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「日本文化論」は可能か、という問いについて

1.「日本文化」の定義

 

 有斐閣双書『日本文化論キーワード』(遠山淳・中村生雄・佐藤弘夫編/有斐閣・2009年)は、「日本を代表する百科事典と言っていい平凡社の『世界大百科辞典』には,おもしろいことに『日本文化』という独立の項目が存在しない。」と紹介した上で、その意味するところとして、「一般の常識的な用法において『日本文化』なることばは存在するし,それを用いることも特別問題はないけれど,いざそれを辞書的に『定義』するとなると大変にむずかしい,ということが暗示されているのであろう。」と考察する。また、日本文化論として何を論ずるかという観点からの「日本文化」は、「何でもありの無政府状態に近い」としながら、たくさん書かれ、また読まれてきた日本文化論の対象は、常に「自分のこと」である、という点においては共通するという。ただし、この「自分」が属する母体については、後述の日本文化論批判につながる疑義が引き起こされる。
   2.「日本文化論」とは
 前掲『日本文化論キーワード』は、「日本文化論」は「『自己』を問う姿勢をもつ」ものが主流であるとする。その方法論は大きく分けて2つあり、「特定の事実や傾向性を取り出し,それが日本の社会全体にとって本質的な意味をもつと強調することで,日本人や日本文化の特徴を提示しうると考えるもの」と、もう1つ、「個々の現象相互のつながりの中に日本的なるものを見出そうとする,いわば関係論的な『日本人(日本文化)論』がある」とする。

 

   3.「日本文化論」批判
 上記のように「日本文化論」は「『自己』を問う姿勢をもつ」ものとされるが、さらに前掲書によれば、そこに展開されるのは、「そのときどきの西洋社会に対する劣等感と優越感に影響されてつくられた自画像」であり、悪しき手法として「日本人はすべて同一の傾向をもっていることを前提とする議論の進め方」と、「欧米社会をひとかたまりの社会として理念化する方式」がある、と批判されているという。ただし同書は、「日本文化論というジャンルのいわばいかがわしさを暴露してみせるだけでは,問題は片付かない」とし、そのような批判が「日本文化論熱」を冷ますわけではないのだから、むしろ「国際化によって人とモノと情報が国境を越え,文化の壁を越えて行き交うようになればなるほど,人々が逆に『文化』というものを熱く意識するのはなぜか,ということが説き明かされなければならない」とする。明記はされていないが無論、従来の批判も踏まえた上で、よりよい「日本文化論」を構築することが必要だという前提での主張であろう。
  1. 「日本文化論」は必要であるがゆえに、可能か不可能かを問う余地はない?
 「日本文化論」がもはや不要であるならば、それは誰も担い手がいなくなるということであり、ゆえに「日本文化論」は不可能となる。前掲の『日本文化論キーワード』は、「日本文化論」不要論が採用していると思われるロジックとして、「人はみな人類共同体のメンバーであるという単純な事実に気づけば,早晩その意味を失うはず」という考え方を提示している。しかしながら前述のとおり、それでは問題は片付かない。そのような単純な事実の自覚は、時に耐えようもない孤独を誘発し、日本文化論のような大きい枠組みの物語がかえって求められることになるからである。例えば高名な詩人の金子光晴は、1965年、金子光晴は『絶望の精神史』という著書で以下のように述べている。
 「ツイストが一度はやりだせば、ガーナ、ブラジル、パリ、東京も、同時におなじリズムでうごきだす。上海も、ロンドンも、ローマも、いまでは、おなじように箱を並べたような団地住宅が建って、おなじように設計の狭い部屋で、コカコーラと、スパゲッティと、サンドイッチで暮らすようになる。世界は、似てくる。」「同時に、ばらばらになってゆく個人個人は、そのよそよそしさに耐えられなくなるだろう。そして、彼らは、何か信仰するもの、命令するものをさがすことによって、その孤立の苦しみから逃避しようとする。」「世界的なこの傾向は、やがて、若くゆきくれた、日本の十代、二十代をとらえるだろう。そのとき、戦争の苦しみも、戦後の悩みも知らない、また、一度も絶望した覚えのない彼らが、この狭い日本で、はてして何を見つけだすだろうか。」
 ここでいう「何か信仰するもの」のなかには、「日本文化論」も入るだろう。金子はそのような大きな物語が、かつてのように戦争に導くものになることを危惧し、「できるならいちばん身近い日本人を知り、探索し、過去や現在の絶望の所在をえぐり出し、その根を育て、未来についての甘い夢を引きちぎって、すこしでも無意味な犠牲を出さないようにしてほしいものだ。」「絶望の姿だけが、その人の本格的な正しい姿勢なのだ。それほど、現代のすべての構造は、破滅的なのだ。」と結論する。この姿勢からは、これからの日本文化論の可能性のヒントは得られないようにもみえるが、とにもかくにも日本文化論は滅びないであろうという予測は明確にされている。需要がある限り、「日本文化論」の可能性は模索され続けるだろう。
  1. 誰も不幸にならない日本文化論は可能なのか?
 「日本文化論」に需要があり、構築しなければならないものなら、それは金子光晴が提出したような懸念にこたえるべく、「無意味な犠牲を出さないように」なされなければならない。文化というものを、固定された常識と同視してしまうと、必ず陰で泣く者が出てくるだろう。だからそれは、対象を広く深くとり、方法としては世界的な叡智を結集し、かつ常に過去を克服し変動し続けるものでなければならない。
 岡本太郎は1956年、『日本の伝統』という著書において、「われわれはすでに世界の現代史の上にあります。現代芸術も自然科学も、もちろん伝統は現代の要請をはなれてはあり得ない。われわれが今日現実においてはたすべき課題によってこそ受けつがれ、したがって乗りこえるべき過去の座標も定まってくるのです。」「われわれは今、過去の日本と同時に西洋の伝統をも、ともども引きうけ、そして克服してゆかなければならないのです。国粋主義者にも、またハイカラにもなる必要はない。歴史上の高度な文化がそれぞれになわされた、運命です。それに打ちかったものが、新しい、巨大な文化の伝統を開くのです。」と述べた。日本文化論の構築の仕方の指針ともなるような、力強いビジョンである。
 しかしながら、そのような高邁な理想のもと、完璧な方法論で構築された「日本文化論」も、たとえそれが将来の変動を内包・許容するものとしてつくられたとしても、それが権威を持ったその瞬間、誰かを泣かせ、不幸にしないとはいえない。
 森村泰昌は『美術、応答せよ! 小学生がら大人まで、芸術と美の問答集』(筑摩書房・2014年)において、「コトバの人たろうと頑張ったのです。でもダメでした。私のまわりで語られる政治言語の音量とボキャブラリーの量に、暴力的に打ちのめされ、コトバの獲得とは真逆の、むしろコトバの剥奪に遭いました。しゃべれない人間は敗北者なんです。」と述べる。森村は成功した芸術家であり、「言葉無き」「表現活動」によって「暴力」である「言葉」に対峙することができているが、そこに至らないまま「敗北者」であり続ける者は圧倒的に多いだろう。結論として、「誰も不幸にならない日本文化論」は不可能である。
 ならば、「日本文化論」などやらない方がましだろうか?需要があるからこそ量産される「悪い」「日本文化論」に対峙するために、多少は誰かを傷つけても、「よい」「日本文化論」といえるものを生産するのが「知識人」あるいは言葉はを生業にする者の責務ではないか?
  1. とはいえ、「日本文化論」は死を覚悟して取り組むような主題だろうか。
 「神よ願わくばわたしに変えることのできない物事を受けいれる落ち着きと、変えることのできる物事を変える勇気と、その違いを常に見分ける知恵とをさずけたまえ」
 これはカート・ヴォネガット・ジュニアの『スローターハウス5』(伊藤典夫訳、早川書房)に出てくるフレーズ、主人公と同じように、宇宙人に動物園の見世物として連れてこられた女性の首にかかった銀の鎖、その裸の胸の谷間にたれさがった鎖についたロケットのおもて側に刻まれた文字としてイラスト付きで紹介される言葉である。需要に押されて生み出された「日本文化論」に導かれて何かとんでもなく人々に苦難を強いる状況が現出される可能性があるとして、それを食い止めるために何か抑止力になるような「日本文化論」を対峙させるべきだろうか?「悪い」「日本文化論」により人々に苦難を強いる状況が現出されるとしたら、それは「よい」「日本文化論」を対峙させる程度のことで「変えることのできる物事」なのか?
 何かを、ちゃんとやるには死を覚悟する必要がある。逆にいえば、死を覚悟してやりさえすれば方法は都度発見できる。そういう意味のことを、森村泰昌は前掲書の中、やはり成功している芸術家である山口晃の、「『日本で美術をなすこと』に思い戸惑うております」との質問に答えて、述べている。「『死ぬ』ことを自覚して生きることは、努力次第で誰にでも可能ですが、『死ぬ』覚悟を秘めて生きる人は稀ですね。『自覚』から『覚悟』へ。この高いハードルを超えた人にお目にかかることがたまにありますが、そんなときはいつも、主義主張やジャンルや問題意識の相違を超えて、揺るぎない説得力や深い感動が与えられます。」
 「日本文化論」もこのような覚悟を持って頑張れば、「揺るぎない説得力」を獲得できるということになりそうであるし、それができる人がそれをして、多くの人々がそれに感銘し、結果的に多くの人々が、多大な労苦を強いられる事態になったとして、私に何ができるだろうか。日本文化論がそのような覚悟を決めて取り組むほどのテーマとは思えない私に、それを抑止するようなどんな理屈も作れはしまい。これは「変えることのできる物事」の範疇だろうか?そうかもしれない。とりあえずの結論として、可能性はある、としておきたい。
  7. 結論
 結論をいえば、一般論として「日本文化論」は可能だろうし、死ぬ覚悟でできる人がいれば揺るぎない説得力を帯びて大勢に影響を与える可能性もある。だが多分、言説は常に目的を必要とし、あまりにも対象と輪郭が茫漠とした「日本文化論」は、その都度の目的に合わせた仕様とならざるを得ないだろう。そのようなものはつまらないので、やる気がしない、という理由で「日本文化論」は不可能であるという結論もあり得る。ただしこの結論は、単なる怠慢と言われてしまうかもしれないから、「変えることのできる物事」であるとしておこう。

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