深い歴史性を持った浅草は交換可能な項ではない。その後も『舞妓Haaaan!!!』(2007年)では「京都」を扱い、『あまちゃん』(2013年)では「じぇじぇじぇ」という方言がドラマ内で強調されたことに代表されるように、宮藤が扱う土地は交換不可能な土地に変化している。
建築物がそうであったように、宮藤の想像力の中にも「歴史なき土地」から「歴史ある土地」への回帰という「大きな物語の再生産」を認めることができる。そしてその結節点は、宮藤において2005年に見られるのだ。
なぜ、宮藤官九郎は「歴史ある土地」への回帰を果たしたのか。
2013年に放映され、大ヒットしたテレビドラマ『あまちゃん』について宇野はこう語っている。

『あまちゃん』とは80年代のアイドル史のデータベースを用いて、日本という「ジモト」を国民全体の「聖地」にするプロジェクトだったのだ。(中略)舞台となった岩手県三陸地方がこうした「聖地」化によって大きくクローズアップされたことは記憶に新しいが、同作以降こうしたコンテンツ依存の「ジモト」愛の喚起、町おこしはむしろ地方自治体の常套手段と言っても過言ではなくなった3

『あまちゃん』は東京に住む主人公アキが母親の地元である三陸地方に移り住むことから始まる。物語は彼女が地元住民にとっては何の変哲もない、何もないように感じられる「田舎」の中に、新しい姿を発見し、「聖地」化することに主眼が置かれる。その「聖地」化のシンボルとしてアキがご当地アイドルになることが描かれるのだ。
この作品が宮藤の作品において果たした意味は何か。それは2000年代前半において描かれた「郊外」における共同体の「創造」が、既存の土地を「聖地」化していく「想像」に変化したことの表れである。
この「聖地」化する「想像」をより明確にさせるために宮藤がその想像力を変化させた2005年に出版されたある本を見てみよう。
それが中沢新一の『アースダイバー』である。
縄文地図を片手に東京を歩く。それがこの本のコンセプトだ。中沢は現在の街の様子と縄文時代の地図を照らし合わせながら、東京という混沌とした都市の中に旧石器時代から続く消し得ぬ「土地の記憶」――その多くが「生」や「死」に関する――を発見していく。例えば次に挙げるのは渋谷の花街である円山町について書かれた一説である。円山町周辺がかつて「生と死」にまつわる古代の聖地だったということから中沢はこう書く。

ここにはセックスをひきつけるなにかの力がひそんでいる。おそらくその力は、死の感覚の間近さと関係をもっている。
宵闇せまる円山町をそぞろ歩いていると、ああ、道の両脇に積み重ねられた小部屋の中で、今夜もたくさんの男女が、セックスという「小さな死」にむかって、性愛の儀式をくりひろげているのだなあ、という感慨に打たれる。セックスをして、オルガスムに達するたびに、男も女も、生きたからだのまま、少しだけ死のリアリティに触れるのである。そうした「小さな死」が、小部屋のひとつひとつを充たし、むなしく死んで地下を流れる渋谷川に吸い込まれていく運命にある、膨大な数の精子の霊とともに、円山町の上空に昇天していこうとしている。その様子を想像して、ぼくは恍惚となる4

とこのように極めて想像力に富んだ文章で東京という都市の姿を読み替えていく。
ここではラブホテルという俗で、一般には景観を損なうものとして社会には歓迎されない建築に対してそれが立地している「渋谷」という「土地の歴史」からそれを読み替えている。もちろん中沢は考古学の専門ではない。この本の中に見られる、ほとんど中沢の想像の産物ではないかと思われるような箇所を含め、考古学の関係者からは多くの批判があったようだ。
しかし僕がここで強調しなければならないのは、そうした「土地の記憶」が本当に存在するのかどうかということではなく、「土地の記憶」を手掛かりに中沢が東京という土地を読み替えようとした、その想像力の方である。もちろん一種の評論として書かれた本書は旧石器時代の地図を参照しながら、評論のフォーマットで書かれているので完全なフィクションではない。それでもなお光るのは中沢の想像力である。これは所与として与えられた土地を「土地の歴史」に注目しながらどう読み替えていくのか、ということに他ならない。
2000年代という時代は、「大きな物語」凋落後の、生きる意味を見出しにくい社会の中であえて1つの価値観を選択し、その中でバトル・ロワイヤルが行われていた社会だった。都市風景もその例外にもれず、資本競争に勝ったコンビニや大型スーパー――これらは資本的に効率を極めている――が立ち並び、全国どこでも均一な風景が都市の中に見られるようになった。三浦展はそれを「ファスト風土化」と揶揄した。
しかし僕達は生まれた瞬間からそうした資本競争のゲームとしての都市の中で生きざるを得ず、それを批判しようもそのゲームに参加しなければならない。つまりそののっぺりとした都市に生きざるを得ない。
中沢新一はそのゲームの中で何をやったか。もちろん彼が注目したのはコンビニや大型スーパーではない。しかしその本質は都市の姿を「土地の歴史」に基づいた想像力によって「読み替える」ことであった。
『アースダイバー』に影響を受けて、2009年から本放送が始まり、2010年代を通して現在まで人気番組である『ブラタモリ』もまたこうした想像力が働いている。この番組ではタモリが古地図や地形図を手に、都市におけるその「土地の物語」を現在の痕跡から見つけようとする番組である。当初は東京だけを焦点に当てていたが、第3シリーズからは全国各地にその焦点が広がった。
中沢が2005年に東京の都市を例に始めた「土地の歴史」によるゲームの読み替えは、2010年代になって宮藤が全国の「ジモト」、『ブラタモリ』が全国の都市にその範囲を拡大したように、現代を覆う想像力であるといっていいだろう。
そしてこうした想像力はスカイツリーや2010年代のランドマークがしきりに過去を参照し、その塔に「物語」性を付与しようとしたのと同じ方法で、現在の土地の痕跡からその場所に眠る「物語」を引き出すという想像力である。
間違いなく、ゲームを「読み替える」想像力が2010年代を覆っている。

4、
以上の議論をまとめつつ、もう一度スカイツリーと浮世絵の話に戻ろう。
スカイツリーと浮世絵が「時間」で接続された背景には、2000年代後半からその萌芽を現し、2010年代に顕在化してきた「読み替える」想像力がある。僕たちが生まれた瞬間に参加せざるを得ないゲームそのものを読み替えていく、そうした想像力が働いている。
所与としてある土地を読み替えるときに使われたのが「歴史」(中沢で言えば、「土地の記憶」)であり、2010年代の建築には「歴史」、「未来」といった「時間」にまつわるキャッチコピーが多用されていた。
しかし2017年現在の政治状況を見ていると、こうした「時間」の重視がいともたやすく排他的な国家主義に向かってしまうことが理解できるはずである。つまり「歴史」を重視する態度はそれが民族レヴェルで意識されるとき、「その伝統に立っている私達」を特権化しているかのように感じさせてしまうのである。「○○ファースト」といった政治的言説(アメリカファースト、都民ファースト、日本ファースト……)でそれは顕著に表れている。
読み替える想像力が、「時間性」への重視という形で現れたとき、それが逆説的に「大きな物語」失効後の、生きる意味を見出しにくい社会において「大きな物語」が復権したかのように見せてしまうこと。それが現在の社会において生じている事態でないか。
実際、スカイツリーのライトアップの名称である「雅」も「粋」も言葉の意味だけで言えば、極めて単純な江戸への回顧主義に陥ってしまうのである。つまりこうした態度は、ある既存の大きな物語を「読み替え」た結果として、また別の大きな物語を呼び寄せてしまうのだ。
しかしそれは「大きな物語」の幽霊でしかない。実際はそのような思考に関わりなく、コンビニや大型スーパーは増え、資本を中心としたバトル・ロワイヤルは進んでいるのだ。
では、このような「読み替える」想像力と共に増幅される「大きな物語」の幽霊を僕たちは除霊することが出来ないのだろうか。
そのためには物語を民族や国家のものでなく、個々人に特有のものにすること。
これが必要である。
そしてこうした個々人に特有の物語を可能にする構造を、僕は東京スカイツリーにこそ見出している。
東京スカイツリーにおいてはその建築様式においても、過去の建築意匠が参照されている。その1つがタワー全体の「反り(そり)」と「起くり(むくり)」である。スカイツリーはまっすぐ立っているように見えて、微妙にしなっているのである。これはもともと日本刀の製作において用いられていた技術だったが、この建築意匠がスカイツリーの見た目を特異なものにした。
タワーが見る場所によってその形を変化させるのである。
建築途中にも「タワーが曲がっている」などの意見が度々寄せられるほど顕著に、形の変化は認められていた。
形を変えるタワー。
この「空間」における不定性こそ私は「読み替える」想像力が、国家や民族にとってだけの「読み替え」になることを防ぐものだと考えている。つまり、視点によってさまざまな様相を露にする構造が個々人にとって多様な記憶=物語を作り得るのではないか。例えば、こうした観点から言うと、2010年代のランドマークタワーが単純な直方体ではなく、どこか風変わりな形をしているものが多いというのは特筆するに値する。
例えばそれは豊島区役所の新庁舎であり、渋谷ヒカリエである。



上:豊島区役所新庁舎(2015年)   下:渋谷ヒカリエ(2012年)

また、虎ノ門ヒルズはその地下にトンネルが通っており、ビルの機能だけでなく交通の機能をも果たす。新宿ミライナタワーには全国に向けてバスが出発するバスターミナル、バスタ新宿がビルの中に入っているし、そもそも「駅ビル」という駅の機能とビルの機能が合わさった施設が増えるのもまた2010年代なのである5。異なった機能を併せ持つビルが急激に増えたこともまた構造的な不定性を準備している。
このようにアーキテクチャー、「空間」の観点から不定性が担保されている構造は何を意味しているのだろうか。
それは「時間性」だけによってそれらが安易な、そしてしばしば危険な国家や民族にとっての「読み替え」に陥ることを防ぐ構造なのである。

5、
ここまで来て、浮世絵とスカイツリーから始まった長い思考は一応の区切りを付けることが出来る。
2010年代を覆う想像力とは何か。
それは根拠がないにもかかわらず参加せざるを得ないゲームを「読み替え」ていく想像力であった。そしてそうした想像力を生み出す契機として本稿では「時間」と「空間」の2つを列挙した。
これら2つは決して別々のものでない。2010年代においては密接に関わりを持っている。
「時間」、「歴史」にのみ物語を見つけようとすると、安易な「読み替え」に陥る危険性を孕んでいる。現代の排他的国家主義はそのような部分に負うところが大きい。「大きな物語」の亡霊を僕たちは見ているのだ。
しかし一方で東京スカイツリーやその他の建築物にはこうした国家主義、民族主義に陥る可能性を打破する側面も見られる。
それが「空間」における不定性である。
「空間」の不定性は個々人が同一の事象に対して様々な見方をすることを許容する。つまり健全な「読み替え」の想像力が働くには、「時間」と「空間」における不定性が相互に補完しあうことが必要なのである。
そうした点においてスカイツリーが「時空を超えたランドスケープ」というキャッチコピーを持つことの2010年代的意義は大きい。
スカイツリーが浮世絵と共に注目されたというのは、こうした点において時宜にかなっていたと言えるだろう。そしてファストフード(=ファスト風土)としてのハンバーガー。
それをどのように読み替えていくか。もともと存在していた浮世絵を――オカルト的な言説とはいえ――「読み替える」想像力。
そしてそれを可能にする「時空」の不定性。
あの浮世絵に描かれた高い塔はよく見れば、全くスカイツリーに似ていない。にもかかわらず、それをスカイツリーと関連付ける想像力が生まれたのは、その塔の形が不定性を備えていたからこそではなかったか。
2010年代に現れた作品と真摯に向き合うならば、それがどのような手法でゲームを「読み替え」るのか、そのことを絶えず検討することが求められている。またそうした想像力と共に、その「読み替え」を可能にする構造にも目を向けることが健全な、個々人にとっての「読み替え」の想像力を可能にするのである。

脚注
宮沢章夫『東京大学 「80年代地下文化論」講義』、白夜書房、2006年、p. 134-135参照。
宇野常寛『ゼロ年代の想像力』、早川書房、2008年、第7章参照。
宇野常寛『宮藤官九郎と日本の「長すぎた青春」』(岡室美奈子監修『大テレビドラマ博覧会 図録』、早稲田大学坪内逍遥記念演劇博物館、2017年)所収、p. 57。
中沢新一『アースダイバー』、講談社、2005年、p. 65-66。
実際に駅ビルのフォーマットを作ったJR東日本の「ecute」は2005年に第1号が誕生し、2011年に爆発的にその数を増した。

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