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「絵画」の時間–現代の「現在」の条件をめぐって–

 現在という時制を見定める作業は困難をきわめる。他の何ものでもない現在とは「いまのここに生起する時間である」と指し示した瞬間に、その対象は過去の遺産へと様変わりしてしまうからだ。私たちは抽象的な概念としてあるいは具体的な実感として、現在という時制の手触りをかすかに感じながらも、その確かな輪郭を描けずにいる。過去も未来も直接的に生きることはできず、現在においてしか生きることができないにもかかわらず、常に私たちは現在という時制を捉え損ねているのだ。もちろん、現在の把握とは実体化しえず、夢想的であり、真に思考するに値しない事象なのかもしれない。現在よりも過去や未来についての歴史的/哲学的な議論の蓄積の方が豊富であるし、世俗的な人生哲学においても有用性があるだろう。自らの過去を反省し、未来に希望を託すというストーリー仕立てはあらゆる局面に当てはめることができる。

 しかし、一方で他のどの時代に比べても、現代ほどに現在という時制の効用が強力に働いている時代はないことも確かである。プレモダンもモダンもポストモダンも歴史的なパースペクティブを失い、ユーザーによって無数のイメージがインターネット平面に同時併置される状況において、現在という単一フレームへの格納=いまここという同時性の一点だけが、ある事象の存在を証明する時代であるからだ。近代を支えた世界を眺める窓は空間的/永続性を担保することをやめ、時間的/現在性を私たちの世界認識にもたらす条件へと変化したのだ。その起源を遡行的に確定することはできないが、少なくとも歴史を振り返るならば、近代がすでにそのような時代であったことをシャルル・ボードレールが前衛芸術家の精神を射抜く形で指摘している。彼によれば、現代性とはうつろい易く一時的である現在を、その反面としてある歴史の永続性を合致させて初めて表現されうるものであった。長い歴史画の時代を経た19世紀後半の近代(モダン)の精神は彼らが生きている、まさにその実感の中心にある現在をいかに捉えるのかという挑戦にあったのである。

 一言でいえば、本論は現代における「現在」とは何か?というシンプルな問いに端を発している。私たちは現在をどのように経験し、また芸術家はいかにそれを表現しているのか。近代から現代へと、その表現史の変遷をたどることで、空間と時間の二つの側面から「現在」に対する私たちの経験の条件を明らかにすること、これが本論が書かれるためのたった一つの目的である。

 

第1章:近代の現在—磯崎憲一郎からセザンヌへ

 

 美術史の話をもう少し続けよう。ボードレールの指摘する現在についてである。例えば、エドゥアール・マネの歴史的なコンテクスト上に重ねられる世俗的なモティーフや印象派の光学的な一瞬の知覚の点描による描写は、互いにモティーフと方法という異なりはあるものの、現在を歴史的遺産である絵画空間の主人に据え変えようとする点において共通している。マネの塗り残しや印象派の中でもクロード・モネの《日の出・印象》に見られる筆触の集積は、現在という瞬間の時間を捉えることによって、必然的に導かれた空間的な希薄さであるだろう。絵画の表面に本質として宗教/歴史的な物語を覗き込むという伝統的な絵画の構図に対して、ボードレールのいう近代芸術は本質という深層を排した上で、現在という表層の美的次元を発見したのである。

 では、彼らは現在を掴むことに成功したのか。これらは芸術、それも絵画に限定した議論であるが、問うてみよう。彼らは成功したのか。答えは端的に否であるほかないだろう。むしろ、最初からそれは近代のプログラムが解決不可能なアポリアを包含していたことを明らかにしたと言える。というのも、私たちは絵を描く際に、その対象を見ながら、自身の筆先を見ることはできないからだ。画家は対象の現在をたしかに認識しえたとしても、それを絵画面に落とし込む時点では原理的に過去の対象の描写にならざるをえないのだ。したがって、現在とは認識された素材から事後的に再構成されたもの、つまり「遅れ」の経験なのである。当然のことに思われるかもしれない。ただし、現在を捉える上で、よりいっそう困難な要請はこのあとに存在する。もし画家が対象の現在を認識し、部分的にでも表現しえたとしても、鑑賞者(制作後の画家を含む)からすると、それは過去のある知覚として認識されてしまうということだ。語彙矛盾を承知で表現するならば、「現在を描くだけでは、現在を描くことができない」のだ。

 画家が現在を描き込むことと鑑賞者がそこに現在を認識するという二つのレベルにおいて、現在を捉える困難は存在している。言うまでもなく、前者は原理的に不可能である。そのために前者を回避して、後者を可能にする方法はないか、そう考えることがありうべき理路として挙げられる。

 実際にそのような画家がいた。近代に遅れてきた画家ポール・セザンヌである。要言すれば、セザンヌの問題系は鑑賞者が見るたびに現在として知覚/認識される絵画の可能性についてであった。例えば、素朴な例ではあるが、「考える人」で有名なオーギュスト・ロダンがかつて述べたように、写真は私たちのリアル=現在を捉えてはいない。なぜなら、写真は撮影された瞬間は現在を確かに捉えているが、鑑賞者が見る時になれば、それは過去の瞬間として認識されてしまうからだ。当たり前のことであるが、写真は鑑賞者に現在としては認識されないのだ。では、どうすればよいのか。

 ロダンはリアルとは「動き」であると答える。ロダン彫刻の強調された身体のねじれ、肉体のよじれは、私たちの身体のもつリアリティーを表現するために導入された表現である。セザンヌおいても近いことが言えるだろう。いかに絵画という静止した平面にリアル=動きを導入するのか。言い換えれば、そのリアル=動きこそがセザンヌにとって鑑賞者に現在を経験させることになる最も重要な条件なのである。しかし、想像するに難くないように、その試みは静止的な平面である絵画と原理的に相容れない側面があるがゆえに、ほとんど不可能な挑戦であった。

 ここまで近代絵画史を振り返りながら、現在の把握の困難について確認してきた理由は、予告した通り、ある短編小説について論じるためであった。2009年に発表された日本の現代小説。それは短編の中でもきわめて短い部類に入る、磯崎憲一郎の小説「絵画」である。佐々木敦『新しい小説のために』を参照すれば、小説内の世界を描写する視点と主人公といってもいい橋の上から川の水面を覗き込む老画家、そして後半部に姿を表す女子高生の視点が区別されることなく、リニアに接続される独特の視点と描写をもつ作品である。その中でも驚くべきは、一人称の主観描写と三人称の客観描写が区別されない小説の視点がもつ中距離の対象に対する解像度の高さとその描写である。

「本当のハチ、マルハナバチがハルジオンの花の上に降り立とうとするそのとき、川面から舞い上がる少しばかり強い風が吹いて、全身黒毛で覆われた醜い虫は花から拒まれてしまう。だが簡単にハチは諦めない。右に逃げる花を追い回して、花びらを二つの前足でしっかりとつかむと、急いで羽をたたみながら、大きな頭を花弁の奥深くまで突っ込んで蜜を吸う[i]

 この視点は通常の人間の視覚能力と比較すれば明らかに見えすぎているが、超解像度の中距離の対象への視点に関しては本作において多用される「間/あいだ」という表現にも注目すべきである。例えば、それは最初の4頁で6度使われている。特に冒頭4行のうち2度使われる「あいだに」が印象的である。

「花の朱色と枝葉の黄緑色のまだら模様の「あいだに」埋まるようにして小さな木製のベンチが置かれている。いまはそこに誰も座っていない。ゴム製のサッカーボールがひとつ、ベンチの座板と赤土の地面の「あいだに」窮屈に、変形してもう二度と元の姿には戻らないほどに無理やり押し込まれている[ii]

 どの小説にも登場する些細な記述だろうか。ただし、本作と「間/あいだ」表現の間の必然的な結びつきは後半部、突然に会話文として挿入される「地球の歴史」を解説する際に確信される。曰く、46億年前に誕生した地球は「しばらくするとコアが外核と内核」に、マントルは「上部マントルと下部マントル」に、地殻は「大陸地殻と海洋地殻」に分かれるという「分化の歴史」であり、さらには宇宙や生命も「分化の歴史」であった。生命の延長にはその生命が作り出した小説も含まれるかもしれない。つまり、極大の宇宙と極小の小説はもともと同一だったものが二つに分化し、その間が開示されることの繰り返しの歴史をもっているのだ。「世界が生まれた日、二つの原子が出会い、二つの旋回、二つの化学的なダンスが組み合わされた日のことを想像してご覧なさい。[iii]」というセザンヌの言葉も想起されよう。

 「この間」という時間的な同時性を小説のリアリズムとして捉えたのはベネディクト・アンダーソン『想像の共同体』であった。異なった場所にあるかもしれない見ず知らずの二者の関係を「この間」という表現一つによって、同時に起きている/いた出来事として記述する方法の発明とその読解を可能にする読者の意識の変化にアンダーソンは「国民意識」の発生を指摘している。ナショナリズムを生み出す国民意識の成立が、近代に生まれた小説のリアリズムを準備したのだ。「この間」が抽象的な時間概念の共有の元にあったとすれば、絵画空間の「この間」を描出しようとした画家がセザンヌであった。例えば、このような作品(図1)にその実践を見ることができる。

ポール・セザンヌ《ローブの庭》、1906年

 セザンヌ最晩年の作品である。未完成ではないというべきであろう。セザンヌの自宅から眺めた風景画であるが、画面は三つの帯からなり、上から空、平原、テラス手前の壁の順に描かれている。帯を区切るものは白い横筋と色彩の差異だけであり、一見すれば、その風景画がどのような対象を描いているかは判別としない。数多くの論者は特に後期セザンヌの対象の再現性を極端に排し、象徴的なカリグラフィーにも近接する筆触から構成される絵画を「出来事性」というキータームによって批評している。

 「出来事性」とは何か。論者によって多少の意味の相違はあるものの、こう言って差し支えないだろう。決して静的では存在しえない自然が多種多様な素材から成るように、絵画も対象と画家とキャンバスの相互作用によって産出される芸術だとすれば、このように複数の現象からなるセザンヌの対象が「出来事性」である、と。そうでない場合には、その推移的な自然/絵画を静止画的に凝固することによって、多くの絵画–伝統的な自然再現描写–や写真的リアリズムが成立する。

 《ローブの庭》はどうか。簡易化すれば、一度には焦点化しえない空、平原、テラスの壁の三つの異なる空間とそれらを焦点化していく間に流れる時間的な差異を特権的な視点によっては回収しないままに描出している。時にタイムラプス(低速度撮影)にも例えられるような分裂的/未完成的な作品である。自然が在るがままに、そしていまここの私(=セザンヌ)に見えるがままに描くがゆえの困難である。

 私たちの現在の経験とは不埒に不規則に偶発的に、絵画の図と地の区別を常に反転させながら感知され、即座に忘却される。それゆえに私たちは事後的にそれがどのような経験だったか思い出すことさえ難しい。しかし、だからこそセザンヌの試みは意味をもつ。《ロープの庭》では空、平原、テラスの壁、それぞれは遠近法的空間のように画家=神の絶対的な視点から連続的に導かれる構造を決してもっていない。セザンヌは時間的な差異を絵画という空間の「この間」に変換することで、風景が現在化する過程を描いているのだ

 

では、小説「絵画」は小説特有の時間的な「この間」のリアリズムを前提としながら、空間的あるいはセザンヌ的な「この間」の描写に成功しているだろうか。

 

 画家は登場の初めから終わりまで川に架かった橋の上にいる。川面を覗き込みながら、水中をサメのように泳ぐコイの群れとその間にひょこんと顔を覗かせる一匹のカメの姿を観察し、そのまま視点は橋のたもとに移動。若い母親が赤ん坊を抱き上げていところを目にする。その後、土手に生えるタンポポに集う数匹のマルハナバチの動きに集中していると、本作においてもっとも印象的な場面が訪れる。

「と、一瞬、目の前の空気が激しくこちらに押し寄せて、視界が真っ黒に遮られ、画家は眼を瞑った。乗り出していた上体を大きくよろけた。意識するより前に何者かに対する悪態が口から出そうになったが、すんでのところで留めた。体勢を立て直しながら足もとを見ると、そこには一羽のハトがいた。薄茶がかった、頭から首にかけてが不自然に細いハトだった。ハトは画家の方を見るわけでもなく、かといって他の何かを見ているわけでもなく、中途半端な距離と中途半端な角度を保ちながら、ハト特有の臆病そうな、小刻みな震えを繰り返していた。[iv]

 橋の上にいる老画家に向かって突然にハトが来襲し、その数をムクムクと増加させていく描写である。スローモーションのように過ぎる時間とその経過にしたがって最終的には11羽まで数を増すハトの出現は時空間の自然なつながりを無視した形で行われる。出来事の発生に際する画家の驚きとその後のハトを観察する眼差しの冷血さが対照的な描写であるが、しかし、では、ハトはなぜ突如として来襲したのだろうか(あるいはそのように感じられたのだろうか)。この問いに答えるために、ここでは本文中に繰り返される、ある表現に注目してみたい。

 老画家は幾度となく橋の下で流れを失った川面を覗き込む。この「川面を覗き込む」という本文中に何度か使われる表現から導かれるようにして、老画家の視線は足元から、橋の下へ、そして川面を通過し、コイやカメの生息する水中へ移動する、わけではない。その視線は一目散に川の深層を「覗き込む」行為へと向かう。例えばーの「覗き込む」と書いた後の描写は「人間の目には流れているようにも見えない、のっぺりとした水のなかを巨大な黒いコイが何尾も、いや何十尾もうねるように、とぐろを巻くように泳ぎ回っている」と続いている。老画家(=小説の視点)は前述したように中距離への高解像度のまなざしをもっているのに対して、近距離の、ここで言えば、足元や橋の下や川面といった対象をことごとく見逃しているのだ。

 ハトの来襲シーンにおいて、その直前では「長い髪をひとつに結び、ほっそりとした体型に白い薄手のセーターを着て、ぴったりと腰に張り付いたベージュのスカートを履いていた」と中距離の細部が記述されている。この時すでにハトは近くに到来しているはずである。そして、ハトが来襲する。この後に及んでも老画家は「さっきは一羽のハトに大きくよろけるほどまでに驚いていながら、新たな別のハトが自分の足もとに降り立ったことにはまったく気づいておらず、」ともはや近距離すぎる対象となったハトにすら視点を向けられていない。

 私たちは老画家の人物像から自宅に日本式庭園を再現し池に橋をかけ、その上から水面を眺めながら睡蓮の絵を描いた、印象派のクロード・モネを連想してもよいだろう(実際にはこの画家のモデルは横尾忠則とも言われている)。例えば、モネの有名な睡蓮における探求は水面に流れる表層の時間的推移と水中/水底=深層の空間的な不動性の二層関係の描出にあった。「川面を覗き込む」という表現が喚起する視覚的なイメージはこのようなモネの実践に重ねることができる。しかし、老画家はモネのようにして「水面」を「覗き込む」描写をすることはしなかった。正確にはすることができなかった。なぜなら、彼の視点は常に深層に向けられているために、それは彼が「覗き込む」という作法が通用しない近距離の表層を決定的に捉え損ねているからだ。それは単眼鏡を覗く鑑賞者が、隣の鑑賞者の存在に気付かず、肩をぶつけてしまうようにして、不可視の近さと超可視的な遠さの不一致=ズレから、あの「ハト」が画家に向かって来襲するのである。画家の視点は遠い空間と近い空間に引き裂かれている。したがって、セザンヌ的な観点においてみれば、小説「絵画」は空間的な隔たりをもつ「間/あいだ」を描くことに「ハト」の来襲という新奇な仕方において失敗していると結論できるだろう。

 

 ただし、セザンヌの教義を振りかざして、「絵画」の不出来を指摘することは本論の目的ではない。むしろ、そうではなく小説「絵画」を介して、後期セザンヌの限界を指し示し、「絵画」との決定的な差異を探ることが本意である。そのために第2章では「絵画」から後期セザンヌの描写へと議論を移すことにしたい。

 

 

第2章:現在と記憶—ジョットからセザンヌへ

 

 本章では、現在を捉えるためのセザンヌが採用した条件とは何かを考えてみたい。すでに二回に分けて、セザンヌの方法について粗描してきたので、繰り返しは避けたい。先に結論めいたものを提示するならば、「絵画」の老画家に対するハト来襲の描写において、その失敗を指摘した遠さと近さの同時併置と深く関連する後期セザンヌの命題は「記憶の溶液」に対する侵食時間を包含した現在(時)の絵画化となる。だが、これには多少の説明が必要となるだろう。前田英樹の『セザンヌ 画家のメチエ』から引用し確認しよう。

「感覚の画家にとって、まず在るものは「満々とした色」だろう。彼は感光板のような身体をもって絶えずこの色のなかを泳ぐ。色は、自然が彼に課した巨大な問いの所与、「感覚の論理」だけが解きうる表現の謎にほかならない。それを解きえた時、色は<深さ>の、<個体化する力>の、<持続>や<永遠>や<潜在的多様>についての、自然みずからによる確固とした表現となる[v]

 感覚の画家=セザンヌが世界のうちに強く知覚するものは色である。という解釈は正確ではないだろう。彼は感光板のような身体をもってして、満々とした深さをもつ色の水中を泳ぎまわる、一匹のカメのような存在として世界に包み込まれている。感光板とは岡田温司によれば、「「観想的な距離や近くの自律性の論理ではなくて、絶えず変化しつづける外部環境に接続する神経系」の様態[vi]」にあるセザンヌの身体を意味している。印象派の手法をより科学的に先鋭化させた新印象派の光学的な色とは対照的にセザンヌが生の神経系のまま泳ぐ「感覚」の海には解かれるべき論理が存在する。質量と密度を持つことで時間的な永続性を可能にする色の論理である。色というきわめて感覚的で現在的な対象を捉えるためにセザンヌが飛び込んだ、論理の潜在する「感覚」の海をここでは「記憶」と言い換えてもいい。

「モネはひとつの目にすぎない。だが、なんとすばらしい目だろう」と言葉を残したセザンヌは、モネが積極的に排除した「記憶」の溶液の機能に注目した。「単なる脳」と自称したことがあるほどには記憶の重要性を認識していたセザンヌであるが、彼ににとって、現在の経験に依拠する絵画とは、感覚と記憶の結びつきによって初めて可能になるものだったのだ。そして、彼は二つの結合を「感覚(サンサシオン)」という象徴的な言葉で表現した。したがって、セザンヌが生み出す筆触や余白、ストロークはそれまでの画家とは全く異なった機能を持っている。それらは知覚と記憶を、身体的に言えば、セザンヌの手と脳を媒介するための絵画の方法として使われるのだ。

 

 別の観点から、セザンヌにおける現在と記憶の関係性について考えることができる。

 

 伝統的に、ここに一枚のキリストの死を描く絵があったとしたら、いま絵を見ている人間にかつて起きたようにその悲劇を経験させることが最良の絵画として考えられてきた。演劇の上演のように、キリストの受難をいまここに再現することをである。例えば、ダ・ヴィンチやミケランジェロよりも少し前の初期ルネサンスの画家ジョット・ディ・ボンドーネの作品をこのような「再現」モデルとして考えれば、宗教絵画と歴史画の多くをこのモデルに当てはめることができる。再現はそのままリプレゼンテーション(再現/表象/代表)という近代芸術の中心的な課題へと、さらには大衆文化の前提とする複製技術の原理までに敷衍化されていく。

 近代芸術、さらには大衆文化(=コピー&ペースト)の「再現性」に対して、松浦寿輝は小説『失われた時を求めて』を構成する原理として、「反復性」を挙げている。『失われた時を求めて』とはマルセル・プルーストの半生をかけた、その後の文学史に多大な影響を与えた長編小説であるが、松浦によれば、「プルーストの空間では、一度しか登場しないものは意味を持たない。(中略)『失われた時を求めて』の世界は、みずからの意味を「事後的」にしか開示しない存在や事物で満ち満ちている。[vii]」コンプレーのレオニ叔母の部屋、ヴェネツィアのサンマルコ寺院の洗礼堂、汽車の中でビールの小瓶を抜いた暑い日が、日常の偶発的なシグナルによって想起される、二度の経験において、初めてその出来事は意味を明かすことになるのだ。「現代生活のクロノロジー」とは無関係に引き起こる二度目の出来事は、小説世界を駆動する原理であり、言い換えれば、大衆文化の「再現性」とは異なる「反復性」に支えられているのである。

 セザンヌに視線を戻そう。彼の絵画を見るたびに、その対象をいまここの風景として知覚したとすると鑑賞者は不思議な知覚体験をすることになる。なぜなら、それはいまここに対象として立ち現れるものでありながら、同時にかつてセザンヌが見た景色でもあるからだ。それはその時には実体化しなかったもう一つの過去が鑑賞者の現在に再帰することで初めて姿を現わす不思議な景色であろう。『反復論序説』において、湯浅博雄は同様に『失われた時を求めて』における過去の反復=想起、回想の特徴について論じている。湯浅によれば、反復とは過去のある出来事の想起ではあるが、その出来事は一度目のまさにそれが現在であった時には経験しえなかったことであり、二度目つまり反復によって初めて、過去の出来事として現在のうちに想起されるという構造を持っている。したがって、私たちが意識的に何を思い出そうとする時に思い出される出来事ではない何かが、想起の瞬間にだけ、反復されるのだ。実感しやすい例としてはデジャブがあるだろう。この定義に従えば、デジャブとは一度目のない二度目と言える。確かに見覚えがある出来事なのだが、しかし、その一度目を体験したという確証が得られない経験、これがデジャブである。繰り返せば、「反復」という構造によって、私たちは現在に含みこまれた経験しえなかった私たちの過去と遭遇することになる。セザンヌが見た過去の風景が、現在の特権的な知覚のうちにデジャブを伴って回帰してくる。このような記憶と現在の特異な関係がセザンヌにおける絵画方法である。

 

とすれば、問題は「記憶」である。

 

 整理すれば、一つに目に見えるものを見える通りに描写する伝統的な自然描写モデルがあり、二つに瞬間的な知覚作用を描写する印象派モデルがある。そして、三つに印象派的な瞬間の知覚が記憶(の溶液)に定着する回路を筆触やストロークによって絵画化するセザンヌのモデルがある。この三つ目にあたるセザンヌの方法、つまり、繰り返せば、印象派の捉えたような移ろいやすい感覚対象を記憶にインストールする作用そのものを筆触/ストローク化することで絵画に永続的な時間を与える方法は、記憶の存在としての定常性を前提としている。

 当然だが、記憶の条件=形式/性質が異なれば、論理的に「現在」の表現も変わりゆくはずである。私たちはここで次の可能性を考えることができる。瞬間的な感覚と永続的な記憶の対立構図は近代芸術の常套句の一つであるが、磯崎の「絵画」を介してみることで、後期セザンヌとの間に記憶の条件の決定的な変容を指摘することができるのではないか、この可能性である。次章では、現代における「記憶」の条件について具体的な美術作品を通して分析していくことにする。

 

 

第3章:現代の現在—田中功起からタイムラインへ

 

 移動よりも瞬きよりも早いスピードでバウンドするバスケットボール。最小単位にまで細分された現在時。田中功起が21世紀の初めの年に発表した《grace》はきわめてシンプルな反復構造をもつ映像作品である。

田中功起grace、2001年

  田中は1975年生まれ、東京藝術大学修士課程を卒業後、パリやロサンゼルスを拠点に活動する現代アーティストであり、作品形態は映像作品、パフォーマンス、インスタレーション、テキストなど多岐にわたる。2013年第55回ヴェネツィア・ビエンナーレではキュレーター蔵屋美香ともに特別表彰を受賞、近年ではミュンスター彫刻プロジェクト2017に参加し、活動の幅を国際的に広げている。田中の初期作品は映像の小作品に特徴付けられる。例えば、《Each and Every》(2003年)はレストランのキッチンでの調理の過程を多層的な編集によって映し出す映像であり、《beer》(2004年)は机の上に置かれたコップにビールが注がれながら溢れ出すを繰り返す映像である。

 このように一見してシンプルな構造をもつ初期作品群の一つが前述した《grace》(2001年)である。美術館/ギャラリーに設置されたその映像は立ち止まる鑑賞者も歩き去る歩行者も一瞬のうちにバスケットボールが数回バウンドする運動を、ドラマティックな反復性や身体変容をもたらすドラッグ的体験を経ることなく、純粋にその反復の時間のみを見ることになる。現在という時間の経験が同一なものの反復から成るようにもあるいは現在という単一の時制が毎秒の反復によって無限に複数化していく過程のようにも解釈できる作品である。しかし、その真意を事後的に汲み取るためには、作品環境の条件にまで還元して検討する必要があるだろう。すなわち、美術館/ギャラリー=展示空間において映像作品はいかに鑑賞されるのかという条件についてである。

 美術批評家ボリス・グロイスは論文「イメージからイメージファイルへ、そして再生」(“From Image to Image File”, 2006)においてまさにその問いに明確な解を与えている。グロイスは美術館での不動のイメージ(絵画や彫刻)を見る運動する鑑賞と、映画館での運動するイメージ(映画)を見る不動の観客を対比させた上で、そのどちらも成立しないモデルとして、美術館での映像作品の鑑賞を挙げている。

「ヴィデオ・インスタレーションの美的価値は、 主として、映像が潜在的にもっている不可視性を明瞭に主題化することにある[viii]

 どういうことか。有限の時間的な全体性を持った映像(動くイメージ)を美術館の観客はその場に足を止め、すべて見ることはせず、中途に他の展示作品と合わせて見回るために、観客は断片的にしか映像を鑑賞することができず、その全体性は不可視のままに置かれることになるということだ。

「来場者は潜在的に、同じヴィデオ作品の別の場面に遭遇する。これはつまり、見るたびごとに作品が異なっているということである。そして同時に、作品が部分的に観者の視線を逃れているということであり、また作品自体が不可視にされていると言うことなのである[ix]

 グロイスはその否定的媒介によってのみ全体性を想像することの主題化こそが美術館の映像作品だけが持つ特権的な特徴であると分析している。映画館での全体性を受動的に鑑賞する古典的観客モデルとグロイスの指摘する「美術館での断片化を否定的媒介として、全体の不可視性を認識する鑑賞モデル」とは言い換えれば、映像を前にして、断片化する美術館の鑑賞者である。 グロイスは全体からの欠如としての断片性の経験を映画館とは異なる美術館/ギャラリーにおける映像鑑賞の条件に考えているのだ。

 そのような視点から振り返ってみると、田中の《grace》はグロイスの挙げる条件の及ぶ圏域から逃れているように考えられる。なぜなら、《grace》では初めから全体/断片モデルを放棄し、現在のうちに全体=断片の等式が成立してしまうからだ。過去のある時の鑑賞と別の時の鑑賞とこれから訪れる未来の鑑賞の経験が寸分たがわず訪れることが初めから約束されているのだ。そこで想定される鑑賞者は断片を全体として記憶する、あるいは断片しか存在しないために全体を仮構する必要のない主体と考えることができるだろう。もちろん、はっきりとした全体性をもつ、すべての映画や映像作品に当てはまる構造であるが、《grace》の場合にはそれが作品構造に再帰的に折り込まれている。現在の経験のうちに過去の鑑賞も未来の鑑賞も常に複数化された時制として包含されているのだ。記憶が現在という特権的な位置から複数の過去、そして未来という時制をその枠組みとして構成されているとすれば、現代の記憶とは現在化された記憶なのである。

 少なくとも、《grace》に予見された時間感覚–現在と記憶の関係性–はそのようなものである。この議論の延長線上に、過去が複数化した現在の蓄積によって生成される近未来を想像することもできるだろう。

 直前に「予見された」と書いた。確かに《grace》には現代の時間感覚を先取りしている面がある。しかし、2018年の現在からすれば、私たちはもう少し複雑な時間認識に接している。二つの例を参照してみたい。「コンテンポラニティ」とその具体例としての「タイムライン」。

 美術批評家テリー・スミスはモダンとポストモダンから区別する形で「コンテンポラニティ」という時代概念を提起している。その条件に「グローバリズム」、「不平等」、「イメージエコノミー」の三つの現代的な変化を挙げた上で、スミスはコンテンポラニティの語源的な意味、com tempes=複数の時間を伴った(現在)という大きな枠組みにおいて、現代アートの状況を分析している。冒頭で述べた「プレモダンもモダンもポストモダンも歴史的なパースペクティブを失い、ユーザーによって無数のイメージがインターネット平面に同時併置される状況において、現在という単一フレームへの格納=いまここという同時性の一点だけが、ある事象の存在を証明する時代」とは、スミスの定義によれば、「コンテンポラニティ」という言葉に集約できる時代区分だと言えるだろう。抽象論に響くだろうか。

 インターネットに慣れ親しんだ私たちは具体的な輪郭をそれに与えることができる。「現在」が特権的な地位を獲得した現代のインターフェイス。ツイッター、フェイスブック、インスタグラム、ライン等々、インターネットの様々なサービスが採用するタイムラインと呼ばれる投稿形式である。ネット用語辞典ではこのように解説されている。「Twitterにおけるライムラインは、ユーザーが投稿したツイートを時系列順に表示しているもので、新しいツイートほど上に表示される。」(IT用語辞典バイナリ)補足が必要だろう。タイムラインは必ずしも時系列に並んでいるわけではない。そして、何よりユーザーが別々のタイムラインに触れている点が特異である。タイムライン型のイメージで語られる「リアルタイム性」は初めから複数化されているために、中心となる時間軸をもたない現在の経験を無数のユーザーに保持させるのだ。つまり、《Grace》が現在の経験のうちに過去の鑑賞も未来の鑑賞も常に複数化された時制の包含をいまだ、単一的な時間軸の上でしていたとすれば、タイムラインの現在はその時間軸そのものがユーザーの数だけ複数化した状況だと理解していい。ユーザーごとに異なるタイムラインは同じように現在を意味しながら、それぞれの関係は非同期的に絡み合っている。複数の時制を含む現在が複数化して経験されること。これがタイムラインのもたらす、前述の表現を使えば、現在化した記憶の形式なのである。

 しかしながら、それは私たちが現在のうちに複数の時制をソリッドな状態で経験する、あるいは判別することを意味しない。例えば、ツイッターの場合はタイムラインに並ぶ、すべてのツイートに「年.日付.時刻」が刻印されているにもかかわらず、私たちはそれをいちいち確認したり、時制的な区別をつけたりせずに認識しているからだ。したがって、複数の時制をソリッドに経験しているのではなく、リキッド化した時制を現在のうちで経験しているといった方が正確かもしれない。ちょうどジグムント・バウマンが人・モノ・情報が自由に国境を行き来するグローバリズムの徹底を「リキッド化するモダニティ」と名付けたように、私たちの時制もリキッド化=液状化しているのではないか、と。

 感覚と記憶、手と脳を弁証法的に止揚し、現在という時間を絵画に留めようとしたセザンヌの記憶(の溶液)は果たして、私たちの記憶と同じものだろうか。これは人間の記憶能力の有無といった話ではない。田中功起の《grace》とボリス・グロイスの美術理論、そしてタイムライン的なインターフェイスを経て、現代における記憶の内実について考えてきた私たち記憶に対する認識の大きな相違がセザンヌとの間に跨っていることに気づくことができただろう。

 このような記憶の形式のもとで、いかに現在は表現されるだろうか。記憶が確かであれば、私たちは磯崎憲一郎の小説「絵画」について論じていたはずである。《grace》から8年後に発表されたその小説は、セザンヌの方法とは別の仕方で、いまどのように読み直すことができるだろうか。もう一人の20世紀の巨人との出会いの中で。もう一度、磯崎憲一郎の「絵画」に立ち戻ることにしよう。

 

 

第4章:「絵画」再論—-セザンヌからマティスへ

 

 第1章において、「絵画」の「ハト」の来襲という仕方で近さを遠さの同時併置の原理的な不可能性を提示していることによって、セザンヌの方法に新しい小説という形で失敗していると結論付けた。そして、私たちは続いて、セザンヌが現在の前提としていた「記憶」の溶液それ自体の変質を、第2章において確認した。だとすれば、論理必然的に磯崎「絵画」がセザンヌとは別の仕方でそのような記憶の形式–リキッド化した時制–のもとに構築されている可能性を提起することができるだろう。小説の後半部の展開を追いながら、「絵画」の時制/時間について確認しよう。ハトの増殖に驚嘆した後の出来事である。

 中年の男女が画家の立っている橋にすたすたと登場したことで橋が大きく揺れ、画家は再び驚嘆する。男女は川面に関心を寄せている。画家が落ち着きを取り戻すと、またもや橋の上を今度は自転車に乗った親子が、先ほどとは異なり一切の揺れを引き起こすことなく、通り過ぎていく。不思議な感慨に取り憑かれながらも、中年女の横柄な振る舞いに怒った男は橋のから引きずるように連れ出して、画家の視界からは消えていく。この後に続く女子高生の描写に、この小説の白眉を批評家の佐々木敦は求めている。

「遊歩道には犬を連れて散歩したり、川面を覗き込んだりしている人がいる。空に浮かぶ太陽は切り抜いた紙を背景に貼り付けたように、不思議に平面的に見えた。するとその同じ平面上に、視界にすべてのものがもう一度改めて散りばめられて、配置し直されて、みな似たような白と黄色の中間の、明るい柔らかな色を帯びてしまった[x]

 一読すると、切り絵や貼り絵の手法を思わせる描写である。佐々木はこの描写における風景の描写に含まれる時間が平面化する過程、すなわち小説が絵画する時間に、後期セザンヌと同様のプロセスを批評的に言い当てている。だが、これは前述したようなセザンヌの条件に当てはまるものだろうか。

 佐々木同様に、「絵画」を絵画との類比で語ることが許されるならば、むしろ、あの世界が平面への還元されていく過程はアンリ・マティスの手法に近いというべきではないか。実際に磯崎はあるインタビューで自身の小説に直接影響を与えた書籍としてマティスの『画家のノート』を挙げている。セザンヌよりちょうど30年遅くフランスで生まれたマティスは、美術史では原色と荒々しい筆触から「野獣派」として括られる20世紀を代表する画家である。後年は視力の低下の影響があるものの、絵画の二大要素である線描と色彩の純粋な統合の果てに油絵から「切り絵」制作にまで到達した。

 絵画との類比とはまず小説の描写する空間について考えることである。マティスの有名な「室内」を描いた作品を参照してみよう。

アンリ・マティス《赤いスタジオ》、1911年、MoMA

 晩年の切り絵へと帰着するマティスの絵画論理をよく示した作品である。本作において、私たちの目はこれ以上ないほどに平面の表層に入っては出ていく視線の交差によって、そこには浅い空間を感知することになる。一見すれば、子供が書いたようなマティスの浅い空間とは遠近法的に導き出される近さと遠さの秩序をもたないものであるが、これは言い換えれば、すべての対象が中距離化した空間として考えることができるだろう。そして、その点で中距離の対象への解像度の高さを持つ「絵画」の視点の描写との類似を指摘することができる。

 さらには岡崎乾二郎が「金魚鉢の中の金魚の赤を見つめる視線はいつのまにか窓の外にあり、と外の青空を見つめていた視線はふと気づくとヴァイオリンケースの青い空っぽの内側にある。」(p.34)と、鑑賞者の視線誘導を言語化をするとき、私たちは磯崎の「絵画」の世界に誘われているといっても過言ではないだろう。しかし、だとすれば、マティス=「絵画」と捉えるとき、

 

あのハトの来襲はどのように説明できるのか。

 

 かつて精神分析医のジャック・ラカンは想像界-象徴界-現実界の図式化のためにハンス・ホルバインの《大使たち》を参照したことがある。画面奥の棚に手をかけ、こちらを眺める二人の大使の属する完璧な遠近法的な空間の中央よりやや下方に変形(アナモルフォーズ)された人間の頭蓋骨が挿入された絵画であるが、ラカン曰く、遠近法(=象徴界)によって、子供の平面的で多視点的な絵(=想像界)は修正(=去勢)された、そのトラウマ的な痕跡が頭蓋骨のアナモルフォーズとして回帰してくる。

ハンス・ホルバイン《大使たち》、1533年、ロンドン・ナショナルギャラリー

 マティスの絵画=「絵画」の空間に対してはどうか。《大使たち》とはちょうど反対の構造を指摘できるのではないか。遠近法的な空間の構成方法そのものが疑問に呈され、徹底的に解体された20世紀の試み–キュビズムが最たる例だろう–の中心といってもいいマティスの絵画も、ピカソが古代の仮面や未開の文化に執拗な関心を示し、あの《アヴィニョンの娘》を完成させたように、先ほどのラカンの図式に従えば、古代、未開、子供の絵に近い多視点的な様相を呈している。つまり、マティスの赤い室内は《大使たち》とは対照的に子供の世界=想像界に支配されているのだ。中距離化した「絵画」の世界とは想像界の表現に近いと言えるだろう。ここまでくれば、ハトの正体は明らかだ。徹底的に解体された近代の虚構、すなわち遠近法の痕跡である。キュビズムが単一的な視点から構成される絵画空間をバラバラに分析したように、ハトはバラバラに11羽までに数を増やすのだ。複数化されたハトは多視点化された空間に皮肉にも抑圧され複数化せずには現出しえない遠近法の様態なのである。ハトはまるで頭蓋骨のように変形(=増殖)し姿を現わし、遠近法の抑圧を身を以て表現する。したがって、遠近法なきあとに、あの老画家がハトを直視できないことは自然であろう。

 

ここまでは「絵画」と空間の話であった。最後に時間について考えよう。

 

「長いあいだ、もう何十分も、いやもしかしたら一時間以上もこの場所に停まっている。のろのろとしか進まないのではない。一メートルも進まない、まったく微動だにしないのだ。信号待ちにしては長すぎる。工事の渋滞か、先のほうで事故でもあったのだろうか。車ではなく、それとも何か別の大きな、決定的な流れが止まってしまったのだろうか。[xi]

 「絵画」を前から順に、継起的に読んできた読者からすれば、橋の上の老画家、中年の男女、自転車で通り過ぎる親子、赤ん坊と母親の間で起きた出来事は過去となった状態で、女子高生の視点へと移動する。すると、そこで世界の時間が静止していたことが明らかにされる。女子高生=小説の視点だと考えるならば、女子高生の乗るバスが永遠に停止し続けることで、この小説の描写自体が「決定的な流れが止まってしまった」時間に留まっていたと理解することができる。まず、時間の静止と平面化が同じ女子高生の描写で行われていることは、磯崎が意識的に時間芸術としての小説と空間芸術としての絵画の二つの統合を図っていることが垣間見える。が、この静止とは言い換えれば、「絵画」においては、あらゆる描写が現在化されて経験されることを意味する。なぜなら、静止とは時間の流れの存在しない無時間性、つまり、いまという瞬間のことであるからだ。平面化=静止とはいまここを発生させる絶対的な条件なのである。かつて過去として経験された女子高生登場より前の出来事が現在のうちに事後的に包含されて、読者の前に姿を現わすことになるのだ。

 しかし、おそらく重要なことは、この平面化=静止は女子高生が小説世界において、何か特権的な地位にあることを意味しない点にある。でなければ、磯崎の視点をリニアに接続する独自性は、登場人物間のヒエラルキーの生成へと回収されていってしまうからだ。つまり「絵画」においてはすべての登場人物が、いや、人間よりもはるかに多く登場する昆虫やコイやカメさえも、女子高生と同じように、世界を平面化=静止させることができる。そして、同時にこの後に続く描写もまた、次なる平面化=静止によって、かつて過去だったものとして、現在のうちに包含されていく。私たちはそのような構造をタイムラインと呼ぶ。新しいツイートが送信される度に、それぞれのタイムラインそのものが更新されるようにして、「絵画」の平面化と現在化は機能していくのだ。

 冒頭で掲げた問題提起を思い出そう。現代の「現在」とは何か。

 第1章と第2章において、私たちは磯崎憲一郎「絵画」と後期セザンヌ作品の比較を通して、現在の経験とは記憶との相互作用によって可能にあることを確認し、第3章では近代ではなく現代の記憶のあり方として、タイムライン的な「現在化した記憶」を指摘した。したがって、第3章までで実質的には、冒頭の問いに答えることができる。つまり、現代の「現在」とは複数の時制を含みこみかつそれ自体が複数化して経験される時間であり、そのような時間の形式によって対象化される感覚世界の空間こそが、私たちの現在という経験を体現した作品であると。しかし、それはいまだ極度な抽象論にとどまっていた。

 だからこそ本章ではその実作例を示し、第3章までの議論を踏まえることで、セザンヌ的ではない「絵画」の読解を示した。端的に答えよう。「絵画」とは、つまりマティスの空間とタイムラインの時間の統合された場において立ち上がる小説なのであり、そして現代における「現在」を表現した稀有な芸術作品であると。

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[i] 磯崎憲一郎「絵画」『世紀の発見』河出文庫、2012年、114頁

[ii] 同書、111頁

[iii] P.M.ドラン『セザンヌ回想』高橋幸次/村上博哉訳、淡交社、1995年、201頁

[iv]磯崎憲一郎「絵画」、119-120頁

[v] 前田英樹『セザンヌ 画家のメチエ』青土社、2000年、204頁

[vi] 岡田温司「思考するイメージ、イメージする思考」「ユリイカ」2012年4月号、193頁

[vii] 松浦寿輝『平面論』岩波書店、2012年、46-47頁

[viii] ボリス・グロイス『アート・パワー』石田圭子他訳、現代企画室、2017年、146頁

[ix] 同書、147頁

[x]磯崎憲一郎「絵画」、135頁

[xi] 同書、133頁

文字数:18498

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