印刷

日本戦争映画における言葉と思想について。

 

アニメ映画『この世界の片隅に』(2016年)の主人公すずの「最後の一人まで戦うんじゃなかったんかね!」というセリフを考え続けている。太平洋戦争において、アメリカとの戦力差は歴然とあった。日々、空襲を受ける中で、すずもそのことは感じたはずだろう。厳しい生活が続くことを望んではいなかったはずだ。それでも尚、敗戦を受け入れることを拒絶し、最後の一人になっても戦うと思えるものなのだろうか? すずはラストガールになりたかったのか? それともただ死にたかっただけなのか?

 

こうの史代のマンガを原作としたこの映画は、太平洋戦争下の広島、呉が舞台になっている。すずは子供の頃からぼーっとした子で、18歳になると両親に言われるまま、嫁に来て欲しいと言って来た知らない男の家に嫁ぐ。実家がある広島から相手の住む呉に行くのだが、婚礼の日、相手の名前すら知らなかったことで家族からも呆れられるのだ。それでも戦時下の厳しい生活のなかで、立派に妻としての役割をこなせるようになって行く。

ここで一つの疑問が湧き上がる。これは「成長」と言えるのだろうか? すずはいろんなことが出来るようになった。食糧難の時代に、なんとか工夫して家族の食事を作り続けた。黙々と状況に適応して行ったのだ。それは立派なことだと言える。だが、アメリカ軍が落とした時限式の爆弾で自らの右手と姪を亡くして以降、その当たり前のことを「歪んでる」と感じ始めるのだ。生きていてよかった、早く治ってよかった、一体、何がよかったのか? すずは無くなった右手を見ながらそうつぶやくのだ。

そして、この映画のクライマックスにおいて、観客によって「成長」と思えたことが、突然すず本人によって否定される。昭和天皇による玉音放送で日本が降伏したことを知ったすずは、怒りを隠せない様子で「なんで?」とつぶやく。周りの人も困惑しつつ「広島と長崎に新型爆弾を落とされたから…」と説明を試みる。しかし、すずの怒りは収まらない。

 

 そんなん覚悟の上じゃないんかね! 最後の一人まで戦うんじゃなかったんかね! 

 今ここにまだ5人おるのに、まだ左手も両足も残っとるのに!

 

温厚だったすずの突然の怒り爆発に観客である私たちも驚かされる。一体何が起こったのか。さらに、号泣しながら以下のようにつぶやく。

 

 なんも考えとりゃせんぼーっとしたうちのまんま死にたかったな。

 

これまで厳しい生活環境に合わせて、笑いも交えて「成長」が表現されてきたが、それらはすず本人によって否定された。それだけではない。戦争以前の何も考えていない自分が肯定されているのだ。

片渕須直監督は、すずは戦争という混乱状況に疑うことなく適応していた自分に気づいたが故に激昂したのだろうと発言している。しかし、その混乱も玉音放送が示すように、たかだか言葉によって簡単に終わるものであった。「最後の一人まで戦う」とはなんだったのか?

 

実は、この言葉は他の映画にも重要な言葉として登場している。岡本喜八監督『日本のいちばん長い日』(1967年)には、「最後のひとりまで戦うんじゃないのか!」が陸軍軍人のセリフとして登場する。この映画は半藤一利による同名ノンフィクションを基に制作されている。陸軍の一部軍人たちは連合国に降伏するのを良しとせず、上官の命令に背きクーデターを起こそうとする。玉音放送を阻止をしようと皇居に銃を持って突入するのだ。もちろん、その後の歴史が証明するようにクーデターは失敗し、首謀者たちは切腹や拳銃自殺して果てる。「最後の一人まで戦う」という言葉に殉じたのだ。彼らに戦後の人生はなかった。

このことはますます私を混乱させる。クーデターを起こそうとした軍人たちは天皇の言葉が絶対とは思っていなかったからこそ事件を起こしたはずだ。現在の視点から見れば、天皇の判断は遅かったくらいで、東京大空襲や広島、長崎の原爆投下を前に降伏していれば、犠牲者の数は格段に減ったはずだ。

映画の中でも日本の死者300万人との文字があり、「最後の一人まで戦う」という言葉に殉じていった仲間たちの存在が陸軍軍人に重くのしかかっていたことが描かれる。だが、昭和天皇を頂点に置いて作られた近代日本の秩序が崩れていることも事実なのだ。その言葉は昭和天皇の存在から離れ一人歩きしたことを証明している。もはや「勝つために」という目的は失われている。彼らはこれ以上犠牲者を出してはいけないという合理的判断ができず、異常な環境下における優等生であろうとしただけではなかったか?

 

雑誌『思想の科学』を創刊したことでも知られる哲学者の鶴見俊輔は、明治以降の日本では欧米の知識体系を身に付けた者が出世するので、勉強のできる「一番病」の人間が権力の座に就いたと語っている(*1)。軍国主義の時代にはその環境での「普通」で振る舞い、戦後にはアメリカの意向に沿った「普通」で振る舞う。それが優等生であろうとする者の「一番」のあり方だった。

私が引っ掛かっていたのは、これだ。「最後の一人まで戦うんじゃなかったんかね!」と言った後で、すずはそれまでと変わったのか、変わらなかったのかという疑問だ。もちろん、映画では、幼馴染の水原晢の「お前だけはこの世界で普通で、まともであってくれ」というセリフによって、すずさんが普通でいられる世の中が一番素晴らしいというメッセージが込められている。だが、その「普通」の内実こそが問題ではないのだろうか?

 

1946年5月1日、戦後初のメーデーが行われる。日本においては労働者が権利要求をする日として知られているが、このときには敗戦後の深刻な食糧難もあり、宮城前には50万人とも言われる国民が抗議の声をあげている。そのように東京では天皇に対する批判の声もあったが、地方では様子が違ったようだ。特に、1947年の広島訪問では驚くべき光景があった。まだ原爆の被害から立ち直れていないにも関わらず、5万人とも言われる国民が昭和天皇の訪問を歓迎している。切り替えの早さに驚愕する。もちろん、その場に行かなかった人の方が多いとしてもだ。「普通」はたったの数年でも次々と姿を変える。

 

◉広島を訪れ歓迎を受ける昭和天皇。1947年12月(朝日新聞デジタル)

http://www.asahi.com/special/nuclear_peace/gallery/dome20th/031.html

 

福島で原発事故が起きても責任を取るものはいない。原発再稼働に反対が半数を超えていても再稼働は推進される(*2)。もし、すずさんたちの戦後と私たちが暮らす現在の日本が地続きであるとしたら? つまり、私が言いたいのは、玉音放送の後には怒りも忘れ、すずさんは「普通」の人として戦後社会に適応したのではなかったか?という疑問だ。

断っておくが、すずさんが左翼であるか、そうでないかを問題にしたいわけではない。その如何によって、この映画の是非を論じたいわけでもない。映画のラストはオープン・エンドであり、それ以降については観客自身が考えるように促されている。

だが、それでも「最後の1人まで戦う」という言葉によって、人の生き死にが左右されることが、どうにも納得いかないのだ。圧倒的な戦力を持つ欧米列強に対して、「進め一億総火の玉」、「最後の一人まで戦う」という戦時標語(*3)が用意されたのは、死中に活を求めるという極限状態であれば理解できなくもない。それが「普通」であったことは、やはり滅茶苦茶だが。

 

ここでもう一つ天皇制に関係したアニメ映画を取り上げたい。平安初期に書かれた『竹取物語』を基にした高畑勲監督作品『かぐや姫の物語』(2013年)だ。そう、これは美しい四季に彩られた日本の豊かな大地が描かれる、もう一つのアニメ映画なのだ。「♪ 鳥 虫 獣…」という子供たちの歌が印象的だった。

『かぐや姫』はもともと、奈良時代に原型となる説話が作られたようだ。それは登場人物の名前から推測されている。いくつもの物語の構造が持ち込まれ小説として平安時代に作品化されたようだ。しかし、高畑の映画では明らかに天皇制批判と取れる表現がされている。どういうことか?

 

この映画では、かぐや姫の「成長」が極端な形で表現されている。かぐやは「竹の子」と呼ばれるほど、急速な成長を見せる。それはさながら明治維新以降の近代化に邁進した日本のごとくだ。竹林からはかぐやだけでなく黄金や豪華な着物も飛び出した。そして、その金を使い、翁の願いである「高貴の姫君」という「一番」目指して、かぐやは習い事を制覇していく。美しく育ったかぐやには、数々の高貴な男たちが言いよってくる。彼女はいつの間にか「一番」を目指す男たちの賞品にされていたのだ。そして、「一番」を目指した男たちはみな不幸になる。だが、炎上マーケティング的にその件を知った帝、つまり天皇から見初められる。

帝に背後から突然抱きしめられたかぐやは、あからさまな拒絶を見せる。「きもい!」という心の声が聞こえるほどの表情をし、同時に月に帰りたいと反射的に助けを求めてしまう。かぐやは自分が月の都から来たことを思い出したのだ。かぐやは帝を偽物の王と断罪する。しかし、それは本物の姫である自らが、偽物を断罪するというのではない。自らのことも偽物の姫だと断罪するのだ。

帝の兵が動員されて、かぐやの月への帰還を阻止しようとする。だが、月からの使者の圧倒的な力を前に、なすすべもない。かぐやは地球でのことを忘れて月に戻っていく。このシーンは重要だ。『阿弥陀来迎図』を基に作画されているのだが、阿弥陀様がいるのはもちろん極楽浄土で、死後の世界だ。つまり、帝に抱きしめられたことが原因でかぐやは死ぬ。そして、その日は『竹取物語』でも映画でも8月の15夜の出来事となっている。偶然ではあるが、『日本のいちばん長い日』と同じ日付、8月15日ということだ。

 

私は天皇制を批判したくてこのようなことを書いているのではない。昭和天皇の戦争責任は間違いなくあったが、天皇制をなくせば、無責任の体系がなくなる訳でもないだろう。それどころか、日本文化にとって天皇制は必要なのではないかと考えもするのだ。それは大きな話なのでここでは書かない。

だが、「最後の一人まで戦う」という言葉の問題は、考え続ける必要がある。ドイツの哲学者ハイデガーは、第二次世界大戦後、『ヒューマニズムについて』という著書を書いた。そこには、「言葉は存在の家である」という命題が裏切られる現状を悲観する文章がある。「最後の一人まで戦う」という言葉は、明治維新以来の奇妙な近代化を歩んだ日本において、「言葉は存在の家である」が裏切られた状況を象徴する言葉ではなかっただろうか?

 

現在であれば、このようなニュースがある。安倍首相は「北朝鮮による核・ミサイル開発は一切認めず、計画の放棄を迫る」と国会で発言している。決断力のある首相として、明確な発言を評価する向きもあるかもしれない。しかし、それは現実的な発言なのだろうか? 北朝鮮には核兵器というカードしかないのだ。それをどのように放棄させるかが語られない以上、中身のないかっこよさだけを狙った発言、もしくは米トランプ大統領に向けた「一番」最適な言葉とは言えないだろうか? 国民にとっての最良を首相は考えるべきだろう。

 

*1 『戦争が遺したもの』(2004年、新曜社)鶴見俊輔、上野千鶴子、小熊英二

*2 事故から5年経過を前に日経新聞が行った世論調査では、再稼働反対が60%、賛成は26%だった。2016年2月29日朝刊。

*3 1937年、近衛内閣が行った国民精神総動員の政策により、数々のスローガンが作られた。戦争に勝利するため国民には滅私奉公を強いる。

 

文字数:4779

課題提出者一覧