怒りは愛しいもののために。
日常、どんなときに苛立ちを覚えるだろう。改札を通ろうとしてSuicaの残高が足りずに引っかかったとき?コンビニでレジに並んでいたはずなのに、後からきた客が先に会計になったとき?少なくとも、そんなことで私は苛立たない。私にとって苛立ちは、怒りという感情の大きなカテゴリーの内にある、怒りよりも小さな感情だ。怒りの感情を出すこと、表に出さずとも、怒りを覚えるということは、それだけで大変な体力を消費する。自分と関係のないもの、赤の他人などに、自らの大切なエネルギーを消耗などしてたまるものか、と思っているからか、わたしは滅多に怒らないし苛立たない。それでも、怒ることがあるとすれば、それは愛しいもののためだ。だから、今日のこの文章も、私は愛しいもののために綴りたい。
XIA JUNSU(シア・ジュンス)は、韓国人歌手である。身長178センチ、体重64キロというのが公式発表のプロフィールだが、実際の身長は175センチあるか怪しいところで、体重に関していえば、デビュー当時に比べて痩せたことを考えると、同じかそれ以下かもしれない。いや、彼の身体的な情報についてはどうでもいいんだ。もっと大事な、深刻な、わたしの苛立ちの原因について話さねばならない。
東方神起というアーティストをご存知だろうか。日本のJーPOP界でも有名な国民的アイドルである。もともとは五人組のグループだったが、現在は二人組のデュオとして活動している。グループを離れた三人は、現在JYJ(ジェイワイジェイ)という異なるアイドルグループとして、またソロの歌手や俳優として活動している。このJYJの一人が、シア・ジュンスだ。五人組であった頃の東方神起は、すでにアジア全体に熱狂的なブームを巻き起こしていた。解散は突然のことであり、おおきな騒動となった。解散の原因は、のちにJYJとして活動することとなったジュンス、ジェジュン、ユチョンの三名が、所属事務所のSMエンターテイメント(以下、SM)に対して訴訟を起こしたことにある。訴訟の理由は、専属契約の解約要請。芸能活動の自由を求めたものであった。
裁判を終えた3人は、SMに「専属契約の終了」と、「今後の活動への一切の不干渉」に合意させることに成功した。しかし結果として彼らの行動は、自由の獲得への一歩というよりも、地獄の始まりを意味することになる。絶対的な権力を持った指揮者の指揮からはずれた3人の奏者は、ステージから追放されてしまった。そう、JYJは結成から一度も、音楽番組に出演していない。無論それは、彼ら自身の意志ではない。SMは、多種多様なアイドルのひしめく韓国芸能業界で、規模・実力ともに最も大きな存在だ。韓国の芸能界に及ぼす影響力は計り知れない。JYJが音楽番組に出演できないのは、SMからの圧力を無視できるマスメディア(主に音楽番組の制作)が、現状ないためだ。
マスコミ、とりわけテレビという一大メディアに出演できない、というのはアーティストとして致命的な事態である。ジュンスは、同グループの他のメンバー、ユチョン、ジェジュンと違い、俳優業をほとんどしていない。アーティストとしてでなければ、俳優としてであれば、彼らは今も地上波に出演することができるが、ジュンスはそれを選択しなかった。
彼らは東方神起を離脱しJYJとなってからも、オリコンチャート1位を獲得し、アジアはじめ米国でのツアーをも成功させてきた。ジュンスが2015年3月に発表したサードソロアルバム『Flower』は、自国のガオンアルバムチャート週間1位、日本においてはオリコン輸入音盤週間ランキング1位、ビルボードのワールド・アルバム・チャートでもトップテン内にランクインしている。彼には、彼らには、そこに立つだけの実力があるというのに。
「実力があれば必ず評価される」というのが綺麗事で、そんなものがまかりとおるような世の中ではないということを承知している。それでも納得はできない。おかしいではないか。彼らが、ジュンスが、なにをしたというのだろう。前世に大罪を犯したとでもいうのか。彼らの訴訟によって、SMがおおきな損失をしたことは事実だが、それが彼らの活動を阻害する理由となっていいはずがない。SMも韓国マスメディアも、表立って彼らの活動に言及することはない。しかし、そこに闇があることはあまりに明確な事実だ。これは「いじめ」なのだ。規模の大きな、嫌がらせなのだ。学校でクラスの中心となる人物から嫌われて、クラスという名の社会から追放される。往々にして、権力は持つべきものの手元ではなく、持ったものの手中にある。だから、わたしの苛立ちの向かう先は、SMというよりも社会といったほうが正しいだろう。どうして、実力のあるアーティストが、外圧によって不当な扱いを受けなければならないのか。それは、不平等で理不尽なこの世の中にたいする怒り、とりわけ権力が、その名誉や単なる都合のために、足元の人間をないがしろに扱うことにたいする怒りだ。
実は、JYJの三人が訴訟を起こしたことにより、SMとその所属アイドルと交わす契約内容が改善されることとなった。彼らが東方神起として活動していたころ、それまで13年間だった専属契約は7年間に変更、活動の長さに比例して要求されていた巨額の違約金も、現実的な金額となった。契約を不当だとする彼らの訴えは、三人がSMに所属していた当時こそ退けられていたが、結果としてSMを、社会全体を変えることとなった。彼はなんの力も持たない葦ではなかったのだ。
이 잘난 세상엔 실수조차 큰 죄가 돼(ろくでもないこの世の中では 過ちさえ大きな罪になる)
Don’t cry (泣かないでよ)
※中略※
Your life Your soul Your world(君の人生、君の魂、君の世界を)
They cannot kill it (彼らは殺めることができない)
——シア・ジュンス、サードソロアルバム『Flower』タイトル曲『꽃(花)』より
しばしばジュンスは、同業のアーティストたちから賞賛される。それは彼の歌唱力とダンスパフォーマンスに加え、先述したような制限された環境下でも、彼が歌を歌い続けたこと、成果をあげたことによるものだろう。彼は自身が恵まれない環境下にいることで、その実力を誇示して見せたのだ。それで彼のいまの状況を喜べるかといえば、そんなことはないのだが。
追記
歌詞を引用したシア・ジュンス『꽃(花)』の公式MVです。なかなかわかりづらい上、厨二臭のすさまじい曲ですがよければどうぞ。
東方神起、JYJ、各ペン(ファン)の皆さまへ
上記の文章だけではJYJオンリーと捉えられるやもしれませんが、筆者はオルペンで、5人全員の活動を応援しています。
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