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21世紀初頭における地球死圏内身体に関する考察

1.はじめに

 本稿で主張する地球死圏内身体とは、地球上における身体ということを意味しない。もしそんなことであれば、21世紀初頭に限った話ではなくなり、その適用範囲もまた膨大で際限のないものになる。地球死圏内身体とは、地球の大気、地下、そしてその境界面である地表と、人間の生身の肉体が対峙し、その肉体の死、及び死の状態に近づく身体表象を指している。それは科学技術の発展による死からの克服、回避だけでは避けることができない状況の中で、私たちの肉体が死と接近することであり、生者が死者と対峙することも含まれる。

 

2.大気圏における身体

 この地球は大気に覆われている。その大気圏において身体はどのような運動をするだろうか。遥か上空、大気圏に放り出された身体は、ただただ落下するだけである。そのことを最も象徴的に示したのは、21世紀の始まりの年、2001年9月11日に発生したアメリカ同時多発テロ事件である。航空機がワールドトレードセンタービルに衝突し、高層ビル内に閉じ込められた人々の中には、そこから飛び降りた人もいた。遠くから撮影された映像の中から、落下していく人々を視認してしまうと、大気圏においては翼のない人間はどうすることもできないことが明白にされ、そこに写った人影に対して無力感と痛みを覚える。この事実に影響を受けた作品として、2011年6月に公開された映画『X-MEN: ファースト・ジェネレーション』があげられる。突然変異によって超人的能力を持って生まれたミュータントの中でも人類との共生を図るX-MENチームと、それに敵対するヘルファイア・クラブとの戦いの中で、ヘルファイア側のアザゼルという悪魔の恰好したミュータントの瞬間移動の特殊能力による戦い方は、高々度から落下する肉体を想起させた。このアザゼルの瞬間移動は手をつないだ相手にも発動するようになっており、アザゼルに触れられた警備兵、X-MENたちは、上空高く瞬間移動し、空中で手を離され、落下していった。一人また一人と、人が落下し、ガラスを割り、屋根や地上に衝突し、鈍い音が響き渡る光景は地獄絵図そのものだった。そして、地球の重力によって加速され導かれ、地表、水面に高速度で衝突していった先の大地もまた、死と接している領域だった。

 

3.死体のプレートテクトニクス

 この地球は大気の下では、プレート(大陸、海底)に覆われている。そしてそのプレートの移動によって、2011年3月11日に発生した東日本大震災とそれに続いて起きた原発事故を題材にした、エルフリーデ・イェリネクの『光のない。』が、2012年11月に地点によって上演された。(筆者は2014年のKAATでの再演時に鑑賞)その舞台美術は異様なものだった。それは、四角錐台を底から見たような舞台で、その斜面にスキューバダビングの恰好をした小林洋平が横たわっている。(地点は他の作品『スポーツ劇』、『ロミオとジュリエット』においても斜面を舞台美術で使用している)その斜面に横たわる身体を見た時に、私は2009年にマレビトの会が上演した作・演出の松田正隆の故郷であり、初期の作品から通底するテーマでもある「ナガサキ」を舞台にした作品『声紋都市—父への手紙/Voiceprints City — Letter to FATHER』(筆者は映像にて視聴)のオープニングとエンディング(共に同じ場面)を想起した。それは、プロコフィエフ作曲のバレエ音楽『ロメオとジュリエット組曲』内の『モンタギュー家とキャピュレット家』という曲が流れる中、滑り台のような斜面の上に立つ俳優が一人また一人と身体を滑らせていく光景だ。ある者は体を横にして滑り落ち、またある者は頭から、足から仰向けでゆっくりと滑り落ちていく。(作品の後半では倒れた兵隊の魚拓ならぬ、人拓として消火器を使用して人影を残し、その後、石灰も消し抹消するといった広島の人影の石を連想させる場面もある)それはまるで死体が折り重なっていくように斜面の下に俳優の身体が堆積していく。地点の『光のない。』においても、舞台手前に塹壕(オーケストラピット)があり、そこには「合唱隊=コーラス=コロス」がいるのだが、観客席から見るとそのコロスの足だけが一列に並んで見えており、その光景は埋葬すらも間に合わない数の夥しい数の死体を思い起こさせる。そうしてみると、斜面を滑り落ちていく死体のそのゆっくりとした滑落は、まるで今も日本の地下深く動き続けているプレートを想起させはしないだろうか。死者の肉体は土葬であれば、文字通り土に還る。火葬であっても骨は最終的には土に還ることになる。遥か昔に絶滅した生物の死骸もまた土に還り、プレートの一部となっているだろう。そうして堆積された死体のプレートテクトニクスによって、地球上のプレート(死体)は長い時間をかけて循環していく。そしてそのプレートの上で、『光のない。』の地点の俳優陣は「PiriPiri」と言われる電流が流れる装置を両手に着け、鈴を持ち、電気ショックを与えることで一斉に鈴を鳴らす。そこでは「たとえ彼が今、死んでいても同じように鈴は鳴るだろう」という妄想(当日パンフレット、作曲ノート|三輪眞弘より引用)のように死者のプレートの上で、電力によって生きる生者がまるで死者のように腕を揺らし、鈴を鳴らすことになる。プレートテクトニクスによって発生した地震の上で、地表の人間の肉体もまた振動し、揺れていく。

 

4.揺れる衰弱体

 この地球を覆う大気とプレートの境界面、地表の上で、人間の脆弱な身体はどのような運動を余儀なくされるのだろうか。2011年の10月、維新派が上演した『風景画』(東京・池袋公演、筆者は映像にて視聴)において、その揺れは、まず電車の乗客として現れた。西武池袋本店4階まつりの広場にて上演された本作は、駅前かつ屋外であるため、実際の電車の音が常に遠くから聞こえていた。それに加えてスピーカーからも電車の騒音が流れ、それに合わせて白塗りで半そで短パンの俳優たちが、足を支点にして、メトロノームのようにして体全体を揺らす。そして、その揺れがやがて身体の各部位ごとに拡散していく。日本列島が群島として分かれているように、俳優の身体の揺れも部位ごとに差異化されていく。そして、この作品は東京公演の前に先駆けること9月に瀬戸内海の犬島、中の谷入り江において、さざ波の揺らぎの中に膝下あたりまで海につかりながら上演されてもいる。(それは海中における身体もまた示唆している)

 そうした私達の日常にある揺れがより不安定化していく中で、2013年、チェルフィッチュによる『地面と床』が上演される。(筆者は12月のKAAT公演にて鑑賞)この作品は日本語の未来や、戦争、貧困を通奏低音にしながら、安藤真理が演じる美智子(幽霊)が、自らの息子たちや、長男の妻に対して、以下のように語りかける。

 

 わたしはこの地面のことをいつも考えていて、そうです、地面のことがわたしのあたまから離れることはわたしには片時もなくて、というのも、というのも、わたしはいつもはこの地面の下にいるからです

そして、山縣太一が演じる由紀夫(次男)が国や土地についての語り、地面の下にいる美智子に話かけていく中で、重心を後ろにして踵だけで不安定に歩いたり、つま先だけで歩いたり、片足だけでその場でヨガのようなポーズを取ったりする。そして、第五場の最後、舞台中央にある太い十字架上のスクリーンには「地面の下にいるのは生を終えたもの」という白い文字が浮かび上がる。

 未来に対して斜面から転げ落ちていくようなイメージしか抱けなくなっていく中で、カゲヤマ気象台の作品を発表する演劇ユニットsons woは2013年の12月に『野良猫の首輪』を上演した。客席側を舞台として使い、その通路をおぼつかない足取りで、常に体全体が震えている状態で、それはまるで老人特有の筋肉の衰えからくる震えのようでもあり、体が常に振動に晒され続けていた。発話も身体の振動に影響を受け、登場人物全てがビブラートを効かせていた。その後、2015年10月には『シティⅠ』、2016年7月には『シティⅡ』(筆者は共に映像にて視聴)を上演し、2017年4月には『シティⅢ』(筆者は未見)を上演した。解説では『シティⅠ』は過去、『シティⅡ』は現在、『シティⅢ』は未来をテーマにしているとあるが、『シティⅡ』の時点で文明は既に滅んでおり、発話は振動というよりは、表情を痙攣させながら行っている。どこか土方巽の衰弱体を思わせるようなその動きは、土方巽が「非人間的な力、人間以下の力」を「脆さ」と定義したもののように見える。※1それは、「命掛けで突っ立った死体」※2のようであり、そこにはもう地面すらもよりどころにできない衰弱体が地面の揺れに合わせるかのように怯え震えていた。

 

5.おわりに

 こうした21世紀初頭における大気圏から落下する身体、死体のプレートテクトニクス、そしてその境界面の地表において、翻弄され、揺れる衰弱体を総称して、地球死圏内身体と命名したい。それは、一人の人間の肉体が、地球規模の運動の前では無力であり、その圧倒的な力に対して生物として屈服する姿に他ならない。それは、近年のテクノロジーの発達によって、身体が延長され、拡張されたという錯覚があったとしても、大量の人間が同じ一時に死に直面する時には、その肉体の脆弱性と向き合うことになり、自らの知能や精神の脆さとも向き合うことになる。その最前線において、この地球死圏内身体は、社会において覆い隠されつつある死と接触し、時として、死者、幽霊と接触し続ける身体となることだろう。

 

※1 『土方巽――衰弱体の思想』 宇野 邦一著 25ページ

※2 『土方巽全集Ⅰ』 234ページ

文字数:4009

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