印刷

僕らが彼女にできること

チェルフィッチュの『あなたが彼女にしてあげられることは何もない』と阿部和重の『ピストルズ』にはある共通点がある。それは、ふたつのストーリーの中心が偽史を語ることにあるということである。

ある女性がカフェにひとりぼっちで座りながら何やら独り言をぶつぶつとつぶやいている。その独り言に耳を傾けてみると彼女は天地創造の物語を語っている。その内容は我々が『旧約聖書』や『古事記』で聞いたことのあるような、どの内容とも違う。彼女が言うには、自分は太陽や月が存在する前に神によって作られた一族の生き残りだというのだ。しかし、その一族は後から誕生した別の一族によってほとんど滅ぼされ、彼女たち一族が歴史を記録してきた書物なども破壊されてしまった。そのため、彼女が語る歴史は今では一族の唯一の生き残りである彼女だけが知っている。

以上が『あなたが彼女にしてあげられることは何もない』(以下、『あなたが彼女に〜』)のあらすじである。

チェルフィッチュの主宰でこの作品の戯曲の作者でもある岡田利規は、この作品よりも以前に上演されている『現在地』上演の際の「CINLA.NET」によるインタビューで「僕はこれまでフィクションに対して完全に懐疑的だったのに、突然それが信じられるように思えてきて、絶対にフィクションを作らないといけない、と思って取り組んでいるのが現状、っていう感じです」と語っている。『あなたが彼女に〜』は『現在地』と同様に、SF的な設定、あるコミュニティの消滅がほのめかされるなどの共通した点があり、上記のインタビューで語ったフィクションを作るという意識の上にある作品であるといえるだろう。

山形県東根市神町にそびえる若木山にある広大な屋敷に暮らす菖蒲一家。そこでは昼間から演奏会が催され、にぎやかな雰囲気がただよっている。うるわしい四姉妹と甘い香りに誘われて神町にある書店の店主である石川が何度もその家を訪れるうちに、一家の秘密を知ることになっていく。四姉妹の次女で小説家である菖蒲あおばが語るには、菖蒲家は一子相伝の秘術を1200年にわたって継承し続ける一族であるというのだ。そして現在、厳しい修行の末にその秘術を獲得したのは四女である菖蒲みずきである。

以上が『ピストルズ』のあらすじである。

阿部はこの作品の舞台であり、自身の出身地でもある山形県東根市を舞台にした作品をいくつも書いている。特にこの作品と『シンセミア』は神町トリロジーと銘打たれ、その完結編である『Orga(ni)sm』が文學界に現在連載されている。また、どの作品においても巻末に「完全なるフィクションである」ということが明記されてはいるものの、現実に存在する場所である神町を舞台にその土地を小説的な空間へと読み替えるということをしているのに加えて、『ピストルズ』ではそのさらに背後に1200年にわたって連綿と繋がれ続けており、さらには世界史的事件を裏で工作していたといった疑惑がほのめかされるなどの巨大な歴史の構築がおこなわれている。

『あなたが彼女に〜』と『ピストルズ』では冒頭で述べたように偽史が、それも現在語られている歴史をくつがえすような創世譚であったり、ひとたびそれが明るみに出てしまえば人類史的な大スクープとなってしまうやもしれない歴史を、それぞれの一族が保持し続けているということが語られていく。では、このふたつの作品の異なる点はどこにあるのだろうか。結論から言ってしまえばそれは、ふたつの作品に登場するそれぞれの歴史を保持した女性のその歴史に対する態度である。

『あなたが彼女に〜』では、彼女の一族は別の一族らによってほとんど滅ぼされてしまい、その別の一族が語った歴史が現在では正しい歴史であると信じられている。そして一族の最後の生き残りとなってしまった彼女は、彼女たちの語り継いできた歴史が真実とみなされるときが来るまで生き延びることを使命に感じている。

一方『ピストルズ』でも、受け継いでいくべき秘術は一子相伝であるために、その担い手である四女の菖蒲みずきに歴史の継承の全権がゆだねられている。しかし、彼女が自らに課している使命はこの秘術の歴史を自分の代で終わらせることである。それは先代の継承者であった父の悲願でもあり、『あなたが彼女に〜』における女性の振る舞いとはまるで正反対の姿勢を一族の持っている歴史に対して抱いているといえる。

では、歴史の最後の継承者という共通した特徴を与えられながらも、彼女たちはなぜこうも歴史に対して正反対に対峙しなければいけなかったのだろうか。それを理解するためにはまず、ふたつの作品が発表された年代を確認する必要がある。『あなたが彼女に〜』はおおいたトリエンナーレにて2015年8月に初演され『ピストルズ』は『群像』で2007年1月号から連載を開始している。そう、このふたつの作品は東日本大震災を中心としてそれぞれ約4年後、4年前の時点で描かれた作品であるのだ。

上に引用したインタビューで岡田は、フィクションが信じられるようになったと述べているが、それは震災に対して「もうこれ以上はないくらい直接的な影響」があったためであるとも語っている。

震災などが起こらずとも市区町村レベルでの小さな歴史が語られなくなるということは少なくない。だがしかし、それらはたとえば市町村合併や郊外化にともなう地方の均一化などによっておこなわれる。つまり、地元の住民だけが知っている、その地方に紐づけられた小さな歴史たちにコンクリートで蓋をしてしまえば、行政はスリムになり、ショッピングモールがやってきて、若者の人口流出をなんとか食い止めることができるだろう。実際、阿部作品の舞台となっている東根市は、宮城県仙台市に隣接しているために新興住宅地として郊外化が進んでいる地域もあるという。

もちろん阿部自身は、そのような現状に抵抗するためにあえて、自らの地元を舞台とし、虚構をふんだんに織り交ぜながらも郷土史の資料を引用することによって、東根市神町の歴史を保存しようという気持ちもあるのだろう。しかし、彼は登場人物にまでそれを強いることはできなかった。菖蒲家に何度も訪れ、一族の歴史を記し続けた石川は物語のクライマックスで、彼にとってはある種の究極の選択を迫られることになる。みずきの秘術によって記憶を消去されるという前提で一族の歴史の筆記をしてきた彼だったが、もしも菖蒲家の一員となり、このままこの家に住みつくという選択をすれば、記憶は消去しなくてもよいと菖蒲あおばに提案されるのだ。神町の歴史を調べ続け、個人でホームページを立ち上げるほどの熱心さを持った彼にしてみれば、これは生理的に飛びついてしまいたくなる提案のはずだ。しかし、彼はこの提案を辞退し菖蒲家を去る。そして、妻ひとり子ひとりという「郊外に暮らす典型的な核家族」が待つ家へと帰宅し、クリスマスイヴに家族団欒でささやかなごちそうをいただくというシュチュエーションの中で、これまで聞き記してきた菖蒲家に関する記憶を消失するのだ。それによって彼は、菖蒲家に通う以前とは比べものにならないほどに明るく振る舞うことができるようになる。そしてこれが、彼の妻から依頼を受けた治療であったことが明かされる。だがしかし、菖蒲家に残るかどうかの最終的な判断は彼にまかされていただろう。彼は歴史に蓋をすることを選んだ。そしてそれは、それをすることによってたどり着くことのできる未来のためであったのだ。

しかし、震災によって脱色される歴史には、そのような未来は存在しない。一瞬に奪い去っていった歴史の空白を埋める上蓋となるコンクリートは、団地でもショッピングモールでもなくうら寂しい防潮堤である。震災を知ってしまった僕たちは歴史を忘れ去るという選択はできない。アメリカ同時多発テロによって起きたイラク空爆に対して当時の渋谷にいる若者たちにどちらが正しいのかと聞けば、そもそもそのような選択肢しか用意されていない設問からなんて降りてしまえばいいと答えることもできただろう。しかし今や、設問から降りてしまえば歴史はなかったことになってしまう。僕たちにできることはたとえ今正解を出すことができる人がいなくてもとにかく設問を持ち続けることだ。

では、カフェにひとりぼっちで座りながら一族の歴史を持ち続ける彼女に、僕たちはしてあげられることはないのだろうか。いや、きっと存在する。このままでは彼女が持ち続けている歴史は彼女の寿命とともに消え失せてしまう。しかし、もはや僕たちも、歴史に蓋をすればつつましくとも幸せな未来が待っていると考えることはできない。それでは僕たちは『ピストルズ』で石川に対して投げられた提案を了承すればいいのでないか。僕たちの中の誰かが、一族の一員となって歴史を持ち続けるうちのひとりになる。そして少しずつ一族を繁栄させていくことができれば、たとえ彼女の知っている歴史が真実として認められることがどれだけ先になろうとも、心配はいらない。なにも僕たちが未来に対してできることは歴史に蓋をすることだけではない。自分が真実だと思える歴史を秘め続け、来たるべきときに備えることだって未来に対してできることのひとつなのだから。

文字数:3772

課題提出者一覧