私にとって、
それは、たしかに、存在していた。
ただ、それがなんなのか、私にはわからなかったんだ。
1、人はだれしも、
得体のしれない感情を粗雑にひとまとめにしてラベリングをするものだ。批評家は名付け親だと前回の授業で登壇者の誰かが言っていたはずだが、人間は元来名付けたがりなのだ、はっきりとしないものは不安を生む、その不安を遠ざけるために、名前をつけ、それを「語りうる」ものであるかのようにみせる、わかったつもりになれたら安心だ、もう怖くない。ただそれってジャストカテゴライズ、アナライズでもなんでもない、クリティカルシンキングしていけてない、イケてない、アンダースタンドって、なんだったっけ。
人はだれしも、
恋をする。
恋をしたい。
恋をうしなう。
恋をしてしまう。
恋をすることになる。
わたしは今、恋、と書いたね。君は、なんとなく書いてあることを理解した感じで素通りしたね。ほんとうは、わかってないことをわかってるのに。恋ってなんだ、恋愛ってなんだ、恋愛感情って、恋をするって、なんだ。それは得体のしれないなにか、だよね。本当は一文字で、ko i なんて音声で語れないよね、なんで一つにしちゃったんだろうね。だって私たち批評家だから。人間だから。でもほんとう、恋という文字、その概念の存在より他に、君はなにを知ってるの。ねえ、どうしよう、恋って文字が、途端に恐ろしく見えてきちゃった。
2、フィール そう グッド
小難しい話はせずに、感じるまま、フィーリングで理解しようぜ?なんて言った日には教養主義の方々の拳で殴られてしまうわけだが、フィーリングこそ、此度の課題テーマ「怪物/モンスター(monster)」に近づくための足がかりであると、私は断言する。
怪物とは怪しいものだ。もっと正確にいえば、怪しまれるものだ。怪しまれることのできるものは、明白でないものだけ。明白でも明確でも明瞭でもないけど、認知しちゃったものだけ。そう、つまり、それは、モンスターです。私たちを取り囲み、支配する無数の「概念」、なんて恐ろしいんでしょう。夜中、みんなが寝静まったころ、目が冴えてしまって眠れない君が、ああ、あれってどういう意味なんだろう、(じgひsふはおいfぎおgじゃ)ってなんだろう、と思索を始める。そのとき、現れる、姿の見えない、つかめない、なにか。モンスターだ。
でも、ひとつ確実なことがある。そのモンスターの存在だ。
そいつは一匹の大きななにかかもしれないし、複合体かもしれないし、四肢の切れた死骸なのかもしれないけれど、なんにせよ、在るには違いない。
存在の存在を認識した気の最初の手がかりはなんだ。知性か、ちがう。得体のしれないなにかは、わたしたちに存在を知らせている、その電波の受け取りは、言語化のずっと手前で行われている。これを感覚、フィーリングと言わずして、なんと言おうか。「いや、待ちなさい君。君はなんにも知らないのだね、君は思考しているだろう、それを動かしているのはなんだ、君のなかの知性ではないのか。」まあ、そうだとしても。無意識的で、言語化以前の受け取り、それを私はフィーリングと呼びたい。
3、 i luv u
なんでもかんでも省略して、なにもかもを略称で呼んだり、略語で書いたりするのは良くないって、私の親友の女友達の大学のとある先生が、よく言うそうだ。略称は略語は、もともとそれが何であったかを知らなくても扱えるし理解できる。わたしたちが日常的にしようする単語、そのほとんどの語源を知らないのと同じようなものだ。慣習で習得されて、80パーセントの理解があれば及第点になって、残りの20パーセントってどうでもよくなっていく。わたしたちは、批評家は、文学者は、小説家は、哲学者は、100点の取り方を(たとえそれが不可能に思えたり、現実的に不可能であったとしても)模索していかなければ。言語を扱い、文章を書くものが、怪物と向き合わずに、だれが彼らと向き合ってくれるのか。私たちは、すすんで恐るべきものに対峙して……いや、向きあうだけではなく、そこから距離を詰めていかなければならないんだ。
僕の文章は、短いし、体当たりで、短くて、君の心を打てなかったかもしれない。すまない、努力不足だよ。でもこれは恋文だったんだ。
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