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20XX年7月のある日、いくつかの会話:マンガ『よつばと!』について

――よー、風香ちゃん、今日終業日だっけ?
――あー、ジャンボさんこんにちは。そーなんですー、明日から夏休み! ジャンボさん、お休み明日でしたっけ?
――そうそう。今ちょっと配達があって、すぐ帰んないと。あ、でも明日もちょっと配達行くかもしんない。
――忙しいですねー。
――まあ、お得意さんだから。花は生ものだし、もう暑いから外に出すとすぐ育つし弱るし。プールとか海行ける日和だよね、風香ちゃんどっか……あ、かなづちだっけか……。
――ジャンボさんもでしょ。
――いいじゃんべつに、コイだってそうだし。でも俺はアウトドアは好きだし得意だよ。君、学校で水泳教室とかやらないの?
――ちょっと、高校生にもなって、恥ずかしいっていうか……。
――うーん、俺みたいなおっさんだとあれだけど、まだ若いんだし。ビーチに行ったらモテるんじゃない?
――……いつだったかみたいにマニアックなプロポーションとかまた言ったら、大声でセクハラって言いますよ?
――なんだよ、自分で言ってんじゃん……そういやあのウォーターワールドはちょっと楽しかったな。コイのやつまた新聞屋からもらわないかな? (……あさぎさん……)
――なんですかひとりでにやけて。やだー、このロリコンおやじー!
――いや違う、お前じゃないって。
――なんですか、「お前じゃない」って、高校生の難しいお年頃の乙女に向かって……。
――(めんどくせーなー)
――でもあのときよつばちゃんと行ったのは楽しかった。泳ぎすごい上手いし。また行きたいかな。今度はお姉ちゃんも誘うかな。
――(……! 今度こそ! 今度こそあさぎさんも一緒に!)
――わかんないなー、お姉ちゃんフラフラ~っと出かけてくし……。
――(なんだよ、それを連れてくるのがおめーの仕事だろーが)
――……なんですか、恐い目で見て。
――……いやなんでもない……。そうか、コイとよつばが引っ越してきたのがちょうど今くらいのころか。その夏にウォーターワールド行ったんだよな。
――そうですねー。たしか、小岩井さんとよつばちゃんが引っ越してきたときも私が終業式帰りで、はじめは変わった子だなあと……なんかずいぶん前のことのような気がしますけど……ええっと、19日だったかな、土曜だったかな……あれ? 週5日制じゃなかったっけ?
――あ、ごめん、時間たっちゃった。まだ仕事あっから俺帰るわ。今日はもうこっち来ないかも……あ! あさぎさんによろしくなー! くれぐれも!
――あ、はい……すいません、気をつけてー。

 

――ああ、風香、おかえり。
――ただいまー。恵那はまだ?
――さっき帰ってきたとたんよつばちゃんが来てね。ちょっと公園へ遊びに行ったみたい。
――そう……。恵那、よつばちゃんが来てからちょっとお姉さんぽくなったかな。お姉ちゃんは?
――あさぎ、今日大学じゃない? 遅くはならないって言ってたけど、どうかしらねー、また虎子ちゃんとかとどっか寄ってくるんじゃないかしら。あの子はねえ、やっぱり失敗ねえ、昔は可愛かったのに、やさぐれちゃって……下の子たちはしっかりしてるのに……。
――(ま、また言ってる……むしろお母さんがそんなふうに思ってるからでは……)よ、よつばちゃん相変わらず元気だねー。
――そーねえ、あの子見てるとおもしろいわね。発想とか、表情とかしぐさのリズムとか、おもしろいのよね、マンガっぽくて。4コママンガっぽいのかな。『サザエさん』とか昔の4コマとちょっと違うけど。あの年頃の子供って、じーっとよく見てるとそういうとこあるのよね。傍からビデオカメラで撮るみたいにじーっと観察してると。元気すぎて傍観してばかりいられないときもあるけど。
――(お母さん、なんか珍しく語るなあ……)お姉ちゃんも、よつばちゃんのこと見てておもしろいってよく言ってるよ。
――えっあの子が? そんなとこだけ似たのかなあ。
――(そんなとこってなんだよ……)そういえば前、引っ越してきてすぐだったと思うけど、雷鳴って雨降りそうなときに小岩井さんとこの洗濯物がまだ出ててよつばちゃんと一緒にしまってて、大雨降り出したらよつばちゃん突然外に飛び出して私びっくりしたんだよね。でも仕事してた小岩井さんが出てきて「大丈夫大丈夫」「あいつは何でも楽しめるからな」「よつばは無敵だ」とか言ってた。あのときちょっとわからなかったけど、あれからよつばちゃん見てて、ああこういうことかってちょっとわかってきた。
――ふうん、風香もちょっとお姉さんらしくなってきたのねえ。
――えっ、そうなのかなあ……。
――あさぎも風香も恵那も、よつばちゃんの年のころはあんな感じだったわね。まあ、あれほど元気で突飛じゃなかったかもしれないけど。5歳くらいだと誰でもみんなそんな感じじゃないかしら。大人から見たらほんの数年でみるみる成長しちゃうけど、子供のときの時間てゆっくり流れていくのよね。それで見るもの聞くもの触るものが何もかももの珍しくて、世界が輝いて見えるんじゃないかな。学校に入る前だし……幼稚園とか保育園に入ってるとまた別かな……あたしもあんなころがあったのかしら。お父さんは……想像しにくいな……まあ、思春期になるといろいろあるし、大人になって年をとればまたいろいろよね、責任とか人間関係とか……。
――(……お母さん、地味に重い話に持ってくな……)
――ところで風香、新しい彼氏見つけたの?
――ええっそっち!?
――夏休みの宿題は溜めないで早くやんなさいよ。恵那なんかそういうのしっかりしてるよ、見習いなさい。
――えええっっっ!?!?!?

 

――ちぃーっす。失礼しまーす。
――なんだ、やんだか。ずいぶん中途半端な時間に来たな。仕事どうした?
――今日ノー残業デーでしょ、俺も定時で上がりたいし取引先もそんな感じなんで午前中からいろいろ回って、今遅い昼っす。お湯借りますね。カップ麺食べたらすぐ出るんで。あの子今日いないっすね。
――よつばは隣の恵那ちゃんと公園に行った。恵那ちゃん今日学校の終業日で帰り早かったから。
――隣ってあのあさぎさんちの……あの娘やっぱ彼氏いんのかなぁ……モデルみてーだもんなぁ……。
――さあ。やっぱりミキちゃんとは切れたか。
――……その話は勘弁してくださいよー。
――お前チャラいし幼稚だしな。
――そんな! 俺こう見えても仕事がんばってるんすよ!
――よつばにも勝てないくせに。
――なんすか!! もーあいつガキのくせに会うたんびにコケにしやがってむかつくー!!
――だって見ててレベル同じだもん。マンガみたいで。子供どうしだろ? ……でもお前、変なことして逮捕されないようにな? 今厳しいんだから。
――は?
――大丈夫になるころにはお前ハゲてるかもな。うん、たぶんハゲてる。
――な、なんなんすかー!!!
――人の家に図々しく乗り込んでくる罰だ。 ……しかし、あの人も言ってたな……よつばもそろそろひとりで寝られるようにならんといかんし……。
――あの人って……ああ、おばちゃんですか? 来てましたね、去年の秋か冬くらいでしたっけ?
――連絡もろくにしないで急にすぐ来るからって言って。友達とコンサート観に来たらしい。
――へー……あ、すんません、ちょっと仕事の電話来たんで……はい、安田です、あ、はい、はい、あ、そうですね、かしこまりました、お願いいたします、よろしくどうぞ……。
――なんだ、まだFOMAのガラケーか?
――スマホ持ってんすか?
――いや、俺じゃねーけど、あの人がな……。
――……おばちゃんが!? ええっ!?
――こないだ来たとき「私、iPhone買ったんやで」ってドヤ顔されたな。「アプリ!アプリ入ってるから」とか言って。アプリで無料電話できるからお前もスマホ買えとかさ。ネット通販のネットって言ったら「そんな専門用語で言われてもわからん」とか言ったすぐあとに。
――はあ……なんかあのおばちゃんらしいような……。先輩持たないんすか? ていうかツイッターとかフェイスブックとかブログとかやってないんすか?
――お前には言わない。
――は!?!?
――まあしかし、スマホやらSNSやら、出てきて十年たってないと思うけど、いつの間にかあるのが当たり前みたいになったな……こっち来たときあったかな? 『サザエさん』や『ちびまる子ちゃん』って年取らないけど、まあちょっと昔だけどあれで出てくる話と現実とちょっと近いところもあるかなと思ってたのが、『ドラえもん』の秘密道具で出てきそうなものが急にけっこうボツボツ出てきて。そういう、部分的には『鉄腕アトム』みたいな世界が急にやってきて、まあいろんなこともあって、考えてみたらびっくりするくらい世の中変わったな。……ネットがらみって、つい張りついて時間食うから仕事の時間も目減りしちゃう。翻訳の仕事も時間かかるから……よつばの面倒も見なきゃいけないし。最近外の掃き掃除とかしてくれてるけど。
――あの子が?
――まあな。あの人が来たときに教え込まれたらしい。まあ、俺みたいなおっさんと5歳の子供と二人暮らしで、夏からしばらくマンガみたいにやってていろいろ雑なところを突っ込まれてさ。でもよつばの教育にはなったみたい。「ふたりとも元気にやっとるのか?」って言うから俺が「うん」って言ったら「ならええ」って。
――へー。
――今のよつばは何でも楽しめる。子供はみんなそうかもしれないけど。でもいつかそうじゃなくなるかもしれない、それこそ『サザエさん』じゃないし。ただああいうところはできるだけ残して育ってほしいんで、基本なるべく見守ってるんだが、いずれ学校にも行くわけだし、しつけのバランスとか、どうしたもんかな……。あの子には一日一日、しっかり生きてほしいんだ。特に今は。大人になったらすぐ年とってくたびれてひねくれちまうもんな。
――なんか親御さんぽいっすね。
――まあ、いちおうな。
――くたびれてひねくれちまうって、先輩のことっすか?
――うっせ。おめーだって同じだよ!

 

――ただいまー。
――あ、お姉ちゃんおかえりー。
――あら、あさぎ? 早かったわねー。
――えー、早いとだめなの?
――そうじゃないけど、あんた出てくと遅いこと多いから。虎子ちゃんとどこか行くかしらと思って。
――今日はべつにあんま用ないし。ああ、風香と恵那、今日終業日か。
――恵那はよつばちゃんと遊びに行ってるみたい。そろそろ帰ってくるかな。
――あの子はいつも元気だし突飛だよね。あれがよつばちゃんの魅力。まあ突飛すぎて困るときもあるけど。
――今お母さんとそんな話してた。マンガみたいだって。でもあの年頃の子は、ビデオで写すみたいにじーっと観察してるとみんなそういうとこあるんじゃないかって。
――へー、それ、お母さんが言ったの? なんか鋭いね。アマゾンのレビューみたいじゃん。
――……え? アマゾン?
――んーたしかにねー。『サザエさん』『ちびまる子ちゃん』の戦後日常系マンガの系譜と近年の空気系・萌え4コママンガにおける重層的オチ、『パタリロ!』『ラシャーヌ!』にも見出しうるエイゼンシュタイン的とも言える印象主義的コマ割りの洗練を受け継いで……『あずまんが大王』における技法の深化をストーリーマンガに……。
――え、何? なんかお姉ちゃん急にすごい難しいこと言ってない?
――いちおう大学生なんで。まあ、あの子は見ててほんと飽きないね。……ジュラルミン、持って……いや、連れてったのかな。
――ジュラルミンって、お姉ちゃんが修理……いや、手術か……した、あのぬいぐるみの?
――そうそう。あれがあの子の一番のお友達だもんね。メェーって鳴くでしょ、ある意味応えてくれる。……人間のお友達は、もうちょっと難しいよね、何しても応えてくれないときもあるし、虎子みたいに何事にも淡白な人もいるし、もしかして意地悪するときだって……。
――……お姉ちゃん、しれっと重いことを……(やっぱお母さんに似てるのでは……)虎子さんとなんかあったの?
――いやいやべつに。ま、いずれ学校行ってお友達付き合いもすることになるし、そうしたらああはいられなくなるかもね。
――(……重い……重すぎる……)
――だから、今はいろんなことが輝いて見えるだろうから、そういうきらきらを精いっぱい受け止めてすくすく育ってほしいわね。そうすれば人付き合いするときも素直にやっていけるようになるんじゃないかしら。
――……お姉ちゃんらしくない……けど、ちょっと尊敬した……。
――何ー、何二人で立ち話してんの? あ、恵那帰って来たわよー。よつばちゃんも。おかえりー。

 

――――おかえりー。――――

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