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散歩と彼女たちの行進

 散歩をしていたら、あなたがたが白昼の街中を連れ立って闊歩するのを見かけた。

カッコつけないで 声を出せ! リズムに乗らなきゃ 始まらない

 何というか、愉しげでもあり、羨ましく妬ましくもあり、

この際 体裁 かなぐり捨てて 騒いで 盛り上がって 祭りが終わるまで … たった一度の人生 踊れ!

 自分が責められているようでもあり、

 身体が揺れて来るだろう ミサイルが飛んで 世界が終わっても 最後の一瞬もハッピーエンド

「ハイテンション」 詞:秋元康 歌:AKB48

 投げやりで儚げなようでもあり、そして懐かしいような気もしていた。
 あなたがたが私の目の前を通り過ぎてしまった後、見物していた人々のいろいろな囁きや呟きを耳にした。数年前の外国のヒット曲と似ているとか、そんな話も聞いた。そして、あんまりハイテンションじゃないよね、というのを聞いたとき、少し意外で、しばらく考えていた。
たしかに、私があなたがたの歌を初めて聞いたときの歌は、最初にもっと速い調子で「会いたかった」と連呼して始まっていた気がする。

会いたかった 会いたかった 会いたかったYes! 君に…

「会いたかった」詞:秋元康 歌:AKB48

さっき感じた懐かしさは何だろうか……それで、終わりごろの文句を思い出した。

身体が揺れて来るだろう ミサイルが飛んで 世界が終わっても 最後の一瞬もハッピーエンド

私はあなたがたの歌をそれほど多く知ってはいないが、あなたがたにしては珍しいのではないか。「ミサイル」「世界」、新聞の見出しのように世の中のことを語るのは……
……それで少し昔の歌を思い出した。

日本の未来は 世界がうらやむ 恋をしようじゃないか! Dance! Dancin’ all of the night
どんなに不景気だって 恋はインフレーション

明るい未来に 就職希望だわ

LOVEマシーン」詞:つんく 歌:モーニング娘。

恋もして … 仕事して … 歴史きざんだ地球

 この星は 美しい 2人出会った地球

恋をした … 寝坊した … すべて見てきた地球

  「恋愛レボリューション21」詞:つんく 歌:モーニング娘。

 ああ、そうか。
あの頃、好景気が終わり、不意の地震やら騒乱やらも重なり、大地も技術も経済も信仰も信じきれぬものと言わんばかり、世は長い停滞期のとば口に差し掛かっていた。世紀末というのも相俟って安直な終末論も出回った。戦後復興とともにあった歌謡曲の豊かな試行錯誤を胸いっぱいに吸い込み自ら歌ってきた詩人は、昔の詩人が「見ろよ あの空 白い雲 そのうちなんとかなるだろう」(「黙って俺について来い」詞:青島幸男 歌:ハナ肇とクレイジーキャッツ)と綴ったように、終わりの不安を新たな始まりへの希望へと転ずるべく、歌謡曲の蓄積に則りながら私的恋愛の熱情を社会経済、そして革命となぞらえて詞と曲を綴り、若い女性たちに歌わせたのだろう。詩人の知る世の盛んだった頃、若者たちが心と身体とを預けていた70-80年代の流行りのダンス音楽に乗せて。

あなたがたの歌の詞を綴る詩人は恋愛革命の詩人よりも一回りほど年長で、膨大に書いてきた人だからこれも私は一部しか知らないが、少々作風が異なっているように思える。

そんなことを考えていたら、また街中であなたがたに出くわした。

ワーカホリックは流行らない  …  遊んで ただはしゃいで 明日はズル休み   「ハイテンション」

それでずいぶん昔の歌の文句を思い出した。「サラリーマンは気楽な稼業ときたもんだ」(「ドント節」詞:青島幸男 歌:ハナ肇とクレイジーキャッツ)……けれど昔のその文句は、月給取りにならなかった、またはなれなかった昔の詩人の不安の裏返しだったのかも知れない。
ともかくも時代は捻じれながら巡ってくる。あなたがたの詩人は先立つ詩人と後に続く詩人との両方を見据えながら、世に満たすべく詞を綴っている。十年で成長した若い女性たち、そして彼女たちに魅せられているくたびれた男性たちに向けてこの歌は綴られている。

***

政治的な行動や動機の基因と考えられる、特殊政治的な区別とは、友と敵という区別である。 (15)

……政治って、友と敵とを和解させて、なるべく多くの人々を幸福にするためにあるんじゃないですか? そもそも僕等は、あいつは悪者だって敵を作って戦わんといかんのですか? 相手だって人間でしょう?

…敵とは、競争相手とか相手一般ではない。また反感をいだき、憎んでいる私的な相手でもない。敵とはただ少なくとも、ときとして、すなわち現実的可能性として、抗争している人間の総体――他の同類の総体と対立している――なのである。敵には、公的な敵しかいない。(17‐18)

本当は、先生の言葉に本心を突かれたと感じていた。たしかに実際のところ、誰とも仲良くとはいかない。むしろ僕の感覚では、人は不意に攻撃してくることがあるし、また悪意はなくても都合が合わず当てが外れて失望することだってある。

先生は乾いた口調で続けた。

いかなる宗教的・道徳的・経済的・人種的その他の対立も、それが実際上、人間を友・敵の両グループに分けてしまうほどに強力であるばあいには、政治的対立に転化してしまう。政治的なものは、闘争自体にあるのではなく…、上述のごとく、この現実的可能性によって規定された行動に、またそれによって規定された自己の状況の明瞭な認識に、さらには、友・敵を正しく区別するという課題にあるのである。 (33-34)

……対立は、避けられないんでしょうか。

「世界国家」が、全地球・全人類を包括するばあいには、それはしたがって政治的単位ではなく、たんに慣用上から国家とよばれるにすぎない。 (68)

……世界が一つになれば、政治は必要ないってことですか。

最悪の混乱が生じるのは、法とか平和とかの概念が、このように政治的に利用されるとき、つまり、明瞭な政治的思考を妨げ、自己の政治的努力を合法化し、相手を無資格・不道徳の立場におとしめるために利用されるときである。 (82)

先生が最初の講義で言っていた、政治とは関係ないと言いながら政治的であること、という意味が分かった気がした。

実際には、…敵対者を政治的と呼び、自己を非政治的(ここでは、科学的、公正、客観的、不偏不党等々の意)であると称することは、典型的な、とりわけ強度な政治行為の形態なのである。 (5-6)

平和の理想に託けて相手を攻撃する……たしかにそんなことはいくらでもある……
……頭が痛くなってきた。

…国際政治・国内政治の区別なく、政治史上いたるところにおいて、この〔友・敵の〕区別をなしえず、ないしはなしたがらないことが、政治的終末の徴候としてあらわれる。…これら特権者たちが安心しきって、なんの疑念も抱かず、民衆の善良さ、おとなしさ、純朴さを口にしていたさまは、みるも奇妙である――「滑稽で恐ろしい情景」である、と。 (86)

(以上 C. シュミット(田中・原田訳)『政治的なものの概念』未来社より。各引用末尾括弧内は同訳書頁数)

打ちのめされて谷底に突き落とされたような気分になり、僕は教室を出た。

***

あなたがたの詩人は空虚だと時に言われる。様々な歌い手へ詞を綴り、自身の作家性・固有性を見せないからである。それは彼の仕事人としての矜持、そして生産性の秘訣でもあるだろう。「会いたかった」と連呼するあの歌にしても、若者一般の心情を定型化して取り出し聴き手の感情移入を容易にさせている。または新聞や週刊誌の見出しのように時流の言葉を取り込んで散りばめる――あなたがたが今歌っているその歌もそうであるように。あまりにも軽やかに取り込んだからか、つい最近あながたがたの仲間に歌わせた歌では「女性蔑視」との批判もあった。空虚と言えば、彼が詩人、いや作詞家としての地位を確立したあの歌もなかなかに空虚ではないかと私は思う。

知らず知らず 歩いてきた 細く長いこの道
振り返れば 遥か遠く 故郷が見える

ああ 川の流れのように ゆるやかに いくつも時代は過ぎて
ああ 川の流れのように とめどなく 空が黄昏に染まるだけ

ああ 川の流れのように ゆるやかに この身をまかせていたい
ああ 川の流れのように いつまでも 青いせせらぎを聞きながら

「川の流れのように」 詞:秋元康 歌:美空ひばり

もちろん私は、この歌に並みならぬ思い入れを持ったという歌の女王の感性が、近づく死期のために鈍っていたのではなどと難じたいのではない。異郷の大都市を流れる大河を眺めながら綴ったというこの詞は、老境まで生きながらえた者なら誰でも多かれ少なかれどこかしら響き合うところがあろうと思うのである。戦後復興期を駆け抜け歌謡曲を作った女王にも、そしてまたその歌を長く愛聴してきた者たちにも、この一つの歌が響き合うのである。そして女王が歌い作り上げてきた歌謡曲なるものとは作家やら歌い手やらの固有の作品というよりもそもそもそういったものであったのかも知れない。あなたがたの詩人はそのような、人々の思いの容れ物としての空虚さを核に仕事を続けてきたのではないかと思ったのである。

***

そしてまた歌い踊るあなたがたを見かけた。

テンション 振り切れ! 弾けろ 自分自身
老若男女 一つになりゃ 争いごとなんか起きない

ずっと座ってる どこかの偉い人 あんたも一緒に付き合えよ

「ハイテンション」

昔聞いた先生の言葉を思い出した。

…一国民が、あらゆる政治的決定を放棄することによって、人類の純道徳的ないし純経済的な状態を招来することなどはありえないのである。 (61)

すなわち、人類を口にする者は、欺こうとするものである。「人類」の名をかかげ、人間性を引き合いにだし、この語を私物化すること、これらはすべて、いやしくもかかる高尚な名目はなんらかの帰結をともなわずにはかかげえないのであるからして、敵から人間としての性質を剝奪し、敵を非合法・非人間と宣告し、それによって戦争を、極端に非人間的なものにまで押しすすめようという、恐ろしい主張をするものにほかならない。(63)

『政治的なものの概念』

知恵というものに憧れたばかりに、素朴な希望の言葉がその度悉く野蛮な言葉へと裏返ってしまうような気がした。

先がわからない時代だって しかめっ面して語ってるけど 未来が見えたら預言者 願いでもの言う偽善者    「ハイテンション」

そんなのも使い古した紋切の言い方に過ぎない……

 生きてる奴は何をやりだすか分らんと仰有る。まったく分らないのだ。現在こうだから次にはこうやるだろうという必然の筋道は生きた人間にはない。死んだ人間だって生きてる時はそうだったのだ。人間に必然がない如く、歴史の必然などというものは、どこにもない。人間と歴史は同じものだ。ただ歴史はすでに終っており、歴史の中の人間はもはや何事を行うこともできないだけで、然し彼らがあらゆる可能性と偶然の中を縫っていたのは、彼らが人間であった限り、まちがいはない。

 坂口安吾「教祖の文学――小林秀雄論――」

ああ、そんなこと言ってたおっちゃんがいたな。

疑りもする、信じもする、信じようとし思いこもうとし、体当り、遁走、まったく悪戦苦闘である。こんなにして、なぜ生きるんだ。文学とか哲学とか宗教とか、諸々もろもろの思想というものがそこから生れて育ってきたのだ。それはすべて生きるためのものなのだ。生きることにはあらゆる矛盾があり、不可決、不可解、てんで先が知れないからの悪戦苦闘の武器だかオモチャだか、ともかくそこでフリ廻さずにいられなくなった棒キレみたいなものの一つが文学だ。

「教祖の文学」

「生き生きとした嗜好」「溌剌たる尺度」とか言って颯爽とやってきた小生意気な奴が十年かそこら経ってみんなにひれ伏されて、世の中は戦争になっちまって、そしたら「歴史の必然」かよ、ふざけんな、ってことなのかな、概略。

そう言えばあなたがたの詩人、いやプロデューサーは教祖、いや「ネ申」とか言われてるね。今やありふれた言い方だけど。

昔、もう三十年くらい前かな、彼が書いてあなたがたの大先輩が歌ったやつで、はっとするような、溌剌としたのがあった気がするけどね。

走るバスの窓から 君は身を乗り出し ずっと手を振りながら 何か叫び続ける
君の麦わらぼうし 風にさらわれても きっと僕の心は 終わらない夏休み

「終わらない夏休み」詞:秋元康 歌:おニャン子クラブ

「海を抱きしめた西向きの部屋」とか、表現も節目節目でちょっと気が利いてて、というか全体的にも、僕好きなんだけどね、あの歌。いい年こいて。あれは、ちょっと僕は、空虚とは言えない。

夜の湾岸で踊るあなたがたを私は遠くから眺めていた。やがて一人がその喧騒から抜け出して、桟にもたれながら夜の海の遠くをぼんやり見遣っているのが見えた。独り物思いに耽る彼女を私が独り見ているのはいけないような気がなんとなくして別の方を向こうとしたら、彼女の呟く声が微かに聞こえた。

「……はー、楽しかった」

そして彼女は何故かこちらを向いた。私が独り彼女を見つめていたのを、いや日中最初にあなたがたを見かけたときから実は私に気づいていたかのように。

彼女は、指を鳴らした。その音がなぜか、はっきり聞こえた。
花火が上がった。ミサイルはまだ飛んでいない、はず。
私の長い散歩も、ひとまず終わりとしよう。

――終劇――

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