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チョコレートという名の食物への偏執的倒錯

(1)その光景はとても印象的だった——。

(2)赤、橙、黄、緑、青、等といった、ふつうの住宅にはおよそ使われることのない原色があしらわれ、外形も室内も大小の球体の組み合わせから成っており、床面でさえ平面ではなく微妙に彎曲している。(3)わかさぎの南蛮漬け、いか明太、ほうれん草胡麻和え、いちごのケーキ、真っ赤に熟れたトマトにうなだれたペニスを思わせる明太子、拡げた女陰のようなすき焼き肉。(2)常識的な住まいの発想とは真逆の、一見する限りでは人をまるで落ち着かせることのない、アンバランスさと奇妙さの混合体。(4)料理は、とりわけスイーツは、日常に狂気を持ち込む。(5)極度の占有からくる茫然自失、恐ろしくかつ避けがたい茫然自失、大地に打ちかかってそれを引き裂く絶対的なるものの狂熱。

(6)”グリオットチェリーのジュレを包むペルー産カカオのムースとトンカ豆のシュトロイゼルの組み合わせ。生きる喜びと祝祭の感覚を「フレンチ カンカン」で表現しました。¥5,940”

(7)「くれるんですか?」

(8)「ああ、いいとも」

(9)「いくつ? 一つ? 二ッつ?」

(10)小さな口から白い八重歯が覗いていて、おいしいと笑う。(11)僕は彼女にキスをする。舌を入れる。(12)薄い氷のようなチョコレートがパリンと割れると、とろける口どけと口にあふれるカカオの香り(4)がした。(13)舌に素材のザラつきが感知された時、エロい、と思う。

(14)「エロティシズム」の語源である「エロース」は、古代ギリシャ語で同性あるいは異性に対する性的な愛、より広義には、対象に対する強い欲望を意味する。この欲望は、美しいものを単に一時的に所有するだけでは満足せず、(15)「善きものが永遠に自分のものになることを求めている」

(4)——そう、食欲だ。(3)甘くてとろんとして、口中に頬張れば眠気を誘うような、そんな退屈で自堕落な幸福。(16)自分は、そもそもはじめからその愛、その肯定、その幸福のみを口にしていたにすぎない。(5)不安のリズム、不幸の条(すじ)などの数々、歓喜、欲望、空虚。(17)考えれば考えるほど、分からないことは増えていって、もう死んじゃいたくなるかもしれない。それでいい。

(18)「私の不安を拭ってくれ。」

(11)さっき僕が見たのは何だ?思考が混乱していく。(3)どろどろ。ぬらぬら。(14)性的活動には、単なる生殖以上のもの、すなわち「過剰」が含まれている。(19)けれども、際限なくめちゃくちゃになれというわけではない。(3)ぺちゃぺちゃ。とろとろ。(4)倒錯だ。(20)いよいよ気が狂ってきた。(4)甘く、苦く、濃厚な愛撫に腔内は犯されて、(21)なんの話をしているのか、もうさっぱりわからない。(4)官能的な香りに、脳みそが麻痺する感覚を覚えた。(2)私はいったい何が言いたいのか。

(22)想像したことある?

(11)甘い匂い。(12)百花蜜の蜂蜜のやさしい甘みが口の中で開いて(4)……(3)なるほどたしかに、褥の中にこそふさわしい淫猥な響きがする。(23)有難くいただく。

(24) 命を食べて笑い合う気分はどうだ(4)?

(7)「はい……?」

(1)「はい。とにかくとてもガナッシュの香りが強いと思います。」

 

 

 

 

 

*1 サロン・デュ・ショコラ オフィシャル・ムック2015

*2 『批評時空間』佐々木敦

*3 『食に淫する』vol.1 尊厳

*4 筆者による創作部分

*5 『物質的恍惚』ル・クレジオ 豊崎光一訳

*6 ジャン=ポール・エヴァン ジャポン クリスマスケーキ宣伝用店頭配布チラシ

*7 『クビキリサイクル 青色サヴァンと戯言遣い』西尾維新

*8 『桜の森の満開の下』坂口安吾

*9 『こころ』夏目漱石

*10 『あのこと通信 00号 現在地が見つかりません編』 さとうめいじ

*11 『小説トリッパー』2016夏季号収録「その先の道に消える」第三回 中村文則

*12 マールブランシュ加加阿365 カタログ(2016/10配布分)

*13 パフェ評論家 斧屋ツイッター(@onoyax) 14/11/2016,23:33

*14 『ニュクス』02収録「タブーは破られるためにある——エロティシズムにおける禁止と侵犯」佐々木雄大

*15 『饗宴』プラトン 朴一功訳

*16 『表層批評宣言』蓮實重彦

*17 『あみめでぃあ』第三号収録『私淑と独学の「敢えて」——入門するということ』らららぎ

*18 市川春子作品集Ⅱ『24時のバカンス』収録 「パンドラにて」

*19 『動きすぎてはいけない』千葉雅也

*20 『あみめでぃあ』第四号収録「迂回と秘密(Circumvention/Secret)——向き合うこと・明るいことは善いことだと考える物語脳に関する分析」らららぎ

*21 『嘔吐』ジャン=ポール・サルトル 白井浩司訳

*22 『夏を喪くす』収録「最後の晩餐」原田マハ

*23 『小説トリッパー』2016夏季号収録「老乱」第三回 久坂部羊

*24 米津玄師公式ブログ 2012.08.29「あなたは醜い」

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